中国の近代化は辛亥革命ではなく中華天下の再編時点の清帝国の世俗化,皇帝の天命喪失に由来する!!

清朝末期に天命思想、天下主義を基調とする大清帝国の枠組みが解体され、中国が近代的で世俗的な帝国に衣替えされ、国民党,共産党の一党独裁体制の準備が完了していた状況を検証する。 

1.近代以前の中華帝国の枠組み
 1)帝国の権威の源泉とは何か?
 2)「天」の代理人としての皇帝の存在意義
 3)「天の代理人」たる皇帝と人民の関係
2.中華帝国における皇帝と天子の区別
 1)皇帝と天子の使い分け
 2)天命を請けながら皇帝になれなかった「素王」としての孔子の存在
 3)「天命」を請けた皇帝の君主親政の原則の確立
3.易姓革命の論理と天意=人民の意思の政治への反映
 1)中国の暴力革命による王朝交代の伝統
 2)人民の反乱を恐れる絶対権力者=皇帝の不安
 3)孟子の放伐論による易姓革命の正統化
 4)皇帝の絶対権力の横暴を抑制する思想

1.近代以前の中華帝国の枠組み

1)帝国の権威の源泉とは何か?

天壇

中華皇帝の権威の源泉は、「天」であり、政治社会の存立の根拠や地上の王である皇帝の権威も「天」に由来していた。「天子」とは天の子であり天下の中心に位置し、徳行で天の自然な運航、万民の生存と安全への責任を委ねられた至高の存在であった。また皇帝は、天と地、及び人間界を結ぶものであり、地上における具体的な君主権力の象徴的な側面を表していた。(1)
このように皇帝は、「天」の権力の代行者で象徴であり、封建諸侯全てに承認された天の崇拝における至高の儀式が可能なのは天子のみであって、一なる天に対応する至高の君主として必要不可欠の存在であった。(2)

2)「天」の代理人としての皇帝の存在意義

孟子
すなわち、中華帝国におけるあらゆる権威は、「天」に由来し、地上における最高権力者としての「皇帝」の権威も当然ながら「天」に依存していた。「天」の子たる「天子」は、地上における「天」の代理人たる「皇帝」のみが、その立場を誇示することが可能な排他的で、独尊的な地位として取り扱われた。また皇帝は、「天」の「子」としての立場により、至高の存在である「天」と「地」及び「人間界」を結び付けることが要請される、まさに天の代理人としての立場を有していた。
こうした中で皇帝は、荘厳な儀式の執行者として、天空と大地との不可欠な均衡を実現し、天の暴発を抑えることが期待された。この時、もし遺漏ある不正な儀式を執り行えば天が暴発を引き起こすことが予想された。「天の暴発」とは、地上的には王朝交替の革命に他ならない。これは、不徳の天子が退き「天」の「命」が「革め」られることをあらわしていた。(3)

3)「天の代理人」たる皇帝と人民の関係

始皇帝
天空と大地との均衡と言う中に、人民大衆を慰撫することも含まれていると考えるべきであろうか。
確かに「遺漏ある不正な儀式」の地上版とも言うべき「皇帝とその政府の失政」により民が暴発し、王朝交代が起こることは中国では、周期的に発生する事態であったと言えよう。
中国では、秦の始皇帝の中国統一で「封建制」が否定され、郡県制が開始された、この時排他的で独尊の皇帝位が確立した。これは皇帝を中心とした中央集権的官僚機構を通じての人民の直接統治の開始である。一君万民の建前であり、皇帝の絶対権力が皇帝による「天に対する儀礼」で明確化され、天を祭ることは、天子たる皇帝の特権となり、庶民が勝手に天を祭ることは出来なくなった。国内秩序としては、天・皇帝(天子)・人民という構図となり、外国に関しては朝貢国への冊封、臣従が強調された。(4)
そういう意味でも始皇帝の中華大一統の業績は巨大であり、始皇帝により天下思想や統治形態、天子と民との関係と言った基本的な中華帝国の枠組みが確立されたと言っても良いであろう。

2.中華帝国における皇帝と天子の区別

1)皇帝と天子の使い分け

徽宗皇帝

皇帝、天子は中華帝国の最高権力者であるが、名称の取扱いには細かな区別が有った。天子とは受命者の称号であり、天地の神々に自称する場合は祖霊や上帝により認証されることが必要であった。上下方向の祭祀では「天子」を使い、「天」の権威の代行者、表象者が「天子」とされた。また皇帝とは統治者の称号であり、帝国内部の行政や祖先、過去の人物への祭司に関連した名称であって、人間界の祭祀では「皇帝」が使われ、「天命」をうけて世俗世界に君臨する統治者が皇帝とされた。(5)
中華帝国の皇帝は、天下思想に関わる事柄においては、天子と言う名称を使い、民を支配する帝国の具体的な統治者としての顔を現わす時には、皇帝と言う名称を使った。そういう意味で、宗教的な聖なる領域においては、天子として振る舞い、俗界で統治者として振舞う時には皇帝を名乗ると言う二元論的な存在が、中華帝国における皇帝の在り方であった。西欧における皇帝と教皇の並立や日本における天皇と将軍の並立のような二重統治体制は、中華帝国では発生しなかったのである。

2)天命を請けながら皇帝になれなかった「素王」としての孔子の存在

孔子
このように皇帝と天子とは、メダルの表裏であり、分裂することはなく、独裁君主の抽象的身体の別様の表現として一体化していた。
こうした天命・天下観の中で孔子は例外的な特殊な存在であった。儒教では孔子は天命を受けていて天子の資格を認証されてはいたが、結局皇帝の地位は得なかった「素王」と称されている。これは孔子の存在を慎重に取り扱うことで、皇帝権力、権威の絶対性が脅かされないようにすることが重要視されていたことを意味する。こうして孔子は「至聖先師」としてあり、皇帝の権威とは切り離されることでの現在の皇帝の絶対性は維持された。(6)
神格化された過去の人である孔子が、中華帝国皇帝であり、天子たる存在から、具体的なライバルあるいは権威を競うべき相手として取り扱われていることは興味深いが、これは孔子の取り扱いにことさら注意深くならなければならないほど、天子・皇帝の地位が微妙なバランスの上に乗っていたことの証左でもあるだろう。皇帝は常に天以外の何者によっても、その地位や権威を脅かされてはならないのであり、それは儒教の最高権威である孔子の存在すらも、皇帝からはその地位を不安定化させかねない微妙な要素になりうると考えられていたのである。

3)「天命」を請けた皇帝の君主親政の原則の確立

殿試
「天命」を失った皇帝は位を失うとされ、君主親政の原則が取られ、宋代以降は権力の絶対化が進んだ。このため、立憲君主のような君臨すれども統治せず、のような行き方は到底あり得なくなった。
郊祀として、皇帝・天子が有徳の受命者であることを誇示し、権力と権威を一身に体現する聖界俗界の支配者であるという位置付けが強調された。(7)
ここに皇帝は、力と権威の両者を高い次元で併せ持つ至高の存在としての立場を確立し、地上における絶対者の立場を益々固めることとなった。西欧や日本では、皇帝・教皇・天皇の地位や権力は、概ね形骸化し、権威のみを保持する空洞的な存在として祭り上げられることとなったが、逆に中華帝国では時代が下るに従って権力を一身に集中し、明清時代の最終盤に至るまで、皇帝は王朝の唯一で神聖不可侵の実権を維持し続けたのである。

3.易姓革命の論理と天意=人民の意思の政治への反映

1)中国の暴力革命による王朝交代の伝統

宋太宗
中国の王朝交代劇は、暴力革命が大半であり、禅譲も形骸的な印象が強い。中国の皇帝は王朝の終焉を予感しつつ、天意の反映である人事を恐れる存在であった。(8)
日本の統治体制は、天命の革まることの無い、万世一系を建前とする天皇家の皇統をベースとしているが、中国においては宗の太宗・趙匡義は、日本の天皇家のそうした安定性を聴いて、「思わず嘆息」したと伝わっている。このように地上における絶対権力者として並びない権勢を誇る中華帝国皇帝も、いずれ発生する暴力革命の嵐の前では、か弱くはかない永続性に欠けた存在であることを自覚せざるを得なかったのであった。

2)人民の反乱を恐れる絶対権力者=皇帝の不安

明末混乱
中国の天命思想としては、天意とは実は最下層の人民の意思であり、天子が天下に君臨する根拠は実は神ではなく人民の支持にあると言える状況があった。これは権威の還流構造とも言うべきものであり、近代欧州の絶対主義・王権神授説との明確な相違点であった。(9)
このように、絶対権力者である皇帝は、常に民の反乱を恐れざるを得ない存在であり、天意とは実のところ民の意志である、と言う認識が皇帝の心に常に去来していたことは想像に難くない。このあたりの考え方は、西欧が王権神授説の立場をとり、絶対王権の権威の由来を民ではなく、神に基礎を置いたのとは明確に一線を画するところであると言えよう。

3)孟子の放伐論による易姓革命の正統化

孟子,放伐
こうした中で、中国の王朝交替としての易姓革命は、理論的にも正統化されており、孟子の放伐論に無道の君主は賊に等しい存在であり、そのような存在は討伐されて当然であるという民本主義の観念が有った。(10)
そして、皇帝のこのような懸念は、孟子の放伐論により、理論的な根拠を与えられ、西欧の民主主義とは異なるものの、民の意向を常に配慮し、恐れさせるようなあり方を中華帝国を統治する側に植え付けることになったのである。
このように中華においては、最高至上の天は、実は人と合一であり(天人合一)天意は民意・人心であるという思想が有り、これが天命的秩序観の水脈に息づいており、歴代の皇帝権力の正統性を確保するとともに、暴力革命や王朝交替の正統化する論理も提供してきた。(11)

4)皇帝の絶対権力の横暴を抑制する思想

董仲舒
このような天意=民意とし、天人合一を建前とする思想が、中華帝国における統治体制の底流に存在したことは間違いないことであり、このことが皇帝を始めとする統治者の側に一定の緊張感を強いるとともに、極端に無茶な暴政を斥ける契機になっていたことは疑いないことだろう。
中国皇帝の在り方としては、過度の支配が民生を疲弊させるとして、小さな政府を理想とする立場が強調されることもあり、黄老思想のように皇帝がゼロ=虚静となる、無用の用、虚静無為と言った作為に通底する政治的不作為が強調されることもあったが、最終的には董仲舒により「徹底した人為・作為で天下を一元的に支配するのが天理の自然であり、天人合一・天経地義の不動の真理である」と言う立場に落ち着いた。これは人間の中に性として内在する道徳的自然性は「作為」を通じて最もよく発揮される、と言う積極的な人間肯定にも通じる哲学であった。(12)

参考文献
(1)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p113
(2)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p113
(3)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p114
(4)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p114-p116
(5)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p117
(6)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p118
(7)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p118-p119
(8)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p119-p120
(9)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p120
(10)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p120-p121
(11)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p121
(12)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p129

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

幕末の不平等条約は明治新政府の懸命な努力と国民の臥薪嘗胆の上に築かれた国力の充実の賜物として何とか平等互恵な形に改正に漕ぎ着けましたが、戦後の日本の真の国際的な地位は果たして日米地位協定に明記された不平等条約的な状況の中でどのように位置づけられるのでしょうか?

1.戦前の一等国と戦後の西側先進国の一員としての日本の立場の相違
2.太平洋戦争敗退と対米従属方針の集大成としての日米地位協定の中身
3.対米従属方針から逃れられない日本とトランプ大統領の論理の相克
4.西側先進国の中でも特異な安倍首相のトランプ大統領への追従ぶり

1.戦前の一等国と戦後の西側先進国の一員としての日本の立場の相違

大正デモクラシー
日清日露戦争に勝利し、第一次世界大戦にも英米側について漁夫の利を得た戦前の絶頂期ともいうべき大正時代の日本は、大正デモクラシーが咲き乱れ、自由と繁栄の中で「一等国」の地位を得ていたということになっています。
当時の日本は、明確な国家戦略やグランドデザインを持ち、超大国にも政治的駆け引きの帰結とはいえ、いわゆる「NOと言える立場」を貫くことが出来ていたのではないか、と考えられます。
大国間のパワーバランスの中で一定の制約は受けながらも、当時の日本は自ら国策を自ら決定する真の意味での独立国であり、取り敢えず極東に勃興した新興大国としての地歩は確保していた、と言えるでしょう。

しかるに、今日の日本の立場はどのように評価出来るでしょうか?
まず明確な国家戦略やグランドデザインがあるのか、ということですが、これについてはどう贔屓目に見ても、「ほとんど無いに等しい」と言わざるを得ないでしょう。
先般の安保法制の整備もどちらかと言えば、アメリカの世界戦略の補完的役割の第一歩を踏み出したレベルでしかないような代物ではないでしょうか。
確かに現代の日本は内政面では、他国のあからさまな干渉は受けていないようにも感じられますが、外交・防衛あるいは独自の国家戦略や国策が戦前と同レベルで機能しているかと言えば、ほとんど皆無と言わざるを得ないでしょう。
すなわち、日本の外交・防衛というような国策の基本となる国家意思決定機構は、事実上アメリカの東アジア戦略や外交・防衛戦略に忠実に追随するだけ、という状況でしょう。

このように考えると太平洋戦争の敗北により、日本はアメリカの一部として国家戦略や外交・防衛に関与しない地方自治体のような存在に失墜したと言えるのではないでしょうか。
日本がアメリカの一部で、ほとんど日本を地方自治体のようにアメリカが認識しているという問題についてですが、2017年の安倍首相の訪米中のフロリダでの晩餐会の最中に北朝鮮がミサイルを発射した直後、安倍首相とともに記者会見に臨んだトランプ大統領は「アメリカは常に100%日本とともにある」というような一言コメントを出しました。この「日本と100%ともにある」という発言は、日本に関する外交・防衛事案を事実上国内問題と認識するような意味合いも込められているのではないか、とも思われ、良い意味でも悪い意味でも衝撃的なコメントであった、というような気もしました。まあそういう受け止めは、少なくともマスメディアの報道からは感じ取れませんでしたが。

中国脅威論者が、「このままでは日本は中国の一省にされてしまう」というような論理を展開していますが、「安心してください。そんなに心配しなくても既に1945年以来、日本はアメリカの一州として存分にやってきていますよ」というのが情けない実態でしょう。

2.太平洋戦争敗退と対米従属方針の集大成としての日米地位協定の中身

米軍基地
ここで日本の対米従属の象徴的な事案について、いくつか列挙してみますと以下のようになるでしょうか。
・日本国憲法=先の大統領選挙の選挙戦の最中に、バイデン副大統領はトランプ大統領の日本の核武装容認発言を受けて、「日本国憲法は、日本に核武装させないためにアメリカが書いたものである」という趣旨の発言を行い物議を醸した。
・日米安保条約=アメリカ軍が、防衛力の整備されていない日本への駐留を可能にする条約で、「アメリカ軍は日本において望む期間、望む場所に、望む数の兵力を展開する権利」を確保したもの。
・日米地位協定=日米安保条約に基づき日本に存在するアメリカ軍基地や駐留するアメリカ軍に関する地位を規定する協定であり、アメリカ軍はほぼ外交特権並みの治外法権を確保している。
このうち、日米地位協定は特にその不平等性が問題視されており、見方によればかつての幕末の不平等条約の再来のような印象すらもたらす部分もあるような気がしています。
すなわち、治外法権という見地から見て、「アメリカ軍人に関する裁判権」「アメリカ軍基地の原状回復義務の曖昧さ」「アメリカ軍人の特権的地位」というあたりにアメリカ軍に特殊な扱いが結実していると言わざるを得ないでしょう。
上記の「裁判権」に関しては、「実質的に重要な事案についてのみ裁判権を行使するものとし、それ以外あるいは日本有事の際には裁判権を行使しない」との密約が、日米合同委員会で取り決められていたことがアメリカの公文書公開により明らかになっています。
また「基地の原状回復義務」に関しては、日本側に基地施設を返還する場合に原状回復を行う必要がないので、アメリカ国内では問題になる土壌汚染対策や除染といった作業が、日本国内の基地返還ではアメリカ側が特に対応しなくてもよいことになっているようです。
さらに「アメリカ軍人」は、パスポートが不要であり、日本滞在中も外国人登録の必要がなく、日本政府の出入国管理の対象外となっている。またアメリカ軍の車両は、軍関係の任務であるとの証明があれば、高速道路が無料で使用でき、自動車の保管場所についても基地内を指定すれば車庫証明の取得の必要もない、というような特別待遇がまかり通っている状況です。

このように現代の日本では明治の先人たちが苦心惨憺の上に勝ち取った不平等条約の亡霊が、アメリカ軍という存在の中に蘇って厳然と息づいている、というのが実態となっているのです。
尚、イラン・イスラム革命を指導したホメイニ師がパーレビ国王の政治姿勢について批判した最大の眼目は、イランにアメリカ軍事顧問団が駐留するにあたって締結することとなった地位協定があまりにも屈辱的で、到底容認出来なかったので、ムスリムの同胞に大規模なデモを呼び掛けたことだった、とも言われています。

ちなみに、1960年の現行の日米安保条約の国会での承認・批准を巡って、あの日本史上でも空前の混乱となった安保闘争が発生し、安倍首相の祖父にあたる岸信介首相が同条約批准と同時に下野することとなったのは周知のとおりです。この岸信介元首相は戦前は満州帝国の建設に辣腕を振るい、内地に戻ってからも商工行政を牛耳る実力者であったわけですが、A級戦犯として服役した巣鴨プリズン以降は、いつのまにか対米従属方針の権化に転向してアメリカの後ろ盾の下に首相にまで昇りつめ、政界の表舞台から退いたのちは政財界の黒幕として暗躍した、と言われています。

3.対米従属方針から逃れられない日本とトランプ大統領の論理の相克

岸・アイゼンハワー
さて、太平洋戦争の大敗と越えられない大きな壁としてのアメリカの強い圧力のもとに、外交・防衛戦略をアメリカに丸投げする形で従属し、アメリカの庇護の下で地方自治体のような特殊国家として生き延びてきた日本にとって、新たな黒船のような存在としてトランプ大統領が立ち現れてきました。

トランプ大統領が、なぜ新たな黒船になりうるかというと、彼の政策がこれまでのアメリカの伝統的な戦略から大きく逸脱する「普通の国」の「普通の戦略」だから、ということになるでしょうか。
つまり、アメリカは「世界の警察官」であり、世界の平和と安定に貢献するために、「経済をグローバル化し、移民に門戸を開放し、紛争地域に軍隊を派遣してでも秩序を守るべく努力する」といった奇特で理想主義的な国際貢献国家の立場を放棄し、アメリカファーストを実践し、自国民の利益を最大限最優先する、という政策転換が行われた、ということになりましょうか。

このような事態の中では、日本のようにいたずらに対米従属姿勢を数十年間も続けて、自分の意志を持たない操り人形のような国家は、かえって足手まといとなり、「もうアメリカは日本の主人ではないのだから勝手にやってくれ、その代わりにアメリカも自国の都合重視の姿勢でやらせてもらうぞ」という立場を鮮明に打ち出してくるということになるのでしょう。

4.西側先進国の中でも特異な安倍首相のトランプ大統領への追従ぶり

メルケル
トランプ政権に対しては、これまでのところヨーロッパの西側同盟国の首脳からも一様にトランプ氏の特に移民政策や保護主義的な政策に関しては、反対の意向が表明されており、中国の習近平氏ですらダボス会議の基調講演において、トランプ氏の「反グローバル化志向や保護主義的な姿勢」に批判を表明したわけですが、日本の政府首脳からは全くトランプ大統領の意向に逆らうような見解は聞こえてきません。

この2017年2月には、安倍首相がアメリカを訪問しトランプ大統領と会談し、その旅程の中にはトランプ大統領とのゴルフも含まれていました。
先日イギリスのメイ首相がホワイトハウスを訪問した時も、かなり愛想を振りまいていましたが、渡り廊下を二人で歩いている時に階段で手を取り合うシーンが映像に流れ、メイ首相がかなり揶揄された(ブレア首相のようにアメリカ大統領のプードルになりかねない?)部分もありましたが、その後メイ首相はトランプ大統領の移民政策に関してはイギリス議会で明確に批判の言葉を口にする、という矜持を示しました。
また安倍首相訪米後にトランプ大統領と会談したカナダのトルドー首相は、トランプ大統領との記者会見でアメリカの移民政策を含む内政に干渉することはしないと強調しながらも、カナダの移民への寛容政策や多様な文化を尊重することを明言していました。

そういう中で、今後の流れとして安倍首相が西側先進国の中で唯一のトランプ大統領の飼い犬にならないように願うばかりです。
ブレア・ブッシュ
逆にトランプ大統領は安易な対米従属は逆に許してくれないような気もするので、アメリカに突き放された日本が独り立ちして、まともに外交・防衛戦略や国家のグランドデザインを取り戻せるのか、少し心配な気もします。
そういう意味では、トランプ政権の誕生によって、日本側にも長すぎた戦後を一刻も早く清算し、対米従属姿勢を一掃し、遅すぎた完全独立を果たすべく、立ち上がる好機がようやく訪れた、ということになるのかも知れません。

尚、既に安倍首相は三月中旬にドイツ、フランスを訪問し、トランプ新政権の新たな政策の方向性をメルケル首相らに伝えつつ、メルケル首相からはトランプ大統領への懸念を聞き取って伝言する、というようなメッセンジャーあるいはパイプ役を自ら買って出る方向で国会でも答弁し、具体的に動き出しました。
これではまるで、かつてTPP推進時にはオバマ前大統領のお先棒を担いで、日本の21世紀の成長戦略と中国封じ込め戦略の根幹はTPPにあるかのような立場だった安倍首相が、目にもとまらぬ驚くべき変わり身の早さで、今度はトランプ大統領のメッセンジャー兼唯一無二のゴルフパートナーに変身してしまった印象もある今日この頃です。

伝書バト

尚、本稿の延長線上で日本の対米従属、朝貢外交の淵源を黒船来航と太平洋戦争惨敗の見地からの分析もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!

