トランプ大統領

トランプ大統領が故意に混乱させる中東の基本構造をイスラム分析の視点から考察する!

トランプ大統領シリア

トランプ大統領は、シリアのアサド政権の反政府側市民への毒ガス使用への報復を実行しましたが、これまでシリア情勢の主導権を握っていたロシアとの関係も含めて、果たして複雑な中東情勢に切り込んでいく十分な戦略を持ち合わせているのでしょうか?

1.「同じ啓典の民」としてのキリスト教徒とムスリムの相違
1)初期のキリスト教とイスラムの相違
2)政治的支配者と信仰の関係
2.イスラム的世界秩序と華夷の別の比較
1)「戦争の家」の異教徒の取り扱い
2)異質な存在への対応
3.イスラムにおける国際関係
1)イスラムにおける民族と国家
2)ムハンマドとその後継者の国際的な立場
4.イスラム的世界秩序と西洋の衝撃
1)イスラム的世界秩序の理念
2)西洋の衝撃による激動

1.「同じ啓典の民」としてのキリスト教徒とムスリムの相違

古代キリスト教

それではここで「同じ啓典の民」であるキリスト教徒とムスリムの相違について確認しておきたい。

1)初期のキリスト教とイスラムの相違

キリスト教徒は、イエス・キリストの布教開始以来コンスタンティヌス大帝の改宗まで、三世紀にわたって少数派であり、つねに疑惑の対象であり、またしばしば国家による迫害を受けた。その間にキリスト教徒は独自の組織を広げざるを得ず、抵抗の一環として「教会」を形作った。他方イスラム教の創始者ムハンマドは、自分自身がコンスタンティヌス大帝のようなものだった。彼の在世中にイスラム教徒は政治的にも宗教的にも忠実な信奉者となり、メディナの預言者ムハンマドの共同体は、この預言者自身を地域と人々の統治者と仰ぐ国家となった。ムハンマドの支配者としての活動の記録は「コーラン」と最も古い口述伝承に収められ、現在まで世界中のムスリムの歴史的自己認識の核となっている。(1)
このように体制や国家と宗教との関係が初期のキリスト教徒とムスリムの間では、根本的に相違していた。このためキリスト教においては、国家あるいは敵対する組織に対抗するための「教会組織」が発達しており、宗教としての原体験の段階において抵抗運動的な迫害への耐性が備わっているとも言えよう。

2)政治的支配者と信仰の関係

千夜一夜物語

こうした理由のために預言者ムハンマドとその信奉者にとっては、神かカエサルかという選択は生じなかった。なぜならば支配者=信仰の守護者でもあったからである。しかるに多くのキリスト教徒にとっては、これは罠となる選択であった。ムスリムの教えと体験の中にカエサルは存在しなかった。神は国家の長であり、預言者ムハンマドは神の代理人として教え、支配した。預言者としてのムハンマドには後継者はおらず、イスラムの宗教・政治共同体の最高指導者としてはムハンマドは歴代カリフの始祖だった。このようなカリフの任務は、教義の説明や解釈ではなく、その支持と保護、つまり臣民がこの世で良きムスリムとして人生を送り、来世への準備を整えられるようにすることだった。このような目的のためカリフは、イスラム国家の内部では神から与えられた聖法を維持、擁護し、出来れば国境を広げ全世界にイスラムの光
明を広げることが期待されていた。(2)

2.イスラム的世界秩序と華夷の別の比較

華夷の別

1)「戦争の家」の異教徒の取り扱い

イスラムにおいては、「聖戦」が完遂され全世界的に「戦争の家」が「イスラムの家」と化しても「全人類がムスリムに化する」ことが想定されていたわけではなかった。「戦争の家」の異教徒は、「ハルビー」と呼ばれ交戦相手国の国民のように取り扱われたが、この「ハルビー」は「偶像崇拝者」と「啓典の民」に大別された。このうち偶像崇拝者には「改宗か死か」の選択が迫られたが、「啓典の民」にはムスリムの共同体との契約により被保護民(ズィンミー)として固有の宗教、法、生活習慣を保ちつつ、イスラム法の許容する範囲での自治生活が認められた。(3)

2)異質な存在への対応

イスラム寛容

このようなイスラム的世界秩序観に較べると中華帝国における「華夷の別」のような発想が差別思想ではあるものの、平和的な思想に観えてくる部分もある。中華文明エリアにおいては、「華」が「夷」を武力で教化するようなことは何ら要請されておらず、「夷は華の文化さえ身に付ければ華になる」(4)とされた。とはいえイスラム世界の中においては、「イスラム的寛容」なるものが異質の宗教・民族・価値観を包含しながらも、他の諸地域において異質の価値体系を有する者同士が激しく対立していた状況に比較すると、「相対的に安定した共存関係を実現し維持していた」(5)ことも間違いないところであった。

3.イスラムにおける国際関係

イスラム軍楽隊

1)イスラムにおける民族と国家

イスラムにおける国際関係は、「イスラムの家」と「戦争の家」に属する様々な異教徒の集団との間の関係として捉えられる。また「イスラムの家」も異教徒の諸集団も基本的には「国家」としてではなく「宗教共同体」として捉えられた。これはイスラムが政治と宗教の分化を認
めないことに由来する考え方であり、イスラムとは人間活動のあらゆる分野においてアッラーの命に従うこととされた。またイスラム法も近代的な意味での法律ではなく、あくまで人間活動のあらゆる分野における行動の規範を意味していた。こうして「イスラムの家」に属するムスリムのアイデンティティーの根源は、何よりもムスリムであることに求められた。(6)
このようにイスラムが全てに優先するような考え方からは、民族や国家の概念は後景に退くことになるだろう。イスラム世界においては、近
代に至るまでムスリムか非ムスリムかの違いはあっても民族や国家の区別は無かったというのが、実際のところだったと考えてよいだろう。

2)ムハンマドとその後継者の国際的な立場

ガブリエル

ムスリム共同体の唯一の指導者は、預言者ムハンマドの在世中は、ムハンマドであったが、彼の没後は「地上における預言者ムハンマドの代理人」がつとめることとされた。ムハンマドは、「最後の預言者」とされたので、その後のムスリム共同体の指導者は、あくまでもムハンマドの預言者としての側面ではなく、政治的なリーダーシップの側面を受け継ぐ存在であった。このような指導者はカリフあるいはイマームと呼ばれ、イスラム国際体系の理念においては、「イスラムの家」の唯一の指導者として、イスラムにアイデンティティの根源を持つ構成員を持つ宗教共同体を率いていた。(7)
イスラム共同体は、この世における神の意図が具体化される場所である。彼らを支配するイスラムの統治者は、預言者ムハンマドの後継者であり、預言者が神から預かったメッセージの守護者だった。
「聖法」の維持と適用、その適用範囲の拡大が神から与えられた統治者の義務だった。これを遂行することにあたって原則的には、何の制約も無かった。(8)
イスラムにおけるムハンマドの存在は非常に大きく、歴代のイスラム世界の政治指導者は、ムハンマドの後継者とされたが、ムハンマドの存在は「最後の預言者」として、他の指導者とは画然と区別された。
また政治の構成単位は宗教共同体であって、「宗教」が中心に位置している点が、大きな特徴と言えるだろう。

3)「宗教共同体」間の関係をベースにするイスラム国際体系

ムハンマド

イスラム国際体系の理念においては、「イスラムの家」に対抗する「戦争の家」に属する異教徒も国家や民族で捉えるのではなく宗教共同体として捉えられていた。また「戦争の家」から「イスラムの家」に編入されても集団として存続している場合は、同様に宗教共同体として位置づけられていた。このようにイスラム国際体系の理念は、「宗教共同体」間の関係がベースになっており、「国家」を基本単位とする近代的な国際体系とは異質であった。(9)

4.イスラム的世界秩序と西洋の衝撃

イスラム寺院

1)イスラム的世界秩序の理念

ムスリム国家と異教徒の隣国との間には絶え間ない義務としての戦争状態が続いた。それはいつの日か間違いなく不信仰者に真の信仰を与え、全世界を「イスラムの家」組み入れる勝利で終わるはずだった。同時にイスラム国家と共同体は、啓蒙と真理の宝庫であり、その外側には蛮行と不信が渦巻いている。神がご自身の共同体に与える恩寵はムハンマドの時代から勝利と支配と言う形で証明されてきた。(10)

2)西洋の衝撃による激動

モスク

7世紀にイスラムが勃興して以来、営々として築き上げられてきたこのようなイスラム世界秩序は、その後「西洋の衝撃」の中で動揺し、結果的には西欧型の国民国家体系に組み込まれて解体・崩壊してしまった。他方で中華世界は、乾隆帝時代に確定した清朝最大版図を継承し、「元来の明朝期の中華文明エリアを遥かに超える帝国的枠組み」を堅持して今日に至っている。
次項では「イスラム世界秩序の崩壊」を「オスマン帝国崩壊」の枠組みを援用しながら捉え直し、なぜ「西洋の衝撃」の中で「イスラム世界秩序が崩壊」したのか、について以下のリンクのように検討していく。また「オスマン帝国指導層」あるいはトルコ民族が最終的に選択したトルコ共和国の成立の意味を「帝国としての中華」の在り方と比較しながら考えていきたい。

西洋の衝撃で崩壊したオスマン帝国のようなイスラム世界秩序をトランプ政権は再建可能か?

西洋の衝撃にさらされたオスマン帝国=イスラム世界秩序の崩壊過程を検証する!

西洋の衝撃への対処の失敗がオスマン帝国崩壊=イスラム世界秩序解体に直結した!

西洋の衝撃で崩壊したイスラム世界秩序と中東文明の分析からトランプ政権が直面する中東問題の本質を解明!

参考文献
(1)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第8章中東諸国家の性格 p200
(2)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第8章中東諸国家の性格 p200
(3)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p18
(4)王柯:「天下」を目指して 農文協 2007 第一章 「天下」のもとでの華夏と四夷 p13
(5)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p19
(6)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p20
(7)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p20-p21
(8)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第16章対応と反発 p427
(9)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p21
(10)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第16章対応と反発 p428

トランプ大統領が非常事態宣言を出しても死守したいメキシコ国境管理のモデルは雍正帝による万里の長城を活用した異民族政策にある!

トランプ大統領

世界最強の超大国の指導者であるトランプ大統領がその実現に苦労しているメキシコ国境での万里の長城による国境管理が、非常に洗練されたスマートな形で清時代に中国では完成した状態で運用されていたことを紹介しています!

1.清朝時代の一国両制の要である藩部統治のあり方
1)モンゴル騎馬軍団の軍事力を確保するための藩部体制の確立
2)支配下の諸民族への懐柔策としての「藩部」体制
3)現地有力者を活用した間接統治を基調とした藩部支配
4)大清帝国の帝国性維持の基盤
2.中国内地と藩部地域との隔離政策の堅持とヒスパニック流入阻止を目指すトランプ大統領
1)大清帝国内部の境界としての万里長城の活用とメキシコ国境を正常化したいトランプ大統領
2)大清帝国の切り札としてのモンゴル騎馬軍団の実力温存策

1.清朝時代の一国両制の要である藩部統治のあり方

清朝は、地域の実情に合わせてきめ細かく統治の有り様を変化させ、効果的な支配を貫徹しようと試みた。「藩部」とはいってもひとくくりには収まりきらない様々な統治形態が採用されていたことが、その証左となるだろう。

1)モンゴル騎馬軍団の軍事力を確保するための藩部体制の確立

藩部要覧
清朝はその生命線である「中国内地の漢族農耕社会の経済力」を直接に掌握しつつ、中国内地を牽制しコントロールするための「モンゴル騎馬軍団の軍事力」を確保すると言う最重要課題を実現した。こうした「拡大された中華帝国」の統治政策の一環として「モンゴル騎馬軍団の軍事力」を継続的に確保するための「藩部」地域への征服活動とその安定した統治の貫徹が至上命題としてクローズアップされたと言えよう。これらの「藩部」地域への統治政策は、「中華」世界としての中国内地に対する科挙官僚による郡県制を基調とする直轄統治とは異なる「間接統治」方式を採用したが、その主眼としては「藩部の清朝配下での実効支配の貫徹」「藩部地域の政治的パワーの体制内での温存と分散」(1)を基調としており、多民族国家としての「現代中国」の淵源をなし、「想定外の事態としての西洋の衝撃」で動揺するまでの安定した中華領域支配を貫徹する有効な政策であったと言えよう。

2)支配下の諸民族への懐柔策としての「藩部」体制

乾隆帝
清朝の「藩部」体制は、ある意味では新たに支配下に加えた諸民族に対する「懐柔策」としての要素も濃厚であった。またその「懐柔策」は、ただ単に「藩部」に対してのみ採用されたとは言えないであろう。中国内地に対する統治も「新たに征服した漢民族」に対する「懐柔策」であったとも観ることが出来よう。
清朝の「中華」懐柔策としては、「中国」に都を構え、皇帝制度、宮廷制度、元号制度、学校・科挙制度、正史、暦などの一連の中国の伝統的政治文化制度を採用し、漢族儒学者を重用して中国の伝統的な中央集権制を実施した(2)ことが挙げられよう。一見「伝統的中華帝国」の後継者然としている清朝であったが、これらの施策は単に「郷に入りては郷に従え」と言うローマ帝国的な方針を実行しただけで「漢族に対しては漢族に相応しい態度で接する」基本方針を貫いただけであったのかもしれない。

3)現地有力者を活用した間接統治を基調とした藩部支配

ヌルハチ
「藩部体制」にもその基本方針として「伝統の継承を認め、慣習を変えない」と言う原則が有り、「現地民族社会の文化や伝統」を維持させることを基調としており、現地 民族集団の有力者を有効に活用して「間接統治」の実をあげ、「伝統社会」や「政治構造」に干渉することを慎重に避けることに特徴が有った。このような行き方の結実として、モンゴルにおいては清朝皇族とモンゴル王公との政略結婚が制度的に行われモンゴルの部族首領がそのまま行政の首長に横滑りする「ジャサク制」が敷かれ、チベットにおいてはダライ・ラマを頂点とする「政教一致」が採用され、新疆においては地元回族の有力者を首長とする「ベク制」が行われたが、これらの施策は「清朝支配下」の諸民族への「懐柔策」としての色彩の濃いものであった。(3)

4)大清帝国の帝国性維持の基盤


清朝当局者の考え方としては、清朝皇帝の下で平和と安定が維持出来るならば、支配下の諸民族はこれまでの「伝統社会」や「政治構造」をそのまま維持して暮らしていくことを許容すると言うものであり、これは中華エリアも含めた「清朝の天下」において長期的な安定した統治を確保した基盤を形成する考え方であったろう。諸民族としては、これまでと同様の生活が清朝皇帝の権威と強力な軍事力で保証されるのであれば、敢えて否定する理由を見出し得ないところであったろう。

2.中国内地と藩部地域との隔離政策の堅持とヒスパニック流入阻止を目指すトランプ大統領

1)大清帝国内部の境界としての万里長城の活用とメキシコ国境を正常化したいトランプ大統領

避暑山荘
「藩部体制」による統治のもう一つの側面として、中国内地と「藩部」地域との文化的交流や商業的な繋がりが制限されたことがあげられよう。藩部の各民族が中華の儒家正統を中心とした文化を学ぶことは禁止され、漢族商人の「藩部」での商業活動は許可制となって厳しく制限されることとなった。「藩部」に関する事務は中央政府の六部と同等の地位を占める「理藩院」で行われたが、「理藩院」の尚書・侍郎は満洲族のみが任命される制度となった(モンゴル族には副大臣級のポストが一つ提供された)。また「モンゴル律例」「欽定回彊則例」「欽定理藩院則例」などの藩部を対象とする特別な法律が制定され、万里長城の外にある熱河が事実上藩部の首都として整備された。(4)

メキシコ国境2

このように清朝極盛期においては、万里の長城の内と外を清朝皇帝が完全に掌握していたので、中国内地と藩部地域との人的交流や商業的な連関、文化的な接触を自由にコントロールすることが可能であったが、翻って現代のアメリカの特に南部国境地域の管理体制はどうであろうか。
少なくともアメリカはアメリカ本国側の管理権を掌握していることは間違いないところであるが、主権の及ばないメキシコ側のコントロールは実際問題不可能であるし、メキシコ側も内政干渉ということでEUのように絶対にアメリカの介入は許さないところではあるだろう。
今回のトランプ大統領のメキシコ国境の壁建設問題に関する発言に対しても、大統領から庶民までメキシコ側の反発は非常に大きいものが感じられる。
また国境を隔ててアメリカ側とメキシコ側で経済的な豊かさや成功可能性という点において、文明圏を隔てるレベルの落差が存在することは間違いないところであろう。
そういう意味では、真剣に南部国境の出入国管理を徹底するためには、まずは国境に現時点で言えば38度線並みの緊張感のある万里の長城を建設して水際で移民の流入を防ぐことが先決であり、その先にメキシコへの必要に応じた経済支援等も含めたタフな二国間交渉を行って、1100万人の不法移民問題も含めて解決の道筋をつけていくしかない、との方向感をトランプ大統領が抱いている、ということにもなろうか。

そのように考えれば、清朝極盛期と現代アメリカでどちらが、自らの版図及びその周辺に実質的なコントロールが出来ているのかを比較すると、意外にも現代アメリカの方が打てる策が少ない、という要素もあるのかもしれない。
そういう意味では、トランプ大統領の「Make America Great Again」の真の目標は、1950年代のアメリカというよりも、直近の歴史的な超大国の中では清朝極盛期の「Great China」の方がイメージに近いような気もする今日この頃である。

2)大清帝国の切り札としてのモンゴル騎馬軍団の実力温存策

アヘン戦争
このような「藩部」地域の「漢化」抑制策及び「中国内地」からの分離政策は、「満洲族」と緊密に連帯する主として騎馬民族集団からなる「藩部」の軍事力を温存することで、「中国内地」を包囲・牽制して「満洲族」を中心とする清朝の支配体制をより一層強固なものとすることにあった、と言える。
こうして清朝は、中国内地を「伝統的な中華帝国大一統」の枠組みで統治しつつ、それを包囲する形で理藩院・藩部体制を構築して「モンゴル族を中心とする騎馬民族集団」を清朝の配下に取り込み、その実力を温存することで永続的な「拡大された中華天下」の支配を貫徹しようとしたのである。
そしてこのような体制は、万里長城が軍事的意味を喪失したようにほぼ想定通りに成功し、乾隆帝の極盛期の後、白蓮教徒の乱で動揺しながらも「乾嘉の文運」を謳われた嘉慶帝の時代を経て、道光帝時代のアヘン戦争に至るのである。

清朝初期にこのような「モンゴル騎馬軍団を活用して漢族を中心とする諸民族を従えることを帝国統治の根幹と成す」と言う大清帝国のグランドデザインが完成されていたとも言えるが、このシナリオには西洋の衝撃と言う要素が抜け落ちていたために、アヘン戦争以降に清朝の支配体制は混迷を極めることとなったと言えよう。
逆に言えば、清朝初期に東アジアをベースにして大清帝国のグランドデザインを構想した同じ顔ぶれが、西洋の脅威も視野に入れた全地球規模のグランドデザインを構築出来ていれば、東西の勢力均衡における西洋の圧倒的な優位の実現にも影響があったかも知れない。

尚、本稿で取り上げた清朝の中華帝国統治方針の戦略性については、以下のリンクでも詳しく取り扱っております。
清朝極盛期の乾隆帝のチベット,新疆征服は戦略的な帝国統治政策のモデルケースである!

参考文献
(1)石橋崇雄 大清帝国への道 講談社 2011 第四章 最大版図の形成 p202
(2)王柯:多民族国家 中国 岩波書店 2005 第2章 漢民族国家と言う幻想 p35
(3)王柯:多民族国家 中国 岩波書店 2005 第2章 漢民族国家と言う幻想 p35
(4)王柯:多民族国家 中国 岩波書店 2005 第2章 漢民族国家と言う幻想 p36

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

安倍晋三首相は遂に自民党総裁選に三選され史上最長の9年間の任期満了に向けて始動しましたが、総裁選での候補者討論会での安倍氏の受け答えを子細に観察した範囲では、かなり精神的肉体的に疲労困憊の様子で日本再生に向けた長期戦略を打ち立てられるような政権運営は期待出来そうにないようです。
一枚岩を誇っていたはずのトランプ大統領からも、安倍首相はいつも会ったときにニコニコしているが、あれはアメリカを何年間も出し抜いてきたことを確認する優越感に浸っているのだ、と皮肉られる始末で、挙げ句の果ては中国と同列に敵対的関税の除外対象から外され当にはしごを外さつつあるようですが、近いうちに対米黒字第三位の日本も中国やドイツと同様にトランプ政権から標的として狙われることを覚悟すべき段階に差し掛かりつつあるようです。
なりふり構わぬ対米従属・朝貢外交の果てがこれでは安倍首相や対米従属路線も浮かばれませんね。

1.トランプ大統領が一転して安倍首相を熱烈歓迎した理由
1)合衆国大統領選挙中のトランプ氏の対日強硬発言リスト
2)トランプ大統領の安倍首相、自民党政権の外交能力、及び日本の抜け目なさへの評価
3)イギリス、カナダの両国首相の訪米を大幅に上回る安倍日本首相への熱烈歓迎ぶり
4)安倍首相の対米従属,朝貢外交と東アジアの冊封体制の根本的相違

1.トランプ大統領が一転して安倍首相を熱烈歓迎した理由

1)合衆国大統領選挙中のトランプ氏の対日強硬発言リスト

日米経済摩擦
トランプ大統領は、大統領選挙中には日本を標的?にするような以下をはじめとする数々の批判的あるいは挑発的な発言を繰り返してきました。
「アメリカには、もはや世界の警察官をやっている余裕はない。実際のところ核兵器は世界に拡散しているのだが、北朝鮮も開発済と考えるべきだろう。アメリカが世界の警察官をやめたときに、日本は北朝鮮から自分を守る方法はあるのか?そう考えてみれば、日本が核兵器を持つのも理にかなっているのではないか?それがアメリカにとってそんなに悪いことなのか?」(2016年3月ニューヨーク・タイムズ)
「日本からは、アメリカにトヨタやホンダなどの何百万台ものクルマを送り出してくるが、日本はアメリカから全くクルマを受け取ろうとしない。同じように日本はアメリカの牛肉も受け取らなくなってしまった。これはアメリカにとっては、とんでもない貿易のアンバランスだ。そんな状態でもアメリカは引き続き日本の安全を守っているが、そのうち日本防衛を打ち切ることも考えるべきではないか?アメリカ軍は日本を守っているのだから、日本は在日米軍の駐留経費を100%払うのが当然だ」(2016年5月ワシントン演説)
「アメリカは、日本と日米安保条約を結んでいるが、それによると、もし日本がどこかから攻撃されれば、アメリカは第三次世界大戦に巻き込まれるのを覚悟してアメリカ軍が反撃しなければならない。ところが、日本はアメリカが攻撃されても、居間でくつろぎながら、のんびりと日本製のテレビを観ているばかりだ」(2016年8月アイオワ州演説)
これらの発言は、これまでの主流の合衆国大統領候補からは絶対に聞くことのできない発言だとは思われますが、一般のアメリカ人の声を代弁しているようでもあり、まあ普通のテーブルトークとしては満更あり得ない発言でもないでしょうか。
さらに大統領就任後も日本が中国と同様に為替を操作して不当に円安に誘導して、日本製品の売り込みを図っているというような発言もありました(2017年1月アメリカ製薬業界との会合)

