アメリカ,中国,EU,イスラムの帝国的本質と統治構造!

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皇帝支配の根拠たる天命の論理と資格なき皇帝を人民が排除する易姓革命の論理!

辛亥革命以前の清朝までの中華帝国の皇帝による支配の根拠として、天・天下・天子・天命の論理と暴虐で資格のない皇帝を人民が抵抗によって排除する易姓革命の論理を検討していきます。

1.近代以前の中華帝国の枠組み
 1)帝国の権威の源泉とは何か?
 2)「天」の代理人としての皇帝の存在意義
 3)「天の代理人」たる皇帝と人民の関係
2.中華帝国における皇帝と天子の区別
 1)皇帝と天子の使い分け
 2)天命を請けながら皇帝になれなかった「素王」としての孔子の存在
 3)「天命」を請けた皇帝の君主親政の原則の確立
3.易姓革命の論理と天意=人民の意思の政治への反映
 1)中国の暴力革命による王朝交代の伝統
 2)人民の反乱を恐れる絶対権力者=皇帝の不安
 3)孟子の放伐論による易姓革命の正統化
 4)皇帝の絶対権力の横暴を抑制する思想

1.近代以前の中華帝国の枠組み

1)帝国の権威の源泉とは何か?

中華皇帝の権威の源泉は、「天」であり、政治社会の存立の根拠や地上の王である皇帝の権威も「天」に由来していた。「天子」とは天の子であり天下の中心に位置し、徳行で天の自然な運航、万民の生存と安全への責任を委ねられた至高の存在であった。また皇帝は、天と地、及び人間界を結ぶものであり、地上における具体的な君主権力の象徴的な側面を表していた。(1)
このように皇帝は、「天」の権力の代行者で象徴であり、封建諸侯全てに承認された天の崇拝における至高の儀式が可能なのは天子のみであって、一なる天に対応する至高の君主として必要不可欠の存在であった。(2)

2)「天」の代理人としての皇帝の存在意義

すなわち、中華帝国におけるあらゆる権威は、「天」に由来し、地上における最高権力者としての「皇帝」の権威も当然ながら「天」に依存していた。「天」の子たる「天子」は、地上における「天」の代理人たる「皇帝」のみが、その立場を誇示することが可能な排他的で、独尊的な地位として取り扱われた。また皇帝は、「天」の「子」としての立場により、至高の存在である「天」と「地」及び「人間界」を結び付けることが要請される、まさに天の代理人としての立場を有していた。
こうした中で皇帝は、荘厳な儀式の執行者として、天空と大地との不可欠な均衡を実現し、天の暴発を抑えることが期待された。この時、もし遺漏ある不正な儀式を執り行えば天が暴発を引き起こすことが予想された。「天の暴発」とは、地上的には王朝交替の革命に他ならない。これは、不徳の天子が退き「天」の「命」が「革め」られることをあらわしていた。(3)

3)「天の代理人」たる皇帝と人民の関係

天空と大地との均衡と言う中に、人民大衆を慰撫することも含まれていると考えるべきであろうか。
確かに「遺漏ある不正な儀式」の地上版とも言うべき「皇帝とその政府の失政」により民が暴発し、王朝交代が起こることは中国では、周期的に発生する事態であったと言えよう。
中国では、秦の始皇帝の中国統一で「封建制」が否定され、郡県制が開始された、この時排他的で独尊の皇帝位が確立した。これは皇帝を中心とした中央集権的官僚機構を通じての人民の直接統治の開始である。一君万民の建前であり、皇帝の絶対権力が皇帝による「天に対する儀礼」で明確化され、天を祭ることは、天子たる皇帝の特権となり、庶民が勝手に天を祭ることは出来なくなった。国内秩序としては、天・皇帝(天子)・人民という構図となり、外国に関しては朝貢国への冊封、臣従が強調された。(4)
そういう意味でも始皇帝の中華大一統の業績は巨大であり、始皇帝により天下思想や統治形態、天子と民との関係と言った基本的な中華帝国の枠組みが確立されたと言っても良いであろう。