台湾の中華民族による民主主義体制の成功は、中国共産党一党独裁体制の存在理由を否定する脅威である!

金正恩

「中華民族の国家」として史上初めて民主化した台湾が帝国的な一党独裁の支配体制を継続する中国共産党に与える破壊的なインパクトは北朝鮮の金正恩体制よりも危険である。  

1.民主化した台湾の存在が中国共産党一党独裁に与えた衝撃
 1)中国共産党による「伝統的な賢人政治」がいつまでもつのか?
 2)台湾が自ら選び取った議会制民主主義の重み
 3)中華世界で民主主義運営が可能なことが証明された衝撃
2.台湾の民主化はどのように達成されたのか?
 1)権威主義体制から民主主義体制への移行の前提条件
 2)国家と社会の微妙な距離感と利益調整メカニズムの構築
 3)国民党と人民大衆の民主化に向かう共同体験の進行
3.伝統的な賢人支配のエリート政治を転覆させた台湾の民主化
 1)李登輝と人民大衆による微妙なバランスのゲームの成功
 2)中国共産党にとっての改革モデルとして「台湾民主化」
4.台湾民主化の評価と中華世界統治への影響
 1)台湾民主化の中華世界への衝撃度
 2)「中華民族」が民主主義社会で暮らし続ける重み

1.民主化した台湾の存在が中国共産党一党独裁に与えた衝撃

李登輝

1)中国共産党による「伝統的な賢人政治」がいつまでもつのか?

民主化された台湾の存在は、現在も「伝統的な中華帝国の枠組みを堅持する中華人民共和国」にとって強烈なインパクトを与えていると言えるのではないだろうか。改革開放の進展に伴い、特に沿海部の経済発展は目覚ましいものがあるが、そういう中で「沿海部の中産階級の政治意識」に対して、いつまでも「伝統的な賢人政治」に依拠した発想が通用するのかは疑問もあるかもしれない。

2)台湾が自ら選び取った議会制民主主義の重み

台湾民主化
少なくとも同じ「中華民族」が、他から与えられたものではなく、自ら選びとって議会制民主主義を達成し、曲がりなりにも安定して運営しているというのは、1989年の天安門事件でそのような要求を武力で弾圧した共産党指導部にとって頭痛の種になりかねないだろう。
国内の「平和的民主化」と海外のインフォーマルな経済活動を展開する「台湾経験」は、共産党の一党独裁に固執する中国へのソフトな挑戦として、中華世界の変容を促す世界史的意義を有している。

3)中華世界で民主主義運営が可能なことが証明された衝撃

中華民族民主化

それはまた「家産官僚制」や「東洋的専制主義」と呼ばれ、現在でも「皇帝型権力」の政治的伝統を有するとされる中国に対して、同じく華人社会の一員である台湾において西欧型の議会制民主主義が実現されたことによる中華世界へのソフトな知的挑戦でもある。(1)

2.台湾の民主化はどのように達成されたのか?

台湾民主化t

それでは、台湾の民主化が何故達成されたのかを検討してみたい。

1)権威主義体制から民主主義体制への移行の前提条件

権威主義的体制から民主主義的体制への平和的移行には、「一人あたりのGNPに換算した経済成長」「教育の普及がもたらす識字率の向上」「社会の多元的価値を代表する中産階級の台頭」といった要因と「政治的自由化、民主化の相関関係」を検討する必要がある。(2)

2)国家と社会の微妙な距離感と利益調整メカニズムの構築

台湾民主化111

このような前提に立って、民主化を実現するためには、国家と社会との間に適度な距離が必要であり、国家は多元化する社会に対してどのように具体的に利益の調整をはかり、そのメカニズムの制度化を実現するために最大限の努力を払う必要がある。また民主化へ向かう体制移行の最中には、利益調整のメカニズムを具体的ろに発見して制度化するために国家と社会の双方がともに新たな争点でぶつかり合い、そこから妥協点を見出すという「学習のプロセス」が必要である。(3)

3)国民党と人民大衆の民主化に向かう共同体験の進行

国民党軍
こうしてみると「台湾の平和的民主化」とは、支配者としての国民党と被支配者としての野党や人民大衆が、そうした国家と社会の間に適度な距離を見出して、「具体的な体験」の中で幾多の危機に遭遇しつつ、民主化の必要性を認識してきた「学習のプロセス」を辿ってきたと言えよう。またこのような民主化過程が平和的に遂行されるためには、支配者と被支配者の間で、過度の暴力よりも適度の譲歩と妥協・調和をギリギリのところではかる方がコストが少ないということを認識する「学習のプロセス」も必要であった。(4)

3.伝統的な賢人支配のエリート政治を転覆させた台湾の民主化

李登輝555

1)李登輝と人民大衆による微妙なバランスのゲームの成功

「李登輝総統」と「野党、人民大衆」という政治的なアクターが、それぞれ「支配の正当性」と「政治参加の正統性」を体現しつつ利害の衝突と妥協を繰り返しながら、政治的「学習のプロセス」経験し、そこからバランスと調和を産み出す一定のルール・オブ・ゲームを確立してきた。
このことにより台湾政治の台湾化、民主化、ならびに中台関係の脱内戦化・共存状況の創出に一定の成功を観た。(5)

2)中国共産党にとっての改革モデルとして「台湾民主化」

台湾民主化666
このような微妙で繊細なプロセスを経て、流血を観ないスピーディーな民主化が実現した。中華世界の政治文化として伝統的な賢人政治・エリート政治が当のエリートの側から覆されたわけであり、このことは単なる民主化実現以上に奥深い意味が内包されているように思われる。台湾民主化は、現時点では中華人民共和国の政治体制に対して、重大な影響を与えているとは言えないであろうが、今後改革開放路線の行き詰まりや、官僚の金権腐敗、人権問題や民主化要求に対する体制側の後ろ向きな対応などがクローズアップされてきた時には、一つの改革モデルとして「台湾経験」が大きな意味を持ってくることも考えられる。

4.台湾民主化の評価と中華世界統治への影響

デモ隊

1)台湾民主化の中華世界への衝撃度

「中華帝国」という観点に立てば、台湾は漢人中心の社会とは言え、領域的には閉じられた島であり、到底「中華天下」を包括しているとは言えない。「台湾民主化」は言ってみれば「中華帝国の一省」レベルの話ということになるかもしれない。高度成長期の日本においても国政は自由民主党が盤石に支配している時期に、東京都知事に美濃部亮吉氏が当選して革新都政を展開していた、ということもある。同列には論じられないだろうが、全国支配と地方支配の差は歴然として存在するだろう。

2)「中華民族」が民主主義社会で暮らし続ける重み

祭英文,李登輝

それでは、省レベルは民主化可能だが、帝国全体は共産党が支配を貫徹するということがありうるかというと、これは中華大一統の原理に抵触しかねないとはいえ、香港の実例もあるので、一概には否定できないところである。清帝国には、内地と藩部と言う一国両制の伝統もあり、香港は一国両制の現代版と言うことになるが、台湾もその範疇でとらえられるかもしれない。
いずれにせよ、2000万人以上の大陸の中華世界に住むのと同じ「中華民族」が、完全な西欧型民主主義体制のもとで安定して暮らしている、という事実の大きさは十分にかみしめていく必要があるだろう。

尚、本稿の延長線上で台湾民主化に関しては、以下のリンクでも取り上げています。
中国全土で西側民主主義実現が可能なことを台湾の民進党,蔡英文総統当選が実証!

<参考文献>
(1)井尻秀憲:台湾経験と冷戦後のアジア 勁草書房 1993 序章 世界史の中の「台湾体験」 p5
(2)井尻秀憲:台湾経験と冷戦後のアジア 勁草書房 1993 序章 世界史の中の「台湾体験」 p9
(3)井尻秀憲:台湾経験と冷戦後のアジア 勁草書房 1993 序章 世界史の中の「台湾体験」 p9
(4)井尻秀憲:台湾経験と冷戦後のアジア 勁草書房 1993 序章 世界史の中の「台湾体験」 p9
(5)井尻秀憲:台湾経験と冷戦後のアジア 勁草書房 1993 序章 世界史の中の「台湾体験」 p10

西洋の衝撃で崩壊したオスマン帝国が確立していたイスラム世界秩序をトランプ政権は再建可能か?

千夜一夜物語
トランプ政権は、エルサレム首都承認をいち早く宣言する中で、中東情勢混迷の淵源たる西洋の衝撃で崩壊したオスマン帝国による安定したイスラム的世界秩序の後に発生した、パレスチナ問題やアルカイダ、イスラム国などのイスラム過激派問題、反米イランへの対処などをオバマ政権より要領よく解決出来るのでしょうか?

今回は、「西洋の衝撃」にさらされたオスマン帝国の国家再建に向けた長期的な取り組みを検討します。

1.オスマン帝国にとっての「西洋の衝撃」
1)オスマン帝国と中華帝国の西洋の衝撃度の比較
2)西欧にとってのオスマン帝国の衝撃
2.オスマン帝国にとっての西欧キリスト教世界
1)聖戦遂行対象としての西欧キリスト教世界
2)近接するライバルを有するオスマン「世界帝国」
3)オスマン帝国と西欧キリスト教世界の共存関係の成立
3.西欧キリスト教世界の優位とオスマン帝国の衰退傾向
1)オスマン帝国と西欧の力関係の逆転
2)オスマン帝国に蔓延する復古主義的な国力回復論
3)オスマン帝国内での本質的な改革論の芽生え

1.オスマン帝国にとっての「西洋の衝撃」

ウィーン包囲

1)オスマン帝国と中華帝国の西洋の衝撃度の比較

オスマン帝国にとっての「西洋の衝撃」は、中華帝国にとって青天の霹靂のように突如としてあらわれたものというよりも緩やかに段々と訪れてきたものと言えよう。すなわちオスマン帝国は、西欧キリスト教世界と近接しており、対立と交流の中でオスマン優位から西洋優位に転換していくような形をとっていた。
逆に言うと、オスマン帝国は西欧にとって、長らくイスラムの衝撃の主体であり、1683年に至っても第二次ウィーン包囲を実現するなどその勢力は西欧世界にとって脅威のレベルを維持していた。(1)

2)西欧にとってのオスマン帝国の衝撃

スレイマン大帝

スルタン・メフメット四世は3000万人以上の臣民を持つ国王だったのであり、これはフランスのルイ14世の2倍、神聖ローマ帝国皇帝のレオポルト1世の6倍であった。ドナウ川流域での思いがけない敗北のあともオスマン帝国はまだまだ侮りがたい大国だった。(2)
イスラムのヨーロッパへの貢献は計り知れないほど大きい。その中には、イスラム独自のものもあれば、彼らが地中海東岸部の古代文明やはるか彼方のアジアの文化から取り入れ、加工したものもある。ギリシアの科学や哲学はヨーロッパでは忘れられたが、ムスリムはそれに改良を加え、保持した。
中世のヨーロッパはインドの数字、中国の紙、オレンジやレモン、綿や砂糖、様々な種類の植物とその栽培法など、少数の例外を除いて大部分を地中海沿岸の自分たちよりずっと進んだ高度の文明を持つイスラム世界から学んだり入手したりした。(3)

2.オスマン帝国にとっての西欧キリスト教世界

1)聖戦遂行対象としての西欧キリスト教世界

コンスタンティノープル陥落

このようにオスマン帝国と西欧諸国との関係は、中華帝国と西欧諸国との関係とは全く異なり近隣関係とでもいうべきものであった。
中華帝国にとっての西欧諸国の存在は、自ら支配する天下の外縁のそのまた遥かな彼方に存在する別世界のような様相を呈していたのに較べると、オスマン帝国にとっての西欧はまさに眼前の敵であり、征服すべき異教徒であり、コンスタンティノープルの陥落の実績も示す通り、ある時点までは畏怖するほどのこともない存在であった。
宗教にアイデンティティの根源をおく、イスラム的世界帝国としてのオスマン帝国においては、その国際体系観もまた、イスラム世界の伝統を踏まえたものであった。そこでは、人間の住む世界は、「イスラムの家」と「戦争の家」に明確に分かれており、二つの部分は不断の対立と緊張の関係にあるものとして捉えられていた。こうした前提のもとでのオスマン帝国の最大の存在理由は、「イスラムの家」の拡大のための聖戦の遂行であり、西欧キリスト教世界は目前の「戦争の家」として聖戦遂行対象として取り扱われた。(4)

2)近接するライバルを有するオスマン「世界帝国」

オスマン世界帝国

「中華帝国」の外延にも帝国の存亡を揺るがすような騎馬民族が常に存在し、外征や万里長城による辺境防衛強化等で対応する必要があった。このように軍事的には圧倒的に優勢な騎馬民族も「中華」から観れば、文明的には夷狄であり、到底対等とは考えられない存在であった。しかるにオスマン帝国に隣接する西欧キリスト教世界は、16世紀においてもギリシア・ローマ以来の文明の延長線上でキリスト教と言う共通の価値観を有し、徐々にその国力を強めつつあった。そういう意味で、オスマン帝国はその初期の段階から高い文明を持ち、価値観の相容れないライバルに近接する位置関係を有する「世界帝国」であったと言えよう。

3)オスマン帝国と西欧キリスト教世界の共存関係の成立

ヴェネチア

オスマン帝国は、その成立の当初から西欧キリスト教世界に対する聖戦を連年遂行しながらも、その一方で絶えざる交流も存在していた。東西通商の接点に位置するオスマン帝国にとっては、ヴェネツィアをはじめとする西欧諸国との交易を継続して利益をあげることが重要であり、「イスラムの家」たるオスマン帝国と「戦争の家」に属する諸国との間の長期的で安定した外交関係も徐々に成立することとなった。(5)
オスマン帝国とヴェネツィア等との交易は、朝貢のような形式を取らず都市の市場を通じて行われた。(6)またオスマン帝国と西欧キリスト教諸国の外交関係の恒常化やヴェネツィア大使の常駐のオスマン帝国からの使節の派遣などは、そのような国際関係に関する知識や技術を蓄積する過程でオスマン帝国の有する伝統的なイスラム的世界秩序観のイメージと現実の変容過程に影響を与えたことは間違いないだろう。(7)少なくともアヘン戦争以前の中華帝国には朝貢や互市関係、保護国、藩部と言った国際関係しかなく、対等な外交関係は望むべくもなかったことを考えれば、オスマン帝国の国際感覚は、その環境面からも研ぎ澄まされていったであろうことは想像に難くない。

3.西欧キリスト教世界の優位とオスマン帝国の衰退傾向

1)オスマン帝国と西欧の力関係の逆転

ルイ14世

第二次ウィーン包囲失敗ののち1699年のカルロヴィッツ条約においてオスマン帝国はハンガリーを喪失した段階において、東西の力関係がようやくはっきりと西欧側有利に変化したように受け止められる。しかるに、この段階においてもオスマン帝国支配層の間では、重大な国際関係上の地位の後退であり、危機的事態は認識しつつも、西欧とオスマンとの彼我の関係が根本的に西欧側優位に転換しつつあることを把握していなかった。
西欧においては、この時期に平等の主権国家を基本単位とするグローバル・システムとしての近代西欧国際体系が確立されつつあったが、オスマン帝国の支配層は伝統的なイスラム的な世界観に縛られ、伝統的なモデルに基づいて行動していた。(8)
この時のオスマン帝国支配層の認識としては、パラダイムの変化というような意識はなく、単に内政改革や緊張感の維持、士気の高揚といった要素を強調することで、目前の危機から脱出できるとの確信があった、とみられる。このような感覚はオスマン帝国と西欧世界の交流やオスマン帝国側の外交経験や西欧世界に関する「十分な深い認識がある」との確信により、当事者として事態の変化を敏感に感じ取ることを困難にさせたことはありうるだろう。

2)オスマン帝国に蔓延する復古主義的な国力回復論

トルコ国旗
また「西洋の衝撃」=西欧側の力関係の向上以前からオスマン帝国の内政は混乱をきたしており、それに対する対策論や改革論が日常的に論じられ、スレイマン大帝時代の黄金期に復古するべきとの論調が主流となる風潮の中で、「カルロビッツ条約」以降の勢力退潮の傾向も同様な文脈で語られる状況が蔓延していた。(9)
国力の衰退を絶頂期への復古主義によって克服しようと言う方向性はどこでも観られるところであり、枚挙に暇がないとも言えるだろう。
18世紀半ばの国力が衰退した清朝において流布した乾隆帝の極盛期を理想化した魏源の「聖武記」のような大清賛美論(10)は、スレイマン大帝の黄金期を賛美する議論と軌を一にすると思われる。そしてこのような空論的な議論が行われる時、国力は一層傾いていくケースも数多い。
ただし、「カルロビッツ和約」が、一部の人が書いているようなオスマン帝国にとって思いがけない不幸な出来事と言うわけでもなかった。
この和平条約で、トルコは西側からの挑戦を回避することが出来、おかげでロシアからの脅威やアジアでの危機への対処が可能になるという副産物ももたらした。(11)

3)オスマン帝国内での本質的な改革論の芽生え

イスタンブール

オスマン帝国側の危機感が復古主義的な黄金期への回帰で解決されるという論調が主流的な中で、一方では伝統への復帰のみでは新しい事態に対応しきれないという考え方も早くも18世紀初頭より育ち始めていた。
この中では伝統的体制は維持しつつ、部分的に西欧の新知識と技術を導入し、部分的な革新を行うことが目指された。このような対応の例としては、1719年にオスマン帝国大宰相が、フランスに使節を派遣するにあたり「政治的任務の他に、フランスの繁栄の手段と学術について」も調査せよと命じ、これを受けて、この時の大使がフランスの文明、風俗についての詳細な報告書を提出したということがあった。(12)
このような具体的な対応の中で、オスマン帝国の西洋認識は着実に深まっていったことは間違いないだろう。またこのような経験値が「西洋の衝撃」の緩衝材となり、オスマン帝国の突然の弱体化や崩壊をある程度緩和する役割を果たしたことは間違いないと認識される。
とはいえ、このような「西洋優位」との認識に基づく対応は、一方で一層の西欧への反発と伝統への回帰の傾向ももたらした。これによりオスマン帝国の政治は、18世紀から19世紀にかけて開明派と伝統派の闘争を生み出すこととなっていく。(13)

尚、本稿に関連して、西洋の衝撃によりオスマン帝国あるいはイスラム世界秩序がどのように変容していったかについては、以下のリンクにて詳しく分析しております。
西洋の衝撃にさらされたオスマン帝国=イスラム世界秩序の崩壊過程を検証する!

さらにイスラム世界秩序とは、そもそもどのようなものだったのかについては、以下のリンクにて取り扱っております。
西洋の衝撃で崩壊したイスラム世界秩序と中東文明の分析からトランプ政権が直面する中東問題の本質を解明!

トランプ大統領が故意に混乱させる中東の基本構造をイスラム分析の視点から考察する!

西洋の衝撃への対処の失敗がオスマン帝国崩壊=イスラム世界秩序解体に直結した!

参考文献
(1)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p54
(2)アラン・パーマー:オスマン帝国衰亡史 中央公論社 1998 第二章 西欧からの挑戦 p34
(3)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第14章西欧からの挑戦 p386
(4)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p54
(5)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p55
(6)飯田巳貴:近世のヴェネツィア共和国とオスマン帝間絹織物交易
第2章17世紀前半のイスタンブル公定価格(ナルフ)台帳からみる絹織物消費市場 p48
(7)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p54
(8)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p55
(9)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p55-p56
(10)平野聡:大清帝国と中華の混迷 講談社 2007 第四章 さまよえる儒学者と聖なる武力 p220-p221
(11)アラン・パーマー:オスマン帝国衰亡史 中央公論社 1998 第二章 西欧からの挑戦 p49
(12)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p56-p57
(13)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p57

毛沢東が国共内戦で蒋介石に勝利した中国の共産党一党独裁による社会主義革命開始時点の課題の解明!