2)トランプ大統領の安倍首相、自民党政権の外交能力、及び日本の抜け目なさへの評価

ケネディ大使
とはいえトランプ大統領は、安倍首相や自民党政権の外交能力や抜け目なさを警戒し、ある意味では評価するような以下のような発言も繰り出してきました。
「安倍首相は、私もこれまでに一度会ったことがあるが、確かに非常に賢い人物だと思う。そういう賢い連中と対峙し、交渉し、利益を持ち帰らなければならない駐日大使のポジションは極めて重要なことは言うまでもないだろう。駐日大使のポジションには、マフィアの殺しのプロのような賢い人物が相応しいが、ケネディ大使では日本に利益を全て持っていかれるばかりだ。そういう意味で、アメリカは本来駐日大使にすべき人物を使ったことは一度もない」(2016年8月アラバマ州モービル演説)

さらに多少古くなりますが、以下のようなコメントもありました。
「日本では一番優れた研究者に民生品である自動車やTVビデオ関連機器を作らせ、アメリカでは最も優れた研究者に兵器を作らせて日本を防衛している。にもかかわらずアメリカはなぜ日本のために支払ったミサイル関係の研究費用の補償がないのだろう? また日本はアメリカを何重にも食い物にしていないか?日本人はまずアメリカ人にモノを売って資本を稼ぎ、そのカネを使って不動産に投資しマンハッタンを全て買ってしまおうとする。どっちに転んでもアメリカは負けるだろう」(1990年プレイボーイ誌インタビュー)

こうしてみるとトランプ大統領にとっては、日本は煮ても焼いても食えない容易ならざる油断出来ない交渉相手だ、と受け止められていたようです。

3)イギリス、カナダの両国首相の訪米を大幅に上回る安倍日本首相への熱烈歓迎ぶり

トルドー・トランプ会談
翻って今回の安倍首相の訪米に対するトランプ大統領の異様とも言える熱烈歓迎ぶりは、事前の予想を裏切る驚くべきものであった、と言えるのではないでしょうか。
安倍首相の訪米と前後して行われたイギリスのメイ首相及びカナダのトルドー首相の訪米及びトランプ大統領との会談は、あくまでも事務的なものであったと言えるでしょう。少なくとも両首相ともにホワイトハウスでの首脳会談と記者会見は行われたものの、その後フロリダの別荘に移動して終日?ゴルフ三昧で過したのちに、盛大な晩餐会を開催するというような熱烈な歓待を受けた、とは言えないのではないでしょうか。
まるで王侯貴族を遇するようなもてなしには、かつての敵対的ともいえるような対日発言の数々が、突然に夢幻と化したような印象すら覚えたのは私だけではないでしょう。
日本は、確かに世界第三位の経済大国ではあり、アメリカの有力な同盟国ではありますが、それだけではイギリスやカナダの首相とのもてなしレベルの落差?を説明することは難しいと思われます。
ともかくトランプ大統領としては、自らの信念と選挙公約に基づく政策の遂行に一切異議を差し挟んでこない、有力で独立した同盟国の指導者に対して、最大限の熱烈歓迎の意志表示を行い、国際的な孤立や国内世論の反発に対して一矢を報いようと言う意向もあったのかもしれません。

4)安倍首相の対米従属,朝貢外交と東アジアの冊封体制の根本的相違

朝貢外交
あるいは、国務省あるいはその周辺の日本関連の専門家筋(いわゆるジャパンハンドラー)から、「日本はアメリカの一部のようなものですから、彼らとのディール=取引をあまり強硬に進めるのは得策ではないですよ。対日交渉では企業同士の取引(ディール)で多少損をしても、日本国政府を揺さぶって政策面から、まさに朝貢のような格好で莫大な利益を得た方が賢いですよ」というようなブリーフィングを受けたとも考えられるでしょうか。
このことを裏書きするように今回の日米首脳会談では、上記の延長線上とも言うべき「日米成長雇用イニシアチブ」なるものが日本側から提示され、日本とアメリカがインフラ投資において連携して、アメリカで約七十万人の雇用と約五十兆円(4500億ドル)規模の市場を生み出すことを目指しているようです。この中身としては、「米国内での世界最先端のインフラ実現」「世界のインフラ需要の開拓」「ロボット・人工知能(AI)の共同研究」「サイバー・宇宙における共同対処」「雇用と防衛のための対外経済政策連携」-の五本柱と言われています。
これだけの貢ぎものを持ち込んだ朝貢使節団に対しては、流石にトランプ大統領も日頃の強硬な主張をすぐさま引っ込め、自分の巨大なる交渉力に酔いしれていた、ということになりましょうか。

同じ第二次世界大戦の敗戦国ながら、ドイツのメルケル首相は、トランプ大統領からプーチン氏と同列に論じられ、「両者を最初は信頼するところからはじめるが、当面は様子見だ。その後はどうなるかわからない。信頼がいつまで続くかはまだわからない」、と言うように真剣に警戒されています。メルケル首相が、かのアドルフ・ヒトラーが武力で成し遂げられなかった欧州征服をいつの間にやら成立させた強力な指導者であり、プーチン並みの危険な欧州支配者扱いされている?状況とあたふたと貢ぎ物付きで訪米した、朝貢使節団団長のような安倍首相の落差には、国威発揚という視点を外して考えても非常に残念な思いを禁じ得ません。

ちなみに、かつて中華帝国周辺で行われていた朝貢では、朝貢を受ける中華帝国側は貢ぎ物の何倍あるいは何十倍もの宝物を朝貢国に下賜したと言われていますが、今回の安倍首相が受け取ったのは「尖閣諸島への日米安全保障条約第五条の適用の明言」くらいで、他には「日銀の異次元レベルの金融緩和の副作用?としての結果的に円安誘導的な為替操作問題や安価な生産コストのメキシコ工場からアメリカ市場への洪水のような輸出の問題」があえて取り上げられなかった、ことくらいでしょうか。
これでは、日米の関係は朝貢する側に莫大な利益があったかつての東アジアの冊封体制とは、似ても似つかないながら貢ぎ物を持っていくところだけは酷似している状況であり、本来は到底長続きしないような代物である気もする今日この頃です。

本件に関連する日本の対米従属、朝貢外交の淵源を黒船来航と太平洋戦争惨敗の見地からの分析もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!

トランプによる非常事態宣言や米中冷戦の激化は大統領再選に向けた黒幕バノンのアメリカファースト戦略の一環である!

バノン、トランプ大統領
トランプ大統領は次々に暴露される政権内幕情報を炎上商法のネタとして最大限活用しつつあるようですが、これまでのトランプ政権の動きをトレースすると、中国弱体化を本気で推進する貿易戦争の発動、金正恩との首脳会談実現、ジョン・ブレナン前CIA長官の機密へのアクセス権限剥奪、ティラーソン国務長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官の失脚、など、暴露本「炎と怒り」の主要部分をリークして訣別したはずのアメリカファースト革命を思想的に体現するバノン氏が公言していたシナリオの通りにトランプ大統領が動いていると言わざるを得ません!
今後トランプ大統領は、さらなるマスコミのフェイクニュースへの攻撃を行いつつ、ロシアンゲート疑惑や与野党との折衝に対処しながら、コアな支持基盤の確保・中間選挙勝利・大統領再選に向けて、アメリカ市民を中心に据えてエスタブリッシュメントを打倒を目指すアメリカファースト路線を徹底的に追求していくことになります。

トランプ青年実業家

1.トランプ氏が大統領選挙に当選した理由としてのバノン氏の世界観
1)特殊で巨大すぎる役割に疲弊するアメリカの解放
2)マスコミやプロの政治評論家が読み違えた選挙民とトランプ氏の連帯
3)選挙結果に対する有権者の動揺と喝采
2.今回の大統領選の帰趨を決した激戦州の情勢
1)オハイオの形勢
2)フロリダの形勢
3.トランプ大統領時代の世界情勢はどうなるのか
1)世界の警察官からの脱却
2)普通の国としてのアメリカの方向性
3)トランプ大統領の勝利に困惑し驚愕する有識者やエリート達

1.トランプ氏が大統領選挙に当選した理由としてのバノン氏の世界観

1)特殊で巨大すぎる役割に疲弊するアメリカの解放

アメリカ役割

トランプ氏が大方の予想を裏切り、アメリカ大統領に当選した理由については、アメリカ型民主主義や資本主義の制度疲労もあるかも知れません。
アメリカの多くの有権者は、「ワシントンの官僚やウォール街の投機家が操る既存体制を解体して、オバマに期待して裏切られた真の変革を多少なりとも実現するためには、しがらみのないフレッシュ?なトランプが良いとの選択」をした、とも言えましょうか。

トランプ氏に関しては、自前の資金力で大資本の操り人形にならずに、政治活動が可能な自主独立的な政治家という意味では、日本で類似の立場を確保していたのは「刎頸の交わり」の小佐野賢治の資金力を活用出来た、あの田中角栄のような気がします。
かつての田中角栄も当初は既存のエスタブリッシュメントで固められた体制に、風穴を開けることが期待されて、今太閤とうたわれたものででした。

それはさておき、特に軍事外交を中心に国際社会に密接にコミットメントするアメリカの非常に積極的な姿勢は、かつてフランクリン・ルーズベルトがアドルフ・ヒトラーの世界征服活動に対抗して、イギリス等を支援するために孤立主義を放棄して以来確立されてきたものと言えましょう。その後は戦後の冷戦期から今日に至るまで「世界の平和と安全にかなり強引に関与」する中で、「世界の警察官」としての特殊な超大国の在り方を追求してきた、と言う状況がありました。
昨今では中東への積極的な関与としてのアフガンやイラクへの直接介入やサウジアラビアへの米軍の駐留などが特筆されます。
そういう経緯がある中で、トランプ氏は、そのようなこれまでのアメリカの国際社会における特殊な在り方を根本的に変革し、『戦略的な世界の平和と安全を中心に考えるのではなく、まずアメリカ及びアメリカ国民の暮らしと安全を第一に考える素直な常識人としての発想』でアメリカを指導することを目指している人物である、ということを選挙民に印象付けることに成功したことが最大の勝因でしょう。
そして、そのようなシナリオを描きトランプ大統領の選挙戦を演出したのが、トランプ氏の選挙対策本部長で2017年8月まで首席戦略官を歴任し、ブライトバートに復帰した後、表面上は暴露本への情報リークでトランプ大統領と訣別したため現在はフリーランスの立場にある、とされているバノン氏ということになるでしょう。

2)マスコミやプロの政治評論家が読み違えた選挙民とトランプ氏の連帯

ニューヨークタイムズ

2016年の合衆国大統領選挙の結果に関しては、基本的には「アメリカの有権者が、これまでの理想主義的な建て前の議論に飽きて、目の前の現実を重視して本音で投票した」ということだ、と想定されます。
出口調査時点ですらも「トランプには投票していない」とコメントしながら、実際にはトランプに投票していた有権者も多かったようであり、多くの有権者が表向きはトランプに投票したとなると「体裁上カッコ悪い」という要素を持ちながらも、秘密が守られる投票所の中では「ドナルド・トランプ」の名前を選んだ、ということになります。
このようなトランプ氏への多くの市民の支持に裏打ちされた驚くほど多くの「隠れトランプ票」が雪崩を打って流れ込んでくることによって、マスコミも専門家も票を大幅に読み違え、結果的にアメリカ市民に騙された、ということになりましょうか。

このトランプ氏が動かした滔々たる票の流れは、見方によれば「投票行動がばれると体裁が悪いものの、どうしても投票してしまうという魔力」が、トランプ氏及びその選挙活動の中にあったということになるんでしょうか。このことは、多少ナチスの台頭を彷彿とさせる要素もありますし、通常巷間に言われる通りアメリカの何年か後を追いかけている日本にも、そのうちに似たような光景が展開するような予感もしています。

3)選挙結果に対する有権者の動揺と喝采

EU離脱
2016年大統領選挙での大方の人間がほとんど想定しない選挙結果という点に関しては、その重大さという一点でも「イギリスのEU離脱を巡る国民投票の再現」という感じもしました。欧州に滔々と流れ込む中東からの移民の流れと、それに対抗する移民排斥派を中心とする極右政党の台頭が懸念されていますが、流石に「流行を先取りするイギリス」は、今回もそのような欧州大陸の時代の流れを驚くべき形で先取りし、「EU離脱」という結果を導き出しました。このような重大な歴史の地殻変動は、世界的に連鎖することがあるのかも知れませんが、2017年は欧州大陸でも、フランス、ドイツをはじめとして重要な選挙があり、今回の英米の驚天動地の選挙結果は特にドイツの政治情勢に影響を与えたとも言え、第四がどのように影響するか、まったく目が離せなくなりました。

尚、2016年合衆国大統領選挙の選挙結果に対する抗議行動の盛り上がりは、あり得ない結果に対する棄権者の抗議のようにも感じられ、「今更行動しても遅すぎる」という点でも「イギリスの離脱反対派の油断に共通」するところも多く感じられます。
突き詰めて言えば「選挙は事前の予想で決まるのではなく、最終的な選挙結果で決まる」ということを常に肝に銘じておかなくては、民主主義における政治活動は出来ない、ということになりましょうか。

、2016年の大統領選挙戦において、飛び出してきたトランプの数々の『暴言』は、マスコミや選挙のプロのような玄人からすれば、「投票結果に直結する目くじらを立てるような最悪の選挙活動であった」でしょう。
しかるに最終盤に飛び出してきたトランプ氏の「女性の敵のような言動に関する報道」も「トランプ氏への投票を決意した有権者からすれば日常のテーブルトーク次元」で大した問題ではなかった?ことを考えれば、一度トランプに流れた現状に対する怒りや閉塞感を覚える「真の変革のマグマ」の大きな流れるのを止めることは出来なかった、ということになります。
このあたりは「暴言、虚言」と既存巨大マスコミが騒ぐほど、かなりの数の有権者は「マスコミの欺瞞を直感」しつつ「トランプ側に立って拍手喝采する循環」の流れが出来上がっていったと考えざるを得ません。そしてそのような喝采は、「いわゆる白人低所得者層」という枠組みを超えて広く深くアメリカの中枢部に広がっていった、ということになるでしょう。
ともかく、トランプが「本来行われるべきだった政策の論理と具体的な行動方針を有権者に届く言葉」で語りかけ、かつ「アメリカの栄光に結び付けた」時点で前回のオバマの「変革=Change」に似た「大統領選挙の勝利の方程式」がゆっくりと、しかし確実に動き始めたのではないでしょうか。
このあたりの魔術のような巧みな選挙戦術を主導し、計算通りに選挙戦を勝利に導いたのが、トランプ大統領の選挙対策の責任者であったバノン氏の最大の功績になるでしょう。

2.2016年の合衆国大統領選挙の帰趨を決した激戦州の情勢

1)オハイオの形勢

オハイオ州
オハイオは、選挙人18で、ここ何回かの選挙で民主、共和の双方が交互に勝っていた激戦州であるが、全米の縮図的なところがあり、トランプ氏にベッタリと観られた白人貧困層だけでなくリベラルな白人中間層も多く、一見したところではトランプ氏に大量の票が流れず、クリントンが有利な要素も強い、と事前には想定されていました。
そういう中で、もしトランプ氏がオハイオを取れば「隠れトランプ支持者が予想以上に多い」ことが証明され、全米の票の流れも想定外な状況になりうる試金石とも目されている州であったと言えましょう。
結果的には、ここでトランプ氏が勝利したことで、クリントン陣営に衝撃が走り、全米のマスコミやプロの政治評論家達も自分たちの票読みが実は間違っていたのではないか、ということに遅まきながら気づくことになります。

2)フロリダの形勢

フロリダ州
フロリダは、トランプ氏がメキシコ国境の壁建設公約等で攻撃対象にしていたヒスパニックも多く、オハイオなどと違って白人も貧困層が少なく富裕層高年齢層が多いということで、基本的にはクリントン圧勝、少なくとも勝利は間違いない、とされていました。
そういう中で、フロリダでの最終的な選挙結果を観れば、実際のところ「多くの白人有権者層はブッシュ時代のネオコンやオバマの人道的中東介入政策を本音では嫌っていた」のではないか、と思えるような状況が現出されました。
すなわち、アメリカの主流とでも言うべき有権者層に、このあたりで一度「トランプの掲げる国内重視、世界への介入縮小方針で行ってみるのがアメリカの国益にもなるのではないか」との「広範な世論形成や世界認識が出てきた」と言えるのかも知れません。
結局、トランプ氏を勝利に導いたのはいわゆる白人貧困層だけではなく、それ以外の「広範な隠れ支持者?が雪崩現象的にトランプ氏の単純明快なアメリカ第一主義の論理と公約に共鳴した結果」ということになりましょう。

確かに現在のアメリカは、「軍事力は世界に冠たるレベルを未だに維持していますが、国内のインフラの老朽化は深刻で、新規にインフラを整備してきた中国の沿海部の大都市エリアや日本には太刀打ち出来ない」ことは、アメリカの心ある人々からすれば火を見るより明らか、と言えましょう。
このあたりに関して、トランプが公約する巨大なインフラ投資の魅力は大きく、フランクリン・ルーズベルトのニューディール政策あるいは、ヒトラーのアウトバーン建設による景気回復を想起させる要素もあり、レーガン時代の軍事予算大幅増額より、余程アメリカ経済及び世界経済に好影響を与えそうな予感もあり、それにつれて世界の株価も上昇傾向にある今日この頃です。

3.トランプ大統領時代の世界情勢はどうなるのか

1)世界の警察官からの脱却

海兵隊
2016年の大統領選挙戦中のトランプ氏の発言を聴いていると、「アメリカが戦後維持してきた世界の警察官としての役割を放棄して普通の国になりたがっている」ように思われてなりませんが、そうなった場合の世界情勢は果たしてどうなってしまうのでしょうか?

まず考えられるのは現代に生きる市民達が、非常に長期にわたった第二次世界大戦の「戦後」の終焉を目撃し、新たな世界秩序が再構築される瞬間を眼前にする可能性があるのではないか、ということです。
第二次世界大戦における最大の主戦場であった欧州の東部戦線でナチス・ドイツを壊滅に追い込んだソビエト連邦は、オスマン帝国のように顕著な衰退期間を過ごすこともなく1991年にあっけなく崩壊してしまいました。今回はソ連崩壊後に一極によるゆるやかな覇権体制を構築していたアメリカも、トランプ大統領の登場とともにようやく唯一の覇権国の地位を放棄し「普通の国」になっていくということなのかも知れません。
しかし、考えてみれば第二次世界大戦の戦後は、「今日の展開の早い世界情勢の中では、例外的に異様に長期間維持されてきた」と痛感せざるを得ないでしょう。すなわち2017年は第二次世界大戦終結以来72年を経過したわけですが、例えば日露戦争終結の72年後といえば1978年ごろとなりますが、もし1978年に日露戦争のことを日常的に意識したり、今日の「戦後」を生きる感覚で「日露戦争後」を感じている人間は誰もいなかったのではないでしょうか。
そういう意味でも、今日の時点で第二次世界大戦における「連合国の完璧な無条件降伏による勝利」と「枢軸側の壊滅的な敗戦の意義」を、かつての枢軸国の一員として噛みしめてみるのも世界史的な意義があるのかもしれません。

2)普通の国としてのアメリカの方向性

デトロイト廃墟
トランプ氏の世界戦略の基本には、「余裕を失ったアメリカは、もはや安保タダ乗り論を一切許せる状況にない」という論理が頭をもたげてきている印象があります。
アメリカが同盟国との間に防衛協定等を締結し、「空理空論的な戦略的な優位を維持しようと努力」している間に、「アメリカの保護のもとで格下の同盟諸国が応分の防衛費の負担をすることなく、ぼろ儲けしているのを指をくわえて眺めるのは到底我慢出来ない」ので、「アメリカも同じ次元で普通の国として、可能な限りの儲けの分け前に与るのが当たり前である」、という非常に単純で当然の論理が、トランプ氏及びその熱狂的な支持者の発している世界へのメッセージとなりましょうか。

このような常識的な当たり前の認識と論理は、ワシントンの戦後の政界の常識の延長線上からは、なかなか出てこない発想でしょう。そういう中で政界のアウトサイダーとしてのトランプ氏は、そういう「アメリカの普通の人々から観れば異常ながら、ワシントンの政治エリートからすれば金科玉条だった世界観」をぶち壊して、アメリカの戦略を「真の意味でのアメリカファースト」あるいは「アメリカの普通の市民ファースト」な「普通の国の意識」にコペルニクス的に転回することを目指しており、そこにトランプ革命の意義と目的がある、と言えるでしょう。

そういう文脈でトランプ氏の言動を見直せば、トランプ氏は非常に一貫性のある人物であり一連の選挙戦での発言は、暴言どころか極めて普通の常識的な発言録となりうるわけであり、戦後以来オバマまでの指導者たちの掲げてきた「理想に基づく戦略の数々」の方が、将来のある時点で振り返ると「アメリカ市民をないがしろにしながら、極端な政策課題を掲げた異様な国家を長らく維持するような、あり得ない政治状況が具現化していた時代だった」と映ることになるのかも知れないのです。

ちなみに、トランプ陣営のこのような世界観や政治哲学には、バノン氏の考え方がほぼそっくりそのまま反映されている、と言っても過言ではないでしょう。

3)トランプ大統領の勝利に困惑し驚愕する有識者やエリート達

トランプ対メディア
こうしてみるとトランプ氏の世界観を奉ずる政権に対処するには、これまでの長期にわたる戦後戦略の延長線上で発想していては、なかなか柔軟に対応できない、ことになりましょうか。
アメリカの有識者やマスコミの困惑や驚愕ぶりは、そのような混乱の有様を示すパニックのようにも見えますが、意外に証券市場が安定あるいは、トランプの政策に期待して堅調に推移しているのは、経済界の柔軟性を示す証左でもあり、興味深いところです。

今回の選挙戦を特集した番組の一部に、特に911以降の中東への本格介入後のアメリカ軍の人的被害の大きさや社会的なダメージを取り上げたものがありました。すなわち中東介入におけるアメリカ軍の犠牲者そのものは数千人規模のようであるが、そのまわりには大きな精神的ダメージを受けて帰国後に自殺したり、心的外傷を発症するアメリカ軍関係者は何倍何十倍も存在している状況があります。
これはまさに映画「ランボー」の主人公のように中東の戦地からの帰還後に、アメリカでの生活になじめなかったり、退役後に満足な収入のある職に就けないケースが数多く発生しているということでもあるのです。
そのように観てくると、さしもの超大国アメリカの無敵のアメリカ軍も、そろそろ対外武力介入政策を放棄して本格的な癒しの時期に移行していかないと社会・経済的にもたないところまで疲弊しているように思われてなりません。確かにオバマ前大統領も「世界の警察官」をやめるとは言っていましたし、中東からの一定の撤収方針は示しましたが、アメリカの戦略方針を劇的に転換するところまでのインパクトはありませんでした。
そういう意味でも、トランプ氏の世界戦略の転換と国内重視のアメリカファーストな政策は、アメリカの広範な民意を率直に反映しているということになりましょうか。

このようなバノン流の世界観を現実のワシントンやニューヨークに巣食うエスタブリッシュメントや欧州の批判的な同盟国との関係性の中で、どこまで維持出来るかは、トランプ大統領の再選可能性にも関わってくる興味深い事案になりそうです。

ちなみに、そのようなアメリカの内向きへの戦略の転換は、「新たな世界新秩序の構築」を模索するプーチンのロシアやアジアにおける中国、ひいては「欧州においてEUをベースにひそかに新帝国を建設しつつあるドイツ」あたりの思うツボということになるのかも知れませんが。

本稿の延長線上でトランプ大統領のラストバタリオン的な性格を詳しく分析した以下のリンクもご参照ください。

トランプ=ラストバタリオンのアメリカ乗っ取り=ナチ化とエスタブリッシュメント側のマスコミやマイノリティを巻き込んだ反撃がアメリカ大混乱の真相である!

トランプ大統領は米中冷戦、西側同盟解体=バノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東的な人民独裁手法で大統領再選を目指す!

トランプ大統領の人民独裁的なバノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東の文化大革命路線の類似性の検討!

アメリカファースト

トランプ大統領の理想主義的なアメリカファースト路線の延長線上にある、毛沢東による人民ファースト路線の極限の姿としての文化大革命時代の大混乱の真相を解明し、トランプ政権が真に目指す最終的な目的地として疑われるヒトラーが予言したアメリカにおける文化大革命的な分断や混乱の可能性を検証する。

1.トランプ大統領のアメリカファースト路線と現代中国に厳然として残る強固な文革的路線
1)改革開放の論理に抵抗する保守派の拠りどころとしての文革とトランプ大統領のアメリカファースト
2)現代中国における「文革」と「改革開放」の二路線とトランプ大統領のアメリカファーストの関連性
3)劉少奇の「調整政策」の継続としての鄧小平の「改革開放政策」
2.現代中国においても根強い「文革」的見地からの「改革開放政策」批判
1)「万言書」の出現とその文革的論理からの改革開放批判
2)現代に復活した文革期と共通する用語法による改革開放路線批判の論調
3)文革終結直後の毛沢東らの用語法の全面否定と現代中国の政治経済状況
3.中華帝国の伝統的な政治方針に連なるのは改革開放路線か?
1)社会主義中国における毛沢東路線と劉少奇・鄧小平路線の相克
2)中華帝国伝統の賢人主導のエリート主義に連なる改革開放路線

1.トランプ大統領のアメリカファースト路線と現代中国に厳然として残る強固な文革的路線

文化大革命2

1)改革開放の論理に抵抗する保守派の拠りどころとしての文革とトランプ大統領のアメリカファースト

現時点においても、文革あるいは文革的路線というのは、中華人民共和国における「原理主義的な社会主義の表出」及び「毛沢東思想原理主義の表出」とでも言えるだろう。そういう意味では、「改革開放の論理」に抵抗する保守派の理論的・情念的な根拠には文革的なるものが常に息づいているのではなかろうか。
例えば、鄧小平に対抗する保守派の重鎮であった陳雲は、1985年6月に「開放自由化政策は、必要であり正しい政策であるが、断じて社会主義経済体制や社会主義精神文明に対立するものであってはならない」と述べた。過度な商品経済の導入が社会主義体制の根幹である計画経済の主導性を喪失させ、党幹部の腐敗を招き、ひいては社会主義体制を危うくするという危機意識が保守派の一貫した共通認識であった。(1)
トランプ大統領

このように現代中国においては、常に改革開放路線=経済成長一辺倒あるいは経済合理性追求一辺倒の方向性に対する原理的で根強い批判的な精神が、草の根レベルの人民から中国共産党の最高幹部のレベルまで維持されてきたことは特筆に値するのではないだろうか。
翻ってアメリカのトランプ大統領誕生までの状況は、まさに批判勢力なき状況での改革開放路線一辺倒の草の根の人民大衆の声を一切無視した暴走政治が行われてきた、と言えるかもしれない。確かにアメリカにおいては、民主主義は制度としては機能しており、投票によって候補者は選ばれてきてはいたが、本当の草の根のアメリカの声を代弁する候補者は絶えて久しく、多くのアメリカ市民たちは投票を諦め、ワシントンやウォール街のエリートの政治経済を中心とした国家権力の壟断、専横をただ苦々しく白けた面持ちで見つめてきたということではなかったか。

そのように考えれば、中国では国家を根底から転覆し、中国共産党の一党独裁体制を人民の手によって一時的に解体して、経済成長一辺倒の「前期改革開放路線」とでもいうべき、「調整政策」を国家の最高指導者であった劉少奇や鄧小平を引きずり降ろして、毛沢東の理想主義的な路線に大転換する、という王朝末期の農民大反乱モドキの革命劇を一世代前に体験していたわけである。さらについ最近までその文革の指導者たちが政権の中枢に残存していた、というのは特筆に値する、と言えよう。
すなわち、中国共産党は党内に根本的でどうしても相いれないような価値観の相違する対立軸を孕んだ、改革開放と文化大革命という二つの路線が併存していたのに対して、アメリカにおける二大政党制の中には対立軸はなく、選挙が行われていると言っても本当の意味での政治路線の交代は、今次のトランプ大統領の政権発足までは存在しなかった、ということになるだろう。

このような現状を子細に観察すれば、アメリカと中国を比較して真の意味で、どちらが国民の声を政治に反映しているのか、原点に立ち返って再検討しなければならない、と思われてならない。

2)現代中国における「文革」と「改革開放」の二路線とトランプ大統領のアメリカファーストの関連性

趙紫陽

上記のような論点に関して「文革時期」においては当時の中国の現状を「資本主義復活の道へ歩みつつあり」「党内指導部が腐敗堕落して資本主義実権派を形成している」(2)と断じていたわけであり、微妙な違いながらまだまだ「改革開放時期」の方が穏和な問題提起であると言えようか。
このような保守派の発想の根本には、原理主義的な社会主義・毛沢東思想への傾倒があり、その根底には文革的なるものへの郷愁や追慕の念が未だに垣間見えるとも言えようか。そして、このような根強い保守派の抵抗の中で鄧小平も、ギリギリの局面で1987年1月の胡耀邦総書記失脚、1989年6月の天安門事件勃発と趙紫陽総書記失脚と言うように自らの手足とでも言うべき「改革開放の推進者としての側近」を切り捨てつつ、辛うじて改革開放路線だけは維持する、と言う綱渡りを演じてきたのでは無かったかと思われる。

すなわち、毛沢東に並び称される最高実力者たる鄧小平ですら、改革開放路線推進の最大の側近であった胡耀邦と趙紫陽の二人を失脚させなければ生き延びられないほどに、文革路線は根強く現代中国の中枢部を維持しており、経済成長最優先や国内外の政治経済情勢に一切左右されない、草の根レベルの人民の声を代弁しようとする原理主義的な毛沢東思想が、中国共産党の最高レベルにも未だに脈々と息づいていることの証左ともいえよう。

さらに文化大革命的な状況を呈し始めていた天安門広場を埋めた人民大衆に対して、改革解放路線の旗手であったはずの最高実力者,鄧小平は躊躇なく武力鎮圧を命令し、まさに危機一髪の時点で政権転覆を回避したわけであるが、天安門事件というのは一見進歩的ながら実態は人民大衆の意思よりも政権維持を最優先するという改革開放路線の真相を垣間見せる、恐ろしい事実の証左でもあるのではないだろうか。

トランプ大統領22
翻って、アメリカにおいては、特に第二次世界大戦後これまで政財官軍の中枢を支配してきた勢力は、中国におけるような人民大衆レベルの支持に根差した文革派のような抵抗勢力を持たずに国家を壟断してきたわけであり、トランプ大統領誕生までの大統領選挙は、ほとんどどちらが勝っても政策に大差のない、いわゆる出来レースの様相を呈していた、と言えよう。
アイゼンハワー大統領が、退任時にコメントしたいわゆる軍産複合体とも称されるような支配勢力は、アメリカを「トンキン湾事件等のフェイクニュース」でベトナム戦争の泥沼に引きずりこみ、冷戦における軍拡競争を演出し、さらには冷戦が終結するとテロとの戦争と称して再度「大量破壊兵器問題等のフェイクニュース」を駆使してイラク戦争の泥沼を演出するという展開で国力を浪費し、アメリカ市民の真の利益と繁栄の基盤を掘り崩し続けている、というのがトランプ大統領の政権発足までのアメリカの現状であったと言えよう。
また前記のような見解がトランプ大統領の選挙戦以来の主張でもあり、そのような既存の巨大で間違った権力機構からアメリカを解放し、アメリカ市民ファーストの政治を確立するのがアメリカファーストの革命(Make America Great Again)である、との信念と決意を強調し続けているわけである。

まさに人民民主主義的な文化大革命を推進した毛沢東の主張も想起するような、根本的で徹底的な国家権力の転覆を目指すのがトランプ大統領による革命の本質と言えるのかもしれない。

3)劉少奇の「調整政策」の継続としての鄧小平の「改革開放政策」

劉少奇

もし毛沢東が現在生きていたとすれば、このような「改革開放政策」真っ盛りの現状をどうとらえるか興味深いところであろう。また劉少奇は、文革の露と消え去ったが、文革の最大の標的の一人である鄧小平は生き残り、文革直前まで推進してきた「調整政策」を、文革を終結させた後に、直ちに「改革開放」という新しいキャッチフレーズで再開したとは言えないだろうか。
さらに「帝国的な見地」から言えば、文革は「人民大衆に政治参加を促し、民主の基盤を拡大する運動であったが、中華世界では未だに自覚的な自由な市民は育っておらず、文革の惹起した大衆運動は徒に混乱を助長することが多かった」ということになろうか。また文革を終結させる帝国的論理としては「これまで同様に共産党が指導権を再確立し、人民の軽挙妄動を取り締まり、秩序ある中国的特色のある社会主義建設に邁進する」ために「これまでの社会主義建設の問題点を是正し、経済を活性化させるために大胆な政策の採用も辞さない」という方針のもとに「改革開放政策」が推進された、と言いかえることも出来よう。

2.現代中国においても根強い「文革」的見地からの「改革開放政策」批判

万言書

1)「万言書」の出現とその文革的論理からの改革開放批判

「改革開放」の時代に入っても文革期に強調された「社会主義の原理主義的側面」の議論は、常に火種として燻り続けていた。特に1995年暮れには、改革開放政策の現状を厳しく批判する無署名の論文である「万言書」が出現して大きな波紋となった。「万言書」は中国の現状について、社会主義の根幹をなすべき国有部門が急激な凋落を観る一方で、外資・私営・私有部門が急速に成長し、既に社会主義とは言えない状況に至っていると指摘した。このような私営私有部門の肥大化を反映して、新興の資産階級が急速に台頭し、自分達の階級の権益擁護のために政権に参画しつつあり、人民代表大会の議席を得たり、党支部書記に就任していることも強調した。さらにこのような資本主義経済部門や資産階級の台頭で中国社会の貧富の差が拡大する中で、党・行政幹部の深刻な腐敗も同時に進行している。また党員指導幹部にもマルクス主義に対する無関心や無理解が蔓延し、マルクス主義の理念が失われつつあり、まさに資産階級の願いである「共産党の瓦解」を招く危険性が急速に高まりつつあるとした。(3)

2)現代に復活した文革期と共通する用語法による改革開放路線批判の論調

文化大革命333
これは、改革開放路線が「資本主義路線」をひた走っている、とも受け取れる批判であろう。そしてこの「資本主義復活」批判は、「文革期の毛沢東らによる劉少奇や鄧小平らの政治路線に向けて行われた批判と同様の用語法」(4)が遂に復活してきたとも言えるものだった。まさに文革の亡霊が彷徨い出てきたような印象であるが、文革期にはこのような批判に続いてどのような事態が発生したのであろうか。
文革当時は、このような文脈のもとに劉少奇・鄧小平を代表とする共産党指導部に「ブルジョア司令部」が存在するとされ、彼らは反動的ブルジョアジーの立場にたって、ブルジョア独裁を実行し、文化大革命に反対していると攻撃された。その後、劉少奇・鄧小平らは「資本主義の道を歩む実権派」「ブルジョア路線の推進者」「反党・反社会主義」とのレッテルを貼られてパージされた。(5)さらに党の指導官僚の大半は中央機関だけでなく、地方機関に至るまで「党内の資本主義の道を歩む実権派」として厳しい批判を浴びて、その地位から追放され、造反派や紅衛兵により身柄を拘束され、時には処刑にまで至るものも多かったという。(6)

3)文革終結直後の毛沢東らの用語法の全面否定と現代中国の政治経済状況

毛沢東333
それでは、文革後の改革開放時代に入ると、このような文革時代の毛沢東らの用語法は、どのように再解釈されたのであろうか。
1981年に採択された「歴史決議」によって、文革を「全面否定」した鄧小平らの党指導部は、「ブルジョア司令部」「走資派」「実権派」と言った毛沢東の用語法を事実を歪曲した荒唐無稽の誤ったものとして全面的に斥けた。「歴史決議」では「文化大革命で修正主義、資本主義として批判された多くの事象は、実際はまさしくマルクス主義原理であり社会主義の原則であった。「文革によって打倒された走資派」とは、党と国家の指導幹部であり、社会主義事業の中核をなす人々だったのであり、劉少奇・鄧小平を中心とする「ブルジョア司令部」なるものは根本的に存在しなかった」とした。(7)
まさに毛沢東らの文革期の用語法の全面否定であるが、実際のところはどうなのであろうか。劉少奇亡きあと、鄧小平を中心に「再開」された改革開放路線の結実である今日の中国社会は、ある意味では毛沢東らが「純粋」に希求していた「社会主義の原理」からすれば、確かに「逸脱」とも取られかねないであろう。また「改革開放司令部」が、「ブルジョア司令部」「走資派」「実権派」であると指摘されても、そうではないと論証するのは現在の中国社会の現実を観れば困難な印象もあると言えよう。

3.中華帝国の伝統的な政治方針に連なるのは改革開放路線か?

大躍進2

1)社会主義中国における毛沢東路線と劉少奇・鄧小平路線の相克

「調整政策」は、1958年から1960年にかけて推進された「大躍進」「人民公社」「総路線」の「三面紅旗」政策が人為的原因による2千万人とも言われる大量餓死者を出すなどの失政を招いた結果として、これを修正する目的で提起された。(8)
こうして観ると今日に至る革命成就以降の中国共産党の政策は、2つの大きな路線の相互作用で成り立っているようにも観察される。一つは「毛沢東を中心とする純粋な社会主義を原理的に追求する立場」と「鄧小平を中心とする社会主義は堅持しつつ効率的で有効な方法論は何でも採用する立場」となろうか。
そして、「建国から三面紅旗政策」と「文化大革命」の時期は前者が主導しており、「調整政策」と「改革開放」の時期は後者が指導していると言えるだろう。

2)中華帝国伝統の賢人主導のエリート主義に連なる改革開放路線

周恩来

伝統的な中華帝国の方向性からすれば、前者は「人民を前面に立たせ過ぎで、帝国の存立を危うくさせかねない素人じみた政策が多い」が、後者は「賢人主導のエリート政治で、柔軟で実際的な面もあり、危機に際しては果断な措置もとれる」ということで、やはり後者こそが「帝国の法統」を継ぐ路線ではないかと認識している。

尚、本稿で取り上げたアメリカ版文化大革命については、アメリカを混乱に陥れようとするトランプ大統領やバノン氏のラストバタリオン的な姿勢も含めて以下のリンクで詳しく分析しています。
トランプ政権を離れたバノンはヒトラーの予言実現のためアメリカ版文化大革命を扇動する!

<参考文献>
(1)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p16
(2)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p18
(3)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p19-p20
(4)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p20
(5)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p229-p230
(6)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p20-p21
(7)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p21
(8)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p23

トランプ大統領が非常事態宣言で建設するメキシコ国境の壁による異民族管理モデルは清朝極盛期の万里の長城方式である!

万里の長城

トランプ大統領がメキシコ国境に建設しようとしている万里の長城と大清帝国時代の長城の位置づけの同質性を、モンゴル、新疆、チベット等の藩部へ拡大した中国領土で理藩院制度の採用等により一定の安定した統治を実現した背景及び統治構造と原理も踏まえて解明する。

1.大清帝国の領土拡大の第一段階としての対モンゴル戦略
1)トランプ大統領がメキシコ国境に築く万里の長城と清朝極盛期の万里の長城
2)漢族農耕社会の安定確保のための最大の脅威であったモンゴルの併合
3)漢族を安定的に支配するための軍事力確保のためのモンゴル騎馬軍団のコントロール
2.大清帝国の領土拡大の第二段階としての対チベット戦略
1)モンゴル族コントロールのための施策の一環としてのチベット進出
2)広大な版図支配貫徹のための軍事力調達を目指した領土拡大
3)対モンゴル政策の一環としてのチベット進出とチベット仏教コントロール
4)トランプ大統領がメキシコ国境に築く万里の長城と軍事性のない大清帝国の長城
3.大清帝国の領土拡大の第三段階としての新彊確保
1)新彊エリア進出の目的
2)新彊に対する三様の統治方針

1.大清帝国の領土拡大の第一段階としての対モンゴル戦略

1)トランプ大統領がメキシコ国境に築く万里の長城と清朝極盛期の万里の長城

清朝最大版図

メキシコ国境地図
大清帝国の最大版図は、1759年に天山山脈南北両側地域が新疆と命名されたされた時点で完成し、この時点をもって現代に至るモンゴル、チベット、新疆を含む多民族国家「帝国としての中華」が成立した。清朝は、これらの新領土を直接支配地域と区別して間接支配地域とし、「理藩院」制度を採用して統治した。
それでは、このような清朝の領域拡大ひいては藩部の設置の主目的は、何だったのだろうか。これについては、広い意味で対モンゴル政策にあったという見方が出来る。

ちなみに、この時点で完成した間接支配地域と直接支配地域の境界線として、明時代に大規模に改修・新設された万里の長城が大清帝国でも活用された。
この段階では既に万里の長城の軍事的な意味合いは失われており、文明圏の境界・民族的な境界・経済的な境界というような今日トランプ大統領が、メキシコ国境に建設しようとしているのと類似した新「万里の長城」としての位置づけが確立していた。

2)漢族農耕社会の安定確保のための最大の脅威であったモンゴルの併合

モンゴル騎馬軍団
領土拡大の第一段階としての内モンゴル併合については、「遼東における漢族の農耕地域」を内モンゴルの軍事的な脅威から解放する点にあった。
元来、清朝はその経済基盤として漢族農耕社会を想定していたので、中国内地支配の目的も一義的には経済基盤の確立が、その主眼であった。このような漢族農耕社会の確保にとって最大の脅威が、モンゴルの軍事力だったのであり、その脅威を取り除くために内・外モンゴルの服属化は清朝にとって不可欠で喫緊の政策となった。(1)
このように清朝の帝国建設に向けた歩みは、場当たり的で論理性があまり感じられない「国民帝国」の構築過程と明らかに違って計画的であり、戦略に基づく政策の積み重ねと言う傾向を強く持っていた。

3)漢族を安定的に支配するための軍事力確保のためのモンゴル騎馬軍団のコントロール

理藩院
他方で経済的な基盤を形成する漢族に対して満洲族は、人口的に圧倒的に劣っており、中国内地を安定的に支配するためには、モンゴルの軍事的協力を確保しておく必要が有った。こうした事情によりモンゴルを適切に管理し、その軍事的なパワーを有効に活用していくために、盟旗制と言う行政・軍事組織を設置してその遊牧地を固定化し、理藩院を通じたモンゴル族の支配を実現した。(2)
こうして明の時代に中国を圧迫したモンゴル騎馬軍団を完全に取り込むことで、清朝が中華エリアをコントロールする軍事的な基盤が形成されていった。

2.大清帝国の領土拡大の第二段階としての対チベット戦略

1)モンゴル族コントロールのための施策の一環としてのチベット進出

ポタラ宮
さらに清朝のチベットへの進出についても、元々はモンゴル対策としての色彩が濃厚であった。すなわち、清朝の帝国支配に不可欠の戦力であるモンゴル族の信仰がチベット仏教であったということで、チベット仏教を通じてモンゴルをコントロールすることを目論んだわけである。ここで目指されたのがチベットを清朝の統治体制に組み込むことで、チベット仏教の教主であるダライ・ラマとパンチェン・ラマを清朝の影響下に置こうとしたことである。(3)

2)広大な版図支配貫徹のための軍事力調達を目指した領土拡大

モンゴル騎馬軍団3
満州人自身の人口は限られており、広大な版図の支配を貫徹することが自力では困難であるので強力なモンゴル騎馬軍団の戦力を取り込まなければならなかったのだが、このことにより派生的に清朝による様々な施策に繋がっていったことが明らかになってくる。ここに清朝の政策の一貫性と戦略性が垣間見えてくるところである。

3)対モンゴル政策の一環としてのチベット進出とチベット仏教コントロール

ダライラマ
清朝は、チベットのモンゴルへの宗教的影響力を低下させるべく最高活仏ダライ・ラマに集中する権威を分散させ、理藩院がチベット各地に散在する活仏を把握して、宗教的権威の拡散を図った。一方でダライ・ラマにチベット社会の支配をゆだね、かつダライ・ラマを清朝の監視下に置いた。こうして清朝の影響力をチベットに浸透させ、チベットの保護国化を推進したわけであるが、これらのチベット進出策の主目的は、先に指摘した通りチベット仏教をコントロールすることによりモンゴル騎馬軍団をも清朝の影響下に置こうと言う点にあった。チベット民族を直接の対象とする民族政策ではなく、ダライ・ラマの宗教的権威を調達することで、モンゴル族を懐柔する点に狙いがあった。(4)

4)トランプ大統領がメキシコ国境に築く万里の長城と軍事性のない大清帝国の長城

長城修復

ティファナ検問
こういうわけで元々清朝の内陸部への進出のねらいがモンゴル騎馬軍団のコントロール確保にあったため、チベットに対する宗教政策も民族政策もモンゴル政策の延長線上の派生的なものであった。明朝皇帝が四六時中モンゴル騎馬軍団に悩まされ、万里長城の維持強化に血道をあげていたのと較べると清朝の政策の何という卓抜した手腕と目のつけどころであろうか。ここには政治的なセンスの違いと共に、中華文明の「華夷の別」という発想の限界も露呈していると言えようか。

このように万里の長城は、春秋戦国時代に建設が開始された当初から明の時代まで、北方のモンゴル騎馬民族や女真族に対する長大で軍事的な要塞としての位置づけを一貫して保持してきたのであったが、大清帝国の極盛期に至ってモンゴル騎馬軍団を清朝が勢力圏に組み入れることに成功したことにより、万里の長城の位置づけが根底から変化することとなった。
すなわち、万里の長城は大清帝国という巨大な天下における中華文明圏と北方遊牧民等の文明圏の境界線という平和的ながら厳然とした位置づけに変化した、と言えるだろう。
このことは、トランプ大統領が最大の公約の一つとして推進を目指す、メキシコ国境における万里の長城の位置づけにも類似しており、中華文明圏=アメリカ先進文明圏と北方遊牧民等の文明圏=メキシコあるいはその後背に広がるヒスパニック文明圏の境界線と言い換えると、トランプ大統領の認識する世界観にかなり近づくのではないだろうか。

歴史的な事実としても、大清帝国は軍事的な意味合いを喪失した万里の長城を最大限活用して、中華文明圏と北方遊牧民等の文明圏の融合を許さず、一国両制を採用し、中華文明圏=中国内地と北方遊牧民等の文明圏=藩部を対置して、厳然と区別した統治政策を貫徹した。
すなわち中国内地の首都は帝都北京とし、藩部の事実上の首都は熱河離宮というように統治の中枢まで区別する徹底ぶりであった。

それに対して、今日のアメリカの特に南部国境に対する入国管理制度は、相当に甘く、国境線も一定のレベルでは管理されているものの、密入国が絶えず、1100万人規模の不法移民を抱える現状となっている。
このような状況は、残念ながら大清帝国の緻密で戦略的な国境管理政策に大幅に後れを取っている、というのが、両者を比べた場合にはトランプ大統領の認識となるだろう。

いずれにせよ、客観的にみても大清帝国の極盛期と現代アメリカ合衆国のどちらが、近代的で合理的な入国管理を含めた統治政策を推進しているか、を考えると前者に軍配が上がりそうな気がしてならない。
このあたりが、トランプ大統領及びその支持者にとって、現代のアメリカは国境の管理すらまともに出来ない、中途半端な国家とも考えられ、どうしても我慢ならないところであろう。
さらに、トランプ氏がメキシコ国境に厚く高い壁を建設すると高らかに公約して、大統領に当選してから相当な日々を経過した今日の時点でも、メキシコ国境に築くべき新万里の長城は、予算の問題や議会における与野党の政争等に阻まれ、任期中に着工出来るか否かの目途も立たないありさまである。
これでは、かつての大清帝国皇帝の方が、現代の超大国たるアメリカの大統領よりも遥かに圧倒的に政策遂行能力が高く、国境管理における責任能力も実行力も兼ね備えていた、と言わざるを得ないような気がしてくる今日この頃であり、トランプ支持者のオルトライトが現状に怒り狂うのもあながち不思議ではないかも知れない。

3.大清帝国の領土拡大の第三段階としての新彊確保

1)新彊エリア進出の目的

新疆征服

さらに新疆と命名された天山山脈の南北両側地域への清朝の進出と征服の目的もモンゴルの安寧とチベットの保持のためであり、これもまた対モンゴル政策の一環と言えるものであった。このことは乾隆帝が当時のモンゴルやチベットとの関連性が薄い西トルキスタン方面には決して進出しなかったことでも例証できるであろう。すなわち、清朝の東トルキスタン方面への征服の主目的は、モンゴルの安定とチベットへの外敵の侵入を阻止する防波堤を築くことであったと言えよう。(5)

2)新彊に対する三様の統治方針

新疆統治
新疆に関しては、北路、南路、東路の三地域でそれぞれ統治政策を異にしており、北路に関してはイリに軍政の根拠地を置いてジュンガルの影響力の一掃を図り、八旗兵や東北地方の少数民族及び服属したモンゴル族に土地を与え、ジャサク制をとり藩部特有の制度を採用して統治した。南路のイスラム地域に関しては、辮髪を強制せず、地域性を尊重しつつベクや派遣官僚による直接的な統治を進めた。東路は中国内地の延長との位置付けから、郡県制を採り、中国内地同様に科挙官僚による清朝の直接的支配を受けた。(6)

本稿で取り上げた清朝の中華帝国統治方針の戦略性については、以下のリンクでも詳しく取り扱っております。
清朝極盛期の乾隆帝のチベット,新疆征服は戦略的な帝国統治政策のモデルケースである!