毛沢東

毛沢東が、国共内戦で蒋介石に勝利した時点で「中国における社会主義革命」で直面した課題への中国共産党の具体的な対応について検討する。

1.半植民地状態からの解放と独立した主権国家の再建
 1)中国におけるナショナリズムの方向性
 2)国民党と共産党に共通する中華民族主義的ナショナリズム
2.自主自立自由の実現:自主独立の気概を持つ市民階級の創生と自由自立した市民による市民社会の構築
 1)西欧における国民国家建設の方向性
 2)中国における市民階級の未成立
 3)中国における人民観
 4)農村に浸透する共産党の論理
 5)共産党の農民政策と白蓮教の類似性
 6)共産党の農民開放と民族解放政策への農民の圧倒的な支持
3.経済的富国化:反植民地状態から自立した経済体制の確立と工業化による産業強化の実現 
 1)中国市場の特殊性と農業集団化の有効性
 2)国家計画経済による工業化推進の必然性
 3)経済面の集団化と計画化による貧困対策の成功

1.半植民地状態からの解放と独立した主権国家の再建

円明園
円明園廃墟

1)中国におけるナショナリズムの方向性

西欧における国民国家建設の根底には、内発的な国民統合としてのナショナリズムがあり、これが西欧列強の帝国主義的発展のエネルギーとなった。しかるに、中華世界におけるナショナリズムの方向性は、欧米列強による侵略からの帝国解体の危機を起点にしており、受け身のナショナリズムとして反帝国主義や半植民地支配からの解放という形態をとって立ち現れることとなった。(1)
中華世界においては、近代が当初は、西欧列強による清朝への圧迫と言う形を取って現れただけに、西欧で成し遂げられたような健全な国民統合としてのナショナリズムの発現は期待出来なかった。
中国人民が下からの民主主義を推進するのが困難な理由の一つに、このような内発的ではない、外発的で受け身的なナショナリズムしか成り立ちえなかった、ということもあるかもしれない。

2)国民党と共産党に共通する中華民族主義的ナショナリズム

中華民族
このようなナショナリズムの高揚において、国民党と共産党は共通点を有していた。共産党は、この段階でのナショナリズム高揚の局面において、その社会主義的要素を敢えて封印し、基本線としては、中華民族の偉大な伝統と自負を強調すると言うスタイルを採用した。この際に、強調されたのは、西欧的な国民国家の枠組みの中でのナショナリズムではなく、伝統的な中華帝国の天下思想にも一脈通じる様な、「中華民族」主義とでも言うべきものであった。そもそも、中華民国においては、国民国家と言う基盤は未成立であり、ネーションステート的ナショナリズムの基盤は皆無であったから、共産党の採用した伝統的な中華民族主義の強調は、選択の余地の無い政策判断であった、とも言えよう。(2)
共産党が、中華世界に浸透する過程において、敢えて社会主義的な色彩を封印し、中華民族主義に立脚して、特に農民の白蓮教的な発想に応える様な運動を展開したことは、非常に柔軟で現実的であり、中華世界の当時の現実にもマッチしていた、と言えよう。
このような中華民族主義や伝統的な民族的自覚の高揚の中で、抗日戦争における民族的団結の維持には成功したが、反面で個人の市民的自覚や個々人の人格の尊重と言った要素は、著しく等閑視され、その後の市民社会の形成を阻害する、過激な集団主義が発芽していったのである。(3)
中華世界の当時の混乱状態の中で、西欧的な市民的自由や人格の尊重を強調することは、かなり困難であったと想定される。抗日戦争を勝ち抜き、国民党との闘いに勝利した後に、安定した社会を早急に構築出来れば、そういうことも可能であったかもしれないが、実際にはそのような西欧的な市民社会の形成に向けた動きは、今日に至るまで積極的に肯定されるには至っていない。

2.自主自立自由の実現:自主独立の気概を持つ市民階級の創生と自由自立した市民による市民社会の構築

バスチーユ陥落

1)西欧における国民国家建設の方向性

本来の国民国家建設の在り方は、本来はその国の人民の自由へのあくなき意志をベースにして、育まれるのが、西欧諸国の行き方であった。すなわち、西欧の国々においては、貴族階級の跋扈する封建的な身分制度を打破し、政治的経済的な分裂割拠の状態を脱するために、領域内における統一した政治支配、統一した市場形成、統合した国民の形成が図られるのが常であった。(4)
西欧においては、上から市民を主導する必要もなく、王権や貴族階級が全力を挙げて、その権利と権力を維持しようとしたにもかかわらず、市民階級の独自の革命運動により打倒されるのが、常であった。

2)中国における市民階級の未成立

孫文
しかるに、中国においては、孫文をはじめとする国民党指導者が常に危惧の念を抱いたように、政治的に責任を果たすのに十分な判断を下せるような、市民階級が未成立であったために、そのような人民による個人的自由の要求の末路が、社会的な個人という単位を単なる個人の本能的な要求の次元にバラバラに砕け散らせるだけと想定された。このため、中国における「自由」の追求は、あくまでも半植民地状態からの解放としての民族的な自由の主張に限定され、市民的な自由の主張は、民族的な団結を阻害する危険思想として、排斥された。国民党のこのような考え方は、共産党も共有しており、元々階級政党であったはずの共産党が、抗日戦争を遂行する中で民族政党として支配の正統性を確保する中で、益々民族的な自由と解放を重視することとなり、市民的開放は等閑視された。(5)

3)中国における人民観

弥勒菩薩
国民党と共産党の人民に対する考え方は、ほぼ共通であり、階級政党であったはずの共産党は、中国の現実の前で、当面社会主義的な在り方を一先ずおいて、民族政党として抗日戦争を勝ち抜くことに専念することで、その支配の正統性を確保した。
さらに、中国においては、自由よりも平等が政治的にも重視され、人民の団結力を高める結果となっていった。共産党は、上海の都市社会で誕生しながら、都市部においては、国民党に敗退した結果、辺境に逃れ、農村部を革命根拠地とせざるを得なくなった。農村に蔓延していたのは、絶対平等を基調とする、千年王国的な白蓮教徒の平等主義であった。それまでの中華世界において、王朝の転覆を実現してきたのも、このような農民を中心とする反乱における、菩薩の降臨と不平等や苦しみからの救済、浄土を建設する絶対平等主義のエネルギーであったと言える。(6)

4)農村に浸透する共産党の論理

農奴制
大都市部で国民党に敗れた共産党が、根拠地とした農村部では、まさに白蓮教的な救済の思想が、未だに息づいており、その根底には自由とか民主と言う以前に、平等それも絶対平等とでも言うべき主張が根強かった。共産党の指導者、特に毛沢東は、このような民衆の絶対平等主義のエネルギーの中に全ての王朝を転覆してきた農民大反乱の根源を観て、現在の中国革命のエネルギーに転化させうると考えたとしても不思議ではない。
共産党は、そうした農村において、農民の平等を阻害する要因である、地主⇒小作関係を解体して、搾取の構造を解消し、独立した自営農民を大量に創出することが、農民解放の課題と位置付けた。そして、このような地主を打倒する土地革命こそが、中華世界における共産党の中心的な革命課題となった。(7)

5)共産党の農民政策と白蓮教の類似性

白蓮
共産党が農村部に立脚し、農村部が膨大な農民層により成り立つ以上、その農民の支持を取り付けるためには、共産党は、平等主義を推進するためにも、地主を排除し、小作人を解放する運動を推進する必要があった。
このように共産党の推進する土地改革は、社会主義的な色彩よりも独立自営農民の創出を目指す、多分に資本主義的な色彩を帯びた改革であったが、共産党の成功要因は、この改革の過程に地主対小作という階級闘争の要素を持ち込んだことにあった。農民にも受け入れやすい、地主を打倒して小作人が解放されると言う、階級闘争の原理は、農民の反地主的な根強い反逆の思想に火を付け、広範な農民の反乱への参加による共産党への組織化に成功した。こうした農奴的状態からの農民の身分支配からの解放を主張する共産党の地主対小作の階級闘争を基調とする土地革命論は、自由よりも平等が強調されることで、大多数の農民からは、白蓮教の千年王国的絶対平等主義にも通じる伝統的な救済の思想と完璧に一致して観えた。(8)
このような共産党の反地主の平等主義的な政策は、大多数の農民から白蓮教の千年王国の実社会への転換の図式とも受け取られ、反地主運動に熱狂的に取り組む農民層を、共産党配下に組織化することを促した。

6)共産党の農民開放と民族解放政策への農民の圧倒的な支持

毛沢東 農村
日本軍の中国侵略により、共産党の農村における白蓮教的な平等への主張は、抗日と言う異民族支配からの脱却を目指す中華世界的なナショナリズムと一体化し、農奴的状態と民族的隷属からの解放の主張となり、このような共産党の農民解放と民族解放に向けた闘争方針が、中華世界における農村部からの圧倒的な支持を調達することに成功した。共産党は、このような展開の中で、農村部をバックに中華人民共和国の成立に至る大きな流れをつくりだすことに成功したが、そうした中で、個々人の政治的自由度は等閑視されることとなった。(9)
反地主と抗日と言う二本柱を押し立てて、中国共産党は農民解放と民族解放の実現のために活動することで、中国の大多数の農民層からの積極的な支持を確保することに成功した。

3.経済的富国化:反植民地状態から自立した経済体制の確立と工業化による産業強化の実現

人民公社

1)中国市場の特殊性と農業集団化の有効性

国民国家における領域内における市場の統一の実現は、国家の資本主義的な発展のための不可欠な施策と言える。そうした中で、中国においては、継続する侵略戦争と統一を阻害する地方割拠への根強い動きによって、経済的な統一が困難になっており、資本主義的な発展による自然な市場統一への希求というナショナリズムが醸成されることは無かった。(10)
西欧においては、考えられないことであるが、市民社会の未成熟な中国においては、市民階級の突き上げによる市場統一の実現は起こりえず、そのような動きは上からのみ成しえるのであった。
このような情勢下において、農村部の貧困問題を解消するための、積極的な施策として採用されたのが、社会主義的な集団主義と規模拡大による生産力向上の実現であった。このような方針の下に、中国における農業の発展が企図され、個人経営的な農業が否定され、大規模灌漑実現のための農業集団化が強力に推進され、人民公社として結実を観た。(11)
中国における農村部の貧困は大問題であり、このような問題の解決策として、農業集団化が実行されたが、この政策は改革開放政策の実施と共に直ちに取り消される運命にあった。

2)国家計画経済による工業化推進の必然性

毛沢東 指導
さらに沿海部において侵略してきた列強が、個々の勢力範囲ごとに個別に開発してきた分散化された工業配置を、全国規模で整合性のとれた形に整備するためには、上からの工業化が不可欠であった。(12)
中国においては、列強がバラバラに権益を確保しており、沿海部の工業化においても、その傾向は顕著であったが、これらを国家計画の下に統合的に推進するためには、上からの工業化以外に取るべき道は無かった。
国民党支配体制における官僚資本を主軸とする経済運営は、中国における経済発展を歪なものとし、健全な民族資本の自由な発展は観られなかった。このような歪んだ産業構造を変革するために、社会主義的工業化政策が採用され、中央統制による国家計画経済をベースにした経済運営が実施に移された。(13)
西欧におけるようなブルジョアジーの健全な発達も中国においては観られず、一部の官僚資本のみが非常に偏った経済的な発展を遂げていたために、このような経済状況をバランスよく立て直すためにも、社会主義的で、国家計画経済を主体とする中央統制をベースにした経済政策を採用せざるを得なかった。

3)経済面の集団化と計画化による貧困対策の成功

毛沢東 スローガン
このような経済面における集団化と計画化の推進により、市場経済原理は否定されたが、これは本来の目的である集団的安定と社会の平等化を実現し、中国に蔓延する都市、農村両面の貧困の撲滅に向けた動きを加速した。一方で、このような政策は、個々人の創意工夫の余地を狭め、独創的な発想を実現する機会を失わせ、市場統一による市場拡大のメリットが資本主義的な経済発展につながることはなかった。(14)
中国の当時の現実においては、やむを得ない事情でもあったろうが、計画経済の導入により、市場経済は否定された。しかし、社会主義的政策の採用による社会の平等化や都市・農村の貧困がある程度撲滅された功績は大きい。
 
<参考文献>
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p361
(2)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p361
(3)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p361
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(5)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(6)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(7)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(8)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362-p363
(9)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(10)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(11)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(12)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(13)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(14)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
 

西洋の衝撃=西欧によるアジア,アフリカへの侵略と植民地化の進行を帝国主義=国民帝国の論理から解明!

Vereshchagin-Blowing_from_Guns_in_British_India

「帝国」に関する諸類型のうち、西欧における国民国家の成立から西欧内部と西欧外部のダブルスタンダードを基調とするウェスタン・システム及びその中核を形成した「国民帝国のメカニズム」について検討する。

1.「国民帝国」の特徴と行動原理
2.「国民帝国」とは対極的な存在である「世界帝国」の特徴と行動原理
 1)「世界帝国」の概念
 2)「世界帝国」と「国民国家」の本質的な相違点
3.「国民帝国」が繁栄していた時代
 1)西欧国民国家間の競争と対外発展の連動
 2)西欧国民国家による世界分割の帰結としての国民帝国

1.「国民帝国」の特徴と行動原理

ヘンリー八世

ここからは近代のウェスタン・システムの中核を成した「国民帝国」について検討していく。
「国民帝国」とは、「主権国家体系の下で国民国家の形態を採る本国と異民族・遠隔支配地域から成る複数の政治空間を統合していく統治形態」であり、「世界体系としては、多数の「帝国」が同時性をもって争いつつ手を結ぶ」もので、「本国と支配地域が格差原理と統合原理に基づく異法域統合として存在」していた。(1)
このように「国民帝国」とは、本国においてはイギリス、フランス、ベルギーのような国民国家の形態を取りながら、アジアやアフリカにお
いては経済的・軍事的な優位性をベースに、「文明化の使命」などと言った正当化言説を掲げて、異なる民族や政治社会の意志を無視して支配・統治・制御を行うという帝国体系が重ねあわされていたのである。(2)
これこそダブルスタンダードの典型とも言える存在であったろう。すなわち、欧州本国においては、自ら以上の最高決定権を持たない主権・国民国家間の法的平等を前提に相互の内政干渉を拒絶する国家体系を構築していた(3)にも関わらず、植民地に対しては国家主権も基本的人権も踏みにじる収奪行為に明け暮れていたことは歴史的な事実である。
このように「国民帝国」は矛盾に満ちた存在として出現し、全ての諸国民が国民国家の理念に目覚めた時には陽炎のように消滅せざるを得ないような不安定な存在であったとも言えるだろう。

2.「国民帝国」とは対極的な存在である「世界帝国」の特徴と行動原理

ホワイトハウス

それでは、ここからは近代の国際体系を規定した「国民帝国」の存在についてより深く観ていくことにしたい。
まずここで「帝国とは何か?」ということを最大公約数的に規定しておく。それは「多民族・多宗教・多文化からなる広領域的政治社会」ということになるだろう。(4)

1)「世界帝国」の概念

次に帝国同士の並列的な存在を許容する「国民帝国」と対極の存在である「世界帝国」の概念についてもここで確認しておく。
「世界帝国」とは、上帝から天命を得た天子や神から委託された預言者、神の名代たる法王などが権力と権威によって、神や天の命令を代行して地上の世俗世界(天下)を治めるという宇宙論的な観念に支えられた帝国である。このような世界帝国は、儒教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などの諸宗教の教義や世界観に基づき固有の発現形態を持っていた。このような世界帝国は、神や天と言う絶対的な権威を基盤としており、自ずと普遍的な存在であるという世界観を有していた。このため自ら統治するエリアの外に存在する「異教徒」も本来はその統治対象であるという認識から、領域拡張や異教徒の取り込みは自明のこととされた。この世界帝国の「世界」とは自ら知りうる世界の全てであり、観念的には全世界と同義であった(5)

本ブログの全体のテーマは、「中華帝国」であるが、ここで挙げたように「世界帝国」としては、キリスト教・イスラム教・ヒンドゥー教など幾つかの普遍的な理念を掲げる「中華帝国」以外の帝国も実在した。
このうちイスラム教を理念とするオスマン帝国については、西欧の衝撃に対応した「世界帝国」のモデルケースの一つとして別項にて取り上げる予定である。

2)「世界帝国」と「国民国家」の本質的な相違点

ドイツ統一
次に「世界帝国」と「国民国家」の国境を巡る本質的な相違について検討してみたい。
「世界帝国」は、普遍的世界観と異教徒をも統一しようとする志向性を強く有しており、帝国の外延を常に拡張しようとする存在である。このように「世界帝国」においては、境界を可能な限り外へと押し広げようとすることを基本的属性としており、帝国の境界は流動的・不確定であることが帝国の生命力の根源の一つでもあった。また外延の茫漠さが、外部を持たない無限性や他者の存在を無に帰するのに役立ってもいただろう。このような開放系としての帝国の有りようは、国境を画定して領域を固定化し内部の固有性を軸として均質的統治を図る、自他の峻別に基づく閉鎖系としての主権・国民国家とは本質的に相違している。(6)

こういうわけで、世界帝国には明確な国境の概念は無いのが本来の姿であり、逆に国民国家は自らの存立基盤を確保するためにも明確な国境の存在が不可欠であった。世界帝国の外には荒涼たる原野や巨大な山脈、砂漠などの人跡未踏の地が広がるというイメージであり、一方で国民国家の国境の外には同様な国民国家が存在して共存しつつ競争するイメージであろうか。
また国民国家は、個別性を持った成員を平等に取り扱うことで統合することを志向するのに対して、世界帝国はその内部に相互に対抗する異質性や個別性を多様に内包しながらも、それらに対する支配者側の超越性により統合することを志向する。(7)
オスマン帝国版図

世界帝国の存立基盤がこのような支配者の超越性に由来する以上、世界観の異なる外界からの衝撃が強力であればあるほど、脆く崩れやすい状況に陥ることは自明であろう。オスマン帝国も清帝国もこのような西欧の衝撃に抗し切れず崩壊の道を辿ることとなった。
ただし、オスマン帝国は、跡形もなく消滅したが、清帝国の領域および臣民は、ほぼそのまま後継国家に引き継がれ今日に至っている。

「世界帝国」は、その唯一性と普遍性を基盤に成立しており、理念的には他の帝国の存在は想定されていないのが普通であった。
一方の「国民帝国」は、国民国家の延長線上に存在しており、国民国家が他の国民国家との関係性で成り立っていた。異民族・異文化の統治を国民国家が相互に認証しつつ、比較優位を求めてより多くの空間と資源を自己の統治領域に組み込むべく覇権を追求していく競合過程の中で国民帝国が徐々に形成されていったと言える。(8)

3.「国民帝国」が繁栄していた時代

アフリカ植民地

1)西欧国民国家間の競争と対外発展の連動

競合する国民国家間での競争が欧州の外での覇権競争につながり、その際の領域拡大の延長線上で結果的に「国民帝国」が形成されていったということになろうか。こうしてみると「国民帝国」というのはアジア・アフリカが覚醒する寸前に西欧の優位が極大化していたという特殊な時代環境の産物ということになるのであろう。
「国民帝国形成期」に西欧諸国を突き動かしていた衝動は、主権・国民国家体系の世界への普及というような高尚なものではなく、あくまでも自己保存・発展すなわち生き残りのためのなりふり構わぬ活動であった。現に存在する西欧の秩序はそのままに、他の地域を市場として再編成し、結果的に広域的多民族統治を行う国家形態へと移行していく中で徐々に国民帝国が形成されていった。この駆動力となる精神的基盤は、ナショナリズムであったが、ドイツ・イタリアなどのナショナリズムはその中でも先行するイギリス・オランダ・フランスの超域的資本主義活動や国民国家形成に対抗して自分たちの国民経済や政治社会の固有性を維持するための防御的なものであったという違いがある。(9)

「国民帝国」とはこのように西欧国民国家の危機意識の中に育まれ、アジア・アフリカ等のその他の世界を動乱の渦に巻き込んでいった。国民国家の形成により本国では、徐々に福祉政策や選挙制度の充実等の国民のための政策が取られ始めている中で、本国外地域の人民をかつてない不幸に追い込んでいったのは極めて対照的な有りようであり、このあたりは、人類の進歩とは何かを考えさせられる事案でもある。

2)西欧国民国家による世界分割の帰結としての国民帝国

植民地地図
いずれにせよ「国民帝国」は「世界帝国」のように普遍的理念の下に文明圏全体を支配するような存在とは異質であり、あくまでも本国たる「国民国家」を持ち明確な国境としてのボーダーを持った存在であった。
このため「国民帝国」相互間でもボーダーにより他の「国民帝国」と領域を接合しつつ、競合し並立するという関係が成り立っていた。
国民国家とは元来等質性をもった民族と領域性をもった土地との緊密な結びつきによって形成される「血と土の共同体」であるとすれば、「国民帝国」にように「民族と土地」を超えて拡張していくのは「国民国家」としては矛盾している。しかるに西欧の国民国家は、自らが生き延びるためには非西欧世界を自己の勢力圏に取り込み領域を拡張していくしか道が無い。また元来世界帝国とは、外縁を持たず外部に競合する他者を持たない卓越的な存在であり、境界線などというものは概念的に受け付けなかったが、国民帝国としては他の国民帝国との領域的区別を明確にするために人為的な境界線が必要不可欠であった。(10)

このように「帝国」としても「国民国家」としても相矛盾する要素を抱え込んだ「国民帝国」は当初からその存立基盤に脆弱さを併せ持った存在だったと言えよう。

尚、今回取り上げた国民帝国の意外な脆さや崩壊の原理については、以下のリンクで詳しく検討しています。
西欧の帝国主義列強によるアジア,アフリカ植民地支配の理念と法律体系!

参考文献
(1)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(2)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(3)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(4)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p90
(5)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p90
(6)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p91-p92
(7)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p91-p92
(8)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p92
(9)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p93
(10)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p94

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!