参考文献
(1)石橋崇雄:大清帝国への道 講談社 2011 第四章 最大版図の形成 p198
(2)石橋崇雄:大清帝国への道 講談社 2011 第四章 最大版図の形成 p199
(3)石橋崇雄:大清帝国への道 講談社 2011 第四章 最大版図の形成 p199-p200
(4)石橋崇雄:大清帝国への道 講談社 2011 第四章 最大版図の形成 p200
(5)石橋崇雄:大清帝国への道 講談社 2011 第四章 最大版図の形成 p200-p201
(6)石橋崇雄:大清帝国への道 講談社 2011 第四章 最大版図の形成 p200-p201

西洋の衝撃にさらされたオスマン帝国=イスラム世界秩序の崩壊過程を検証する!

スレイマン大帝

ロシアンゲート疑惑の渦中にいるトランプ大統領は、初の外遊先に中東を選びましたが、具体的な中東和平の道筋を示さなかったため関係者間に失望の色も出ているようです。ここでは今後の中東和平のカギとなるオスマン帝国によるイスラム世界秩序安定と崩壊のあり様を検討します。

今回は、主として西洋の衝撃および帝国内の臣民の民族意識の高揚等を主たる要因として取り上げつつ、イスラム世界秩序とオスマン帝国の解体過程を確認していきます。

1.西洋の衝撃はどのような形をとったのか?
1)軍事的政治的脅威以外の要素の影響
2)イスラム世界における民族意識の状況
3)西洋思想の影響による愛国心と民族主義の発揚
2.イスラム世界秩序を体現するオスマン帝国への西洋思想の浸透
1)徐々に浸透する西洋思想
2)バルカン半島の非ムスリム諸国民に浸透する西洋思想
3)ギリシアの独立とその影響の連鎖
3.西洋の衝撃に対応するオスマン帝国側の西洋化改革
1)タンズィマート=オスマン帝国内で本格化する体系的改革
2)明治維新に類似するタンズィマートの方向性
3)タンズィマートの目指したゴール

1.西洋の衝撃はどのような形をとったのか?

1)軍事的政治的脅威以外の西洋の衝撃の影響

オスマン帝国分裂

西洋の衝撃は、外側からの軍事的政治的脅威という要素のみでなく、オスマン帝国の臣民の意識にも影響を与えることとなった。
もともとオスマン帝国においては、各構成員の民族意識は希薄であり、イスラム的な世界帝国の一員として、ムスリム、非ムスリムの両者にとって宗教にアイデンティティの核が存在し、民族や人種は後景に退けられていた。こうした中で、18世紀以降の西洋の衝撃にさらされたオスマン帝国では、イスラム的世界帝国の概念に揺らぎが生じ、構成員とその所属する集団の枠組みにも徐々に変化の兆しが現れ始めた。(1)

2)イスラム世界における民族意識の状況

カーバ神殿

伝統的なイスラム世界では、キリスト教国と同様に国民と国家はしばしば民族と地域の同義語だった。中東のイスラムの三大民族であるアラブ人とペルシャ人、トルコ人は自分たちの言語や文学、歴史や文化、共通と推測される起源、独特の風俗やしきたりを誇りをもって意識していた。自分たちの出生地への素朴な愛着もあった。郷土愛、地元自慢、郷愁は西欧文学と同じようにイスラム文学でもおなじみのテーマであるが、そこには一切の政治的メッセージは含まれていない。
西欧思想が入ってくる前は、民族や民族の郷土が政治的主体や支配力を持った存在であるという思想が認められも、知られてもいなかった。ムスリムの存在基盤はあくまでも信仰であり、その忠誠心は信仰の名において支配する支配者や王朝に帰属していた。(2)
あくまでもムスリムのアイデンティティにとって信仰が第一義であり、郷土愛や地元への愛着・郷愁はあってもそれは感傷的なもので、政治的な信念や忠誠心にまでつながるようなものでは無かった。これが西欧思想の影響で大きく変化することになったのである。

3)西洋思想の影響による愛国心と民族主義の発揚

イスラム愛国心

愛国心と民族主義は、イスラム世界にとって異質な存在であった。
愛国心とは、単なる出生地への素朴な愛情ではなく政治的なもので、必要とあれば自国への兵役義務を負い、要求があれば政府に金も出すという西欧文明に深く根ざした感情である。英仏米では愛国心は「国内の多様な人種を同じ国民的忠誠心のもとに統一すること」「真の唯一の主権の源は教会でも国家でも無く、国民にあると言う強い確信をもつこと」という二つの思想に結び付いている。また民族主義とは、国家や身分ではなく、「言語」「文化」「共有の出自」などで定義された「民族国家」という概念に繋がる思想であり、日常の現実に当てはまり易く、中東の現実にもぴったり当てはまった。特に民族主義は、中東に紹介されると自由を主張する反体制運動に結び付いた。自由とは外国の支配や分割統治に終止符打つことであり、民族の独立と団結を達成することを意味した。(3)

2.イスラム世界秩序を体現するオスマン帝国への西洋思想の浸透

1)徐々に浸透する西洋思想

ギリシア独立
こうした思想の浸透は、幕末の黒船に似た衝撃がイスラム的世界帝国にも遂に押し寄せてきたということでもあったろうが、この場合の衝撃は極東のビッグバン的なインパクトとしての衝撃よりも、ジワジワとボディブローのように浸透してきたというべきだろう。既述の通りオスマン帝国は西欧諸国と近接しており、通商関係や外交関係の往来は確立していた。こうした中でオスマン帝国への西欧思想の影響はまず バルカンのキリスト教徒臣民の間に浸透していくこととなった。

2)バルカン半島の非ムスリム諸国民に浸透する西洋思想

メフメット二世

西洋の衝撃の主体である西欧諸国は、当時グローバルシステムとなりつつあった近代西欧国際体系のもとで、基本単位としてネーションステートを構成していたが、このネーションステートの構成のアイデンティティの核はいわゆるナショナリズムにより支えられていた。一国民一
民族一国家というような方向性を標榜する近代西欧におけるナショナリズムの影響は、特にバルカン半島の非ムスリム臣民の中にいち早く浸透し、イスラム的世界帝国としてのオスマン帝国の解体を促し、近代西欧の国家のありようをモデルにしたネーションステートを形成していこうという民族独立運動が盛んになっていった。(4)
バルカン半島のキリスト教徒臣民は、「啓典の民」としてムスリム共同体との契約により、人頭税(ジズヤ)や土地税(ハラージ)の支払い
及び一定の行動制限に服することを条件として、保護(ズィンマ)が与えられた被保護民(ズィンミー)として固有の宗教と法と生活習慣を保ちつつ、イスラム法の許容する範囲内で自治生活を営むことが認められていた。(5)
このような「啓典の民」が、自分たちのアイデンティティに目覚める過程でオスマン帝国はその存立基盤を徐々に犯されていくことになっ
た。

3)ギリシアの独立とその影響の連鎖

バルカン独立
特にギリシア人は、オスマン帝国支配下にあっても伝統的に通商や留学を通じて西欧とのつながりが深かったため、他より早く18世紀後半にナショナリズムが高揚し、19世紀にはほぼバルカン全域がナショナリズムに呑み込まれた。
これらの動きはバルカンの諸民族が、主権平等のネーションステートを成立させ、グローバルシステムとしての近代西欧国際体系に積極的に参加していこうとする民族独立運動につながり、1830年のギリシア独立以降は19世紀から20世紀初頭にかけて続々と独立に成功していくことになった。(6)

3.西洋の衝撃に対応するオスマン帝国側の西洋化改革

タンジマート

1)タンズィマート=オスマン帝国内で本格化する体系的改革

西洋の衝撃が、外からの軍事的政治的脅威に加えて、内からのキリスト教徒臣民のナショナリズム覚醒と民族独立運動の発展という脅威として作用してきた中で、18世紀終わり以降にオスマン帝国側においても従来の伝統主義的な小手先の改革を放棄した、本格的な西洋化を目指す体系的な改革が行われ始めた。(7)
オスマン帝国支配層も復古主義的な改革だけでは、これまでに無い多様な危機に対処してオスマン帝国の質的改善に取り組むのに不十分であるという認識にようやく至ったということであろう。
タンズィマートと呼ばれる一連の体系的西洋化に基づく改革は、開明的な実務官僚によって担われたが、彼らは自らもフランス語を中心とする西欧諸国語に通じ、西欧諸国に駐在経験を持つ直接の西欧経験を持つ人々であった。(8)

2)明治維新に類似するタンズィマートの方向性

明治維新

日本の明治維新期においては、伊藤博文をはじめとする元勲クラスの多くの藩閥官僚が西欧への留学経験を持っていた。しかるに、清朝の儒家正統系の科挙官僚や満洲旗人にそのような海外体験を持った存在を目にすることは困難であった。そういう意味では、オスマン帝国のタンズィマートは、その結末はともかくとしてより本質的で西欧の実態を把握した上での根本的な改革を志向する明治維新にも類似する画期的なものであったと受け止められよう。一方で清朝における改革が西洋の発展の本質を十分に理解しないまま行われた、小手先のものにとどまった理由もこのあたりにあるかも知れない。ただし、これは長期的に観れば正解だったとも言えるのではないか。結果的に、「オスマン帝国は、イスラム的な本質を見失って解体崩壊消滅の道を辿った」(9)のに対して、中華帝国は頑迷固陋なまでに西洋との距離を保ち続けながらも結局「従来の中華文明エリアをはるかに超える清朝最大版図を継承して中華帝国としての一体性を維持」することに成功している。また西洋と距離を置くと言う意味では、「天安門事件において明確になった今日の議会制民主主義への中国共産党の独自の認識」(10)にまで行きつくのではないだろうか。

3)タンズィマートの目指したゴール

ケマルパシャ
オスマン帝国のタンズィマート推進者達にとっては、支配組織の合理化を通じて直接の軍事的政治的外圧に対処しつつ、帝国領内の非キリスト教徒臣民のナショナリズムと民族独立運動による帝国解体の危機にいかに対応するかが喫緊の急務であった。この時の対応策として、西洋化の推進者達はオスマン帝国の構成員のアイデンティティを宗教におくイスラム的世界帝国から世俗的多民族国家に転換することを目指した。(11)

西洋の衝撃で崩壊したイスラム世界秩序と中東文明の分析からトランプ政権が直面する中東問題の本質を解明!

西洋の衝撃で崩壊したオスマン帝国が確立していたイスラム世界秩序をトランプ政権は再建可能か?

西洋の衝撃への対処の失敗がオスマン帝国崩壊=イスラム世界秩序解体に直結した!

トランプ大統領が故意に混乱させる中東の基本構造をイスラム分析の視点から考察する!

参考文献
(1)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p59
(2)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第17章新しい思想 p458
(3)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第17章新しい思想 p458-p460
(4)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p59-p60
(5)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p18
(6)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p60
(7)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p60-p61
(8)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p61
(9)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p65
(10)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p198
(11)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p61

トランプ大統領の不法移民流入制限の根拠は魏晋南北朝時代の中国の混乱が証明する!

移民排斥大統領令

トランプ大統領は移民制限を行い、移民の無秩序な流入が国家崩壊の根源的理由との立場を原理的に堅持して民主党と対立し、一時的な政府機関閉鎖もやむなしとの構えですが、中国の魏晋南北朝時代は、まさにトランプ大統領の警戒する大量移民流入による国家崩壊のモデルと言えるでしょう。

1.中華帝国大一統の必須四条件
2.魏晋南北朝時代の中国の混乱要因
1)「中華帝国大一統」のメカニズムを揺るがした第一の混乱要因
①トランプ大統領の警戒する移民大量流入と同様な西北少数民族の影響の拡大と漢族の人口減少
②トランプ大統領も強調する移民大量流入の弊害としての漢族の人口減少が誘発する混乱要素
2)「中華帝国大一統」のメカニズムを揺るがした第二の混乱要因
①魏晋南北朝時代の知識人に広まっていた消極性と仏教の伝来
②儒家正統の国家統治イデオロギーとしての地位喪失と仏教の影響力拡大
③外来文明の衝撃としての仏教とその受容過程

1.中華帝国大一統の必須四条件

伝国の璽

中華帝国の統治構造の研究者である金観濤によれば「中華帝国が大一統を維持」するためには、以下の四条件が必須である、との認識を示しています。(1)

①連絡の機能を担える強力な階層が社会に存在する
②この階層が統一的信仰を有し、かつ積極的な統一的国家学説を有する
③官僚により管理される郡県制が社会に行われている
④統一的な信仰を持った階層を用いて官僚機構が組織されている

しかるに、ここで取り上げる魏晋南北朝時代に関しては、上記の4条件はどれも崩壊しており、その帰結として「中華大一統」は解体し、塀に囲まれた荘園が林立し、身分的従属関係の強化が観られ、儒家が正統的地位を喪失して、仏教・玄学が流行するなど、他の王朝とは異なる中国史上における変則的な時代となってしまいました。(2)

基本的に理念的にも実際の天下の支配状況も「中華大一統」の実現を至上命題としてきた中国にとっては、このような魏晋南北朝時代の混乱は、まさに変則的例外的な時代であった、ということになるでしょう。
さらに、この時代の混乱要因を子細に検討していくと、トランプ大統領が政策の根幹の一つとして早速大統領令を発した「大量移民流入問題」が、浮かび上がってくるのです。すなわち大量移民流入問題への適切な対処が「中華帝国大一統」の維持にも死活的に重要であったとともに、アメリカの体制維持のためにも必要不可欠である、というのがトランプ大統領の主張ということになるでしょう。

そういう意味では、中国の魏晋南北朝時代の混乱と亡国の危機の状況は、トランプ大統領の移民政策にとって、まさに政策立案のためのモデルケース的な格好のサンプル事例を提供していると言えるかもしれないのです。

2.魏晋南北朝時代の中国の混乱要因

金観濤によれば、魏晋南北朝時代にさまざまな変則的現象が現れたのは、中華帝国が伝統的に安定した統治を続けるために維持してきた「宗法一体化構造」が様々な要因の撹乱を受けてその調節機能を失ったこと(3)に原因があると言います。
すなわち、魏晋南北朝時代の中国は、他の安定した時代に比べて様々な混乱要因が、ひと際拡大していたということです。それでは、魏晋南北朝時代の混乱要因とは、どのような現象を指していたのでしょうか。

1)「中華帝国大一統」のメカニズムを揺るがした第一の混乱要因

万里の長城

①トランプ大統領の警戒する移民大量流入と同様な西北少数民族の影響の拡大と漢族の人口減少

古来から中国に対しては、西北少数民族が大きな影響を与えてきたわけですが、何故魏晋南北朝時代に至って突如として大きな混乱要因になったのでしょうか。このあたりを分析すると、後漢王朝滅亡から三国時代を経て晉の崩壊に至る大動乱により、特に中原地域の人口が壊滅的に減少したことによる、と言えるでしょう。後漢時代の156年の人口が五千万人であったのが、263年段階になると537万人となり、ほぼ十分の一にまで減少してしまいました。(4)
中華領域におけるこれほどの人口減少が、どのような影響を社会に及ぼしたのかということですが、特に失われた人口の大半が、漢族を主体とする中核地域であった中原地帯であることを考えると、漢族の人口損耗の大きさが伺われます。
翻って後漢後期に中国に移住した少数民族は、合計870万人に達しており、後漢末期の人口5000万人に対する人口比は17%前後となりますが、西晋の人口は最も多い時で1600万人なので少数民族の人口比は54%以上に達していました。さらに南朝の漢族政権下においても事情はほぼ同様であり、例えば南朝の宋の464年の人口が5546万人余りに対して、蛮・俚・僚といった少数民族が約3000万人は居住していたということであり、少数民族の人口比は50%を超えていたことになります。(5)

現時点のアメリカの人口構成では、白人が70%強程度で黒人が12%程度となっていますが、近年メキシコからいわゆるヒスパニックの流入が続いており、今後のトランプ大統領の移民制限の厳格化の究極的な標的になっている、と想定されます。
尚、人口構成に対する中東系移民の割合はまだまだ少ないですが、いきなりメキシコからのヒスパニックの移民制限に踏み出すのは影響が大き過ぎるということもあり、テロの印象が強くアメリカ国民の受け入れやすい中東のしかも数カ国に限定して当面制限を課したものと考えてよいでしょう。
それでも、原理的にアメリカが「移民を受け入れて強くなった自由で寛容な国」という信念を抱いている、リベラルな傾向のほぼ半数の市民からは猛反発を受けているという状況でしょうか。

ともかく、今後アメリカも人口構成比が、いろいろ変動してくるとかつて中華帝国が魏晋南北朝時代に辿ったような、混乱と激動に見舞われる可能性が否定出来ないでしょう。

②トランプ大統領も強調する移民大量流入の弊害としての漢族の人口減少が誘発する混乱要素

騎馬民族
このように移民の大量流入により、中国において漢族が人口比率の上で優位ではなくなってしまいました。ある意味では、漢族も人口的には「少数民族」の一構成要素に転落してしまっていたとも言えるでしょう。このような漢族の人口減少はどのような事態を惹起することになるのでしょうか。
こうした中国の中核地域である中原地帯における人口の減少により支配階級は、積極的に辺境の少数民族を内地に引き入れて労働力に充てるようになり、漢族と少数民族の人口比問題は一層少数民族側が多数になるように傾く傾向が継続することとなりました。さらにこれらの新規に流入してきた少数民族の大多数は、遅れた氏族部落制あるいは奴隷制の段階にあったため、中国に既に存在していた「中華大一統」の要件を構成する「宗法一体化構造」にとって巨大な衝撃をもたらす要因ともなりました。(6)

英語が使えるかどうかも怪しい安価な労働力として、アメリカ国内で手っ取り早く集めやすいヒスパニックが歓迎されるということはあるでしょう。一方でトランプ大統領は、メキシコに工場を建設し、安価なコストで製造した製品をアメリカに持ち込んで、儲けるというような行き方をやり玉にあげようとしているようです。まあともかくアメリカの隣国のメキシコは、これまではアメリカの懐深くに入り込んで、結構な儲けを確保していたでしょうが、トランプ政権発足後はかなり慌て始めているかもしれません。

「中華帝国大一統」の基礎となる漢族を主体として形成されてきた「宗法一体化構造」そのものが、少数民族の人口比率拡大により、その成立基盤を掘り崩され、成り立たなくなってしまった状態となりました。さらに民族構成にこのような巨大な変化が生じた以上、かなり長い歴史的過程を経ない限り、民族の融和を完成させて混乱要因を克服することはほとんど不可能となったのです。(7)

確かに、一旦アメリカにとって、その成立基盤を脅かすような価値観の異なる移民が大量に流入した場合、流石に移民で成り立った国であるアメリカも構造的な混乱要素を抱え込むことになり、立ち直るのに相当な時間を要することになるでしょう。
トランプ大統領の出現とそのヒスパニックや中東からのアメリカのそれまでの価値観と異なる移民を制限する政策は、魏晋南北朝時代の歴史の展開を子細に検討した範囲では、アメリカの将来にとって一種の救世主的な結果をもたらす可能性も否定出来ないのかもしれません。

2)「中華帝国大一統」のメカニズムを揺るがした第二の混乱要因

儒教

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

①魏晋南北朝時代の知識人に広まっていた消極性と仏教の伝来

後漢の中・後期における知識人の政治生活は厳しく士官の道も拓けていませんでした。また学術界は、退屈で煩瑣な経学の考証が主流をなしており、儒学の信仰の危機の時代となっていました。このため魏晋南北朝時代の知識人は、儒学を批判して別に活路を求めるため、諸子百家を研究したり、原始儒家の経典を発掘しようとしたので、多くの沈滞消滅していた学派が息を吹き返しました。このような諸学派の研究が儒教独尊以来の行き詰まりを打開するとともに、経学は急速に衰退することとなりました。
こうした、経学の衰退・各派学説の活発化により小規模な百家争 鳴の到来ともなりましたが、その後は清談・玄学と道家が勃興し、イデオロギー構造の主流となっていきました。(8)

②儒家正統の国家統治イデオロギーとしての地位喪失と仏教の影響力拡大

中国仏教
こうして前漢武帝時代に董仲舒により大成され、国教化された儒家正統は、その地位から追い落とされ、中国は「中華帝国大一統」の重要要件である「統一した国家学説」を喪失し、漂流することを余儀なくされるに至りました。
さらに後漢後期に伝来した仏教が、中国のイデオロギーに巨大な影響を及ぼし始めることともなりました。仏教も伝来直後には、それほど大きな影響を与えていませんでしたが、その後魏晋時代の玄学の勃興により仏教的な思想も受け入れられる範囲が拡大していき、伝播のスピードも速まっていきました。仏教は、国家の混乱状態の中で人々が逃げ場所を求める中で、心の平安を提供する役割を果たしつつ広まっていき、玄学とともに宗法一体化構造の機能不全をもたらす重大な一因を為すに至りました。(9)
本来、宗法一体化構造とは、統一した国家学説を信仰する知識人に依拠して官僚機構を組織し、封建的礼制によって家庭と国家の等級秩序を維持することをベースに成り立っており、当時の状況としては知識人が儒家の信仰を持つことが前提となっていました。(10)
そうした中で、仏教や玄学が知識人に幅広く浸透し、儒家の思想が観向きもされないありさまになると言うことは、到底安定した一体化構造を構築することは困難な状況に陥っていたと言えるでしょう。

③外来文明の衝撃としての仏教とその受容過程

中国仏教2
仏教は「中国が初めて遭遇した強力なパワーを持つ外来文明の衝撃」(11)であり、中国文明はそれをそのまま鵜呑みにすることも、真っ向から否定することもせずに、時間をかけて消化する道を選び、「中国的特色ある仏教文化」が後に開花することとなりました。
このような行き方は、今日の「中国的特色ある社会主義」「中国的特色ある資本主義市場経済」「中国的特色ある国民国家」を志向する状況と一脈通じるものがあるのではないでしょうか。

現代に通じる魏晋南北朝期の中国の混乱要因と北魏による中華大一統再現策の効果の分析!