井伊直弼

小栗忠順

自主独立の精神を欠きアメリカ帝国内での安寧ファーストで対米従属最優先のドナルド・シンぞー関係から脱却するための日本における愛国的真正保守の論理を探る。

1.トランプ政権誕生の意義
2.日本の保守政治家の朝貢的対米従属傾向
3.日本独自の国家戦略に基づく日本のためのグランドデザイン確立の必要性
4.安倍政権の前倒し解散と小池都知事,前原代表による民進党解体,希望の党創設を巡る国辱的ドタバタ劇
5.小池都知事の希望の党が惨敗した要因の分析
6.日本型リベラルの再生としての立憲民主党の可能性
7.政治面における国民意識に訴える自主自立的な誇り高いトリクルダウンの必要性

1.トランプ政権誕生の意義

2016年のイギリスのEU離脱から始まり、特にその後のトランプ政権の成立により、世界は一変してしまった印象があります。
トランプ政権の特徴の一つは、大統領選挙の時点から顕著になっていましたが、既存の巨大メディアやマスコミとの世界認識の対立にあり、マスコミを介さないSNSを中心とするインターネットを活用した市民への直接の働きかけにある、とも言えましょうか。
またトランプ大統領の口癖に「フェイクニュース」という用語法がありますが、まさに事実と真実の見分けは困難であり、昔から「本当の真実は大衆から隠されてきた」という印象が、常に市民の側には内在していたことは間違いありません。ともかく、トランプ氏という全くのアウトサイダーがホワイトハウスという権力の中枢に座ることで、爽快感を感じたり痛快な思いをする市民が、アメリカに数多く存在することは紛れもない事実でしょう。

バノン氏

そのあたりの感覚は実際のところ私自身も共有しており、オバマ氏からトランプ氏に政権が移行して、かつてない面白い時代が到来したことを、非常に強く実感しているいるところです。
ちなみに、トランプ大統領の選挙戦でのアメリカ市民への直接の語り掛けの基調となる部分に多大な影響を与えたとされるバノン首席戦略官に至っては、レーニンを真面目に崇拝するアナキストである、との論評すらあります。これなどはトランプ政権の特殊性が、かなり異様なレベルであることの例証として十分でしょう。

アメリカで起こったことは、その後何年かすると日本にも似たような形で反映するケースがありますが、今後近い将来に橋下氏や小池都知事の活躍以上に衝撃的で日本の現在及び将来に影響を及ぼすような政治的な事件の到来が、間近に迫りつつあることを予感する今日この頃とも言えましょうか。
ヤルタ会談

2.日本の保守政治家の朝貢的対米従属傾向

私個人としては、トランプ大統領の出現に合わせて、日本もいい加減に対米従属の朝貢姿勢を改め、アジアに対しても世界に対しても、戦略的でより主体的な責任感のある立場と行動が要請されてきているのではないか、と痛感しているところです。
オバマ大統領時代までは、対米自立政策を積極的に推進すると田中角栄氏のように徹底的に狙い撃ちされて天寿を全う出来ず、対米従属の朝貢外交姿勢を徹底して貫けば岸信介氏のように現役時代は首相をつとめ引退後も政界の黒幕として長らく安泰である、というのが戦後の日本の政治家にとっての宿命のように位置づけられてきました。

しかるに、どうやらトランプ大統領は、日本の政治家が対米自立路線を突っ走っても、それほど大きな問題にしないような、これまでのアメリカの対日戦略の枠組みを超える柔軟で画期的な指導者である、というイメージがあります。
このことは、戦後長らく対米従属を基本とする朝貢外交を国家戦略の根幹とせざるを得なかった日本にとって、千載一遇の好機が巡ってきた、とも考えられます。

まさにこの好機にいたずらに、これまでの対米従属、朝貢外交姿勢一辺倒の政治方針から一歩も脱却出来ないのは、非常にもったいない行き方ではないでしょうか。

無条件降伏

3.日本独自の国家戦略に基づく日本のためのグランドデザイン確立の必要性

かつて戦前の日本は、大東亜共栄圏構想なる国家戦略を持ち、曲がりなりにも極東における新秩序構築を目指していたことがありましたが、戦後は一転して戦略なき国家に墜して長らく過ごしてきました。

一方、第二次世界大戦敗戦直後に日本とほぼ同様な境遇から出発したドイツは、史上初の欧州葬で追悼されることになったドイツ統一の父であるヘルムート・コール元首相やその愛弟子とも言われるアンゲラ・メルケル首相の指導下で、いつの間にか、EUの実質的な盟主となり、アドルフ・ヒトラーが構想していた欧州制覇を、軍事力よりも実は有効で、長期的な展望が可能な政治力・経済力を駆使して今まさに実現しつつあるところです。さらにもう一歩進めて中東からの難民殺到という現実を観れば、イスラム圏の一部もドイツ第四帝国に組み込みつつある現状かも知れません。
ヒトラー

翻って日本の極東における現状は、日中、日韓、日朝のいずれの関係を観ても、正常に進展している感じもなく、日本が極東の盟主だとは、誰も考えていない、と言わざるを得ないでしょう。

このあたりの日本の将来展望の不透明さに一石を投じ、新たなる戦略で国家のグランドデザインを描き、真の意味で未来に期待とワクワク感の持てるような構想を確立していく必要性を痛感しているところです。

4.安倍政権の前倒し解散と小池都知事,前原代表による民進党解体,希望の党創設を巡る国辱的ドタバタ劇

ちなみに、2017年7月2日の都議選で国政レベルの選挙戦では第二次安倍政権下では初めて大敗した安倍首相は、2017年10月10日に衆議院選挙を行うべく解散を断行しました。当初は、安倍首相が前倒し総選挙で大敗したイギリスのメイ首相の二の舞を舞うであろうと観察していたのですが、野党側のドタバタ劇は安倍首相側の混乱を遥かに上回り、大方の予想を超える選挙戦の様相を呈しました。
都議選大敗安倍首相

すなわち、2017年9月1日に蓮舫代表の勇退に伴う党首選挙を行った民進党は、枝野幸雄を破った前原誠司を新代表に選んだものの、その前原が新代表になったのも束の間の出来事で、突然小池都知事が急遽総選挙向けに立ち上げた希望の党に合流することを決断したのです。
その後、希望の党が民進党の議員全てを受け入れるわけではないことが判明し、リベラル的な世論の受け皿が消滅することを憂いた枝野幸雄を中心とした民進党の一部議員は2017年10月2日に立憲民主党を創設し、民進党は完全な分裂に追い込まれました。
この一連の動きは、安倍政権にとって素直に喜べる追い風とは言えないでしょうが、新党首を迎えて清新な気風で人心一新し、安倍政権に対峙するはずだった民進党がいきなり消滅するという、驚くべき展開でもあり以前から指摘されていた前原誠司の頼りなさが、安倍長期政権を打倒出来るかどうかの瀬戸際でまたもや遺憾なく発揮された、とでもいうべき状況となりました。
それにしても、2017年10月22日の総選挙にもし希望の党が勝利しても、党首である小池都知事は立候補していないため首相にはなれないので、安倍政権の本格的な受け皿にはなりえない形勢であり、希望の党も過半数が取れないであろうことを前提とし、安倍政権あるいは自民党の過半数維持の当面の継続を予想した選挙戦を展開している状況で、政権選択を公言しながら非常に中途半端な選挙となってしまいました。
希望の党小池都知事

5.小池都知事の希望の党が惨敗した要因の分析

もし希望の党が過半数を制したら、小池都知事はミャンマーのアウンサンスーチー女史のように、首相にはならないものの国家顧問的な立場で、国政を指導するということになりかねませんが、西側先進国でそのようなドタバタ劇を演じている国をあまり見かけないだけに、当面の政権運営だけでなく、日本の立場や国際的な地位に影響を与えかねないと心配していました。

結局、小池都知事の思惑は脆くも外れ、民進党の当選目当ての野合政治家たちを吸収した希望の党は惨敗し、私利私欲にまみれた自分ファーストの醜態有り様を見せつけられた市民の側から完全にノーサインを突き付けられる結果になりました。
安倍首相を早期の解散に走らせたのは、そもそも小池都知事が都議選で圧勝し、その余勢を駆って国政に進出する準備を整える前に、何とか民意?を反映した多数を確保して、政権の延命を図ろうとした愚挙だったわけですが、今回は小池都知事がいろいろな政治的失策を重ねたおかげで、自民党は嬉しい誤算とでもいうべき大勝を手にしました。
「神は細部に宿る」とも言いますが、日本の政治状況がこれほど繊細なバランスの上に築かれているとは、不覚にも思っていなかったので、今回の政界のドタバタ劇や小池都知事の失墜ぶりは、まさに他山の石として素晴らしい教訓を提供してくれたもの、と感謝しています。
小池都知事の敗因は、単に旧民進党のリベラルな議員への「排除いたします」「選別する」「全員受け入れる気はさらさらない」と言った一連の発言がマスコミで過剰に取り上げられただけではなく、やはり「自らがリスクを取り衆議院に鞍替えし、首班指名を安倍首相を競う姿勢を見せず、逃げ腰だったこと」「実際問題としてリセットを強調しながら、安保法制や憲法問題等をはじめとして安倍政権との政策の違いがはっきりしなかったこと」「舛添前都知事が引っかかったような狭量でセコイと評されかねない、政策協定書の原案が独り歩きしたこと」などが挙げられるでしょう。

さらに本来希望の党が切り崩す対象は、政策や思想が真逆である民進党ではなく、自民党のハズであり、結局安倍首相が押さえ込んでいる自民党でも右寄りの線に限りなく近い小池都知事が整合性のある政界再編を目指すのは、現時点ではかなり厳しかったというべきでしょうか。
民進党が離党者続出の中で崩壊しかけており、前原誠司と言う党首が頼りなくて、騙しやすいから手を突っ込んでヒトもカネも乗っ取る、というのでは流石に21世紀を迎えて、かつての道徳意識を喪失しつつある日本社会も受け入れることは出来なかった、というのが小池都知事の政権戦略の最大の失敗要因となりましょうか。

アウンサンスーチー

6.日本型リベラルの再生としての立憲民主党の可能性

どうせなら、社会党崩壊で雲散霧消し、まとまった政治勢力としての受け皿を欠いている日本の健全なリベラルな民心の代弁者として、立憲民主党がかつての社会党並みにパワーを取り戻し、自民党のリベラル勢力も吸収して、200議席を超えるような政治状況になれば、日本の二大政党制もかなり安定するような気もする今日この頃です。
立憲民主党枝野

どちらかというと、この日本におけるリベラルな方向性の政治勢力は、これまでも自民党やその延長線上にある保守政治家の対米従属姿勢とは一線を画する政治姿勢を示しており、日本ファーストな健全な愛国思想を発揮してきているような印象もあるので、社会党の事実上の消滅以来自民党を中心とする保守勢力が壟断し、対米従属の朝貢姿勢で政治的な暴走を繰り返す日本の政治状況を日本の市民に取り戻す第一歩になるのではないか、と期待しているというところでしょうか。
小林よしのり,山尾しおり

ちなみに、これまではいわゆる保守の論客として、左翼的立場の政治勢力と論戦することが多かったあの小林よしのり氏が、多くの政策課題における方針を確認した上で、方向性の近さから、今回はハッキリと立憲民主党支持を打ち出したのは印象的でした。
不倫問題を抱えながらも、逆境の中で当選を果たした山尾しおりも含めて、いわゆる健全なリベラルと真性の保守との政治路線の近さが、日本でもようやく小林よしのりをはじめとする影響力のある論客の間で確認されつつある、ということでしょうか。

ともかく、トランプ政権に対抗するアメリカのリベラルのパワーは、多少ねじれ感もありますが、日本では有り得ないものであり、明日の日本の政治のあるべき姿の一つになりそうな気もします。

帰ってきたヒトラー

これなどは、「帰ってきたヒトラー」で蘇ったアドルフ・ヒトラーが現代ドイツの保守政治家の政治姿勢に共感せず、却ってドイツの国土を守り真の市民ファーストを貫く「緑の党」に連帯する心境を抱くのに共通するところもあるのかもしれませんが・・・

7.政治面における国民意識に訴える自主自立的な誇り高いトリクルダウンの必要性

米軍オスプレイ
本来、当面選挙で問うべきは、対米従属朝貢路線の堅持か、治外法権的な日米地位協定見直しをはじめとする対米従属的な立場の見直しによる健全な国家意識の再生か、というあたりにあるような気もするところです。

2017月10月の総選挙では、自公政権側与党は事前の予想通り得票を伸ばして過半数を超え、総議席数の2/3を超える勢いで、維新や希望も含めると改憲勢力は全議席の70%程度を占有する勢いとなってきました。とはいえ、憲法改正反対を党是として結成された立憲民主党も躍進したため、安倍首相も性急で強引な改憲に向けた動きは当面自粛しつつ、慎重に世論の動向を見極めながら安保法制を強行したように機を観て一気に攻勢に出てくるのではないでしょうか。

ともかく、学園スキャンダルに端を発し、安倍首相に解散を決断させ、自民党政権の屋台骨を揺るがすかに観られた日本の政局の混乱要素は、結果的に民進党解体、自公政権与党の優位の確立、改憲勢力の絶対多数確保という、正に安倍首相が思い描いた構図を遥かに上回るような果実を日本の保守勢力にもたらしたということになりました。

久々に長期政権を維持する安倍首相の政治的才能は、流石に野党の比ではないことが証明された格好ですが、学園スキャンダルで安倍政権に批判的だった世論の動向は伏流水のように行き場なく、さまよい続けている印象も否めません。

その一部の流れを汲み上げたのが、立憲民主党だったわけですが、まだまだ政権交代を実現するようなパワーを確立するには至りませんでした。そういう意味では、今回の総選挙は安倍政権に批判的な世論の機微を十分に吸い上げることが出来ない結果に終わったわけで、大げさに言えば民主主義の危機ともいえるのかもしれません。

そういう意味で、民主党台頭時にも言われた政権交代可能な健全で強力な自民党に対抗する勢力の確立が、日本の民主主義の健全な発展のためには必要不可欠と認識しています。

さらにもう一歩進めて、新自由主義的な立場や鄧小平が改革開放で唱えた先富論でも、いわゆる経済のトリクルダウンが言われ、「フロントランナーがまず目一杯儲ければ、その影響で社会全体にもその豊かさが滴り落ちるように広まっていく?」と言う話がありますが、同様に「政治や国民意識においてもトリクルダウンと言うのがあるのではないか」、と私自身は考えています(ちなみに、日本における新自由主義の旗手であった竹中平蔵氏は、このところの西側先進諸国の社会情勢も踏まえて、経済面でのトリクルダウンの幻想性を指摘しているようですが)。
すなわち、現状の日本社会においては、2017年11月のトランプ大統領訪日で安倍首相が証明したように、政界トップが対米従属の朝貢的な姿勢に凝り固まっているので、その影響が国民意識全体にトリクルダウンして健全で独自の国家戦略や愛国心が育たず、アメリカと完璧に一心同体のあたかもアメリカの51番目の州のような異様な国家体制になっているが、日本でもトップの意思が変化し対米従属の朝貢的姿勢を止めて日米地位協定のような不平等条約を撤廃する方向で動き出し、独自の国家のグランドデザインを描き、アメリカの戦略から自立して自前の戦略を構築出来るようになれば、日本全体の国民意識においても健全でまともな愛国心や国家への誇りがトリクルダウンしてきて、より実り豊かで、世界に貢献出来る誇り高く自信に満ちた日本を取り戻せるのではないか、と考えているところです。

尚、現在の自民党政権の異様な対米従属、朝貢外交姿勢については以下のリンクにて詳しく分析しています。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

トランプ大統領の非常事態宣言はヒトラーの全権委任法による独裁体制確立と同様にラストバタリオンによるアメリカ乗っ取り=ナチ化の突破口である!

いつ決断するのか、と注視していたメキシコ国境の壁建設を巡る、トランプ大統領の非常事態宣言発動と強権的な政策遂行開始が遂に現実のものとなりました。

これまで、トランプ政権の実態について、いろいろ指摘してきましたが、今回の非常事態宣言は、戒厳令や軍事独裁へ直結しかねない、民主主義を危機に陥れる可能性の高い選択と言えなくもないでしょう。

これは、当にヒトラーが独裁体制を確立するキッカケとなった全権委任法を彷彿とさせるものとも言え、トランプ政権は非常事態宣言を発動することで、そのラストバタリオン的な性格を益々白日の下に晒し始めたと言えるのではないでしょうか?

ちなみに、これまでのトランプ政権内幕暴露本とは別格の信憑性を持ったニクソン大統領を辞任に追い込んだとされる「大統領の陰謀」を暴いた一人のボブ・ウッドワードの「Fear: Trump in the White House」が全米で発売され、初日に90万部を完売したとされていますが、この中に記載されている内容を子細に検討すれば、トランプ大統領が「アメリカを当に弱体化し世界を混乱の渦に巻き込もうとしている」という主張の正当性が証明されているような気がしましたが、今回の非常事態宣言の発動は、単なる政権内部の混乱と政策遂行の混迷くらいでは済まない形勢の進展であり、トランプ政権によりアメリカの政治状況が、より重大な危機の段階に入ったと言えるのではないでしょうか。

もはや、トランプのラストバタリオンとしての正体を見抜いたエスタブリッシュメント側の反撃として、ニューヨークタイムズが既に時効でこれまでにも語り尽された感のあるトランプの脱税や父親からの相続の問題を蒸し返し、ワシントンポストが昔の名前で出てきた訳でもないんでしょうが、当に満を持してウッドワードのいわゆる「これまでにない信憑性の非常に高いトランプ政権内幕暴露本」をそれぞれ中間選挙に照準を合わせてぶつけてきたこと、などは今回の非常事態宣言発動に較べれば小さな話に思えてきました。

今後のアメリカ政治の見どころの一つは、これらのエスタブリッシュメント陣営の大攻勢に対して、トランプ=ラストバタリオン陣営がどのような反転攻勢を行って、中間選挙の結果を踏まえて下院の過半数を制した民主党の攻勢を凌ぎ大統領選挙での再選を勝ち取れるか、というところではありますが、今回の非常事態宣言発動のより、政権と野党の抗争の一層の激化は避けられないでしょう。

ともかくこれまでにトランプ大統領は、既にラストバタリオンの正体を白日の下にさらけ出したかのように、盤石を誇っていたアメリカの支配構造を根底から覆すような言動を繰り返してきましたが、2018年春の段階で手の平を返したように不倶戴天の敵と思われた金正恩との首脳会談の設定を行い、返す刀でティラーソン国務長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官を解任し、自らの意向を反映し易いポンペオ、ボルトン両氏を後任に据えました。
北朝鮮と融和しつつ、中国とは貿易戦争から遂には「封じ込め政策」あるいはペンス副大統領の演説を読み解いた先には米中新冷戦の様相すら漂い始めました。またモラー特別捜査官の干渉を嘲笑うかのようにロシアのプーチン大統領への融和的な姿勢も目立ち始めています。
さらに、ここへ来て非常事態宣言発動と言うことになれば、トランプ政権の施策には訣別したはずのバノン路線がより本格的に復活してきた印象も強いですが、全般的には当にトランプ大統領独裁政権の完成間近の様相とでも言うべき展開も感ざるを得ないところです。そういう意味では、政治的にはバノン氏は、既に復権を果たし、トランプ大統領再選のシナリオを練り上げ、その再選戦略を完成してトランプに承認され、トランプ政権はそのシナリオ=再選戦略に基づいて動き始めている、とも言えるかも知れません。

そもそもトランプ大統領は、就任以来アメリカの分断を助長し、特にリベラル派やマスコミの神経を逆撫でするような言動を故意に強調してきたような節がありますが、遂に南軍のリー将軍像撤去をめぐる混乱に関して、アメリカの政治指導者が避けてきた白人至上主義に同情的で、リベラルなデモ隊と白人至上主義団体を同列視するようなコメントを行い、世論やマスコミを敢えて激昂させており、国民統合の象徴としての資質については疑問視せざるを得ません。
このような言動は、到底これまでの合衆国大統領では有り得ないものですが、トランプ大統領の動きの背後には、ヒトラーの予言したラストバタリオンの計算され尽くしたアメリカ解体劇が隠されているのかも知れません!?
そういう意味では、モラー特別捜査官が本当に捜査すべきトランプ関連の疑惑は、ロシアンゲートなどという皮相的で小規模な疑惑ではなく、UFO問題や南極大陸の地下基地や南米の秘密基地を巡る非公開情報問題、ひいては第二次世界大戦の幕引きを巡る米ソの非公開機密情報問題まで包含したラストバタリオンゲートとでも言うべき壮大なナチスドイツやヒトラーにまつわる非公開機密情報事案とトランプ政権との関連にある、ような気もしてきています。

ナチスUFO

1.アメリカを混乱に陥れるトランプ大統領の言動?
1)アドルフ・ヒトラーが予言したラストバタリオンとは何か?
2)アメリカのパンドラの箱を開け放ったトランプ大統領の出現
2.トランプ大統領の目指す偉大なアメリカ復活の先にあるもの
1)トランプ大統領の選挙スローガンに出てくる偉大な頃のアメリカの状況
2)徐々に浸食される白人男性優位のアメリカ社会の変貌とトランプ氏勝利の連関
3.トランプ大統領の実態は、アドルフ・ヒトラーの予言したラストバタリオンである
1)トランプ大統領は本当に「偉大なアメリカを復活」させる気があるのか?
2)トランプ大統領はアメリカを弱体化させるための「草」としてのエージェントかもしれない?
3)メキシコ元大統領が遂にトランプ大統領とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及
4)トランプ政権誕生にロシア・プーチンだけでなくヒトラーのラストバタリオンも関与?
5)アドルフ・ヒトラーのラストバタリオン予言の実現を急ぐかのようなトランプ大統領の異様な言動

1.アメリカを混乱に陥れるトランプ大統領の言動?

1)アドルフ・ヒトラーが予言したラストバタリオンとは何か?

ラストバタリオン
第二次世界大戦末期の1945年に、かのアドルフ・ヒトラーがラジオを通じて最後の演説を行った中で非常に気になる用語に「ラストバタリオン」というのがあり、そこでは当時「ドイツを東西から挟撃していたソ連とアメリカが、ある程度時間が経過すると仲違いして争い始める」ことを予想し、「その争いの中でラストバタリオンたるドイツの軍団が決定的な役割を果たし、最終的な勝利を手にする」というような発言をしている、と聞いたことがあります。
このヒトラー最後の演説は、非常に聞き取りにくく、文章に起こすのも大変なようで断片的にしか伝わっていないようですが、少なくとも演説の中核としての「予言」は、第二次世界大戦に間もなく勝利するであろう米ソ間で発生する争いの間隙を突いてドイツのラストバタリオン集団が出現し、世界の混乱を助長しつつ最終的な勝利が約束されている、というように受け取れるのではないかと思われます。

2)アメリカのパンドラの箱を開け放ったトランプ大統領の出現

反トランプデモ
さてNHKのBS1スペシャルに「ザ・リアル・ボイス~ダイナーからアメリカの本音が聞こえる」という番組があり、トランプ大統領の出現についてアメリカ国民の本音をアメリカの大衆食堂に集う普通の市民から聞いて回るという内容で非常に興味深いレポートになっていました。その中で「トランプの言う偉大なアメリカの復活というスローガンの中に人種差別の復活や社会の融和に逆行する強いメッセージが含まれており、トランプが大統領になることでアメリカ社会に不可逆的に亀裂が発生してしまった」という話がありました。
すなわち、トランプ大統領は選挙戦を通じて、さらには大統領就任後も一貫して、第二次世界大戦後のアメリカ社会が進歩?として封印あるいは少なくとも表面には出さずに来た、差別意識や人種、男女間、移民等への複雑な感情の渦を再び解き放ち、パンドラの箱を開けて混乱を撒き散らしている、ということは間違いないようですね。
そのことは、アメリカ全土を覆う数百万人を数える反トランプデモでも、立証されているような気がします。
首都ワシントンのホワイトハウスの直近のエリアも含めて、全米で数百万人の反政府デモが行われて市民が積極的に参加しているというのは、歴史的社会的環境は大幅に違い、一概に比較は出来ないことは言うまでもありませんが、1989年の天安門事件当時の中国の混乱時をも上回るような規模であることは事実です。

2.トランプ大統領の目指す偉大なアメリカ復活の先にあるもの

1)トランプ大統領の選挙スローガンに出てくる偉大な頃のアメリカの状況

偉大なるアメリカ

4 R

トランプ大統領が政権の最大の公約として連呼する「Make America Great Again」でイメージされている1950年代のアメリカは、確かに第二次世界大戦に勝利し、好景気に沸き経済も圧倒的に優勢で、アメリカ車も理想のクルマとみなされる絶頂期であったが、社会的には根強い差別感情が底流に(あるいは表立って)存在し、白人至上主義とまでは言えないものの、白人でしかも男性が圧倒的に優遇され大手を振って闊歩していた時代であった、ということになるようです。
逆に言えば、そのころは黒人も女性も新しくアメリカに入国してきた移民たちも、肩身が狭く厳しい差別に晒されて不自由で窮屈な暮らしを余儀なくされていた、ということになるといえましょうか。
今回、トランプ氏が大統領になって、反射的に?反トランプデモが全米を覆うようになったのは、「50年代の偉大なるアメリカ」当時の肩身が狭く窮屈な暮らしを思い出したり想像したりして、現時点では自由や伸び伸びと溌溂とした生き方を実現しているような人々が実感として、トランプ大統領の導こうとしている「偉大なるアメリカの時代」への拒絶意識を表明している、ということになりそうです。
そして、そのあたりを強調するリベラル派やマスコミに敢えて鉄槌を下すようにリベラル系のデモ隊と白人至上主義団体を同列視するようなコメントを発し、世論やマスコミを激昂させている状況と言えましょうか。

2)徐々に浸食される白人男性優位のアメリカ社会の変貌とトランプ氏の勝利の連関

公民権運動キング牧師

その後50年代以降のアメリカは時代が下るにつれ、製造業の中核であった自動車産業が崩壊に瀕したり、家電製品市場に日本製が溢れたり、消費財には中国製が溢れたり、というように徐々にアメリカの第二次産業が衰退していき、それと軌を一にするように「白人男性優位の社会から弱者保護、人種差別撤廃、女性の地位向上、移民への寛容」といったようなリベラルな施策の効果もあり、「本来アメリカの中核であったはずの白人男性が肩身の狭い思い」をする社会になってしまった、ということになるんでしょう。

今回のトランプ大統領の出現は、そういう「50年代以降のアメリカのリベラルを基調とした流れに真っ向から反発」するものであり、「いつの間にか虐げられていた白人の地位復活」こそが、今回の大統領選挙の隠れた最大の争点に浮上してきた状況の中で、大半のマスコミやリベラルな知識人も、ほとんど全くと言っていいほど、そのことに気付くことなくトランプ氏の勝利をただただ唖然として見守るという、結果になったようです。

3.トランプ大統領の実態は、アドルフ・ヒトラーの予言したナチスのラストバタリオンである

1)トランプは本当に「偉大なアメリカを復活」させる気があるのか?

アメリカ移民船
そういう中で、就任早々トランプ大統領は、オバマ時代の遺産を葬り去ることを急ぐかのように、矢継ぎ早に大統領令を連発しています。
オバマケアやTPP、移民や難民に対する寛容政策といったオバマ氏が中心的に取り組んだ、「リベラルで先進的な業績」の数々が一片の大統領令でいとも簡単に振り出しに戻されているようにも見える今日この頃とも言えましょうか。
オバマが政権終盤に向けて整備に努力し、ようやく日の目を見た、あるいは滑り出しつつあった、これらの政策の有効性を現実の流れの中で一切評価することなく、あっさりと廃止するような挙に出るトランプ大統領の行動は、控えめに見積もっても慎重さが足りないと言えますし、直言してしまうと短慮な軽挙妄動であり、自己の信念のみを貫こうとする猪突猛進の類と言わざるを得ないでしょう。
まさか、合衆国大統領にこのような行動に出る人物が就任し、ホワイトハウスが少なくとも4年間も支配されるというのは、つい数か月前までは世界中の多くの人々が、予想もしなかった出来事でもあり、何だか空恐ろしいような気がすると言えましょうか。

2)トランプはアメリカを弱体化させるための「草」としてのエージェントかもしれない?

アプレンティス
トランプ氏に関しては、一時クリントン陣営からは「プーチン氏の操り人形で、ロシアのエージェント紛いの人物である」とのスキャンダラスな中傷が語られたこともありましたが、これは荒唐無稽としてアメリカ市民に受け入れられることもなく選挙結果にも反映せずにクリントン氏は敗北を喫しました。

ちなみにトランプ氏はドイツ系であり、祖父の代の1885年にドイツからアメリカに渡ってきた移民三世にあたるようですが、トランプ家ではアメリカとドイツが二度にわたって世界戦争で対決した経緯もあり、ドイツ系ではなくスウェーデン系であると主張していた時期もあるようです。
このようなトランプ家の出自の話を聞いて思い出したのは、昔の忍者の類型の中にあった「草」と呼ばれる存在のことでした。
ここで取り上げた「草」と呼ばれる忍者の一群は、表立った武力としての忍術を駆使するわけではなく、「敵地に潜入して職業や住居を確保して、完全に敵地の人間として生活し、何代にもわたって情報収集や敵地の市民の洗脳、思想工作などを主体に陰に陽に継続的に活動」する存在であった、ということです。
忍者、草

そういえば、トランプ氏はテレビ番組や映画などのメディアに積極的に出演することで知られており、特に2004年から放送されているNBCの「アプレンティス(The Apprentice)」に、おいては番組のホスト役を自らプロデュースしながら務めていたのは有名な話です。ちなみに、この番組の視聴者の多くがトランプに投票した、という説もあるようです。
また映画に関しては、比較的有名な「ホームアローン2」への出演をはじめ、多くの映画に端役ながら顔を出しているのも、確認出来るところです。こうしてみるとトランプ氏は、何だか顔を出せるところには、どこにでも積極的に出演する姿勢が見え隠れしているような気がします。
だからと言って、トランプ氏がいわゆる「草」のような存在であるとは、誰も断言することはできませんが。。。
ホームアローン2

ちなみに現代のドイツの政治的な主流派であるメルケル首相やドイツのマスコミからは、名実ともにトランプ氏の選挙戦以来の偏狭なナショナリズムに基づくような極端な主張や保護主義的な姿勢に対する警戒感が強く、ルーツを同じくするドイツ系大統領の出現とは言っても独米関係がにわかに緊密化する気配は全く感じられません。
少なくとも表面的には、現代のドイツがトランプ氏に「EUの盟主として自由と民主主義の旗手を標榜しつつあるドイツ連邦共和国」との関連で、「草」の役割を期待していることは、今のところなさそうであると言えるでしょう。

3)メキシコ元大統領が遂にトランプ大統領とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及

ラストバタリオン

さて、そういう中でトランプ大統領に「メキシコ国境に壁を築くにあたって建設資金を出せ、と恫喝」されているメキシコでは、元大統領がトランプ氏とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及しているようです。メキシコ元大統領が遂にトランプ大統領とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及

アメリカ国内外で、トランプ大統領が就任早々に発令した「難民の受け入れ停止、イスラム圏からの入国禁止」に関する大統領令への反発が大きく広がりましたが、このようなトランプ大統領の決定がアメリカの建国の理念や国家の成り立ちといった、アメリカを歴史的に形作ってきた基本的な枠組みを根底から覆す危険で不可逆的な流れを引き起こすのではないか、との懸念も湧き上がって来ている印象があります。
このようにトランプ大統領は、就任早々アメリカという偉大な超大国の成り立ちを揺るがすような、ある意味では国家の成立基盤を根底から危うくするような政策を、「議会の承認や国民の意見」を一切顧慮する様子もなく?展開してきているわけですが、これはいわゆる「授権法(=非常事態の発生に対し通常の立法・行政手続きを行わずに権力を行使できる権限を与える法律)」の発動を連発する独裁者の行動を連想させるところもあるでしょうか。

こうしてみると、そのうちトランプ氏は、ロシアのプーチンのエージェントではなく、また言うまでもなく「EUを操りヨーロッパの盟主の地位を伺いながらも自由貿易と民主主義の旗手を自認する現代のドイツ」の「草」でもなく、「その真の実態はアメリカを混乱させ弱体化するために送り込まれた、かつてアドルフ・ヒトラーが最後の演説で言及した”ナチスドイツの最終勝利??を確保するためのラストバタリオン”ではないか?!」というような説が出てきても不思議ではないかもしれません。

4)トランプ政権誕生にロシア・プーチンだけでなくヒトラーのラストバタリオンも関与?

ロシアンゲート

すなわち、かつて第二次世界大戦の末期に、ヒトラーが予言していたラストバタリオンは、米ソに匹敵あるいは凌駕する強力で一枚岩の軍事的な集団として世界を混乱に陥れる、と想定されていたように読み取れますが、その後の時代の急激な変化の中でソ連が崩壊した今日に至っては、世界を制するためには当面は唯一の超大国アメリカを内部から掘り崩せば事足りる、という方向に方針が変容したのかも知れません。

国家安全保障担当補佐官のフリン氏の辞任問題も含めてトランプ政権とその成立に向けた合衆国大統領選挙の過程にはロシアが関与していた可能性が取り沙汰されており、ニューヨークタイムズあたりはその線でトランプ政権に徹底抗戦の構えに出ているようですが、普通の人が常識的に判別出来るような世の中に当たり前に出回っている情報の多くは、実はその大半が世論を誘導するための引っ掛け情報である、という見方があります。
つまり本当に重要な事案の真相は、表に出ている情報の裏の裏を読まないとはっきりしてこない、というわけです。例えばアメリカ政府の情報操作で記憶に新しいのは、イラク戦争開戦の前に政権側から流布され続け、今や世紀のガセネタとして暴露されている「大量破壊兵器」の問題というのもありました。これなどは、あまりにも単純過ぎるウソではありましたが、世界はうっかり騙されてしまいました。

そういう意味で、今回の合衆国大統領選挙の選挙戦の推移の中に何らかの謀略的な世論操作が入り込んでいるということは、十分にあり得ます。確かに選挙自体は100%公正に行われ、開票結果に関しても操作が行われたことはない、とは信じたいと思います。とはいえトランプ大統領自身は、開票集計作業そのものにも疑問を呈しており、選挙に負けたら開票の不正を追及すると宣言していたようですし、選挙に勝った後も執念深く自分の得票率がヒラリー・クリントンより低いのは開票作業に不正があったからではないか、とコメントしていましたが。。。

5)アドルフ・ヒトラーのラストバタリオン予言の実現を急ぐかのようなトランプ大統領の異様な言動

トランプ,ラストバタリオン
さて、かつてアドルフ・ヒトラーが予言あるいは目指していたような現在の世界を根底から混乱させるために、現時点で最も効果的な方策は何かと考えれば、真っ先に思いつくのは2016年段階で言えば目前で大々的に展開する合衆国大統領選挙に介入し、自らのエージェントを合衆国のトップに送り込んでアメリカを中枢から覆すことであったのではないでしょうか。
これまでの普通の合衆国大統領選挙は、エスタブリッシュメントから本命・対抗が選ばれて、選挙戦も大枠は筋書通りに展開し、新大統領選出後も約束された未来が淡々と展開するパターンで来たわけですが、今回は大幅に様相が違っていた印象が強いと言えるでしょう。
すなわち今回の大統領選挙では選挙期間中に、効果的な場面の最も的確なタイミングで、クリントン候補の私用メール問題が取り沙汰され、大統領選挙の結果に大きく影響を与えたことは間違いないところです。特に最終盤でトランプ氏の女性スキャンダルに対抗するかのように、投票ギリギリのタイミングでまたもやクリントン氏の私用メール問題が再燃し、有権者の投票行動に微妙な影響を与えたように想定されます。

そう考えると誰もが思いつくロシア=プーチン氏が合衆国大統領選挙に介入したという表面的な事象もさることながら、ここは事態の真相に近づくためにより深読みして世界に潜伏するヒトラーのラストバタリオンが「かつてアドルフ・ヒトラーが政権を獲得し、独裁者の地位を確立した過程通りに、100%民主的な手続き」を踏襲して、遂に合衆国大統領のポジションにエージェントを送り込み、世界のどこかに潜伏してきたナチス復活の最終局面としてアメリカを中枢から破壊する、という戦術に出た来たと考えるのもあながち不合理ではないかもしれません。

特に、南北戦争以来くすぶってきた南北の分断の古傷すら、こじ開けようとするかのような、トランプ大統領のシャーロッツビル事件への対応などは、アメリカの成り立ちや市民意識の根幹を敢えて揺るがそうと、混乱を煽っている節も見え隠れしています。

そういう方向性からトランプ政権の異常性を子細に検討していけば、モラー特別捜査官の捜査対象も自然とロシアンゲートなどという皮相的で大して世界情勢に影響を与えていない事案ではなく、より複雑怪奇で深刻なラストバタリオンゲートとでもいうべき、第二次世界大戦終末期の混乱状況の中でうやむやになってきた、UFOの起源の問題やリチャード・バード将軍が指揮を執った戦後直ぐのハイジャンプ作戦において怪情報が流れた南極地下基地問題、あるいは一部のUボートとともに忽然と数万人の単位で消息不明となったと言われるドイツの最高レベルの科学者や影武者を替え玉として失踪したナチス高官の問題等の真相とトランプ政権の真の政策目標との関連という重大問題の解明にある、ということになるのではないでしょうか。

尚、本稿で取り上げたトランプ大統領=ラストバタリオン説の延長線上でトランプ勝利の要因とバノン氏の関係を分析した以下のリンクもご参照ください。

トランプは米中冷戦や強硬な移民政策を強行しつつ大統領再選に向け人民独裁的手法のバノン主義=アメリカファースト路線を堅持する!

トランプ大統領は米中冷戦、西側同盟解体=バノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東的な人民独裁手法で大統領再選を目指す!

孫文,蒋介石,国民党政府が目指した中国の近代化,国民国家建設,中華大一統,帝国的秩序再建の行方!

辛亥革命

辛亥革命後に成立した中華民国の国民党政府が一貫して目指していた近代化,国民国家建設,帝国的秩序の再建の状況について取り上げる。

1.辛亥革命が目指したもの
 1)辛亥革命における成功と失敗
 2)辛亥革命の課題を引き継いだ中華民国
 3)辛亥革命の真の課題としての帝国的秩序の再建
2.中華民国の直面した困難な政治状況
 1)中国における伝統的政治意識
 2)辛亥革命後の政治状況
 3)中国が外来文明の衝撃に遭遇した場合の歴史的対応
 4)近代の衝撃に直面したイスラムと中国の状況

1.辛亥革命が目指したもの

1)辛亥革命における成功と失敗

辛亥革命の当初の目的としては「ブルジョワ民主革命」「共和革命」が標榜されていた。そうした中で現実の革命においては、「王朝体制打倒」「漢族視点からの民族革命」としては成功したが、「民主・共和革命」としては失敗した。別の観点からすれば、「王朝体制の崩壊」「伝統的帝国の瓦解」を促したが、「帝国的秩序を再生し統一国家としては再建」することには失敗したと言えよう。
すわなち、「既に立ち行かなくなった旧政権を打倒」したものの、速やかに「新世界秩序の構築」することに失敗し「瓦解した帝国の再建」「分裂した天下を安定的統一世界に再建」することが出来なかった。

2)辛亥革命の課題を引き継いだ中華民国

辛亥革命222
このため辛亥革命において達成出来なかった課題は、その後の中華世界再建のための課題として中華民国期に引き継がれた。また、この課題は、中国知識人、読書人の共通課題となり、その解決に向けた対応が、彼らの存在意義となった。(1)
確かに異民族支配を打倒しても、その後に混乱やアナーキーしか残らないとすれば、革命としては失敗と言わざるを得ないだろう。破壊の後に再生と建設が続かなければ革命の大義は失われかねない。
そういう意味では、辛亥革命の究極の目的は、弱体化した体制を一旦リセットして、より強力で安定した秩序を再建するという伝統的中華世界において繰り返された循環論的な要素も濃厚だったのではなかろうか。そして、辛亥革命においては農民大衆が静観(2)していたため、大規模な 農民反乱のような旧体制の全面的な破壊に至らなかった(3)ので、新体制に向けての全面的な刷新が上手くいかなかった要素もあるかもしれない。

3)辛亥革命の真の課題としての帝国的秩序の再建

溥儀
辛亥革命により既に統治能力を喪失しつつあった清帝国は崩壊したが、その後に速やかな帝国的秩序の再建に失敗したため中華世界はまさに「帝国の瓦解の危機」に直面した。すなわち、「帝国の瓦解」により以下のような多方面な影響が発生した。

・地理的には、各地に軍閥が軍事的に割拠することで統一帝国が瞬く間に分裂国家・分裂社会へと豹変した。
・政治的には、天下の安定的統一に必要な統一権力が崩壊し、政治的中核が分裂した。
・思想的に観れば、皇帝専制を合理化させてきた伝統的価値観が分裂した。

この時点における中華世界の知識人や読書人の危機意識には、帝国主義列強の中国侵略も関係してくるので民族主義的な色彩も帯びているが、やはり本質的には「伝統的社会崩壊=中華世界としての天下の崩壊や喪失」に関連する危機の要素が中核をなしていた。(4)
これらの課題は、エリートとしての中国知識人、読書人の共通課題となり、その解決に向けた対応が、彼らの存在意義となったとも言えるだろう。

2.中華民国の直面した困難な政治状況

董仲舒

1)中国における伝統的政治意識

中国における政治意識は事実上大衆に由来せず、そのほとんどがエリートに由来すると言う状況がある。そしてそういうエリートは、天下思想をほぼそのまま維持し、しかもその中華天下が危ういという危機意識を共通認識としているということである。このような感覚は、日本人の普通の感覚では、なかなか把握しずらいところもあるかも知れない。島国で外国からの侵略もほとんどなく、民族的にも他者を意識せずに暮らすことが大勢であり、国家領域も日本列島という確固として安定した範囲をイメージ出来る日本人からすれば、「中華天下の広がりの大きさ」や「帝国としての多民族的性格」及び「その分裂の危機の切実さ」は想像の範囲でしか捉えられないところもある。

2)辛亥革命後の政治状況

大一統メカニズム
辛亥革命が旧体制の打倒にのみ成功し、強力な後継政権の確立に失敗したことにより、中華世界の危機的状況はそのまま存続し、「中華大一統成立のための4条件」(5)が揃わなくなった。
大一統の条件が揃わないケースでは中華世界は、魏晋南北朝的な分裂と混乱が発生するパターンに当てはまってくる(6)が、辛亥革命後の中華民国期においても軍閥割拠や諸外国特に日本の侵略と言った混乱が広まり、安定した統一的な領域支配が困難になっていった。とはいえ、中華民国=国民党統治の時期においても中華世界はオスマン帝国のように完全に解体することなく生き延びたことは、歴史的事実であった。

3)中国が外来文明の衝撃に遭遇した場合の歴史的対応

五胡十六国
中国社会内部の混乱が増大し、さらに外来文明の衝撃と結合して短期間に排除出来ない状況に陥ると、大一統を支える内部構造に混乱が発生し、中国社会は特異な準安定構造へと向かう。中国文明は、独自性が強く外来文明の衝撃に対して、素早く自己の枠組みにはめ込んだり、日本のように直輸入することも出来なかった。
中国は、しばし困難な時期を過ごし、混乱や衰亡の局面に陥るが粘り強く外来文化を消化していき、表面的には征服されたように観えても、実は真珠貝のように異物を融かし込んでいった。そしてあたかも征服者が征服・同化されるように、最後は消化と融合の力を発揮して宝のような真珠を完成させてきた。(7)

4)近代の衝撃に直面したイスラムと中国の状況

オスマン帝国崩壊
確かに、中国が強力な同化・吸収力を持っているのは事実かも知れない。中華世界においては、今日に至るまで中華を支配したあらゆる征服民族が呑み込まれ、征服民族の根拠地を含めて最終的には中華天下の拡大につながってきたのも事実である。これまでのところ途中経過ではあるが、近代の衝撃以降の欧米との関係も、その延長線上にあるのかもしれない。中華世界に匹敵する歴史的・地理的・宗教思想的な広がりを誇ったイスラム世界は近代の衝撃の中で木っ端みじんに砕け散ったが、中華世界は何とか生き延び「帝国としての一体性」を保ちつつ発展の端緒をつかみつつあることは我々が日々目撃しているところである。

さらに言えば、もし日本が日中戦争に勝利し、中華の支配者として君臨した場合も、あたかも清朝のように何年かは支配出来たであろうが、そのうち圧倒的な漢族の渦に飲み込まれて、日本列島が中華天下の不可分の一部として組み込まれた可能性は低くないような気がするが、これは当たらずといえども遠からず、と言うことにならないだろうか。

本稿に関連して、以下のリンクでは辛亥革命後の中華世界を統治する役割を担った「中華民国=中国国民党政府」の課題と挫折の道筋について検討する。
孫文,蒋介石らの国民党政府による中国の帝国的秩序再建が挫折したのは何故か!