中華帝国伝統の支配正統性の根拠である大一統,天下思想,儒家正統の解明!

参考文献
(1)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第一章 中国封建社会の宗法一体化構造 p32
(2)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p168
(3)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p168
(4)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第一章 中国封建社会の宗法一体化構造 p168
(5)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p168
(6)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p169-p170
(7)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p169
(8)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p170
(9)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p172
(10)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p172
(11)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定構造 p172

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

幕末の不平等条約は明治新政府の懸命な努力と国民の臥薪嘗胆の上に築かれた国力の充実の賜物として何とか平等互恵な形に改正に漕ぎ着けましたが、戦後の日本の真の国際的な地位は果たして日米地位協定に明記された不平等条約的な状況の中でどのように位置づけられるのでしょうか?

1.戦前の一等国と戦後の西側先進国の一員としての日本の立場の相違
2.太平洋戦争敗退と対米従属方針の集大成としての日米地位協定の中身
3.対米従属方針から逃れられない日本とトランプ大統領の論理の相克
4.西側先進国の中でも特異な安倍首相のトランプ大統領への追従ぶり

1.戦前の一等国と戦後の西側先進国の一員としての日本の立場の相違

大正デモクラシー
日清日露戦争に勝利し、第一次世界大戦にも英米側について漁夫の利を得た戦前の絶頂期ともいうべき大正時代の日本は、大正デモクラシーが咲き乱れ、自由と繁栄の中で「一等国」の地位を得ていたということになっています。
当時の日本は、明確な国家戦略やグランドデザインを持ち、超大国にも政治的駆け引きの帰結とはいえ、いわゆる「NOと言える立場」を貫くことが出来ていたのではないか、と考えられます。
大国間のパワーバランスの中で一定の制約は受けながらも、当時の日本は自ら国策を自ら決定する真の意味での独立国であり、取り敢えず極東に勃興した新興大国としての地歩は確保していた、と言えるでしょう。

しかるに、今日の日本の立場はどのように評価出来るでしょうか?
まず明確な国家戦略やグランドデザインがあるのか、ということですが、これについてはどう贔屓目に見ても、「ほとんど無いに等しい」と言わざるを得ないでしょう。
先般の安保法制の整備もどちらかと言えば、アメリカの世界戦略の補完的役割の第一歩を踏み出したレベルでしかないような代物ではないでしょうか。
確かに現代の日本は内政面では、他国のあからさまな干渉は受けていないようにも感じられますが、外交・防衛あるいは独自の国家戦略や国策が戦前と同レベルで機能しているかと言えば、ほとんど皆無と言わざるを得ないでしょう。
すなわち、日本の外交・防衛というような国策の基本となる国家意思決定機構は、事実上アメリカの東アジア戦略や外交・防衛戦略に忠実に追随するだけ、という状況でしょう。

このように考えると太平洋戦争の敗北により、日本はアメリカの一部として国家戦略や外交・防衛に関与しない地方自治体のような存在に失墜したと言えるのではないでしょうか。
日本がアメリカの一部で、ほとんど日本を地方自治体のようにアメリカが認識しているという問題についてですが、2017年の安倍首相の訪米中のフロリダでの晩餐会の最中に北朝鮮がミサイルを発射した直後、安倍首相とともに記者会見に臨んだトランプ大統領は「アメリカは常に100%日本とともにある」というような一言コメントを出しました。この「日本と100%ともにある」という発言は、日本に関する外交・防衛事案を事実上国内問題と認識するような意味合いも込められているのではないか、とも思われ、良い意味でも悪い意味でも衝撃的なコメントであった、というような気もしました。まあそういう受け止めは、少なくともマスメディアの報道からは感じ取れませんでしたが。

中国脅威論者が、「このままでは日本は中国の一省にされてしまう」というような論理を展開していますが、「安心してください。そんなに心配しなくても既に1945年以来、日本はアメリカの一州として存分にやってきていますよ」というのが情けない実態でしょう。

2.太平洋戦争敗退と対米従属方針の集大成としての日米地位協定の中身

米軍基地
ここで日本の対米従属の象徴的な事案について、いくつか列挙してみますと以下のようになるでしょうか。
・日本国憲法=先の大統領選挙の選挙戦の最中に、バイデン副大統領はトランプ大統領の日本の核武装容認発言を受けて、「日本国憲法は、日本に核武装させないためにアメリカが書いたものである」という趣旨の発言を行い物議を醸した。
・日米安保条約=アメリカ軍が、防衛力の整備されていない日本への駐留を可能にする条約で、「アメリカ軍は日本において望む期間、望む場所に、望む数の兵力を展開する権利」を確保したもの。
・日米地位協定=日米安保条約に基づき日本に存在するアメリカ軍基地や駐留するアメリカ軍に関する地位を規定する協定であり、アメリカ軍はほぼ外交特権並みの治外法権を確保している。
このうち、日米地位協定は特にその不平等性が問題視されており、見方によればかつての幕末の不平等条約の再来のような印象すらもたらす部分もあるような気がしています。
すなわち、治外法権という見地から見て、「アメリカ軍人に関する裁判権」「アメリカ軍基地の原状回復義務の曖昧さ」「アメリカ軍人の特権的地位」というあたりにアメリカ軍に特殊な扱いが結実していると言わざるを得ないでしょう。
上記の「裁判権」に関しては、「実質的に重要な事案についてのみ裁判権を行使するものとし、それ以外あるいは日本有事の際には裁判権を行使しない」との密約が、日米合同委員会で取り決められていたことがアメリカの公文書公開により明らかになっています。
また「基地の原状回復義務」に関しては、日本側に基地施設を返還する場合に原状回復を行う必要がないので、アメリカ国内では問題になる土壌汚染対策や除染といった作業が、日本国内の基地返還ではアメリカ側が特に対応しなくてもよいことになっているようです。
さらに「アメリカ軍人」は、パスポートが不要であり、日本滞在中も外国人登録の必要がなく、日本政府の出入国管理の対象外となっている。またアメリカ軍の車両は、軍関係の任務であるとの証明があれば、高速道路が無料で使用でき、自動車の保管場所についても基地内を指定すれば車庫証明の取得の必要もない、というような特別待遇がまかり通っている状況です。

このように現代の日本では明治の先人たちが苦心惨憺の上に勝ち取った不平等条約の亡霊が、アメリカ軍という存在の中に蘇って厳然と息づいている、というのが実態となっているのです。
尚、イラン・イスラム革命を指導したホメイニ師がパーレビ国王の政治姿勢について批判した最大の眼目は、イランにアメリカ軍事顧問団が駐留するにあたって締結することとなった地位協定があまりにも屈辱的で、到底容認出来なかったので、ムスリムの同胞に大規模なデモを呼び掛けたことだった、とも言われています。

ちなみに、1960年の現行の日米安保条約の国会での承認・批准を巡って、あの日本史上でも空前の混乱となった安保闘争が発生し、安倍首相の祖父にあたる岸信介首相が同条約批准と同時に下野することとなったのは周知のとおりです。この岸信介元首相は戦前は満州帝国の建設に辣腕を振るい、内地に戻ってからも商工行政を牛耳る実力者であったわけですが、A級戦犯として服役した巣鴨プリズン以降は、いつのまにか対米従属方針の権化に転向してアメリカの後ろ盾の下に首相にまで昇りつめ、政界の表舞台から退いたのちは政財界の黒幕として暗躍した、と言われています。

3.対米従属方針から逃れられない日本とトランプ大統領の論理の相克

岸・アイゼンハワー
さて、太平洋戦争の大敗と越えられない大きな壁としてのアメリカの強い圧力のもとに、外交・防衛戦略をアメリカに丸投げする形で従属し、アメリカの庇護の下で地方自治体のような特殊国家として生き延びてきた日本にとって、新たな黒船のような存在としてトランプ大統領が立ち現れてきました。

トランプ大統領が、なぜ新たな黒船になりうるかというと、彼の政策がこれまでのアメリカの伝統的な戦略から大きく逸脱する「普通の国」の「普通の戦略」だから、ということになるでしょうか。
つまり、アメリカは「世界の警察官」であり、世界の平和と安定に貢献するために、「経済をグローバル化し、移民に門戸を開放し、紛争地域に軍隊を派遣してでも秩序を守るべく努力する」といった奇特で理想主義的な国際貢献国家の立場を放棄し、アメリカファーストを実践し、自国民の利益を最大限最優先する、という政策転換が行われた、ということになりましょうか。

このような事態の中では、日本のようにいたずらに対米従属姿勢を数十年間も続けて、自分の意志を持たない操り人形のような国家は、かえって足手まといとなり、「もうアメリカは日本の主人ではないのだから勝手にやってくれ、その代わりにアメリカも自国の都合重視の姿勢でやらせてもらうぞ」という立場を鮮明に打ち出してくるということになるのでしょう。

4.西側先進国の中でも特異な安倍首相のトランプ大統領への追従ぶり

メルケル
トランプ政権に対しては、これまでのところヨーロッパの西側同盟国の首脳からも一様にトランプ氏の特に移民政策や保護主義的な政策に関しては、反対の意向が表明されており、中国の習近平氏ですらダボス会議の基調講演において、トランプ氏の「反グローバル化志向や保護主義的な姿勢」に批判を表明したわけですが、日本の政府首脳からは全くトランプ大統領の意向に逆らうような見解は聞こえてきません。

この2017年2月には、安倍首相がアメリカを訪問しトランプ大統領と会談し、その旅程の中にはトランプ大統領とのゴルフも含まれていました。
先日イギリスのメイ首相がホワイトハウスを訪問した時も、かなり愛想を振りまいていましたが、渡り廊下を二人で歩いている時に階段で手を取り合うシーンが映像に流れ、メイ首相がかなり揶揄された(ブレア首相のようにアメリカ大統領のプードルになりかねない?)部分もありましたが、その後メイ首相はトランプ大統領の移民政策に関してはイギリス議会で明確に批判の言葉を口にする、という矜持を示しました。
また安倍首相訪米後にトランプ大統領と会談したカナダのトルドー首相は、トランプ大統領との記者会見でアメリカの移民政策を含む内政に干渉することはしないと強調しながらも、カナダの移民への寛容政策や多様な文化を尊重することを明言していました。

そういう中で、今後の流れとして安倍首相が西側先進国の中で唯一のトランプ大統領の飼い犬にならないように願うばかりです。
ブレア・ブッシュ
逆にトランプ大統領は安易な対米従属は逆に許してくれないような気もするので、アメリカに突き放された日本が独り立ちして、まともに外交・防衛戦略や国家のグランドデザインを取り戻せるのか、少し心配な気もします。
そういう意味では、トランプ政権の誕生によって、日本側にも長すぎた戦後を一刻も早く清算し、対米従属姿勢を一掃し、遅すぎた完全独立を果たすべく、立ち上がる好機がようやく訪れた、ということになるのかも知れません。

尚、既に安倍首相は三月中旬にドイツ、フランスを訪問し、トランプ新政権の新たな政策の方向性をメルケル首相らに伝えつつ、メルケル首相からはトランプ大統領への懸念を聞き取って伝言する、というようなメッセンジャーあるいはパイプ役を自ら買って出る方向で国会でも答弁し、具体的に動き出しました。
これではまるで、かつてTPP推進時にはオバマ前大統領のお先棒を担いで、日本の21世紀の成長戦略と中国封じ込め戦略の根幹はTPPにあるかのような立場だった安倍首相が、目にもとまらぬ驚くべき変わり身の早さで、今度はトランプ大統領のメッセンジャー兼唯一無二のゴルフパートナーに変身してしまった印象もある今日この頃です。

伝書バト

尚、本稿の延長線上で日本の対米従属、朝貢外交の淵源を黒船来航と太平洋戦争惨敗の見地からの分析もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!

西洋の衝撃で崩壊したオスマン帝国が確立していたイスラム世界秩序をトランプ政権は再建可能か?

千夜一夜物語
トランプ政権は、エルサレム首都承認をいち早く宣言する中で、中東情勢混迷の淵源たる西洋の衝撃で崩壊したオスマン帝国による安定したイスラム的世界秩序の後に発生した、パレスチナ問題やアルカイダ、イスラム国などのイスラム過激派問題、反米イランへの対処などをオバマ政権より要領よく解決出来るのでしょうか?

今回は、「西洋の衝撃」にさらされたオスマン帝国の国家再建に向けた長期的な取り組みを検討します。

1.オスマン帝国にとっての「西洋の衝撃」
1)オスマン帝国と中華帝国の西洋の衝撃度の比較
2)西欧にとってのオスマン帝国の衝撃
2.オスマン帝国にとっての西欧キリスト教世界
1)聖戦遂行対象としての西欧キリスト教世界
2)近接するライバルを有するオスマン「世界帝国」
3)オスマン帝国と西欧キリスト教世界の共存関係の成立
3.西欧キリスト教世界の優位とオスマン帝国の衰退傾向
1)オスマン帝国と西欧の力関係の逆転
2)オスマン帝国に蔓延する復古主義的な国力回復論
3)オスマン帝国内での本質的な改革論の芽生え

1.オスマン帝国にとっての「西洋の衝撃」

ウィーン包囲

1)オスマン帝国と中華帝国の西洋の衝撃度の比較

オスマン帝国にとっての「西洋の衝撃」は、中華帝国にとって青天の霹靂のように突如としてあらわれたものというよりも緩やかに段々と訪れてきたものと言えよう。すなわちオスマン帝国は、西欧キリスト教世界と近接しており、対立と交流の中でオスマン優位から西洋優位に転換していくような形をとっていた。
逆に言うと、オスマン帝国は西欧にとって、長らくイスラムの衝撃の主体であり、1683年に至っても第二次ウィーン包囲を実現するなどその勢力は西欧世界にとって脅威のレベルを維持していた。(1)

2)西欧にとってのオスマン帝国の衝撃

スレイマン大帝

スルタン・メフメット四世は3000万人以上の臣民を持つ国王だったのであり、これはフランスのルイ14世の2倍、神聖ローマ帝国皇帝のレオポルト1世の6倍であった。ドナウ川流域での思いがけない敗北のあともオスマン帝国はまだまだ侮りがたい大国だった。(2)
イスラムのヨーロッパへの貢献は計り知れないほど大きい。その中には、イスラム独自のものもあれば、彼らが地中海東岸部の古代文明やはるか彼方のアジアの文化から取り入れ、加工したものもある。ギリシアの科学や哲学はヨーロッパでは忘れられたが、ムスリムはそれに改良を加え、保持した。
中世のヨーロッパはインドの数字、中国の紙、オレンジやレモン、綿や砂糖、様々な種類の植物とその栽培法など、少数の例外を除いて大部分を地中海沿岸の自分たちよりずっと進んだ高度の文明を持つイスラム世界から学んだり入手したりした。(3)

2.オスマン帝国にとっての西欧キリスト教世界

1)聖戦遂行対象としての西欧キリスト教世界

コンスタンティノープル陥落

このようにオスマン帝国と西欧諸国との関係は、中華帝国と西欧諸国との関係とは全く異なり近隣関係とでもいうべきものであった。
中華帝国にとっての西欧諸国の存在は、自ら支配する天下の外縁のそのまた遥かな彼方に存在する別世界のような様相を呈していたのに較べると、オスマン帝国にとっての西欧はまさに眼前の敵であり、征服すべき異教徒であり、コンスタンティノープルの陥落の実績も示す通り、ある時点までは畏怖するほどのこともない存在であった。
宗教にアイデンティティの根源をおく、イスラム的世界帝国としてのオスマン帝国においては、その国際体系観もまた、イスラム世界の伝統を踏まえたものであった。そこでは、人間の住む世界は、「イスラムの家」と「戦争の家」に明確に分かれており、二つの部分は不断の対立と緊張の関係にあるものとして捉えられていた。こうした前提のもとでのオスマン帝国の最大の存在理由は、「イスラムの家」の拡大のための聖戦の遂行であり、西欧キリスト教世界は目前の「戦争の家」として聖戦遂行対象として取り扱われた。(4)

2)近接するライバルを有するオスマン「世界帝国」

オスマン世界帝国

「中華帝国」の外延にも帝国の存亡を揺るがすような騎馬民族が常に存在し、外征や万里長城による辺境防衛強化等で対応する必要があった。このように軍事的には圧倒的に優勢な騎馬民族も「中華」から観れば、文明的には夷狄であり、到底対等とは考えられない存在であった。しかるにオスマン帝国に隣接する西欧キリスト教世界は、16世紀においてもギリシア・ローマ以来の文明の延長線上でキリスト教と言う共通の価値観を有し、徐々にその国力を強めつつあった。そういう意味で、オスマン帝国はその初期の段階から高い文明を持ち、価値観の相容れないライバルに近接する位置関係を有する「世界帝国」であったと言えよう。

3)オスマン帝国と西欧キリスト教世界の共存関係の成立

ヴェネチア

オスマン帝国は、その成立の当初から西欧キリスト教世界に対する聖戦を連年遂行しながらも、その一方で絶えざる交流も存在していた。東西通商の接点に位置するオスマン帝国にとっては、ヴェネツィアをはじめとする西欧諸国との交易を継続して利益をあげることが重要であり、「イスラムの家」たるオスマン帝国と「戦争の家」に属する諸国との間の長期的で安定した外交関係も徐々に成立することとなった。(5)
オスマン帝国とヴェネツィア等との交易は、朝貢のような形式を取らず都市の市場を通じて行われた。(6)またオスマン帝国と西欧キリスト教諸国の外交関係の恒常化やヴェネツィア大使の常駐のオスマン帝国からの使節の派遣などは、そのような国際関係に関する知識や技術を蓄積する過程でオスマン帝国の有する伝統的なイスラム的世界秩序観のイメージと現実の変容過程に影響を与えたことは間違いないだろう。(7)少なくともアヘン戦争以前の中華帝国には朝貢や互市関係、保護国、藩部と言った国際関係しかなく、対等な外交関係は望むべくもなかったことを考えれば、オスマン帝国の国際感覚は、その環境面からも研ぎ澄まされていったであろうことは想像に難くない。

3.西欧キリスト教世界の優位とオスマン帝国の衰退傾向

1)オスマン帝国と西欧の力関係の逆転

ルイ14世

第二次ウィーン包囲失敗ののち1699年のカルロヴィッツ条約においてオスマン帝国はハンガリーを喪失した段階において、東西の力関係がようやくはっきりと西欧側有利に変化したように受け止められる。しかるに、この段階においてもオスマン帝国支配層の間では、重大な国際関係上の地位の後退であり、危機的事態は認識しつつも、西欧とオスマンとの彼我の関係が根本的に西欧側優位に転換しつつあることを把握していなかった。
西欧においては、この時期に平等の主権国家を基本単位とするグローバル・システムとしての近代西欧国際体系が確立されつつあったが、オスマン帝国の支配層は伝統的なイスラム的な世界観に縛られ、伝統的なモデルに基づいて行動していた。(8)
この時のオスマン帝国支配層の認識としては、パラダイムの変化というような意識はなく、単に内政改革や緊張感の維持、士気の高揚といった要素を強調することで、目前の危機から脱出できるとの確信があった、とみられる。このような感覚はオスマン帝国と西欧世界の交流やオスマン帝国側の外交経験や西欧世界に関する「十分な深い認識がある」との確信により、当事者として事態の変化を敏感に感じ取ることを困難にさせたことはありうるだろう。

2)オスマン帝国に蔓延する復古主義的な国力回復論

トルコ国旗
また「西洋の衝撃」=西欧側の力関係の向上以前からオスマン帝国の内政は混乱をきたしており、それに対する対策論や改革論が日常的に論じられ、スレイマン大帝時代の黄金期に復古するべきとの論調が主流となる風潮の中で、「カルロビッツ条約」以降の勢力退潮の傾向も同様な文脈で語られる状況が蔓延していた。(9)
国力の衰退を絶頂期への復古主義によって克服しようと言う方向性はどこでも観られるところであり、枚挙に暇がないとも言えるだろう。
18世紀半ばの国力が衰退した清朝において流布した乾隆帝の極盛期を理想化した魏源の「聖武記」のような大清賛美論(10)は、スレイマン大帝の黄金期を賛美する議論と軌を一にすると思われる。そしてこのような空論的な議論が行われる時、国力は一層傾いていくケースも数多い。
ただし、「カルロビッツ和約」が、一部の人が書いているようなオスマン帝国にとって思いがけない不幸な出来事と言うわけでもなかった。
この和平条約で、トルコは西側からの挑戦を回避することが出来、おかげでロシアからの脅威やアジアでの危機への対処が可能になるという副産物ももたらした。(11)

3)オスマン帝国内での本質的な改革論の芽生え

イスタンブール

オスマン帝国側の危機感が復古主義的な黄金期への回帰で解決されるという論調が主流的な中で、一方では伝統への復帰のみでは新しい事態に対応しきれないという考え方も早くも18世紀初頭より育ち始めていた。
この中では伝統的体制は維持しつつ、部分的に西欧の新知識と技術を導入し、部分的な革新を行うことが目指された。このような対応の例としては、1719年にオスマン帝国大宰相が、フランスに使節を派遣するにあたり「政治的任務の他に、フランスの繁栄の手段と学術について」も調査せよと命じ、これを受けて、この時の大使がフランスの文明、風俗についての詳細な報告書を提出したということがあった。(12)
このような具体的な対応の中で、オスマン帝国の西洋認識は着実に深まっていったことは間違いないだろう。またこのような経験値が「西洋の衝撃」の緩衝材となり、オスマン帝国の突然の弱体化や崩壊をある程度緩和する役割を果たしたことは間違いないと認識される。
とはいえ、このような「西洋優位」との認識に基づく対応は、一方で一層の西欧への反発と伝統への回帰の傾向ももたらした。これによりオスマン帝国の政治は、18世紀から19世紀にかけて開明派と伝統派の闘争を生み出すこととなっていく。(13)

尚、本稿に関連して、西洋の衝撃によりオスマン帝国あるいはイスラム世界秩序がどのように変容していったかについては、以下のリンクにて詳しく分析しております。
西洋の衝撃にさらされたオスマン帝国=イスラム世界秩序の崩壊過程を検証する!