参考文献
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p11-p13
(2)J・チェン:袁世凱と近代中国 岩波書店 1980  第12章 評価  p292
(3)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱との崩壊 p104-p105
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p13
(5)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第一章 中国封建社会の宗法一体化構造 p32
(6)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定化構造 p167
(7)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定化構造 p185

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

森友、加計などの学園スキャンダルや相次ぐ閣僚、議員の失言暴言の嵐の中でも、野党の崩壊で先の総選挙には勝利した安倍首相ですが、アメリカとの親密さは北朝鮮への対応も含めてトランプ大統領から百パーセントともにあるとのコメントが飛び出す状況であり、安倍首相にとってはアメリカ帝国の内懐に抱かれる居心地の良さが際立つようですね。
トランプ大統領からは、真珠湾攻撃の裏切りと背信を忘れない、と警告されていたことも暴露されましたが、今後消費税増税や憲法改正に踏み切れるのでしょうか??

ここではいわゆる保守政治家に共通する対米従属、朝貢外交の起源に迫ってみたいと思います。

ペリー

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?
1)ペリー来航と黒船の衝撃
2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失
2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏
1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移
2)日米開戦に至る経緯
3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗
4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?

1)ペリー来航と黒船の衝撃

黒船来航

長らく超大国として君臨してきた清朝の安定的統治を根底から揺るがすアヘン戦争が1840年に発生し、極東情勢もようやく風雲急を告げ始めた1853年7月に遂にペリー率いるアメリカ艦隊4隻が東京湾内の浦賀沖に来航し、アメリカ大統領の親書を徳川将軍に手交することを求めてきました。
この時、出現したペリー艦隊の軍艦は、その外見から日本側からは黒船と呼ばれましたが、「アメリカ独立記念日(7月4日)」の祝賀と称して数十発の空砲を発射したり、江戸湾内を測量するために江戸に接近したり、といった効果的な威嚇を行ったため、江戸では庶民から幕府高官に至るまで混乱状態に陥った、と言われています。

ともかく、初めて巨大な戦艦を4隻も見せつけられた、日本人は衝撃を受け、この時の深刻で根源的な衝撃が、突き詰めて言うと幕末の尊王攘夷運動、明治時代の富国強兵、日清日露戦争から日中戦争、太平洋戦争に至る軍国主義にもつながる武力増強、国力強化重視の国策を生んだと言える、ような気もするところです。
ある意味では、黒船の衝撃は、国民共有のトラウマ?となり陰に陽にその後の日本の国策決定に影響を与え、太平洋戦争に敗戦して、その熱から冷めるまで一貫していた脅迫観念となっていたのかも知れません。

ちなみに、江戸幕府のトップは、アヘン戦争の詳細からペリーの来航に至る極東を巡る情勢を、オランダ風説書を中心とした情報源からかなり正確に把握しており、既に黒船来航の約一年前にはオランダ商館長から別段風説書としてペリー来航も予告されており、そこにはアメリカの要求する通商条約に対するオランダ版の対応素案まで提示されていた、と言います。
ともかく、当時の江戸幕府で将軍の下で最高意思決定者であった老中首座の阿部正弘は、それらの情報を踏まえた意思決定を行ってはいた、ということになるようです。

2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失

鹿鳴館外交
その後、幕府の弱体化の進行と欧米列強の極東への進出の延長線上の「閉鎖的なアジアの諸帝国への開国の圧力」の流れの中で、いわゆる「安政の五カ国条約」が締結されました。
この条約において特に日本側に不利な不平等条約として問題になるのは、「治外法権と関税自主権の喪失」ということになりましょうか。
このうち、治外法権の喪失については「条約締結国の領事裁判権の確保と条約締結国人の日本での犯罪に法律や裁判が適用除外」ということであり、関税自主権の喪失については「日本側の関税自主権の否定と外国との協定税率の優先」が規定されています。
さらに最恵国待遇の問題もあり、これは日本側に対してだけ最恵国待遇を義務付けており、締結相手国側にはその義務が無いというような規定があったようです。

この幕末に締結された不平等条約は、戊辰戦争で江戸幕府に勝利して明治維新を達成した薩長藩閥を中心とする明治新政府の正統性が諸外国にも承認される中で、明治時代にも引き継がれていきました。
明治新政府は、諸外国に幕末の不平等条約の不当性を訴えたものの、その実態としては不平等条約改正の基準となった「日墺修好通商航海条約」は、明治二年の段階の条約でありながら、幕末の不平等条約では曖昧になっていた諸外国への利権や特権を明確かつ詳細に条約上に規定する内容となっており、条約改正の道のりは厳しいものとなりました。

その後、井上馨を中心とする鹿鳴館外交、伊藤博文を中心とする大日本帝国憲法の発布や日清日露戦争の勝利による諸外国への国力充実のアピールも功を奏し、様々な紆余曲折を経ながらも日露戦争から数年経過した第一次世界戦争前の1911年の段階になって、ようやく関税自主権を認める日米修好航海条約が締結され、それに続いて諸外国との同様な条約が締結されました。
この段階に至り、不平等条約が事実上撤廃され幕末以来の懸案だった「欧米列強と名実ともに?対等な立場を確保」し、国際社会での自由で独立した立場を確立することに成功しました。

2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏

1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移

日中戦争
さて、黒船来航以来の富国強兵の延長線上で、欧米に追い付き追い越すべく武力の強化に注力してきた日本は、日清日露戦争という極東における戦場において勝利し、欧米列強と肩を並べる帝国主義的な大国としての地位を着々と固めていきました。
さらに日本は、1910年の日韓併合の流れの中で、満州から中国大陸への進出を企図し、満州事変による満州帝国の建設や盧溝橋事件を経て、日中全面戦争に至ることとなりました。
日中戦争においては、天津、北京、上海を次々に攻略するなど日本側有利に展開し、南京攻略前に日本側からドイツ大使を介して和平案を提示し、南京攻略前の段階では蒋介石も受諾の方向で検討していたようでしたが、南京攻略後の日本の中国側への要求の増大や傲慢な態度などにより、日中交渉は決裂しました。

2)日米開戦に至る経緯

真珠湾攻撃
戦術的な勝利を続けながらも、南京陥落以降重慶に移駐した蒋介石政権を打倒する戦略的な日中戦争の勝利という出口が見えない状況の中で、日本はどのように事態を打開するかを模索する必要に迫られてきていました。
そういう中で、日本は1940年にドイツ、イタリアと三国同盟を締結し、英米から離反し枢軸側に軸足を移した国策を遂行する方向に動き始めました。
実際のところ日本が戦争継続のための資源の大半を依存するアメリカと距離を置くことになる枢軸側との三国同盟の締結には、日本側にも多くの批判や懸念があったと言いますが、ドイツが欧州の大半を制圧し、特にフランスが短期間で征服され、ヒトラーが早朝のパリを散歩する情勢に至って「バスに乗り遅れるな」というような短絡的な認識が優勢となり、結局は日本は戻れない道を歩み始めることとなったとも言えましょうか。

アメリカは、欧州でのドイツの圧倒的な優勢と孤立するイギリスの狭間に立ち、イギリスを軍事的に支援することはしませんでしたが、極東では三国同盟の一角である日本への経済制裁を強化し、屑鉄の輸出を禁止したのを皮切りに先述の日米修好航海条約が廃棄され、石油の輸出禁止などの日本への制裁が始まりました。
戦争継続能力に問題が生じた日本は、資源確保を目指して仏印進駐を遂行しましたが、これがより一層アメリカを刺激し、対日制裁を強化してきたため、野村駐米大使とハル国務長官の間で日米交渉が行われましたが、紆余曲折の末に交渉が決裂し、最終的には日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃して日米の全面戦争に至ることとなりました。

それにしても、アメリカからの資源に頼って戦争していた日本が、その資源の供給先のアメリカを自ら奇襲攻撃してまで戦争を開始する必要があったのかは、はなはだ疑問のあるところでしょうか。

3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗

硫黄島の戦い
日本軍は、真珠湾での奇襲攻撃の戦術的な成功以降、基本的にはミッドウェー海戦のあたりまでは超大国アメリカを相手に有利に戦局を展開しましたが、1942年6月のミッドウェー海戦では日本海軍は4隻の空母と重巡洋艦1隻を喪失する大敗を演じました。
その後、1942年8月にアメリカ軍は、日本海軍が飛行場建設をほぼ完成させていたガダルカナル島を占領しましたが、日本海軍としてはこの飛行場を何としても奪還すべく、陸軍に強く要請してアメリカ軍と日本軍との間に壮絶な死闘が繰り広げられていくことになります。
ガダルカナル島を巡っては、こののち三次にわたるソロモン沖海戦やガダルカナル島における消耗戦が半年程度続いたのち、補給線の問題やこれ以上の損害を回避する必要等を勘案して、1943年2月に遂に日本軍はガダルカナル島からの撤退を決断するに至りました。
さらに、1943年4月に山本五十六連合艦隊司令長官が乗っていた航空機がアメリカ軍に撃墜されるという事案が発生しましたが、これはアメリカ軍が日本の暗号を解読し機密情報がほぼ筒抜けになっていたことの証左と想定されます。

こののちの太平洋における戦況は、アメリカ統合参謀本部の立案した、
1.封鎖(油田と戦略拠点の遮断、日本本土への物資輸送の妨害)
2.空爆(日本本土の主要都市への空爆)
3.上陸(日本本土への上陸による地上戦)
という三段階の「対日作戦計画」の戦略に沿うような形で推移してしまいました。

その後、日本軍は各地で補給線を寸断され、車両、航空機、艦艇への燃料の補給が困難になってきていましたが、具体的な戦局ではサイパン陥落(1944年7月)、テニアン陥落、グアム陥落(1944年8月)の一連の戦いによりアメリカ軍が日本本土へB29戦略爆撃機で空爆することが可能になりました。
特にサイパン島陥落は、日本にとっての当該方面での最重要基地の失陥を意味し、この時点で日本軍の反撃の可能性はほとんど無くなったと言って良いでしょう。

東京における政治情勢も、「絶対国防圏」の一環として設定していたサイパン島陥落により、東条英機内閣の崩壊という余波を被ることになりました。

さらに1945年1月にはフィリピン島陥落、1945年3月には硫黄島陥落と続き、制空権の喪失とも相俟って1945年3月の東京大空襲をはじめとする本土空襲の激化、1945年3月~6月の沖縄での地上戦、1945年8月広島・長崎への原爆投下、ソ連参戦と続く一連の敗戦に向けた流れを辿ることとなりました。

この敗戦の帰結は、ルーズベルトがこだわっていた無条件降伏であり、東京、大阪、広島、長崎をはじめとする京都・奈良以外の大半の都市の破壊し尽くされた廃墟の悲惨な姿でした。

その後には、あのカリスマ性に溢れたダグラス・マッカーサー連合国最高司令官とGHQによる占領が数年にわたって続くことになります。
徹底的で壊滅的な大敗と無条件降伏、さらには日本史上他に類例を見出せない外国軍隊による占領という激動は、民族的なトラウマを生み出したとも言えましょうか。

日本、特に自民党政権の対米従属路線の根幹にはこのような長きにわたる歴史的な経緯が横たわっていると言えるのではないでしょうか。

4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

ブレマー長官
ちなみに、アメリカによる軍事的な大勝とそれに続く組織的な占領政策の実施、という日本に多少なりとも似通った道程を21世紀になって辿った国にイラクがあります。
恐らくアメリカと戦っている段階では、日本もイラクも反米嫌米感情のレベルは、そんなに遜色なかったのではないか、と思われるほど徹底的なものがあったのではないかと思われます。
さらに、イラクにはGHQと比較されるCPA(連合国暫定当局)という戦後処理の組織が設立され、その代表者にはこれまたダグラス・マッカーサーのポジションと比較されたポール・ブレマーが就任しました。

しかるに、日本とイラクでは占領時代から戦後に至る対米感情や西側民主主義に対する受け入れ度合いは、まさに懸絶していると言わざるを得ません。

この相違を検討してみると、そこには幾つかの理由が浮かび上がってきます。

①日本とイラクに対する「西洋の衝撃」の歴史的文化的な状況の相違
日本が対米従属や西側の価値観を全面的に受け入れるまでの経緯は、ここまで記載してきたとおりですが、イラクの前身は別項でも詳述したオスマン帝国の一部でした。オスマン帝国はある段階まで、イスラム世界を体現する世界帝国として君臨しており、イスラム世界も一枚岩を誇っていましたが、今や現状のようなバラバラな国家群に分裂?しています。シリア,イラク等の中東情勢混迷の根底にあるイスラム世界秩序=オスマン帝国の崩壊!
②戦後処理遂行担当者の資質の相違
GHQとCPAのリーダーの資質の相違、すなわちマッカーサーとブレマーのカリスマ性、政策遂行における実行力、信念といった人間的な要素も、いわゆる占領政策遂行にあたって大きな影響があったのではないでしょうか。
③政策遂行を取り巻く地政学的環境の相違
GHQの日本統治においては、当初は軍国主義の影響を排除する目的で戦犯を中心に公職追放が横行していましたが、ソ連との冷戦が本格化すると真逆の赤狩りやレッドパージが行われはじめ、日本の再軍備や産業力の強化が至上命題になっていきました。そういう中で日本は非常に恵まれた環境で戦後を過ごすことになりました。
他方でイラクや中東は、イスラム世界がテロの温床であるとの市民レベルでの広範なイメージの悪化や駐留軍の士気や質の低下、刑務所内での拷問の横行など中東と西側世界が戦後に和解する要素がほとんど皆無と言っていい好ましくない環境が出来上がってしまいました。

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このような要素も相俟って日本の対米従属路線は定着し、戦前が地獄に思われるほどの優遇された国際環境の好転の中で、日本は高度成長を現出し、「アメリカとともに歩めば間違いない」との広範な国民的コンセンサスが非常に自然かつほぼ完璧に日本の国策としてビルトインされることになりました。

これは、当にかつての中華帝国の周辺弱小異民族が、帝国の一員として味わった安定、平和、繁栄、調和と類似しており、外界からは一見不合理で不平等な矛盾に満ちて見える帝国的秩序が、想像を超えた永続性を維持する根拠のような気がします。
そういう意味で日本が、太平洋戦争の「戦後」を70年以上にも渡って、後生大事とでも言うように維持し続ける理由も、アメリカと言う「帝国」の周縁部の一員として生き続ける安楽さや過ごしやすさが、途方もなく居心地がよい、ということの証左となるのでしょう。
さしずめ自民党政権は、その帝国的秩序の典型的な構成要素となりましょうか。

尚、本稿に関連した自民党政権の対米従属、朝貢外交傾向を分析した以下の内容もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!

トランプ大統領の再選は毛沢東風の人民独裁的手法を駆使したバノン主義=アメリカファースト路線で約束されている!

<トランプ大統領の発動したアメリカファースト革命と文化大革命,農民大反乱の類似性>
トランプ大統領は次々に発生する政権内幕暴露を当に炎上商法の手法で十全に利用しつつあるようです。
2018年段階でのトランプ政権の動向は対中国政策、対イラン政策の強硬路線へのシフトや北朝鮮政策の対話路線への変更、マクマスター、ティラーソン解任など当にバノン主義を忠実にトレースしつつあり、実態としては水面下でのトランプ=バノン枢軸がより一層の強化が進んでいるようにも見受けられます。

ちなみに、バノンはトランプ政権では首席戦略官として大統領就任演説の骨子やイスラム過激派の入国制限を志向する大統領令、TPPやパリ協定離脱などの重要政策を主導し、2017年8月の首席戦略官退任以降は、保守系メディアサイトのブライトバートに戻り、中間選挙に向けた共和党トランプ派拡大に向けた活動とトランプ支持層への教育宣伝に明け暮れ、手始めに2017年9月のアラバマ州上院議員補欠選挙で共和党主流派が推す候補を破り、「支配階級と戦う革命」の勝利を宣言しています。(ちなみに、このバノン氏が推していた候補は、本選挙で民主党に敗れ、共和党は上院の貴重な一議席を失ったが、バノン氏は民主党を勝たせるための共和党主流派の陰謀を指摘していた)

その後、バノン氏は暴露本への情報提供を巡ってトランプ大統領の怒りを買い、表面上は完全に失脚したかに観られていますが、トランプ政権のバノン主義への傾斜は、過激なまでに進行してきている情勢です。

結局、中間選挙の結果には、ある意味では不気味なほどに、ニューヨークタイムズやワシントンポストが満を持して放ったトランプ政権内幕暴露が、影響しなかった印象もありました。
すなわち、トランプ大統領の岩盤支持者達は、多少トランプが批判されてもビクともせず、当にフェイクニュースと受け流して、トランプのTwitterに走り、反トランプの民主党支持者たちは、最初からトランプを詐欺師紛いの怪しげな不動産屋としか観ていないので、これまた政権の内幕の混乱を、それみたことかと囃したてるものの、元からトランプや共和党に投票する気が無いので、選挙結果には影響しないということでしょう。

逆にトランプ大統領としては、今回の中間選挙で共和党の中の反トランプ分子である伝統的な自由貿易主義者やネオコン系の対外干渉主義路線をクレンジングし、ミニトランプを大量に議会に送り込むことに成功したわけで、お膝元の共和党のトランプ化が進行しました。
また突き詰めて考えれば、保護主義や対外不干渉、国内産業保護は、基本的にリベラルや労働団体の主張とも符合する要素があり、今回の下院の結果もまんざらトランプ大統領にとって最悪の結果でもないかもしれません。
何と言っても、信じられないような逆風の中で、トランプ大統領は、そのロックスターのようなカリスマ性、アイドル性を遺憾なく発揮し、まさにひとりで民主党の地滑り的な大勝を阻んだワケで、上院での勝利と併せて考えれば、これこそは奇跡的な途轍もない勝利とのトランプ大統領のTwitterに首肯せざるを得ないのではないでしょうか。

そういう意味では現時点では、下院の議会運営を懸念する見通しが大勢ですが、トランプはオバマ前大統領の轍を踏むことなく、結構無難なディールをこなしていきそうな気もするところです。

1.文化大革命発動時の毛沢東の政治方針と類似するトランプ大統領の状況認識

毛沢東,文化大革命
トランプ大統領,就任演説
ここでアメリカにおいて既成秩序の転覆を図りつつあるトランプ大統領が目指す方向性について、再確認しておきたい。
トランプ大統領は選挙期間中から就任演説まで一貫して、「アメリカの主権を既成のエスタブリッシュメントからアメリカ市民の元に取り戻す」と発言し続けてきており、大統領就任後もその姿勢にブレは無いように読み取れる状況である。
多くの報道番組において、ゲストとして招かれた中国人記者もコメントしているが、このような方向性は毛沢東の文化大革命期における発言に非常に酷似している、と考えてよいかもしれない。

2.トランプ大統領の革命が目指す既存エスタブリッシュメントと秩序の破壊

デトロイト廃墟
すなわち、「これまでワシントンの政界やウォール街の財界のエスタブリッシュメントから無視され続けてきた、アメリカの草の根の市民の声を吸い上げて、ワシントンの中枢に乗り込んだトランプ大統領自身が率先して、既存秩序をぶち壊して、アメリカを市民の手に取り戻す」という運動は、まさに毛沢東が文化大革命で推進した運動との共通点が多い、と指摘することが出来るのではないだろうか。

そういう意味で、中国において毛沢東が発した1966年5月「通知」になぞらえて言えば、トランプ大統領の革命は「アメリカ市民という一つの階級が、アメリカの既成のエスタブリッシュメントという一つの階級を覆す政治大革命」を起こすことであり、その目的は「現存している既存エスタブリッシュメントが設定した全ての秩序を破壊する」ことにある、ということにもなるだろうか。