さらにイスラム世界秩序とは、そもそもどのようなものだったのかについては、以下のリンクにて取り扱っております。
西洋の衝撃で崩壊したイスラム世界秩序と中東文明の分析からトランプ政権が直面する中東問題の本質を解明!

トランプ大統領が故意に混乱させる中東の基本構造をイスラム分析の視点から考察する!

西洋の衝撃への対処の失敗がオスマン帝国崩壊=イスラム世界秩序解体に直結した!

参考文献
(1)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p54
(2)アラン・パーマー:オスマン帝国衰亡史 中央公論社 1998 第二章 西欧からの挑戦 p34
(3)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第14章西欧からの挑戦 p386
(4)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p54
(5)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p55
(6)飯田巳貴:近世のヴェネツィア共和国とオスマン帝間絹織物交易
第2章17世紀前半のイスタンブル公定価格(ナルフ)台帳からみる絹織物消費市場 p48
(7)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p54
(8)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p55
(9)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p55-p56
(10)平野聡:大清帝国と中華の混迷 講談社 2007 第四章 さまよえる儒学者と聖なる武力 p220-p221
(11)アラン・パーマー:オスマン帝国衰亡史 中央公論社 1998 第二章 西欧からの挑戦 p49
(12)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p56-p57
(13)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第二章「西洋の衝撃」とイスラム国際体系 p57

トランプ大統領の非常事態宣言はヒトラーの全権委任法による独裁体制確立と同様にラストバタリオンによるアメリカ乗っ取り=ナチ化の突破口である!

いつ決断するのか、と注視していたメキシコ国境の壁建設を巡る、トランプ大統領の非常事態宣言発動と強権的な政策遂行開始が遂に現実のものとなりました。

これまで、トランプ政権の実態について、いろいろ指摘してきましたが、今回の非常事態宣言は、戒厳令や軍事独裁へ直結しかねない、民主主義を危機に陥れる可能性の高い選択と言えなくもないでしょう。

これは、当にヒトラーが独裁体制を確立するキッカケとなった全権委任法を彷彿とさせるものとも言え、トランプ政権は非常事態宣言を発動することで、そのラストバタリオン的な性格を益々白日の下に晒し始めたと言えるのではないでしょうか?

ちなみに、これまでのトランプ政権内幕暴露本とは別格の信憑性を持ったニクソン大統領を辞任に追い込んだとされる「大統領の陰謀」を暴いた一人のボブ・ウッドワードの「Fear: Trump in the White House」が全米で発売され、初日に90万部を完売したとされていますが、この中に記載されている内容を子細に検討すれば、トランプ大統領が「アメリカを当に弱体化し世界を混乱の渦に巻き込もうとしている」という主張の正当性が証明されているような気がしましたが、今回の非常事態宣言の発動は、単なる政権内部の混乱と政策遂行の混迷くらいでは済まない形勢の進展であり、トランプ政権によりアメリカの政治状況が、より重大な危機の段階に入ったと言えるのではないでしょうか。

もはや、トランプのラストバタリオンとしての正体を見抜いたエスタブリッシュメント側の反撃として、ニューヨークタイムズが既に時効でこれまでにも語り尽された感のあるトランプの脱税や父親からの相続の問題を蒸し返し、ワシントンポストが昔の名前で出てきた訳でもないんでしょうが、当に満を持してウッドワードのいわゆる「これまでにない信憑性の非常に高いトランプ政権内幕暴露本」をそれぞれ中間選挙に照準を合わせてぶつけてきたこと、などは今回の非常事態宣言発動に較べれば小さな話に思えてきました。

今後のアメリカ政治の見どころの一つは、これらのエスタブリッシュメント陣営の大攻勢に対して、トランプ=ラストバタリオン陣営がどのような反転攻勢を行って、中間選挙の結果を踏まえて下院の過半数を制した民主党の攻勢を凌ぎ大統領選挙での再選を勝ち取れるか、というところではありますが、今回の非常事態宣言発動のより、政権と野党の抗争の一層の激化は避けられないでしょう。

ともかくこれまでにトランプ大統領は、既にラストバタリオンの正体を白日の下にさらけ出したかのように、盤石を誇っていたアメリカの支配構造を根底から覆すような言動を繰り返してきましたが、2018年春の段階で手の平を返したように不倶戴天の敵と思われた金正恩との首脳会談の設定を行い、返す刀でティラーソン国務長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官を解任し、自らの意向を反映し易いポンペオ、ボルトン両氏を後任に据えました。
北朝鮮と融和しつつ、中国とは貿易戦争から遂には「封じ込め政策」あるいはペンス副大統領の演説を読み解いた先には米中新冷戦の様相すら漂い始めました。またモラー特別捜査官の干渉を嘲笑うかのようにロシアのプーチン大統領への融和的な姿勢も目立ち始めています。
さらに、ここへ来て非常事態宣言発動と言うことになれば、トランプ政権の施策には訣別したはずのバノン路線がより本格的に復活してきた印象も強いですが、全般的には当にトランプ大統領独裁政権の完成間近の様相とでも言うべき展開も感ざるを得ないところです。そういう意味では、政治的にはバノン氏は、既に復権を果たし、トランプ大統領再選のシナリオを練り上げ、その再選戦略を完成してトランプに承認され、トランプ政権はそのシナリオ=再選戦略に基づいて動き始めている、とも言えるかも知れません。

そもそもトランプ大統領は、就任以来アメリカの分断を助長し、特にリベラル派やマスコミの神経を逆撫でするような言動を故意に強調してきたような節がありますが、遂に南軍のリー将軍像撤去をめぐる混乱に関して、アメリカの政治指導者が避けてきた白人至上主義に同情的で、リベラルなデモ隊と白人至上主義団体を同列視するようなコメントを行い、世論やマスコミを敢えて激昂させており、国民統合の象徴としての資質については疑問視せざるを得ません。
このような言動は、到底これまでの合衆国大統領では有り得ないものですが、トランプ大統領の動きの背後には、ヒトラーの予言したラストバタリオンの計算され尽くしたアメリカ解体劇が隠されているのかも知れません!?
そういう意味では、モラー特別捜査官が本当に捜査すべきトランプ関連の疑惑は、ロシアンゲートなどという皮相的で小規模な疑惑ではなく、UFO問題や南極大陸の地下基地や南米の秘密基地を巡る非公開情報問題、ひいては第二次世界大戦の幕引きを巡る米ソの非公開機密情報問題まで包含したラストバタリオンゲートとでも言うべき壮大なナチスドイツやヒトラーにまつわる非公開機密情報事案とトランプ政権との関連にある、ような気もしてきています。

ナチスUFO

1.アメリカを混乱に陥れるトランプ大統領の言動?
1)アドルフ・ヒトラーが予言したラストバタリオンとは何か?
2)アメリカのパンドラの箱を開け放ったトランプ大統領の出現
2.トランプ大統領の目指す偉大なアメリカ復活の先にあるもの
1)トランプ大統領の選挙スローガンに出てくる偉大な頃のアメリカの状況
2)徐々に浸食される白人男性優位のアメリカ社会の変貌とトランプ氏勝利の連関
3.トランプ大統領の実態は、アドルフ・ヒトラーの予言したラストバタリオンである
1)トランプ大統領は本当に「偉大なアメリカを復活」させる気があるのか?
2)トランプ大統領はアメリカを弱体化させるための「草」としてのエージェントかもしれない?
3)メキシコ元大統領が遂にトランプ大統領とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及
4)トランプ政権誕生にロシア・プーチンだけでなくヒトラーのラストバタリオンも関与?
5)アドルフ・ヒトラーのラストバタリオン予言の実現を急ぐかのようなトランプ大統領の異様な言動

1.アメリカを混乱に陥れるトランプ大統領の言動?

1)アドルフ・ヒトラーが予言したラストバタリオンとは何か?

ラストバタリオン
第二次世界大戦末期の1945年に、かのアドルフ・ヒトラーがラジオを通じて最後の演説を行った中で非常に気になる用語に「ラストバタリオン」というのがあり、そこでは当時「ドイツを東西から挟撃していたソ連とアメリカが、ある程度時間が経過すると仲違いして争い始める」ことを予想し、「その争いの中でラストバタリオンたるドイツの軍団が決定的な役割を果たし、最終的な勝利を手にする」というような発言をしている、と聞いたことがあります。
このヒトラー最後の演説は、非常に聞き取りにくく、文章に起こすのも大変なようで断片的にしか伝わっていないようですが、少なくとも演説の中核としての「予言」は、第二次世界大戦に間もなく勝利するであろう米ソ間で発生する争いの間隙を突いてドイツのラストバタリオン集団が出現し、世界の混乱を助長しつつ最終的な勝利が約束されている、というように受け取れるのではないかと思われます。

2)アメリカのパンドラの箱を開け放ったトランプ大統領の出現

反トランプデモ
さてNHKのBS1スペシャルに「ザ・リアル・ボイス~ダイナーからアメリカの本音が聞こえる」という番組があり、トランプ大統領の出現についてアメリカ国民の本音をアメリカの大衆食堂に集う普通の市民から聞いて回るという内容で非常に興味深いレポートになっていました。その中で「トランプの言う偉大なアメリカの復活というスローガンの中に人種差別の復活や社会の融和に逆行する強いメッセージが含まれており、トランプが大統領になることでアメリカ社会に不可逆的に亀裂が発生してしまった」という話がありました。
すなわち、トランプ大統領は選挙戦を通じて、さらには大統領就任後も一貫して、第二次世界大戦後のアメリカ社会が進歩?として封印あるいは少なくとも表面には出さずに来た、差別意識や人種、男女間、移民等への複雑な感情の渦を再び解き放ち、パンドラの箱を開けて混乱を撒き散らしている、ということは間違いないようですね。
そのことは、アメリカ全土を覆う数百万人を数える反トランプデモでも、立証されているような気がします。
首都ワシントンのホワイトハウスの直近のエリアも含めて、全米で数百万人の反政府デモが行われて市民が積極的に参加しているというのは、歴史的社会的環境は大幅に違い、一概に比較は出来ないことは言うまでもありませんが、1989年の天安門事件当時の中国の混乱時をも上回るような規模であることは事実です。

2.トランプ大統領の目指す偉大なアメリカ復活の先にあるもの

1)トランプ大統領の選挙スローガンに出てくる偉大な頃のアメリカの状況

偉大なるアメリカ

4 R

トランプ大統領が政権の最大の公約として連呼する「Make America Great Again」でイメージされている1950年代のアメリカは、確かに第二次世界大戦に勝利し、好景気に沸き経済も圧倒的に優勢で、アメリカ車も理想のクルマとみなされる絶頂期であったが、社会的には根強い差別感情が底流に(あるいは表立って)存在し、白人至上主義とまでは言えないものの、白人でしかも男性が圧倒的に優遇され大手を振って闊歩していた時代であった、ということになるようです。
逆に言えば、そのころは黒人も女性も新しくアメリカに入国してきた移民たちも、肩身が狭く厳しい差別に晒されて不自由で窮屈な暮らしを余儀なくされていた、ということになるといえましょうか。
今回、トランプ氏が大統領になって、反射的に?反トランプデモが全米を覆うようになったのは、「50年代の偉大なるアメリカ」当時の肩身が狭く窮屈な暮らしを思い出したり想像したりして、現時点では自由や伸び伸びと溌溂とした生き方を実現しているような人々が実感として、トランプ大統領の導こうとしている「偉大なるアメリカの時代」への拒絶意識を表明している、ということになりそうです。
そして、そのあたりを強調するリベラル派やマスコミに敢えて鉄槌を下すようにリベラル系のデモ隊と白人至上主義団体を同列視するようなコメントを発し、世論やマスコミを激昂させている状況と言えましょうか。

2)徐々に浸食される白人男性優位のアメリカ社会の変貌とトランプ氏の勝利の連関

公民権運動キング牧師

その後50年代以降のアメリカは時代が下るにつれ、製造業の中核であった自動車産業が崩壊に瀕したり、家電製品市場に日本製が溢れたり、消費財には中国製が溢れたり、というように徐々にアメリカの第二次産業が衰退していき、それと軌を一にするように「白人男性優位の社会から弱者保護、人種差別撤廃、女性の地位向上、移民への寛容」といったようなリベラルな施策の効果もあり、「本来アメリカの中核であったはずの白人男性が肩身の狭い思い」をする社会になってしまった、ということになるんでしょう。

今回のトランプ大統領の出現は、そういう「50年代以降のアメリカのリベラルを基調とした流れに真っ向から反発」するものであり、「いつの間にか虐げられていた白人の地位復活」こそが、今回の大統領選挙の隠れた最大の争点に浮上してきた状況の中で、大半のマスコミやリベラルな知識人も、ほとんど全くと言っていいほど、そのことに気付くことなくトランプ氏の勝利をただただ唖然として見守るという、結果になったようです。

3.トランプ大統領の実態は、アドルフ・ヒトラーの予言したナチスのラストバタリオンである

1)トランプは本当に「偉大なアメリカを復活」させる気があるのか?

アメリカ移民船
そういう中で、就任早々トランプ大統領は、オバマ時代の遺産を葬り去ることを急ぐかのように、矢継ぎ早に大統領令を連発しています。
オバマケアやTPP、移民や難民に対する寛容政策といったオバマ氏が中心的に取り組んだ、「リベラルで先進的な業績」の数々が一片の大統領令でいとも簡単に振り出しに戻されているようにも見える今日この頃とも言えましょうか。
オバマが政権終盤に向けて整備に努力し、ようやく日の目を見た、あるいは滑り出しつつあった、これらの政策の有効性を現実の流れの中で一切評価することなく、あっさりと廃止するような挙に出るトランプ大統領の行動は、控えめに見積もっても慎重さが足りないと言えますし、直言してしまうと短慮な軽挙妄動であり、自己の信念のみを貫こうとする猪突猛進の類と言わざるを得ないでしょう。
まさか、合衆国大統領にこのような行動に出る人物が就任し、ホワイトハウスが少なくとも4年間も支配されるというのは、つい数か月前までは世界中の多くの人々が、予想もしなかった出来事でもあり、何だか空恐ろしいような気がすると言えましょうか。

2)トランプはアメリカを弱体化させるための「草」としてのエージェントかもしれない?

アプレンティス
トランプ氏に関しては、一時クリントン陣営からは「プーチン氏の操り人形で、ロシアのエージェント紛いの人物である」とのスキャンダラスな中傷が語られたこともありましたが、これは荒唐無稽としてアメリカ市民に受け入れられることもなく選挙結果にも反映せずにクリントン氏は敗北を喫しました。

ちなみにトランプ氏はドイツ系であり、祖父の代の1885年にドイツからアメリカに渡ってきた移民三世にあたるようですが、トランプ家ではアメリカとドイツが二度にわたって世界戦争で対決した経緯もあり、ドイツ系ではなくスウェーデン系であると主張していた時期もあるようです。
このようなトランプ家の出自の話を聞いて思い出したのは、昔の忍者の類型の中にあった「草」と呼ばれる存在のことでした。
ここで取り上げた「草」と呼ばれる忍者の一群は、表立った武力としての忍術を駆使するわけではなく、「敵地に潜入して職業や住居を確保して、完全に敵地の人間として生活し、何代にもわたって情報収集や敵地の市民の洗脳、思想工作などを主体に陰に陽に継続的に活動」する存在であった、ということです。
忍者、草

そういえば、トランプ氏はテレビ番組や映画などのメディアに積極的に出演することで知られており、特に2004年から放送されているNBCの「アプレンティス(The Apprentice)」に、おいては番組のホスト役を自らプロデュースしながら務めていたのは有名な話です。ちなみに、この番組の視聴者の多くがトランプに投票した、という説もあるようです。
また映画に関しては、比較的有名な「ホームアローン2」への出演をはじめ、多くの映画に端役ながら顔を出しているのも、確認出来るところです。こうしてみるとトランプ氏は、何だか顔を出せるところには、どこにでも積極的に出演する姿勢が見え隠れしているような気がします。
だからと言って、トランプ氏がいわゆる「草」のような存在であるとは、誰も断言することはできませんが。。。
ホームアローン2

ちなみに現代のドイツの政治的な主流派であるメルケル首相やドイツのマスコミからは、名実ともにトランプ氏の選挙戦以来の偏狭なナショナリズムに基づくような極端な主張や保護主義的な姿勢に対する警戒感が強く、ルーツを同じくするドイツ系大統領の出現とは言っても独米関係がにわかに緊密化する気配は全く感じられません。
少なくとも表面的には、現代のドイツがトランプ氏に「EUの盟主として自由と民主主義の旗手を標榜しつつあるドイツ連邦共和国」との関連で、「草」の役割を期待していることは、今のところなさそうであると言えるでしょう。

3)メキシコ元大統領が遂にトランプ大統領とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及

ラストバタリオン

さて、そういう中でトランプ大統領に「メキシコ国境に壁を築くにあたって建設資金を出せ、と恫喝」されているメキシコでは、元大統領がトランプ氏とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及しているようです。メキシコ元大統領が遂にトランプ大統領とアドルフ・ヒトラーの類似性に言及

アメリカ国内外で、トランプ大統領が就任早々に発令した「難民の受け入れ停止、イスラム圏からの入国禁止」に関する大統領令への反発が大きく広がりましたが、このようなトランプ大統領の決定がアメリカの建国の理念や国家の成り立ちといった、アメリカを歴史的に形作ってきた基本的な枠組みを根底から覆す危険で不可逆的な流れを引き起こすのではないか、との懸念も湧き上がって来ている印象があります。
このようにトランプ大統領は、就任早々アメリカという偉大な超大国の成り立ちを揺るがすような、ある意味では国家の成立基盤を根底から危うくするような政策を、「議会の承認や国民の意見」を一切顧慮する様子もなく?展開してきているわけですが、これはいわゆる「授権法(=非常事態の発生に対し通常の立法・行政手続きを行わずに権力を行使できる権限を与える法律)」の発動を連発する独裁者の行動を連想させるところもあるでしょうか。

こうしてみると、そのうちトランプ氏は、ロシアのプーチンのエージェントではなく、また言うまでもなく「EUを操りヨーロッパの盟主の地位を伺いながらも自由貿易と民主主義の旗手を自認する現代のドイツ」の「草」でもなく、「その真の実態はアメリカを混乱させ弱体化するために送り込まれた、かつてアドルフ・ヒトラーが最後の演説で言及した”ナチスドイツの最終勝利??を確保するためのラストバタリオン”ではないか?!」というような説が出てきても不思議ではないかもしれません。

4)トランプ政権誕生にロシア・プーチンだけでなくヒトラーのラストバタリオンも関与?

ロシアンゲート

すなわち、かつて第二次世界大戦の末期に、ヒトラーが予言していたラストバタリオンは、米ソに匹敵あるいは凌駕する強力で一枚岩の軍事的な集団として世界を混乱に陥れる、と想定されていたように読み取れますが、その後の時代の急激な変化の中でソ連が崩壊した今日に至っては、世界を制するためには当面は唯一の超大国アメリカを内部から掘り崩せば事足りる、という方向に方針が変容したのかも知れません。

国家安全保障担当補佐官のフリン氏の辞任問題も含めてトランプ政権とその成立に向けた合衆国大統領選挙の過程にはロシアが関与していた可能性が取り沙汰されており、ニューヨークタイムズあたりはその線でトランプ政権に徹底抗戦の構えに出ているようですが、普通の人が常識的に判別出来るような世の中に当たり前に出回っている情報の多くは、実はその大半が世論を誘導するための引っ掛け情報である、という見方があります。
つまり本当に重要な事案の真相は、表に出ている情報の裏の裏を読まないとはっきりしてこない、というわけです。例えばアメリカ政府の情報操作で記憶に新しいのは、イラク戦争開戦の前に政権側から流布され続け、今や世紀のガセネタとして暴露されている「大量破壊兵器」の問題というのもありました。これなどは、あまりにも単純過ぎるウソではありましたが、世界はうっかり騙されてしまいました。

そういう意味で、今回の合衆国大統領選挙の選挙戦の推移の中に何らかの謀略的な世論操作が入り込んでいるということは、十分にあり得ます。確かに選挙自体は100%公正に行われ、開票結果に関しても操作が行われたことはない、とは信じたいと思います。とはいえトランプ大統領自身は、開票集計作業そのものにも疑問を呈しており、選挙に負けたら開票の不正を追及すると宣言していたようですし、選挙に勝った後も執念深く自分の得票率がヒラリー・クリントンより低いのは開票作業に不正があったからではないか、とコメントしていましたが。。。

5)アドルフ・ヒトラーのラストバタリオン予言の実現を急ぐかのようなトランプ大統領の異様な言動

トランプ,ラストバタリオン
さて、かつてアドルフ・ヒトラーが予言あるいは目指していたような現在の世界を根底から混乱させるために、現時点で最も効果的な方策は何かと考えれば、真っ先に思いつくのは2016年段階で言えば目前で大々的に展開する合衆国大統領選挙に介入し、自らのエージェントを合衆国のトップに送り込んでアメリカを中枢から覆すことであったのではないでしょうか。
これまでの普通の合衆国大統領選挙は、エスタブリッシュメントから本命・対抗が選ばれて、選挙戦も大枠は筋書通りに展開し、新大統領選出後も約束された未来が淡々と展開するパターンで来たわけですが、今回は大幅に様相が違っていた印象が強いと言えるでしょう。
すなわち今回の大統領選挙では選挙期間中に、効果的な場面の最も的確なタイミングで、クリントン候補の私用メール問題が取り沙汰され、大統領選挙の結果に大きく影響を与えたことは間違いないところです。特に最終盤でトランプ氏の女性スキャンダルに対抗するかのように、投票ギリギリのタイミングでまたもやクリントン氏の私用メール問題が再燃し、有権者の投票行動に微妙な影響を与えたように想定されます。

そう考えると誰もが思いつくロシア=プーチン氏が合衆国大統領選挙に介入したという表面的な事象もさることながら、ここは事態の真相に近づくためにより深読みして世界に潜伏するヒトラーのラストバタリオンが「かつてアドルフ・ヒトラーが政権を獲得し、独裁者の地位を確立した過程通りに、100%民主的な手続き」を踏襲して、遂に合衆国大統領のポジションにエージェントを送り込み、世界のどこかに潜伏してきたナチス復活の最終局面としてアメリカを中枢から破壊する、という戦術に出た来たと考えるのもあながち不合理ではないかもしれません。

特に、南北戦争以来くすぶってきた南北の分断の古傷すら、こじ開けようとするかのような、トランプ大統領のシャーロッツビル事件への対応などは、アメリカの成り立ちや市民意識の根幹を敢えて揺るがそうと、混乱を煽っている節も見え隠れしています。

そういう方向性からトランプ政権の異常性を子細に検討していけば、モラー特別捜査官の捜査対象も自然とロシアンゲートなどという皮相的で大して世界情勢に影響を与えていない事案ではなく、より複雑怪奇で深刻なラストバタリオンゲートとでもいうべき、第二次世界大戦終末期の混乱状況の中でうやむやになってきた、UFOの起源の問題やリチャード・バード将軍が指揮を執った戦後直ぐのハイジャンプ作戦において怪情報が流れた南極地下基地問題、あるいは一部のUボートとともに忽然と数万人の単位で消息不明となったと言われるドイツの最高レベルの科学者や影武者を替え玉として失踪したナチス高官の問題等の真相とトランプ政権の真の政策目標との関連という重大問題の解明にある、ということになるのではないでしょうか。

尚、本稿で取り上げたトランプ大統領=ラストバタリオン説の延長線上でトランプ勝利の要因とバノン氏の関係を分析した以下のリンクもご参照ください。

トランプは米中冷戦や強硬な移民政策を強行しつつ大統領再選に向け人民独裁的手法のバノン主義=アメリカファースト路線を堅持する!

トランプ大統領は米中冷戦、西側同盟解体=バノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東的な人民独裁手法で大統領再選を目指す!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

森友、加計などの学園スキャンダルや相次ぐ閣僚、議員の失言暴言の嵐の中でも、野党の崩壊で先の総選挙には勝利した安倍首相ですが、アメリカとの親密さは北朝鮮への対応も含めてトランプ大統領から百パーセントともにあるとのコメントが飛び出す状況であり、安倍首相にとってはアメリカ帝国の内懐に抱かれる居心地の良さが際立つようですね。
トランプ大統領からは、真珠湾攻撃の裏切りと背信を忘れない、と警告されていたことも暴露されましたが、今後消費税増税や憲法改正に踏み切れるのでしょうか??

ここではいわゆる保守政治家に共通する対米従属、朝貢外交の起源に迫ってみたいと思います。

ペリー

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?
1)ペリー来航と黒船の衝撃
2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失
2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏
1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移
2)日米開戦に至る経緯
3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗
4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?

1)ペリー来航と黒船の衝撃

黒船来航

長らく超大国として君臨してきた清朝の安定的統治を根底から揺るがすアヘン戦争が1840年に発生し、極東情勢もようやく風雲急を告げ始めた1853年7月に遂にペリー率いるアメリカ艦隊4隻が東京湾内の浦賀沖に来航し、アメリカ大統領の親書を徳川将軍に手交することを求めてきました。
この時、出現したペリー艦隊の軍艦は、その外見から日本側からは黒船と呼ばれましたが、「アメリカ独立記念日(7月4日)」の祝賀と称して数十発の空砲を発射したり、江戸湾内を測量するために江戸に接近したり、といった効果的な威嚇を行ったため、江戸では庶民から幕府高官に至るまで混乱状態に陥った、と言われています。

ともかく、初めて巨大な戦艦を4隻も見せつけられた、日本人は衝撃を受け、この時の深刻で根源的な衝撃が、突き詰めて言うと幕末の尊王攘夷運動、明治時代の富国強兵、日清日露戦争から日中戦争、太平洋戦争に至る軍国主義にもつながる武力増強、国力強化重視の国策を生んだと言える、ような気もするところです。
ある意味では、黒船の衝撃は、国民共有のトラウマ?となり陰に陽にその後の日本の国策決定に影響を与え、太平洋戦争に敗戦して、その熱から冷めるまで一貫していた脅迫観念となっていたのかも知れません。

ちなみに、江戸幕府のトップは、アヘン戦争の詳細からペリーの来航に至る極東を巡る情勢を、オランダ風説書を中心とした情報源からかなり正確に把握しており、既に黒船来航の約一年前にはオランダ商館長から別段風説書としてペリー来航も予告されており、そこにはアメリカの要求する通商条約に対するオランダ版の対応素案まで提示されていた、と言います。
ともかく、当時の江戸幕府で将軍の下で最高意思決定者であった老中首座の阿部正弘は、それらの情報を踏まえた意思決定を行ってはいた、ということになるようです。

2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失

鹿鳴館外交
その後、幕府の弱体化の進行と欧米列強の極東への進出の延長線上の「閉鎖的なアジアの諸帝国への開国の圧力」の流れの中で、いわゆる「安政の五カ国条約」が締結されました。
この条約において特に日本側に不利な不平等条約として問題になるのは、「治外法権と関税自主権の喪失」ということになりましょうか。
このうち、治外法権の喪失については「条約締結国の領事裁判権の確保と条約締結国人の日本での犯罪に法律や裁判が適用除外」ということであり、関税自主権の喪失については「日本側の関税自主権の否定と外国との協定税率の優先」が規定されています。
さらに最恵国待遇の問題もあり、これは日本側に対してだけ最恵国待遇を義務付けており、締結相手国側にはその義務が無いというような規定があったようです。

この幕末に締結された不平等条約は、戊辰戦争で江戸幕府に勝利して明治維新を達成した薩長藩閥を中心とする明治新政府の正統性が諸外国にも承認される中で、明治時代にも引き継がれていきました。
明治新政府は、諸外国に幕末の不平等条約の不当性を訴えたものの、その実態としては不平等条約改正の基準となった「日墺修好通商航海条約」は、明治二年の段階の条約でありながら、幕末の不平等条約では曖昧になっていた諸外国への利権や特権を明確かつ詳細に条約上に規定する内容となっており、条約改正の道のりは厳しいものとなりました。

その後、井上馨を中心とする鹿鳴館外交、伊藤博文を中心とする大日本帝国憲法の発布や日清日露戦争の勝利による諸外国への国力充実のアピールも功を奏し、様々な紆余曲折を経ながらも日露戦争から数年経過した第一次世界戦争前の1911年の段階になって、ようやく関税自主権を認める日米修好航海条約が締結され、それに続いて諸外国との同様な条約が締結されました。
この段階に至り、不平等条約が事実上撤廃され幕末以来の懸案だった「欧米列強と名実ともに?対等な立場を確保」し、国際社会での自由で独立した立場を確立することに成功しました。

2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏

1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移

日中戦争
さて、黒船来航以来の富国強兵の延長線上で、欧米に追い付き追い越すべく武力の強化に注力してきた日本は、日清日露戦争という極東における戦場において勝利し、欧米列強と肩を並べる帝国主義的な大国としての地位を着々と固めていきました。
さらに日本は、1910年の日韓併合の流れの中で、満州から中国大陸への進出を企図し、満州事変による満州帝国の建設や盧溝橋事件を経て、日中全面戦争に至ることとなりました。
日中戦争においては、天津、北京、上海を次々に攻略するなど日本側有利に展開し、南京攻略前に日本側からドイツ大使を介して和平案を提示し、南京攻略前の段階では蒋介石も受諾の方向で検討していたようでしたが、南京攻略後の日本の中国側への要求の増大や傲慢な態度などにより、日中交渉は決裂しました。

2)日米開戦に至る経緯

真珠湾攻撃
戦術的な勝利を続けながらも、南京陥落以降重慶に移駐した蒋介石政権を打倒する戦略的な日中戦争の勝利という出口が見えない状況の中で、日本はどのように事態を打開するかを模索する必要に迫られてきていました。
そういう中で、日本は1940年にドイツ、イタリアと三国同盟を締結し、英米から離反し枢軸側に軸足を移した国策を遂行する方向に動き始めました。
実際のところ日本が戦争継続のための資源の大半を依存するアメリカと距離を置くことになる枢軸側との三国同盟の締結には、日本側にも多くの批判や懸念があったと言いますが、ドイツが欧州の大半を制圧し、特にフランスが短期間で征服され、ヒトラーが早朝のパリを散歩する情勢に至って「バスに乗り遅れるな」というような短絡的な認識が優勢となり、結局は日本は戻れない道を歩み始めることとなったとも言えましょうか。

アメリカは、欧州でのドイツの圧倒的な優勢と孤立するイギリスの狭間に立ち、イギリスを軍事的に支援することはしませんでしたが、極東では三国同盟の一角である日本への経済制裁を強化し、屑鉄の輸出を禁止したのを皮切りに先述の日米修好航海条約が廃棄され、石油の輸出禁止などの日本への制裁が始まりました。
戦争継続能力に問題が生じた日本は、資源確保を目指して仏印進駐を遂行しましたが、これがより一層アメリカを刺激し、対日制裁を強化してきたため、野村駐米大使とハル国務長官の間で日米交渉が行われましたが、紆余曲折の末に交渉が決裂し、最終的には日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃して日米の全面戦争に至ることとなりました。

それにしても、アメリカからの資源に頼って戦争していた日本が、その資源の供給先のアメリカを自ら奇襲攻撃してまで戦争を開始する必要があったのかは、はなはだ疑問のあるところでしょうか。

3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗

硫黄島の戦い
日本軍は、真珠湾での奇襲攻撃の戦術的な成功以降、基本的にはミッドウェー海戦のあたりまでは超大国アメリカを相手に有利に戦局を展開しましたが、1942年6月のミッドウェー海戦では日本海軍は4隻の空母と重巡洋艦1隻を喪失する大敗を演じました。
その後、1942年8月にアメリカ軍は、日本海軍が飛行場建設をほぼ完成させていたガダルカナル島を占領しましたが、日本海軍としてはこの飛行場を何としても奪還すべく、陸軍に強く要請してアメリカ軍と日本軍との間に壮絶な死闘が繰り広げられていくことになります。
ガダルカナル島を巡っては、こののち三次にわたるソロモン沖海戦やガダルカナル島における消耗戦が半年程度続いたのち、補給線の問題やこれ以上の損害を回避する必要等を勘案して、1943年2月に遂に日本軍はガダルカナル島からの撤退を決断するに至りました。
さらに、1943年4月に山本五十六連合艦隊司令長官が乗っていた航空機がアメリカ軍に撃墜されるという事案が発生しましたが、これはアメリカ軍が日本の暗号を解読し機密情報がほぼ筒抜けになっていたことの証左と想定されます。

こののちの太平洋における戦況は、アメリカ統合参謀本部の立案した、
1.封鎖(油田と戦略拠点の遮断、日本本土への物資輸送の妨害)
2.空爆(日本本土の主要都市への空爆)
3.上陸(日本本土への上陸による地上戦)
という三段階の「対日作戦計画」の戦略に沿うような形で推移してしまいました。

その後、日本軍は各地で補給線を寸断され、車両、航空機、艦艇への燃料の補給が困難になってきていましたが、具体的な戦局ではサイパン陥落(1944年7月)、テニアン陥落、グアム陥落(1944年8月)の一連の戦いによりアメリカ軍が日本本土へB29戦略爆撃機で空爆することが可能になりました。
特にサイパン島陥落は、日本にとっての当該方面での最重要基地の失陥を意味し、この時点で日本軍の反撃の可能性はほとんど無くなったと言って良いでしょう。

東京における政治情勢も、「絶対国防圏」の一環として設定していたサイパン島陥落により、東条英機内閣の崩壊という余波を被ることになりました。

さらに1945年1月にはフィリピン島陥落、1945年3月には硫黄島陥落と続き、制空権の喪失とも相俟って1945年3月の東京大空襲をはじめとする本土空襲の激化、1945年3月~6月の沖縄での地上戦、1945年8月広島・長崎への原爆投下、ソ連参戦と続く一連の敗戦に向けた流れを辿ることとなりました。

この敗戦の帰結は、ルーズベルトがこだわっていた無条件降伏であり、東京、大阪、広島、長崎をはじめとする京都・奈良以外の大半の都市の破壊し尽くされた廃墟の悲惨な姿でした。

その後には、あのカリスマ性に溢れたダグラス・マッカーサー連合国最高司令官とGHQによる占領が数年にわたって続くことになります。
徹底的で壊滅的な大敗と無条件降伏、さらには日本史上他に類例を見出せない外国軍隊による占領という激動は、民族的なトラウマを生み出したとも言えましょうか。

日本、特に自民党政権の対米従属路線の根幹にはこのような長きにわたる歴史的な経緯が横たわっていると言えるのではないでしょうか。

4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

ブレマー長官
ちなみに、アメリカによる軍事的な大勝とそれに続く組織的な占領政策の実施、という日本に多少なりとも似通った道程を21世紀になって辿った国にイラクがあります。
恐らくアメリカと戦っている段階では、日本もイラクも反米嫌米感情のレベルは、そんなに遜色なかったのではないか、と思われるほど徹底的なものがあったのではないかと思われます。
さらに、イラクにはGHQと比較されるCPA(連合国暫定当局)という戦後処理の組織が設立され、その代表者にはこれまたダグラス・マッカーサーのポジションと比較されたポール・ブレマーが就任しました。

しかるに、日本とイラクでは占領時代から戦後に至る対米感情や西側民主主義に対する受け入れ度合いは、まさに懸絶していると言わざるを得ません。

この相違を検討してみると、そこには幾つかの理由が浮かび上がってきます。

①日本とイラクに対する「西洋の衝撃」の歴史的文化的な状況の相違
日本が対米従属や西側の価値観を全面的に受け入れるまでの経緯は、ここまで記載してきたとおりですが、イラクの前身は別項でも詳述したオスマン帝国の一部でした。オスマン帝国はある段階まで、イスラム世界を体現する世界帝国として君臨しており、イスラム世界も一枚岩を誇っていましたが、今や現状のようなバラバラな国家群に分裂?しています。シリア,イラク等の中東情勢混迷の根底にあるイスラム世界秩序=オスマン帝国の崩壊!
②戦後処理遂行担当者の資質の相違
GHQとCPAのリーダーの資質の相違、すなわちマッカーサーとブレマーのカリスマ性、政策遂行における実行力、信念といった人間的な要素も、いわゆる占領政策遂行にあたって大きな影響があったのではないでしょうか。
③政策遂行を取り巻く地政学的環境の相違
GHQの日本統治においては、当初は軍国主義の影響を排除する目的で戦犯を中心に公職追放が横行していましたが、ソ連との冷戦が本格化すると真逆の赤狩りやレッドパージが行われはじめ、日本の再軍備や産業力の強化が至上命題になっていきました。そういう中で日本は非常に恵まれた環境で戦後を過ごすことになりました。
他方でイラクや中東は、イスラム世界がテロの温床であるとの市民レベルでの広範なイメージの悪化や駐留軍の士気や質の低下、刑務所内での拷問の横行など中東と西側世界が戦後に和解する要素がほとんど皆無と言っていい好ましくない環境が出来上がってしまいました。

911

このような要素も相俟って日本の対米従属路線は定着し、戦前が地獄に思われるほどの優遇された国際環境の好転の中で、日本は高度成長を現出し、「アメリカとともに歩めば間違いない」との広範な国民的コンセンサスが非常に自然かつほぼ完璧に日本の国策としてビルトインされることになりました。

これは、当にかつての中華帝国の周辺弱小異民族が、帝国の一員として味わった安定、平和、繁栄、調和と類似しており、外界からは一見不合理で不平等な矛盾に満ちて見える帝国的秩序が、想像を超えた永続性を維持する根拠のような気がします。
そういう意味で日本が、太平洋戦争の「戦後」を70年以上にも渡って、後生大事とでも言うように維持し続ける理由も、アメリカと言う「帝国」の周縁部の一員として生き続ける安楽さや過ごしやすさが、途方もなく居心地がよい、ということの証左となるのでしょう。
さしずめ自民党政権は、その帝国的秩序の典型的な構成要素となりましょうか。

尚、本稿に関連した自民党政権の対米従属、朝貢外交傾向を分析した以下の内容もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!

トランプ大統領の再選は毛沢東風の人民独裁的手法を駆使したバノン主義=アメリカファースト路線で約束されている!

<トランプ大統領の発動したアメリカファースト革命と文化大革命,農民大反乱の類似性>
トランプ大統領は次々に発生する政権内幕暴露を当に炎上商法の手法で十全に利用しつつあるようです。
2018年段階でのトランプ政権の動向は対中国政策、対イラン政策の強硬路線へのシフトや北朝鮮政策の対話路線への変更、マクマスター、ティラーソン解任など当にバノン主義を忠実にトレースしつつあり、実態としては水面下でのトランプ=バノン枢軸がより一層の強化が進んでいるようにも見受けられます。

ちなみに、バノンはトランプ政権では首席戦略官として大統領就任演説の骨子やイスラム過激派の入国制限を志向する大統領令、TPPやパリ協定離脱などの重要政策を主導し、2017年8月の首席戦略官退任以降は、保守系メディアサイトのブライトバートに戻り、中間選挙に向けた共和党トランプ派拡大に向けた活動とトランプ支持層への教育宣伝に明け暮れ、手始めに2017年9月のアラバマ州上院議員補欠選挙で共和党主流派が推す候補を破り、「支配階級と戦う革命」の勝利を宣言しています。(ちなみに、このバノン氏が推していた候補は、本選挙で民主党に敗れ、共和党は上院の貴重な一議席を失ったが、バノン氏は民主党を勝たせるための共和党主流派の陰謀を指摘していた)

その後、バノン氏は暴露本への情報提供を巡ってトランプ大統領の怒りを買い、表面上は完全に失脚したかに観られていますが、トランプ政権のバノン主義への傾斜は、過激なまでに進行してきている情勢です。

結局、中間選挙の結果には、ある意味では不気味なほどに、ニューヨークタイムズやワシントンポストが満を持して放ったトランプ政権内幕暴露が、影響しなかった印象もありました。
すなわち、トランプ大統領の岩盤支持者達は、多少トランプが批判されてもビクともせず、当にフェイクニュースと受け流して、トランプのTwitterに走り、反トランプの民主党支持者たちは、最初からトランプを詐欺師紛いの怪しげな不動産屋としか観ていないので、これまた政権の内幕の混乱を、それみたことかと囃したてるものの、元からトランプや共和党に投票する気が無いので、選挙結果には影響しないということでしょう。

逆にトランプ大統領としては、今回の中間選挙で共和党の中の反トランプ分子である伝統的な自由貿易主義者やネオコン系の対外干渉主義路線をクレンジングし、ミニトランプを大量に議会に送り込むことに成功したわけで、お膝元の共和党のトランプ化が進行しました。
また突き詰めて考えれば、保護主義や対外不干渉、国内産業保護は、基本的にリベラルや労働団体の主張とも符合する要素があり、今回の下院の結果もまんざらトランプ大統領にとって最悪の結果でもないかもしれません。
何と言っても、信じられないような逆風の中で、トランプ大統領は、そのロックスターのようなカリスマ性、アイドル性を遺憾なく発揮し、まさにひとりで民主党の地滑り的な大勝を阻んだワケで、上院での勝利と併せて考えれば、これこそは奇跡的な途轍もない勝利とのトランプ大統領のTwitterに首肯せざるを得ないのではないでしょうか。

そういう意味では現時点では、下院の議会運営を懸念する見通しが大勢ですが、トランプはオバマ前大統領の轍を踏むことなく、結構無難なディールをこなしていきそうな気もするところです。

1.文化大革命発動時の毛沢東の政治方針と類似するトランプ大統領の状況認識

毛沢東,文化大革命
トランプ大統領,就任演説
ここでアメリカにおいて既成秩序の転覆を図りつつあるトランプ大統領が目指す方向性について、再確認しておきたい。
トランプ大統領は選挙期間中から就任演説まで一貫して、「アメリカの主権を既成のエスタブリッシュメントからアメリカ市民の元に取り戻す」と発言し続けてきており、大統領就任後もその姿勢にブレは無いように読み取れる状況である。
多くの報道番組において、ゲストとして招かれた中国人記者もコメントしているが、このような方向性は毛沢東の文化大革命期における発言に非常に酷似している、と考えてよいかもしれない。

2.トランプ大統領の革命が目指す既存エスタブリッシュメントと秩序の破壊

デトロイト廃墟
すなわち、「これまでワシントンの政界やウォール街の財界のエスタブリッシュメントから無視され続けてきた、アメリカの草の根の市民の声を吸い上げて、ワシントンの中枢に乗り込んだトランプ大統領自身が率先して、既存秩序をぶち壊して、アメリカを市民の手に取り戻す」という運動は、まさに毛沢東が文化大革命で推進した運動との共通点が多い、と指摘することが出来るのではないだろうか。

そういう意味で、中国において毛沢東が発した1966年5月「通知」になぞらえて言えば、トランプ大統領の革命は「アメリカ市民という一つの階級が、アメリカの既成のエスタブリッシュメントという一つの階級を覆す政治大革命」を起こすことであり、その目的は「現存している既存エスタブリッシュメントが設定した全ての秩序を破壊する」ことにある、ということにもなるだろうか。

3.トランプ大統領のアメリカファースト革命を推進するバノン氏のレーニン主義的政治信条

レーニン
トランプ大統領が手始めにやり玉に挙げているのが、既存のマスコミであり、「マスコミの流している多くのニュースはフェイク・ニュース」とされ、本当の真実は「現代版の壁新聞」にもなぞらえられる「トランプ大統領自身のtwitter」やスティーブン・バノン氏が復帰して主宰する「ブライトバート・ニュース」等のニュースサイトのようなインターネットを介して市民に直接働きかける情報伝達手段の側が影響力を拡大している。
実際アメリカ市民の側でも「質の低下したマスコミよりも、マスコミを経由しないインターネットを介した直接情報が頼りにされている」という傾向が出てきているようである。

ニュースサイトの経営者からトランプ政権の首席戦略官となっていたスティーブン・バノン氏自身によれば、バノン氏は「帝政ロシアという強力な国家を解体したレーニンに対して畏敬と崇拝の念を抱いている」ということである。
これなどはバノン氏の意識がまさに「毛沢東が文化大革命で目指していた政治目標にほぼ合致するもの」とも考えられ、そういう人物と意気投合し政権の中枢に据えたトランプ大統領本人の政治信条もバノン氏と大同小異である、と考えてよいかもしれない。

このあたりに関しては、「帝政ロシアを解体したレーニン」や「文化大革命を発動した毛沢東」と類似した政治信条を持つ人物及び政策遂行チームを、民主的な選挙で大統領に当選させたアメリカの市民の「既存のエスタブリッシュメントや秩序に対する怒りのすさまじさ」を痛感せざるをえないだろう。
その先に立ち現れてくるのは、ヒトラーがかつて予言したラストバタリオンにより混乱の渦と化した、弱体化しきった悲惨なアメリカの姿なのかも知れない。

4.オルトライトの黒幕としてアメリカ版文化大革命を目論むバノン氏

パリ協定離脱トランプ大統領

バノン氏はトランプ政権誕生早々に主導的に導入したイスラム圏からの入国制限に関する大統領令への世論や司法からの反発やオバマケア廃止における与党共和党議員への恫喝的な多数派工作の失敗などが重なり、さらには事実上オバマ前大統領シンパとも想定されかねないリベラルな傾向のイヴァンカ、クシュナー夫妻との権力闘争に敗れ、国家安全保障会議・NSCのメンバーから外されるなど完全に失脚したかに観られていた。そうした逆境的な日々を過ごしていたかに見えたバノン氏は、その後に勃発したロシアンゲート事案の急展開とトランプ政権の先行きに関する不透明感の増大に反比例するかのように、世論工作や支持率低迷状態打開のプロで、政権建て直しのために不可欠な存在として、影響力を拡大しつつあったが、イヴァンカ・クシュナー夫妻やティラーソン国務長官らの良識派やリベラルな立場からの強硬な反対を押し切り、トランプ大統領が地球温暖化防止に関するパリ協定からの離脱を昨年の大統領選挙時の論理を振り回しながら宣言したことで、バノン氏の完全復権が確認されたと言って良いだろう。

穿った見方をすれば、ロシアンゲート事案の急展開、特にバノン氏の政敵であるクシュナー氏のロシア大使への秘密ルート開設疑惑暴露などの事案そのものが、バノン氏らのアメリカファースト革命派が、トランプ政権内のリベラル派やグローバリスト追い落としのためのリークや陰謀ではないか、との考え方も出て来かねない状況ではある。
このあたりのリークについては、アメリカとの関係改善を目指しているロシア側にとっても不利な展開でもありロシア情報機関からのリークとは考えられず、まさにバノン氏らアメリカファースト革命派が、アメリカのエスタブリッシュメントともロシアとも無関係で、アメリカ帝国解体を最優先課題とするラストバタリオンの一員である証左にもなりうるかも知れない。
ちなみに、バノン氏は2017年8月18日段階でホワイトハウスを離れ、古巣のオルトライトの総本山であるニュースサイトのブライトバートに復帰し、より自由な立場でトランプ大統領個人と連帯しつつ、アメリカファーストの原理をより扇動的に唱道し、エスタブリッシュメントを打倒するアメリカ版文化大革命を強力に推進することを目論んでいた。この活動の手始めに2017年9月のアラバマ州の上院補欠選挙の共和党候補者選びに参戦し、共和党主流派候補を破ることに成功した。バノンはこの選挙結果を踏まえて「アメリカ版文化大革命の一環」と表現し、「エスタブリッシュメント打倒のための闘争継続を高らかに宣言」した。

アラバマの補欠選挙では、四十年前のセクハラスキャンダルの影響もあってか、バノンの擁立した候補が惜敗したが、今回の選挙全般を通じて、今後のバノンの戦略や状況認識が明確化したとも言えるだろう。
すなわち、バノンは今後アメリカファースト革命を断行するためには、ホワイトハウスを支配しているだけでは、権力基盤として十分でないことを、ホワイトハウスの中枢で活動しながら痛感したと推測される。
バノンは、アメリカファースト革命を断行し、国家体制を根底から変革するためには、議会の多数派をトランプ信者にしてしまわなければ、到底状況を動かせないことに気付いたのであろう。

そういう問題意識を踏まえた、今後のバノンの戦略としては、トランプ政権誕生に向けて取り組んだ2016年の大統領選挙の成功体験も十全に生かしながら、2018年の中間選挙でトランプ派(実はバノン派)の共和党議員を出来る限り多く当選させて、ホワイトハウスと議会の両面からアメリカを完全にひっくり返すこと、と言うことになるはずであった。
その後、トランプ大統領とバノン氏は、暴露本「炎と怒り」の執筆過程におけるバノン氏の情報リークに絡んで、完全に訣別したかに見受けられるが、現時点では真相は藪の中である。

いずれにしても、暴露本「炎と怒り」に関するバノン氏のリークが表沙汰になる寸前までは、バノン氏のようなアメリカ帝国解体を公言するレーニン主義者(実態はラストバタリオン?)と大同小異なアメリカファーストを政治信条とするトランプ大統領の二人三脚のもとで、アメリカが国内外に対してどのような政策を展開していくのか、に注目が集まっていたが、2018年1月末の段階ではバノン氏が強調してきたアメリカファーストの世界観とトランプ大統領の政策遂行方針の関係性について不透明感が漂い始めていることは否定出来ないところであろう。

尚、本稿とも関連するアメリカファーストとアメリカ版文化大革命の連関性と中国における民意の直接的な一環としての文化大革命的な動きについて、以下のリンクでも詳しく取り上げています。
トランプのアメリカファースト路線でヒトラーの予言したアメリカの文化大革命的混乱状況が完成する!