3.トランプ大統領のアメリカファースト革命を推進するバノン氏のレーニン主義的政治信条

レーニン
トランプ大統領が手始めにやり玉に挙げているのが、既存のマスコミであり、「マスコミの流している多くのニュースはフェイク・ニュース」とされ、本当の真実は「現代版の壁新聞」にもなぞらえられる「トランプ大統領自身のtwitter」やスティーブン・バノン氏が復帰して主宰する「ブライトバート・ニュース」等のニュースサイトのようなインターネットを介して市民に直接働きかける情報伝達手段の側が影響力を拡大している。
実際アメリカ市民の側でも「質の低下したマスコミよりも、マスコミを経由しないインターネットを介した直接情報が頼りにされている」という傾向が出てきているようである。

ニュースサイトの経営者からトランプ政権の首席戦略官となっていたスティーブン・バノン氏自身によれば、バノン氏は「帝政ロシアという強力な国家を解体したレーニンに対して畏敬と崇拝の念を抱いている」ということである。
これなどはバノン氏の意識がまさに「毛沢東が文化大革命で目指していた政治目標にほぼ合致するもの」とも考えられ、そういう人物と意気投合し政権の中枢に据えたトランプ大統領本人の政治信条もバノン氏と大同小異である、と考えてよいかもしれない。

このあたりに関しては、「帝政ロシアを解体したレーニン」や「文化大革命を発動した毛沢東」と類似した政治信条を持つ人物及び政策遂行チームを、民主的な選挙で大統領に当選させたアメリカの市民の「既存のエスタブリッシュメントや秩序に対する怒りのすさまじさ」を痛感せざるをえないだろう。
その先に立ち現れてくるのは、ヒトラーがかつて予言したラストバタリオンにより混乱の渦と化した、弱体化しきった悲惨なアメリカの姿なのかも知れない。

4.オルトライトの黒幕としてアメリカ版文化大革命を目論むバノン氏

パリ協定離脱トランプ大統領

バノン氏はトランプ政権誕生早々に主導的に導入したイスラム圏からの入国制限に関する大統領令への世論や司法からの反発やオバマケア廃止における与党共和党議員への恫喝的な多数派工作の失敗などが重なり、さらには事実上オバマ前大統領シンパとも想定されかねないリベラルな傾向のイヴァンカ、クシュナー夫妻との権力闘争に敗れ、国家安全保障会議・NSCのメンバーから外されるなど完全に失脚したかに観られていた。そうした逆境的な日々を過ごしていたかに見えたバノン氏は、その後に勃発したロシアンゲート事案の急展開とトランプ政権の先行きに関する不透明感の増大に反比例するかのように、世論工作や支持率低迷状態打開のプロで、政権建て直しのために不可欠な存在として、影響力を拡大しつつあったが、イヴァンカ・クシュナー夫妻やティラーソン国務長官らの良識派やリベラルな立場からの強硬な反対を押し切り、トランプ大統領が地球温暖化防止に関するパリ協定からの離脱を昨年の大統領選挙時の論理を振り回しながら宣言したことで、バノン氏の完全復権が確認されたと言って良いだろう。

穿った見方をすれば、ロシアンゲート事案の急展開、特にバノン氏の政敵であるクシュナー氏のロシア大使への秘密ルート開設疑惑暴露などの事案そのものが、バノン氏らのアメリカファースト革命派が、トランプ政権内のリベラル派やグローバリスト追い落としのためのリークや陰謀ではないか、との考え方も出て来かねない状況ではある。
このあたりのリークについては、アメリカとの関係改善を目指しているロシア側にとっても不利な展開でもありロシア情報機関からのリークとは考えられず、まさにバノン氏らアメリカファースト革命派が、アメリカのエスタブリッシュメントともロシアとも無関係で、アメリカ帝国解体を最優先課題とするラストバタリオンの一員である証左にもなりうるかも知れない。
ちなみに、バノン氏は2017年8月18日段階でホワイトハウスを離れ、古巣のオルトライトの総本山であるニュースサイトのブライトバートに復帰し、より自由な立場でトランプ大統領個人と連帯しつつ、アメリカファーストの原理をより扇動的に唱道し、エスタブリッシュメントを打倒するアメリカ版文化大革命を強力に推進することを目論んでいた。この活動の手始めに2017年9月のアラバマ州の上院補欠選挙の共和党候補者選びに参戦し、共和党主流派候補を破ることに成功した。バノンはこの選挙結果を踏まえて「アメリカ版文化大革命の一環」と表現し、「エスタブリッシュメント打倒のための闘争継続を高らかに宣言」した。

アラバマの補欠選挙では、四十年前のセクハラスキャンダルの影響もあってか、バノンの擁立した候補が惜敗したが、今回の選挙全般を通じて、今後のバノンの戦略や状況認識が明確化したとも言えるだろう。
すなわち、バノンは今後アメリカファースト革命を断行するためには、ホワイトハウスを支配しているだけでは、権力基盤として十分でないことを、ホワイトハウスの中枢で活動しながら痛感したと推測される。
バノンは、アメリカファースト革命を断行し、国家体制を根底から変革するためには、議会の多数派をトランプ信者にしてしまわなければ、到底状況を動かせないことに気付いたのであろう。

そういう問題意識を踏まえた、今後のバノンの戦略としては、トランプ政権誕生に向けて取り組んだ2016年の大統領選挙の成功体験も十全に生かしながら、2018年の中間選挙でトランプ派(実はバノン派)の共和党議員を出来る限り多く当選させて、ホワイトハウスと議会の両面からアメリカを完全にひっくり返すこと、と言うことになるはずであった。
その後、トランプ大統領とバノン氏は、暴露本「炎と怒り」の執筆過程におけるバノン氏の情報リークに絡んで、完全に訣別したかに見受けられるが、現時点では真相は藪の中である。

いずれにしても、暴露本「炎と怒り」に関するバノン氏のリークが表沙汰になる寸前までは、バノン氏のようなアメリカ帝国解体を公言するレーニン主義者(実態はラストバタリオン?)と大同小異なアメリカファーストを政治信条とするトランプ大統領の二人三脚のもとで、アメリカが国内外に対してどのような政策を展開していくのか、に注目が集まっていたが、2018年1月末の段階ではバノン氏が強調してきたアメリカファーストの世界観とトランプ大統領の政策遂行方針の関係性について不透明感が漂い始めていることは否定出来ないところであろう。

尚、本稿とも関連するアメリカファーストとアメリカ版文化大革命の連関性と中国における民意の直接的な一環としての文化大革命的な動きについて、以下のリンクでも詳しく取り上げています。
トランプのアメリカファースト路線でヒトラーの予言したアメリカの文化大革命的混乱状況が完成する!

トランプ大統領は米中冷戦、西側同盟解体=バノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東的な人民独裁手法で大統領再選を目指す!

バノン、ルペン

実はレーガン大統領の業績に憧れていると言われているトランプ大統領は、突如これまで不倶戴天の敵と見做されていた金正恩との電撃的な首脳会談を実現しましたが、政権運営の根本のところではアメリカファースト革命の理論的支柱であるバノンとも密かに連繋して手に手を携える二人三脚を踏み出し、ワシントンの既存エスタブリッシュメントの支配体制を解体して、市民に国家を取り戻す活動に邁進しつつある風情も見え隠れしています。

次々に暴露される政権内幕を炎上商法として、逆手に取るかのような行き方も、当にバノン流を彷彿とさせるところがあります。

ちなみに、トランプ大統領の昨今の人事や政策を追跡していると、ティラーソン国務長官やマクマスター国家安全保障担当補佐官の解任、強硬で保護貿易主義的な対中国制裁の発動を皮切りに、遂には米中新冷戦の様相を呈し始めた中国封じ込め政策の急展開など、当にバノンがまた政権の中枢に躍り出たのではないか?と勘繰りたくなるような事案が目白押しといった勢いです。

バノンの対中認識とトランプ政権の戦略

1.トランプ大統領の政策の目玉である減税とインフラ投資はどのように実現されるのか
1)ロナルド・レーガンの業績に憧れるドナルド・トランプ
2)トランプ大統領によるミラクル実現の可能性
2.大統領再選を目指すトランプはバノンのアメリカファースト路線から足抜け出来ない
1)バノン氏のアメリカファースト路線とコアな支持者の強い連関
2)バノン氏のトランプ政権からの決別

1.トランプ大統領の政策の目玉である減税とインフラ投資はどのように実現されるのか

1)ロナルド・レーガンの業績に憧れるドナルド・トランプ

レーガン

本件については、トランプの心酔しているらしいロナルド・レーガン時代の方針を援用してくるのではないか、とも認識しているところです。
かつてのレーガン時代には「減税+軍拡」を中核にレーガノミックスとも称される経済政策を遂行し、前任者のジミー・カーター政権時代の閉塞した状況を脱却させ、いわゆる規制緩和や新自由主義的な方向性もはらみつつ、実質的にケインズ流の経済効果を生み出しました。さらには副産物として、軍拡についてこれなかったソ連が、ゴルバチョフの過激な変革路線の影響で一方的に弱体化して、予想以上に早く冷戦が終結することで、平和の配当も獲得するというラッキーな状況もありました。

ちなみに、レーガン時代は「軍拡による景気拡大政策」だったため、実際のところ「軍拡で製造された武器を消費するために中東が戦場として活用」されたり、「アメリカ軍の積極的な直接介入につながってアメリカの人的な被害が増大」したりといった「負の要素」もありました。それに対してトランプ氏の場合は、より平和的に「インフラ投資に1兆ドル規模の莫大な投資」するということでもあり、本来は「意外にリベラルな知識層や平和主義者といった民主党支持層にも浸透しやすい」はずではあります。

2)トランプ大統領によるミラクル実現の可能性

マッカーサー凱旋

トランプ氏の政策により莫大なインフラ投資を行った場合に、景気拡大や税収増大に関して瞬時に効果が出てくるとは考えられません。
そういう中で、大型減税が先行して実施されれば、インフラ投資と景気拡大、税収増大の間のタイムラグの発生により、一時的な財政不均衡が生じてくるのは間違いないところでしょう。
そうなった場合に喫緊の課題になってくるのは、多少細かい話になりますが、ある程度までの債務拡大を時限的に容認するためのアメリカ議会の財政再建派の議員たちの説得と経済運営円滑化のためのドル安容認に向けた金融緩和策の推進ということになりましょう。

ちなみにアメリカの大企業も、特にリーマンショック以降は突発的な経済の危機的な状況に対応するために、その儲けを賃金に回したり、設備投資などに回さずに、内部留保として蓄えることに専念しており、その額が巨大化しているようです。
現時点では、既にアメリカの証券市場がトランプの新経済政策に期待して堅調に推移している流れがありますが、その延長線上でトランプ政権の1兆ドルインフラ投資が実行に移され景気拡大の機運が漲ってくれば、各企業がその莫大な内部留保を設備投資や賃金などに回して、経済が活況を呈して、税収増大につながる可能性もあるかも知れません。

2016年の大統領選挙を全体的に観ても、トランプという人物は到底不可能と考えられていた合衆国大統領に当選するという偉業を、マスコミやワシントンのエリートに屈服することなく、バノン氏と二人三脚で構築した自らの信念を貫きつつ自分流のやり方で成し遂げました。
そう考えると、トランプ氏が選挙の奇跡に続いて、経済の奇跡を実現出来ないと誰が断言できるでしょうか?!

2.大統領再選を目指すトランプはバノンのアメリカファースト路線から足抜け出来ない

1)バノン氏のアメリカファースト路線とコアな支持者の強い連関

今後、トランプ大統領が再選を具体的に視野に入れる場合に、コアな支持者から遊離したオバマモドキの中途半端なリベラル路線やグローバリスト路線を採用することは、まさに命取りということになりかねません。
そういう意味では、例え一時の気の迷いで、イヴァンカ・クシュナー夫妻やティラーソン国務長官らの良識派的な路線に歩み寄ったとしても、政策の基調や世界観をマスコミ受けの良い、リベラルで進歩的な路線に全面的に変更するのは、到底出来ない相談である、と言わざるをえないでしょう。

結局、トランプ大統領には、どう転んでもバノンのアメリカファースト革命路線という反エスタブリッシュメントで反グローバリズムを基調とし、マスコミを敵にまわしつつ、繁栄の光と陰の陰の部分の代弁者として、世論の分断を厭わず、アメリカファーストを追求する方向性しかない、と想定されます。
このような、ブレない路線の副産物とでも言うべき結果として、2017年6月末の段階で、かつて物議を醸し、全米あるいは全世界的に混乱を巻き起こしたあの政権発足初期のイスラム圏六カ国からの入国制限に関する大統領令が、ここへ来て連邦最高裁から一部制限付きながら執行許可という形になりました。
これは、トランプ政権にとっては、久々の政治的な勝利というべき成果となりそうですが、当該イスラム圏六カ国からの入国制限に関する大統領令を主導したバノン首席戦略官にとっても、政権内部での権力闘争を益々有利に展開する手札と言えるでしょう。
トランプ大統領も、再選を念頭に遊説先で支持者を前にアメリカファーストの線で演説する時には、熱狂する聴衆のパワーを体感しつつ、常にバノン氏の存在感の大きさを再確認し続けているのではないでしょうか。

2)バノン氏のトランプ政権からの決別

ちなみに、トランプ政権内で良識派、国際派と目されるイヴァンカ・クシュなー夫妻やマクマスター、ケリー両補佐官らと権力闘争、路線闘争に明け暮れたバノン氏ですが、2017年8月段階で遂にホワイトハウスを離れ、古巣のオルトライト系ニュースサイトであるブライトバートに復帰し、より自由で過激な立場からアメリカファースト路線を唱道することを選択したようです。
反エスタブリッシュメントの旗手であるバノン氏がホワイトハウスの中枢であたかもエスタブリッシュメントの本丸に居座るというのもかなり、戯画的ではありましたが、今後は自由なフリーハンドという強力な武器を手にし、ホワイトハウス中枢=トランプ大統領個人により効果的に働きかけることで一層の混乱と波乱要素を世界に提供しそうな雲行きを感じさせます。
ともかく、バノン氏はホワイトハウスで首席戦略官という中枢の地位にトランプ政権発足以来の数か月間就任していたという事実は誰も否定出来ないわけですが、これまでのアメリカの政治史上でバノン氏のような徹頭徹尾アウトサイダーで、現体制=エスタブリッシュメントをアンシャンレジームとして粉砕することを目指して政権入りした人物は居ませんでした。
このことは、トランプ政権の存在意義として、どんなに強調しても強調しすぎることはないほどの画期的な事象であると言えるでしょう。
たとえバノン氏がホワイトハウスから離れたとしても、いわゆる極右、オルトライト、アメリカ至上主義がアメリカの政権を一時的にもせよ乗っ取った事実は覆い隠しようもないことです。ただし、バノン氏も流石に自らの政治信条でホワイトハウスの中枢を運営するほどの準備は、未だに整っていなかったため、一時的に下野して戦線を整理し、より本格的で徹底的で、具体的な政治的果実をつかみ取る方策を再確認する必要に迫られたということになりましょうか。

確かに、これまでワシントンを牛耳ってきたエスタブリッシュメントに対して、理想主義的な政治信条と正義感、使命感のみで闘いを挑んでも、あたかもドン・キホーテのように弾き飛ばされて、何の成果も得られず無力感に苛まれるのが落ち、となりかねません。
しかし、トランプを大統領に押し上げたアメリカのこれまで置き去りにされてきた人々の強い怒りや真の改革への切望が、渦巻いているのも紛れもない事実なのであり、そのような市民のパワーを今度は政策実現に向けて分散化することなく結集し組織化して、政治的な梃子として汲み上げていくことが必要になるでしょう。
このあたりは、毛沢東が中国の農村で農民層を極めて巧みに組織化して、革命のパワーに仕立て上げた実例も参考になるのかもしれません。
バノン氏も、そのあたりの事情に気づき、一旦政権中枢から離れて、市民の怒りや改革への情熱に再度火をつけて、炎上させ、そちらから政権を動かす道を選んだのではないでしょうか。
この路線の延長線上で2017年9月にはバノン氏は、アラバマ州上院補欠選挙において候補者を擁立して選挙戦を闘って勝利した結果を踏まえて演説し、共和党主流派の候補者を破る選挙結果を「革命」と表現した上で、「今後もエスタブリッシュメントを完全に打倒するまで闘いを継続する」と高らかに宣言しました。
このあたりについては、今後バノン氏がトランプ大統領が真に推進しようとしている「既存エスタブリッシュメントの打倒と市民に政治の主導権を取り戻すためのアメリカファースト路線」に密着して、強力に活動を進めていく方向性を明確に示しているもの、と考えられるところでしたが、このところ暴露本「炎と怒り」に関して著者の主要な情報源がバノンであったとの見方からトランプ大統領がバノンを激しく罵倒した上で、さらに今後は二度と接触しないと宣言し、最大のスポンサーだったマーサ一族からも見放されるに及んで、一見したところではバノンのトランプ政権への影響力は自由落下のごとく限りなくゼロに近づいているように見受けられます。
従って、今後のトランプ政権はバノン不在の中でバノンが主導したアメリカファースト路線を推進する、と言う構図の中で船出することになりそうでしたが、2019年春の段階では国務長官人事、国家安全保障担当補佐官人事、対外政策としても対中国制裁の発動などバノン路線まっしぐらのあり様も見え隠れし、真相は当に藪の中としか言えない状況となっています。

ともかく、トランプ大統領は現実に妥協する中道的な生き方は選択しないようであり、不動産王として行き詰まった時にも言われていましたが、『全てを手に入れるか、何もかも失うか』という究極の生き方を常に宿命づけられた人物ということになりそうです。

尚、本稿の延長線上でトランプ大統領のラストバタリオン的な性格を詳しく分析した以下のリンクもご参照ください。
トランプ=ラストバタリオンのアメリカ乗っ取り=ナチ化とエスタブリッシュメント側のマスコミやマイノリティを巻き込んだ反撃がアメリカ大混乱の真相である!

トランプは米中冷戦や強硬な移民政策を強行しつつ大統領再選に向け人民独裁的手法のバノン主義=アメリカファースト路線を堅持する!

毛沢東が文化大革命を断行した目的は中華王朝崩壊時の農民大反乱のエネルギーを活用した国家大改革再現である!

毛沢東,文化大革命

毛沢東が完成しつつあった人民中国の国家体制を文化大革命で根底から覆し、劉少奇や鄧小平を排除して国家を転覆させた目的は、現代版農民大反乱による国家機構の大変革の断行にあった!

1.文化大革命の真の目的
1)「原理的な社会主義」回復のための闘争
2)現存する秩序を破壊し新世界を建設する革命運動
2.文化大革命を推進するための具体的な方策
1)党官僚機構打倒のための熱狂的な大衆動員
2)文化大革命と王朝交代期の農民大反乱の類似性
3.王朝崩壊期の農民大反乱の現代版としての文化大革命
1)既存社会秩序の徹底的再編
2)文化大革命の現代版「農民大反乱」的性格の分析
4.文化大革命で目指された毛沢東の理想社会像と現代中国の状況
1)毛沢東の構想する文化大革命後の中国社会の理想像
2)中華帝国の「農民大反乱」と現代中国の「文化大革命」の共通的性格

1.文化大革命の真の目的

黄巾の乱

1)「原理的な社会主義」回復のための闘争

文化大革命開始以降の初期の段階で徐々にエスカレートしていく毛沢東の「調整政策」に対する反応を観ていくと、文革が毛沢東個人の権力回復闘争だったという側面が希薄に感じられてくる。明らかに毛沢東は、理想とする「原理的な社会主義の概念」を確固として持っており、「調整政策」及び「その推進者」が、そのような「社会主義の在り方」から大きく逸脱しつつあるので、自らの信念に基づいて闘争を開始した、という要素が濃厚にあったのではなかろうか。
このあたりについては、系統的な文革研究の第一人者である王年一も「根本的に言えば、毛沢東は明らかに党中央の後継者をすげ替えたり、中央の第一線を否定したりすることのみを求めたのではなく、それ以上にもっとも純粋でもっとも美しい社会主義社会を準備する条件を作り出そうとして、天下大乱を求め、徹底的にブルジョア反動路線を批判するよう提起した」と述べている。(1)

2)現存する秩序を破壊し新世界を建設する革命運動

フランス革命

さらに1966年5月に毛沢東が林彪に与えた書簡「五・七指示」によれば、毛沢東が劉少奇はじめ中国共産党の多くの指導者を打倒し、各級の組織を破壊してまでも、文化大革命を発動した真の目的は、「旧世界を破壊することを通じて新世界を建設すること」にあったとしている。また1966年5月の「通知」によれば、文化大革命は、「一つの階級が一つの階級を覆す政治大革命」をおこすことであり、その目的は「現存している全ての秩序を破壊する」ことにあるとされていた。(2)

2.文化大革命を推進するための具体的な方策

大衆動員

1)党官僚機構打倒のための熱狂的な大衆動員

こうして「党内の一部の実権派」、さらには党中央にすら発生した「修正主義者」の一掃が、毛沢東にとって社会主義中国の死活的な課題として浮かび上がりつつあった。とはいえ、現実の中国においては、党官僚機構が全ての権限を掌握している中で、そのような課題をどのように解決していけるのか。そのためには、思想・イデオロギーの領域において世論を喚起し、大衆的批判の強烈な圧力の中で党機構の改編を目指すほかなかった。(3)