トランプ大統領は米中冷戦、西側同盟解体=バノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東的な人民独裁手法で大統領再選を目指す!

バノン、ルペン

実はレーガン大統領の業績に憧れていると言われているトランプ大統領は、突如これまで不倶戴天の敵と見做されていた金正恩との電撃的な首脳会談を実現しましたが、政権運営の根本のところではアメリカファースト革命の理論的支柱であるバノンとも密かに連繋して手に手を携える二人三脚を踏み出し、ワシントンの既存エスタブリッシュメントの支配体制を解体して、市民に国家を取り戻す活動に邁進しつつある風情も見え隠れしています。

次々に暴露される政権内幕を炎上商法として、逆手に取るかのような行き方も、当にバノン流を彷彿とさせるところがあります。

ちなみに、トランプ大統領の昨今の人事や政策を追跡していると、ティラーソン国務長官やマクマスター国家安全保障担当補佐官の解任、強硬で保護貿易主義的な対中国制裁の発動を皮切りに、遂には米中新冷戦の様相を呈し始めた中国封じ込め政策の急展開など、当にバノンがまた政権の中枢に躍り出たのではないか?と勘繰りたくなるような事案が目白押しといった勢いです。

バノンの対中認識とトランプ政権の戦略

1.トランプ大統領の政策の目玉である減税とインフラ投資はどのように実現されるのか
1)ロナルド・レーガンの業績に憧れるドナルド・トランプ
2)トランプ大統領によるミラクル実現の可能性
2.大統領再選を目指すトランプはバノンのアメリカファースト路線から足抜け出来ない
1)バノン氏のアメリカファースト路線とコアな支持者の強い連関
2)バノン氏のトランプ政権からの決別

1.トランプ大統領の政策の目玉である減税とインフラ投資はどのように実現されるのか

1)ロナルド・レーガンの業績に憧れるドナルド・トランプ

レーガン

本件については、トランプの心酔しているらしいロナルド・レーガン時代の方針を援用してくるのではないか、とも認識しているところです。
かつてのレーガン時代には「減税+軍拡」を中核にレーガノミックスとも称される経済政策を遂行し、前任者のジミー・カーター政権時代の閉塞した状況を脱却させ、いわゆる規制緩和や新自由主義的な方向性もはらみつつ、実質的にケインズ流の経済効果を生み出しました。さらには副産物として、軍拡についてこれなかったソ連が、ゴルバチョフの過激な変革路線の影響で一方的に弱体化して、予想以上に早く冷戦が終結することで、平和の配当も獲得するというラッキーな状況もありました。

ちなみに、レーガン時代は「軍拡による景気拡大政策」だったため、実際のところ「軍拡で製造された武器を消費するために中東が戦場として活用」されたり、「アメリカ軍の積極的な直接介入につながってアメリカの人的な被害が増大」したりといった「負の要素」もありました。それに対してトランプ氏の場合は、より平和的に「インフラ投資に1兆ドル規模の莫大な投資」するということでもあり、本来は「意外にリベラルな知識層や平和主義者といった民主党支持層にも浸透しやすい」はずではあります。

2)トランプ大統領によるミラクル実現の可能性

マッカーサー凱旋

トランプ氏の政策により莫大なインフラ投資を行った場合に、景気拡大や税収増大に関して瞬時に効果が出てくるとは考えられません。
そういう中で、大型減税が先行して実施されれば、インフラ投資と景気拡大、税収増大の間のタイムラグの発生により、一時的な財政不均衡が生じてくるのは間違いないところでしょう。
そうなった場合に喫緊の課題になってくるのは、多少細かい話になりますが、ある程度までの債務拡大を時限的に容認するためのアメリカ議会の財政再建派の議員たちの説得と経済運営円滑化のためのドル安容認に向けた金融緩和策の推進ということになりましょう。

ちなみにアメリカの大企業も、特にリーマンショック以降は突発的な経済の危機的な状況に対応するために、その儲けを賃金に回したり、設備投資などに回さずに、内部留保として蓄えることに専念しており、その額が巨大化しているようです。
現時点では、既にアメリカの証券市場がトランプの新経済政策に期待して堅調に推移している流れがありますが、その延長線上でトランプ政権の1兆ドルインフラ投資が実行に移され景気拡大の機運が漲ってくれば、各企業がその莫大な内部留保を設備投資や賃金などに回して、経済が活況を呈して、税収増大につながる可能性もあるかも知れません。

2016年の大統領選挙を全体的に観ても、トランプという人物は到底不可能と考えられていた合衆国大統領に当選するという偉業を、マスコミやワシントンのエリートに屈服することなく、バノン氏と二人三脚で構築した自らの信念を貫きつつ自分流のやり方で成し遂げました。
そう考えると、トランプ氏が選挙の奇跡に続いて、経済の奇跡を実現出来ないと誰が断言できるでしょうか?!

2.大統領再選を目指すトランプはバノンのアメリカファースト路線から足抜け出来ない

1)バノン氏のアメリカファースト路線とコアな支持者の強い連関

今後、トランプ大統領が再選を具体的に視野に入れる場合に、コアな支持者から遊離したオバマモドキの中途半端なリベラル路線やグローバリスト路線を採用することは、まさに命取りということになりかねません。
そういう意味では、例え一時の気の迷いで、イヴァンカ・クシュナー夫妻やティラーソン国務長官らの良識派的な路線に歩み寄ったとしても、政策の基調や世界観をマスコミ受けの良い、リベラルで進歩的な路線に全面的に変更するのは、到底出来ない相談である、と言わざるをえないでしょう。

結局、トランプ大統領には、どう転んでもバノンのアメリカファースト革命路線という反エスタブリッシュメントで反グローバリズムを基調とし、マスコミを敵にまわしつつ、繁栄の光と陰の陰の部分の代弁者として、世論の分断を厭わず、アメリカファーストを追求する方向性しかない、と想定されます。
このような、ブレない路線の副産物とでも言うべき結果として、2017年6月末の段階で、かつて物議を醸し、全米あるいは全世界的に混乱を巻き起こしたあの政権発足初期のイスラム圏六カ国からの入国制限に関する大統領令が、ここへ来て連邦最高裁から一部制限付きながら執行許可という形になりました。
これは、トランプ政権にとっては、久々の政治的な勝利というべき成果となりそうですが、当該イスラム圏六カ国からの入国制限に関する大統領令を主導したバノン首席戦略官にとっても、政権内部での権力闘争を益々有利に展開する手札と言えるでしょう。
トランプ大統領も、再選を念頭に遊説先で支持者を前にアメリカファーストの線で演説する時には、熱狂する聴衆のパワーを体感しつつ、常にバノン氏の存在感の大きさを再確認し続けているのではないでしょうか。

2)バノン氏のトランプ政権からの決別

ちなみに、トランプ政権内で良識派、国際派と目されるイヴァンカ・クシュなー夫妻やマクマスター、ケリー両補佐官らと権力闘争、路線闘争に明け暮れたバノン氏ですが、2017年8月段階で遂にホワイトハウスを離れ、古巣のオルトライト系ニュースサイトであるブライトバートに復帰し、より自由で過激な立場からアメリカファースト路線を唱道することを選択したようです。
反エスタブリッシュメントの旗手であるバノン氏がホワイトハウスの中枢であたかもエスタブリッシュメントの本丸に居座るというのもかなり、戯画的ではありましたが、今後は自由なフリーハンドという強力な武器を手にし、ホワイトハウス中枢=トランプ大統領個人により効果的に働きかけることで一層の混乱と波乱要素を世界に提供しそうな雲行きを感じさせます。
ともかく、バノン氏はホワイトハウスで首席戦略官という中枢の地位にトランプ政権発足以来の数か月間就任していたという事実は誰も否定出来ないわけですが、これまでのアメリカの政治史上でバノン氏のような徹頭徹尾アウトサイダーで、現体制=エスタブリッシュメントをアンシャンレジームとして粉砕することを目指して政権入りした人物は居ませんでした。
このことは、トランプ政権の存在意義として、どんなに強調しても強調しすぎることはないほどの画期的な事象であると言えるでしょう。
たとえバノン氏がホワイトハウスから離れたとしても、いわゆる極右、オルトライト、アメリカ至上主義がアメリカの政権を一時的にもせよ乗っ取った事実は覆い隠しようもないことです。ただし、バノン氏も流石に自らの政治信条でホワイトハウスの中枢を運営するほどの準備は、未だに整っていなかったため、一時的に下野して戦線を整理し、より本格的で徹底的で、具体的な政治的果実をつかみ取る方策を再確認する必要に迫られたということになりましょうか。

確かに、これまでワシントンを牛耳ってきたエスタブリッシュメントに対して、理想主義的な政治信条と正義感、使命感のみで闘いを挑んでも、あたかもドン・キホーテのように弾き飛ばされて、何の成果も得られず無力感に苛まれるのが落ち、となりかねません。
しかし、トランプを大統領に押し上げたアメリカのこれまで置き去りにされてきた人々の強い怒りや真の改革への切望が、渦巻いているのも紛れもない事実なのであり、そのような市民のパワーを今度は政策実現に向けて分散化することなく結集し組織化して、政治的な梃子として汲み上げていくことが必要になるでしょう。
このあたりは、毛沢東が中国の農村で農民層を極めて巧みに組織化して、革命のパワーに仕立て上げた実例も参考になるのかもしれません。
バノン氏も、そのあたりの事情に気づき、一旦政権中枢から離れて、市民の怒りや改革への情熱に再度火をつけて、炎上させ、そちらから政権を動かす道を選んだのではないでしょうか。
この路線の延長線上で2017年9月にはバノン氏は、アラバマ州上院補欠選挙において候補者を擁立して選挙戦を闘って勝利した結果を踏まえて演説し、共和党主流派の候補者を破る選挙結果を「革命」と表現した上で、「今後もエスタブリッシュメントを完全に打倒するまで闘いを継続する」と高らかに宣言しました。
このあたりについては、今後バノン氏がトランプ大統領が真に推進しようとしている「既存エスタブリッシュメントの打倒と市民に政治の主導権を取り戻すためのアメリカファースト路線」に密着して、強力に活動を進めていく方向性を明確に示しているもの、と考えられるところでしたが、このところ暴露本「炎と怒り」に関して著者の主要な情報源がバノンであったとの見方からトランプ大統領がバノンを激しく罵倒した上で、さらに今後は二度と接触しないと宣言し、最大のスポンサーだったマーサ一族からも見放されるに及んで、一見したところではバノンのトランプ政権への影響力は自由落下のごとく限りなくゼロに近づいているように見受けられます。
従って、今後のトランプ政権はバノン不在の中でバノンが主導したアメリカファースト路線を推進する、と言う構図の中で船出することになりそうでしたが、2019年春の段階では国務長官人事、国家安全保障担当補佐官人事、対外政策としても対中国制裁の発動などバノン路線まっしぐらのあり様も見え隠れし、真相は当に藪の中としか言えない状況となっています。

ともかく、トランプ大統領は現実に妥協する中道的な生き方は選択しないようであり、不動産王として行き詰まった時にも言われていましたが、『全てを手に入れるか、何もかも失うか』という究極の生き方を常に宿命づけられた人物ということになりそうです。

尚、本稿の延長線上でトランプ大統領のラストバタリオン的な性格を詳しく分析した以下のリンクもご参照ください。
トランプ=ラストバタリオンのアメリカ乗っ取り=ナチ化とエスタブリッシュメント側のマスコミやマイノリティを巻き込んだ反撃がアメリカ大混乱の真相である!

トランプは米中冷戦や強硬な移民政策を強行しつつ大統領再選に向け人民独裁的手法のバノン主義=アメリカファースト路線を堅持する!

毛沢東が文化大革命を断行した目的は中華王朝崩壊時の農民大反乱のエネルギーを活用した国家大改革再現である!

毛沢東,文化大革命

毛沢東が完成しつつあった人民中国の国家体制を文化大革命で根底から覆し、劉少奇や鄧小平を排除して国家を転覆させた目的は、現代版農民大反乱による国家機構の大変革の断行にあった!

1.文化大革命の真の目的
1)「原理的な社会主義」回復のための闘争
2)現存する秩序を破壊し新世界を建設する革命運動
2.文化大革命を推進するための具体的な方策
1)党官僚機構打倒のための熱狂的な大衆動員
2)文化大革命と王朝交代期の農民大反乱の類似性
3.王朝崩壊期の農民大反乱の現代版としての文化大革命
1)既存社会秩序の徹底的再編
2)文化大革命の現代版「農民大反乱」的性格の分析
4.文化大革命で目指された毛沢東の理想社会像と現代中国の状況
1)毛沢東の構想する文化大革命後の中国社会の理想像
2)中華帝国の「農民大反乱」と現代中国の「文化大革命」の共通的性格

1.文化大革命の真の目的

黄巾の乱

1)「原理的な社会主義」回復のための闘争

文化大革命開始以降の初期の段階で徐々にエスカレートしていく毛沢東の「調整政策」に対する反応を観ていくと、文革が毛沢東個人の権力回復闘争だったという側面が希薄に感じられてくる。明らかに毛沢東は、理想とする「原理的な社会主義の概念」を確固として持っており、「調整政策」及び「その推進者」が、そのような「社会主義の在り方」から大きく逸脱しつつあるので、自らの信念に基づいて闘争を開始した、という要素が濃厚にあったのではなかろうか。
このあたりについては、系統的な文革研究の第一人者である王年一も「根本的に言えば、毛沢東は明らかに党中央の後継者をすげ替えたり、中央の第一線を否定したりすることのみを求めたのではなく、それ以上にもっとも純粋でもっとも美しい社会主義社会を準備する条件を作り出そうとして、天下大乱を求め、徹底的にブルジョア反動路線を批判するよう提起した」と述べている。(1)

2)現存する秩序を破壊し新世界を建設する革命運動

フランス革命

さらに1966年5月に毛沢東が林彪に与えた書簡「五・七指示」によれば、毛沢東が劉少奇はじめ中国共産党の多くの指導者を打倒し、各級の組織を破壊してまでも、文化大革命を発動した真の目的は、「旧世界を破壊することを通じて新世界を建設すること」にあったとしている。また1966年5月の「通知」によれば、文化大革命は、「一つの階級が一つの階級を覆す政治大革命」をおこすことであり、その目的は「現存している全ての秩序を破壊する」ことにあるとされていた。(2)

2.文化大革命を推進するための具体的な方策

大衆動員

1)党官僚機構打倒のための熱狂的な大衆動員

こうして「党内の一部の実権派」、さらには党中央にすら発生した「修正主義者」の一掃が、毛沢東にとって社会主義中国の死活的な課題として浮かび上がりつつあった。とはいえ、現実の中国においては、党官僚機構が全ての権限を掌握している中で、そのような課題をどのように解決していけるのか。そのためには、思想・イデオロギーの領域において世論を喚起し、大衆的批判の強烈な圧力の中で党機構の改編を目指すほかなかった。(3)

2)文化大革命と王朝交代期の農民大反乱の類似性

紅衛兵
ここで提起された「問題が蓄積した社会を糺すために、天下大乱を希求し、徹底的な闘争を遂行する」あるいはより鮮明な「旧世界を破壊することを通じて新世界を建設すること」「現存している全ての秩序を破壊する」という「文化大革命の真の目的」と「その解決手法」は、まさに中華世界における「農民大反乱による王朝交代の本質」に相通じるところがあったのではなかろうか。文化大革命により共産党幹部は中央から地方まで大半が地位を追われ(17)、各級の組織は破壊された(4)わけであり、国家組織は根底から揺るがされた。
金観濤によれば、全国的範囲の組織的反乱を実現し、分散性を克服するには、二つの条件が必要であり、その一つが反乱者の共通の目標の設定であり、二つ目が反乱者が相互に連絡できる条件がありタイミング良く集中できなければならない(5)が、当時の中国では「毛沢東の用語」により敵は「ブルジョア司令部」「走資派」「実権派」と明確にされており、反乱者の共通の敵が共産党の全国組織そのものであることが容易に認識出来た。また大規模な農民反乱においては、革命の組織的中核を必要とする(6)が、文革においても「造反派」「紅衛兵」がその機能を十二分に担うこととなった。

3.王朝崩壊期の農民大反乱の現代版としての文化大革命

劉少奇迫害222

1)既存社会秩序の徹底的再編

「ブルジョア司令部」の存在が大衆レベルにおいて認識され始め、劉少奇・鄧小平をも含めた「党内の一部実権派」がその権限を停止され、中央から地方に至るまで「奪権」が引き続き遂行された。
このような奪権闘争は、単に中央・地方の党レベルにとどまらず、実はそうした次元を遥かに超えた社会のあらゆるレベルの権力の問題を噴出させ、しかも同時に中国に内在し蓄積されつつあった様々な社会的葛藤・矛盾、さらには中国の伝統的政治風土のもつある側面を一気に「奪権」という課題へまとわりつかせることとなった。(7)

2)文化大革命の現代版「農民大反乱」的性格の分析

文化大革命5555

中国封建社会においては、儒家を用いて官僚機構を組織し郡県制に基づいて国家の管理を行う、と言う特有の宗法一体化構造が機能していた(8)が、現代中国においては儒家は退いたものの共産党が党員により形成された郡県制の官僚機構を組織し、社会主義イデオロギーに基づき国家の管理を行う、と言う一党独裁体制が貫徹されている。また中国封建社会は宗法一体構造の維持と存続のため「強制御」を有するが、これは「中央の号令を直ちに下達し、各地の状況報告を収集する情報伝達システムを作り上げること、および強制御の執行ネットワークを作り上げること」「システムの実情が理想の平衡状態から乖離した時、中枢をコントロールして柔軟でかつ迅速な反応を行わせ、調節とコントロールを実行すること」という二つの側面がある。(9)中国の共産党が強制御の前者に該当する役割を果たしていることも間違いないところであろう。文化大革命が、そのような党国体制及び官僚機構に向けられた「天下大乱」(1)であったとすれば、これはまさに「農民大反乱」の現代版と言えるのではなかろうか。

4.文化大革命で目指された毛沢東の理想社会像と現代中国の状況

1)毛沢東の構想する文化大革命後の中国社会の理想像

長征

毛沢東は、文化大革命後の中華世界の構想として、「分業を無くし」「差別を無くし」「商品・貨幣を無くす」道を探し求め、結果的に「分業が無く・商品が無い自然経済」と「差別が無い平均主義」が結びついた空想社会主義的な道を模索することとなった。これは流石に生産力の高度の発展と言う前提を無視しており、容易に実現し得るものではなかった。要するに毛沢東は、延安時代の経験を絶対化していた節があり、戦争時代の軍事共産主義生活の成功経験が、分業・商品・差別の撤廃から共産主義に移行する問題までの最適解と考えていたのである。(10)

2)中華帝国の「農民大反乱」と現代中国の「文化大革命」の共通的性格

農民大反乱
別の観方をすれば、毛沢東は中国の農村をベースに空想社会主義的な世界像を描いていたが、現実の現代中国は周恩来・鄧小平が指導する国務院を中心に工業化を進めており、そこでは分業・専門化が進行する中で、近代的な科学技術立国のプランが現実化しつつあった。文革においては、このような社会的・経済的な基盤の違いから来る対立も一要素をなしていたと言えるだろう。(11)
そして、毛沢東の考えた中国の農村をベースにした空想的社会主義路線に、将来展望が見出されないということになれば、やはり中国の行き方としては、かつては「調整政策」と呼ばれ、現在は「改革開放」政策と呼ばれる路線に収斂するのが歴史的帰結だったのではなかろうか。
また中華帝国の伝統の観点からしても、農民大反乱で腐敗堕落した秩序が刷新された後は、清廉潔白だがその構造は、反乱前と本質的な違いの観られない新体制が速やかに秩序を回復して、新たな王朝を開始するという状況(12)も、今日の中国でほぼ似たように繰り返されているような気がするのである。

米中冷戦状況下の習近平の政治目標は文化大革命期の毛沢東個人崇拝と中華帝国皇帝専制体制再現である!

毛沢東が文化大革命で標的にした劉少奇、鄧小平ら実権派、走資派の何が問題にされたのか?

尚、本稿とも関連するアメリカファーストとアメリカ版文化大革命の連関性と中国における民意の直接的な一環としての文化大革命的な動きについて、以下のリンクでも詳しく取り上げています。
トランプのアメリカファースト路線でヒトラーの予言したアメリカの文化大革命的混乱状況が完成する!

<参考文献>
(1)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p27
(2)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p236-p237
(3)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p27
(4)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p236
(5)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱と社会の崩壊 p102
(6)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱と社会の崩壊 p103
(7)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p31-p32
(8)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第一章 中国封建社会の宗法一体化構造 p23
(9)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第四章 特異な修復メカニズム p111
(10)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p240
(11)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p240-p241
(12)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第四章 特異な修復メカニズム p111