2)文化大革命と王朝交代期の農民大反乱の類似性

紅衛兵
ここで提起された「問題が蓄積した社会を糺すために、天下大乱を希求し、徹底的な闘争を遂行する」あるいはより鮮明な「旧世界を破壊することを通じて新世界を建設すること」「現存している全ての秩序を破壊する」という「文化大革命の真の目的」と「その解決手法」は、まさに中華世界における「農民大反乱による王朝交代の本質」に相通じるところがあったのではなかろうか。文化大革命により共産党幹部は中央から地方まで大半が地位を追われ(17)、各級の組織は破壊された(4)わけであり、国家組織は根底から揺るがされた。
金観濤によれば、全国的範囲の組織的反乱を実現し、分散性を克服するには、二つの条件が必要であり、その一つが反乱者の共通の目標の設定であり、二つ目が反乱者が相互に連絡できる条件がありタイミング良く集中できなければならない(5)が、当時の中国では「毛沢東の用語」により敵は「ブルジョア司令部」「走資派」「実権派」と明確にされており、反乱者の共通の敵が共産党の全国組織そのものであることが容易に認識出来た。また大規模な農民反乱においては、革命の組織的中核を必要とする(6)が、文革においても「造反派」「紅衛兵」がその機能を十二分に担うこととなった。

3.王朝崩壊期の農民大反乱の現代版としての文化大革命

劉少奇迫害222

1)既存社会秩序の徹底的再編

「ブルジョア司令部」の存在が大衆レベルにおいて認識され始め、劉少奇・鄧小平をも含めた「党内の一部実権派」がその権限を停止され、中央から地方に至るまで「奪権」が引き続き遂行された。
このような奪権闘争は、単に中央・地方の党レベルにとどまらず、実はそうした次元を遥かに超えた社会のあらゆるレベルの権力の問題を噴出させ、しかも同時に中国に内在し蓄積されつつあった様々な社会的葛藤・矛盾、さらには中国の伝統的政治風土のもつある側面を一気に「奪権」という課題へまとわりつかせることとなった。(7)

2)文化大革命の現代版「農民大反乱」的性格の分析

文化大革命5555

中国封建社会においては、儒家を用いて官僚機構を組織し郡県制に基づいて国家の管理を行う、と言う特有の宗法一体化構造が機能していた(8)が、現代中国においては儒家は退いたものの共産党が党員により形成された郡県制の官僚機構を組織し、社会主義イデオロギーに基づき国家の管理を行う、と言う一党独裁体制が貫徹されている。また中国封建社会は宗法一体構造の維持と存続のため「強制御」を有するが、これは「中央の号令を直ちに下達し、各地の状況報告を収集する情報伝達システムを作り上げること、および強制御の執行ネットワークを作り上げること」「システムの実情が理想の平衡状態から乖離した時、中枢をコントロールして柔軟でかつ迅速な反応を行わせ、調節とコントロールを実行すること」という二つの側面がある。(9)中国の共産党が強制御の前者に該当する役割を果たしていることも間違いないところであろう。文化大革命が、そのような党国体制及び官僚機構に向けられた「天下大乱」(1)であったとすれば、これはまさに「農民大反乱」の現代版と言えるのではなかろうか。

4.文化大革命で目指された毛沢東の理想社会像と現代中国の状況

1)毛沢東の構想する文化大革命後の中国社会の理想像

長征

毛沢東は、文化大革命後の中華世界の構想として、「分業を無くし」「差別を無くし」「商品・貨幣を無くす」道を探し求め、結果的に「分業が無く・商品が無い自然経済」と「差別が無い平均主義」が結びついた空想社会主義的な道を模索することとなった。これは流石に生産力の高度の発展と言う前提を無視しており、容易に実現し得るものではなかった。要するに毛沢東は、延安時代の経験を絶対化していた節があり、戦争時代の軍事共産主義生活の成功経験が、分業・商品・差別の撤廃から共産主義に移行する問題までの最適解と考えていたのである。(10)

2)中華帝国の「農民大反乱」と現代中国の「文化大革命」の共通的性格

農民大反乱
別の観方をすれば、毛沢東は中国の農村をベースに空想社会主義的な世界像を描いていたが、現実の現代中国は周恩来・鄧小平が指導する国務院を中心に工業化を進めており、そこでは分業・専門化が進行する中で、近代的な科学技術立国のプランが現実化しつつあった。文革においては、このような社会的・経済的な基盤の違いから来る対立も一要素をなしていたと言えるだろう。(11)
そして、毛沢東の考えた中国の農村をベースにした空想的社会主義路線に、将来展望が見出されないということになれば、やはり中国の行き方としては、かつては「調整政策」と呼ばれ、現在は「改革開放」政策と呼ばれる路線に収斂するのが歴史的帰結だったのではなかろうか。
また中華帝国の伝統の観点からしても、農民大反乱で腐敗堕落した秩序が刷新された後は、清廉潔白だがその構造は、反乱前と本質的な違いの観られない新体制が速やかに秩序を回復して、新たな王朝を開始するという状況(12)も、今日の中国でほぼ似たように繰り返されているような気がするのである。

米中冷戦状況下の習近平の政治目標は文化大革命期の毛沢東個人崇拝と中華帝国皇帝専制体制再現である!

毛沢東が文化大革命で標的にした劉少奇、鄧小平ら実権派、走資派の何が問題にされたのか?

尚、本稿とも関連するアメリカファーストとアメリカ版文化大革命の連関性と中国における民意の直接的な一環としての文化大革命的な動きについて、以下のリンクでも詳しく取り上げています。
トランプのアメリカファースト路線でヒトラーの予言したアメリカの文化大革命的混乱状況が完成する!

<参考文献>
(1)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p27
(2)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p236-p237
(3)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p27
(4)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p236
(5)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱と社会の崩壊 p102
(6)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱と社会の崩壊 p103
(7)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p31-p32
(8)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第一章 中国封建社会の宗法一体化構造 p23
(9)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第四章 特異な修復メカニズム p111
(10)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p240
(11)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p240-p241
(12)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第四章 特異な修復メカニズム p111

天安門事件に至る中国の国内状況及び中国共産党一党独裁=鄧小平体制の支持基盤の解明!

天安門事件、趙紫陽

天安門事件に至るまでに行われた鄧小平指導部の改革やそれに対する国内各層の反応、及び体制の不安定要因等を整理する。

1.中国共産党統治と伝統的な統治体制の相違点
1)中国共産党による人民民主主義革命で何が変化したのか?
2)文革後に鄧小平体制が目指していたもの
2.鄧小平体制による民主化に向けた取り組み
1)文革的混乱を最大限警戒する鄧小平体制
2)鄧小平体制での民主化の一定の成果
3.鄧小平体制による政治改革に対する国内各層の認識
1)長老、特権的幹部、先鋭的知識人からのの鄧小平の政治改革への反発
2)人民大衆=農民の鄧小平改革への認識
4.鄧小平指導部の警戒する体制混乱の要因
1)流民の増大と反対派の知識人の一体化への懸念
2)天安門事件に至る鄧小平指導部の体制の脅威への警戒感
5.天安門事件での武力弾圧に至る条件の確認
1)鄧小平体制で一部容認されていた改革派のスローガン
2)天安門事件に直結する状況の整理

1.中国共産党統治と伝統的な統治体制の相違点

中国共産党1

1)中国共産党による人民民主主義革命で何が変化したのか?

伝統的な支配と本質をほぼ同じくするかに観受けられる中国共産党支配であるが、以下の3点については従来型の体制と趣を異にするところも生じてきている。(1)

・第一に血縁的原理を退け、才能による指導を基本とする発想が生じた。有力者の血縁と言うだけではカリスマ性が生じず、原理的には学歴・能力・指導力が優先する形となった
・第二に指導者は人民大衆から学ばなければならないという発想が生じた。このような人民大衆重視の姿勢はあくまでも啓蒙専制の枠内のことではあるが、伝統的専制の考え方からするとからすると画期的であり、人民大衆に刺激を与え、政治参加を促し、基層幹部層を厚くすることに役立った。
・第三にカリスマ的な権威の所在を個人から共産党組織に移す努力が行われたが、プロレタリア独裁が本来個人ではなく共産党組織によっておこなわれるはずであったので当然の行き方ではあったが、これは結局は上手くいかなかった。 結局は「毛沢東思想」という個人のカリスマ性に立脚するイデオロギーを組織としての党の権威の上に置くことを余儀なくされ、大躍進から文化大革命に至る混乱の過程で毛沢東自身の権威も共産党の権威も打撃を与えられることとなった。

2)文革後に鄧小平体制が目指していたもの

鄧小平,大平正芳

そうした中で、改革開放後の鄧小平主導体制下においては、文化大革命後の混乱を収拾するためにも民主と法制の整備が急務となった。このため党はまず選挙の意味を浸透させ、人民大衆の政治参加の実績を積み重ねようとした。また法制の意義についても人民に判り易く説明し、対等の人間同士の関係を合意に基づいて律する法体系を整備していこうとした。(2)
このように、鄧小平体制は、慎重な歩みながら、経済面の改革開放だけでなく、政治面の民主化に関しても取り組みを開始しつつあったことは、注目すべきであろう。

2.鄧小平体制による民主化に向けた取り組み

鄧小平,趙紫陽,胡耀邦

1)文革的混乱を最大限警戒する鄧小平体制

こうした状況を推進するために鄧小平体制においては、慎重に民主と法制漸進の課題に取り組むこととした。これは文革直後ということもあり、タガが外れた場合の人民大衆の暴動や革命起義を恐れる指導者が多かったことにも由来する。(3)
鄧小平本人を始めとして、文革=人民大衆のエネルギーの恐ろしさも身を持って、肌で感じた指導者も多く、民主の行き過ぎによる混乱には人一倍警戒心が強かったことも間違いないところであった。
鄧小平体制の基本的スタンスは伝統的啓蒙の要素を含んだ「指導民主主義」であり、鄧小平はあくまでも政治制度の改革ではなく、指導制度の改革を提起した。文革で傷ついた党の権威を回復し、これを個人のカリスマの的権威の上に置くことを目指した。西側の政治スタイルである三権分立については、混乱を生じ、党の信用が失墜し、安定と団結を損なうものとして排除された。(4)

2)鄧小平体制での民主化の一定の成果

八大元老

結局、鄧小平指導下における政治面の改革は、西側先進諸国の民主主義をモデルにするわけではなく、あくまでも中華世界の現実に合わせた特有の制度を構築する形を取らざるを得なかった。
このような鄧小平体制の指導民主主義に基づく改革において、党主席制度が廃止され、1982年憲法においては「組織や個人が憲法や法律を超える特権を持つことを否定」され、幹部の若年化、専門化がはかられ、老幹部の引退が促進されるなどの漸進的な成果が観られた。(5)

3.鄧小平体制による政治改革に対する国内各層の認識

八大元老2

1)長老、特権的幹部、先鋭的知識人からのの鄧小平の政治改革への反発

このような六四天安門事件前後に至る鄧小平指導下の政治改革は、必ずしも多くの人民大衆の支持を受けることが出来なかった。
改革によって被害を被る長老や特権的幹部の抵抗は激しかったし、他方で積極的な改革を望む人々は鄧小平の指導民主主義スタイルや「ブルジョア自由化反対」の態度に反発していた。

2)人民大衆=農民の鄧小平改革への認識

中国農民

そうした中で人民大衆特に農民は鄧小平改革をどのようにとらえていたのであろうか。
基本的な状況としては、農民は押し並べて共産党員や幹部を昔ほど信用してはいないし幹部の不正を疑う人も多いが、幹部や共産党員が彼らの基準からして「良い人」である限り比較的従順にその指導に従っていたと言えよう。また党員の側でも農民の集団主義や愛郷心を利用してその影響力の浸透を図っており、このような状況下においては正常な生活を営んでいる農民の間からは現在の指導体制に対する批判も起きてこない半面、鄧小平の政治改革に対しても関心のが低いのが実態である。縁者びいきなども農民にとっては当たり前であり、農民の願いは現体制による秩序と安定であって急激な変化を望んでいるわけではない。この段階において農民大衆は人口の90%に達しており、その動向は政権に深い影響を与えたし中央の指導民主主義体制を支えていた。(6)
このように中国共産党やその幹部に対する農民層の支持は、積極的とは言えない状況になっていたが、農民層の政治的な願いが、あくまでも「急激な民主化や大胆な政治改革」とは無縁の「現状の維持と秩序の安定」であった以上は、農民層にとって「現体制の中核である鄧小平指導部への支持」は、実質的な強固なものであった、と言えるだろう。

4.鄧小平指導部の警戒する体制混乱の要因

流民

1)流民の増大と反対派の知識人の一体化への懸念

問題は増大しつつある流民であり、彼らは急速な経済改革の進展と局部的な挫折と混乱の中で揺れ動いていた。その数は1989年当時5000万以上と言われ、大半が不安定な状況に置かれ、一部(数百万人)は反権力的な「暴徒予備軍」の状況にあり中央の指導部が重大な警戒心をいだいていた。こうした中では、鄧小平体制から見れば、方励之のような人物の反対意見や多元的流派の存在を認めるべきとの要求は危険なものと映った。これは西側民主主義制度の導入要求であり、同様な改革を求める都市知識人や学生を煽り、指導民主主義の否定から中国伝統の政治スタイルを覆すところまで至る、というのが党中央の判断であった。また方励之の言動に触発され都市流民の反権力衝動や暴徒的エネルギーが点火されれば、軍隊や警察の物理的強制力使用が必要になりかねないとの危機感もあった。(7)

2)天安門事件に至る鄧小平指導部の体制の脅威への警戒感

劉暁波

天安門事件直前の段階での鄧小平体制にとっての脅威は、数百万人の不安定な状況に置かれた都市流民と西側民主主義を直接導入することを主張する方励之らの知識階級であり、この両者が連動して大規模な暴動が発生した場合には、軍・警察を動員してでも、現体制を維持すると言う必要性が認識されていた、と言えよう。

5.天安門事件での武力弾圧に至る条件の確認

胡耀邦,胡錦涛

1)鄧小平体制で一部容認されていた改革派のスローガン

一方で当初の段階では、鄧小平体制にとって天安門に集結した学生・知識人の「言論の自由と官倒反対」という要求はどうしても受け入れられないものであったわけでもないと想定される。なぜなら、党や政府の指導部も公式には条件付きで「言論の自由」や「官倒反対」を認めている立場であったからである。

2)天安門事件に直結する状況の整理

胡耀邦,趙紫陽

とはいえ、「天安門に集結した学生・知識人」の「言論の自由と官倒反対の要求」の帰結が、党や政府の権威を失墜させ党の全国に対する道義的な統制力を危うくするわけにはいかなかった。また少なくとも党の最大支持基盤である農民大衆は党指導部が学生・知識人の要求に歩み寄るような動きを支持しているわけでもなかった。(8)
こうして天安門事件に至る伏線が徐々に形作られていくことになった。

鄧小平による天安門事件での民主化運動の武力弾圧は中国共産党一党独裁体制維持のため必然の帰結である!

天安門事件=体制転覆の危機で表面化した改革開放の象徴としての鄧小平と中国共産党による一党独裁体制の本質!

<参考文献>
(1)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 P107
(2)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 p110-p111
(3)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 p111
(4)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 p111
(5)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 p112
(6)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 p113-p114
(7)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 P114
(8)宇野重昭:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の民主主義 p115

辛亥革命後の中国の近代国家建設における皇帝専制,儒教正統に替わる支配正統性調達原理!

中国における近代化

中国における近代化の特殊性や中国と日本、ドイツの近代化過程の比較及び中国における近代化の端緒となった辛亥革命後の皇帝専制、儒家正統に替わる中国統治の支配正統性調達原理等について検討する。

1.中国における近代化国家建設への課題
 1)全欧洲並みの巨大帝国を統治する方法
 2)中国におけるナショナリズム発生の道筋
 3)中国における大衆の政権支持の基準
2.中国と日本における近代化のモデル
 1)近代化のモデルとしてのドイツ帝国
 2)日中独に類似する近代化に向けた環境
3.辛亥革命後の中国統治の正統性の根拠
 1)中華民国における正統政府とは何か
 2)孫中山政権を引き継ぐ国民党政権
 3)中華民国における「帝国性の証明」

1.中国における近代化国家建設への課題

孔子,儒教

1)全欧洲並みの巨大帝国を統治する方法

辛亥革命以前の中華世界は、「儒教哲学」「天下大一統」を中核とした集権国家であったが、その領域はウラル以西の欧州全域に匹敵する巨大帝国であり、実態としては分散的モザイク社会的要素が強くなる傾向があり、「強力な中央集権力」と「イデオロギーの統一」があってはじめて成立し得る国家であった。このような状況を背景とする皇帝専制支配体制においては、「大衆は政治から排除されており、知識階層による排他的な賢人支配が成立」(1)していた。
このような巨大帝国を長期的に安定して維持するためには、集中と分散のバランスを確保するための統治技術の習得が必須の課題であった。

2)中国におけるナショナリズム発生の道筋

中華民族ナショナリズム
このような巨大に過ぎる「中華帝国」はある意味では天下としての世界そのものであり、国家ではないという観念が一般的で、世界そのものについてナショナリズムは成立しえない状況が有り、近代的国際秩序に当てはまるようなネーション化が困難であった。(2)
近代ナショナリズムは、統一的な権力・軍隊・国家意志・市場を基本とするが、中華世界的な状況下でこれらが民衆に根付くのには時間がかかった。一方で人民大衆から観た場合には、ここに提示された統一志向が権力の正統性の判断基準となった。いずれにせよ、「統一」は、中華民国全期にわたる中心課題となっていた。(3)

3)中国における大衆の政権支持の基準

中華天下分裂
中国の人民大衆にとっては、近代国家の要件やナショナリズムの問題よりも、権力者が統一志向を有しているかどうかが、その政権を支持するかどうかの主たる基準となっていた、ということである。
辛亥革命に主体的に参加することの無かった、人民大衆の意識は革命前後で大きな変化は無かったということかも知れない。人民大衆にとっては、天下が崩壊して分裂し、自分達の住む世界が訳のわからないものに変化することを恐れる、非常に保守的なイメージで、統一を志向していたのではないか、とも想定される。
  

2.中国と日本における近代化のモデル

1)近代化のモデルとしてのドイツ帝国

元来中国が天下の中心である間は、伝統的な農業国家で十分であったが、列強の侵略により、このような伝統的な天下概念は覆された。このため列強に追いつく方策として、何よりも軍事力と産業力を高めることが喫緊の課題となった。こうした中で、歴代の政権あるいは革命運動家は理想の国家像を、ビスマルク以来の富国強兵政策を強引に進めて後発資本主義国家として対応してきたドイツ帝国に求めた。プロイセンの軍国主義は、フランスとロシアという大国の圧力のもとで自国の安全保障を図る一つの近代化のスタイルであったが、列強の圧倒的な軍事的経済的侵略に苦しむ中国が、プロイセン型軍国主義を採用して列強に対抗しようとするのは必然的な帰結であった。この後、北洋軍閥が国民党に最終的に敗北した最大の理由は、こうした産業化を上手くやり遂げられなかったことによる。(4)

2)日中独に類似する近代化に向けた環境

ウィルヘルム二世
明治維新で日本がモデルにした国家もプロイセンであったことを考えると、日中独の置かれた当時の歴史的・政治的・軍事的環境が広い意味で類似していた有りようが浮かび上がってくるだろう。この後、両大戦から戦後を経て今日に至るこの三カ国の運命の変転は、他の国のそれを上回るようなまさに壮大な歴史絵巻の感があるが、それぞれ先行する列強の脅威に対抗する遅れてきた民族の精一杯の抵抗の姿としては感慨深いものがある。
  

3.辛亥革命後の中国統治の正統性の根拠

北伐形勢

1)中華民国における正統政府とは何か

ここで中華民国における正統政府とは何かについて確認しておきたい。中国語で正統性は、法統と表現されるが、中華民国の政府は元来議会によってその正統性が付与されるシステムになっているので、辛亥革命後の最初の議会すなわち1912年の中華民国約法によって成立した議会の法統を継承する政権が正統政府と言うことになる。その後、北洋軍閥政府と広東国民政府との並立が発生するが、国民党政権が北伐統一戦争で勝利して南京国民政府が成立することで、中華民国の正統政府としての法統を受け継いだ。

2)孫中山政権を引き継ぐ国民党政権


南京国民党政権は、北伐戦争完遂の中で政権を確立したのであり、それ以前の中華民国の政権とは異質な革命政権であったとも言えよう。とはいえ中華民国約法を産んだ母体が孫中山政権であったので、国民党はその伝統に依拠した政権と言うことで、実質的には異質の政権でありながら国民党政権が中華民国の法統を継承した、と強調することが出来たのである。このように中華民国の歴史においても法統の持つ意義は大きかった。(5)

3)中華民国における「帝国性の証明」

中華民国
辛亥革命以前のように天命による法統の行方が取りざたされる印象である。すなわち「天に革って議会が支配の正統性を付与」するはずの「中華民国の法統」が放伐=北伐統一戦争により国民党政権に移行して正統性を確保したということである。これは突き詰めると、まだまだ「天命が革まる」ということが「放伐革命」によることもあるということが、中華民国と言う同一体制内においても公認されていたということの証左かもしれない。「帝国性の根源」である「天命思想」は、このようなところにも息づいていたと言えようか。
本稿に関連して、以下のリンクでは辛亥革命後の中華世界を統治する役割を担った「中華民国=中国国民党政府」の課題と挫折の道筋について検討する。
孫文,蒋介石らの国民党政府による中国の帝国的秩序再建が挫折したのは何故か!

参考文献
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p20-p21
(2)加々美光行:中国の民族問題 岩波書店 2008 序章 中国の民族問題とは何か p5-p7 
(3)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第11章 中華民国の分析視角 p335
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第11章 中華民国の分析視角 p335
(5)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第11章 中華民国の分析視角 p336-p337