2.中華帝国における皇帝と天子の区別

1)皇帝と天子の使い分け

皇帝、天子は中華帝国の最高権力者であるが、名称の取扱いには細かな区別が有った。天子とは受命者の称号であり、天地の神々に自称する場合は祖霊や上帝により認証されることが必要であった。上下方向の祭祀では「天子」を使い、「天」の権威の代行者、表象者が「天子」とされた。また皇帝とは統治者の称号であり、帝国内部の行政や祖先、過去の人物への祭司に関連した名称であって、人間界の祭祀では「皇帝」が使われ、「天命」をうけて世俗世界に君臨する統治者が皇帝とされた。(5)
中華帝国の皇帝は、天下思想に関わる事柄においては、天子と言う名称を使い、民を支配する帝国の具体的な統治者としての顔を現わす時には、皇帝と言う名称を使った。そういう意味で、宗教的な聖なる領域においては、天子として振る舞い、俗界で統治者として振舞う時には皇帝を名乗ると言う二元論的な存在が、中華帝国における皇帝の在り方であった。西欧における皇帝と教皇の並立や日本における天皇と将軍の並立のような二重統治体制は、中華帝国では発生しなかったのである。

2)天命を請けながら皇帝になれなかった「素王」としての孔子の存在

このように皇帝と天子とは、メダルの表裏であり、分裂することはなく、独裁君主の抽象的身体の別様の表現として一体化していた。
こうした天命・天下観の中で孔子は例外的な特殊な存在であった。儒教では孔子は天命を受けていて天子の資格を認証されてはいたが、結局皇帝の地位は得なかった「素王」と称されている。これは孔子の存在を慎重に取り扱うことで、皇帝権力、権威の絶対性が脅かされないようにすることが重要視されていたことを意味する。こうして孔子は「至聖先師」としてあり、皇帝の権威とは切り離されることでの現在の皇帝の絶対性は維持された。(6)
神格化された過去の人である孔子が、中華帝国皇帝であり、天子たる存在から、具体的なライバルあるいは権威を競うべき相手として取り扱われていることは興味深いが、これは孔子の取り扱いにことさら注意深くならなければならないほど、天子・皇帝の地位が微妙なバランスの上に乗っていたことの証左でもあるだろう。皇帝は常に天以外の何者によっても、その地位や権威を脅かされてはならないのであり、それは儒教の最高権威である孔子の存在すらも、皇帝からはその地位を不安定化させかねない微妙な要素になりうると考えられていたのである。

3)「天命」を請けた皇帝の君主親政の原則の確立

「天命」を失った皇帝は位を失うとされ、君主親政の原則が取られ、宋代以降は権力の絶対化が進んだ。このため、立憲君主のような君臨すれども統治せず、のような行き方は到底あり得なくなった。
郊祀として、皇帝・天子が有徳の受命者であることを誇示し、権力と権威を一身に体現する聖界俗界の支配者であるという位置付けが強調された。(7)
ここに皇帝は、力と権威の両者を高い次元で併せ持つ至高の存在としての立場を確立し、地上における絶対者の立場を益々固めることとなった。西欧や日本では、皇帝・教皇・天皇の地位や権力は、概ね形骸化し、権威のみを保持する空洞的な存在として祭り上げられることとなったが、逆に中華帝国では時代が下るに従って権力を一身に集中し、明清時代の最終盤に至るまで、皇帝は王朝の唯一で神聖不可侵の実権を維持し続けたのである。

3.易姓革命の論理と天意=人民の意思の政治への反映

1)中国の暴力革命による王朝交代の伝統

中国の王朝交代劇は、暴力革命が大半であり、禅譲も形骸的な印象が強い。中国の皇帝は王朝の終焉を予感しつつ、天意の反映である人事を恐れる存在であった。(8)
日本の統治体制は、天命の革まることの無い、万世一系を建前とする天皇家の皇統をベースとしているが、中国においては宗の太宗・趙匡義は、日本の天皇家のそうした安定性を聴いて、「思わず嘆息」したと伝わっている。このように地上における絶対権力者として並びない権勢を誇る中華帝国皇帝も、いずれ発生する暴力革命の嵐の前では、か弱くはかない永続性に欠けた存在であることを自覚せざるを得なかったのであった。

2)人民の反乱を恐れる絶対権力者=皇帝の不安

 
中国の天命思想としては、天意とは実は最下層の人民の意思であり、天子が天下に君臨する根拠は実は神ではなく人民の支持にあると言える状況があった。これは権威の還流構造とも言うべきものであり、近代欧州の絶対主義・王権神授説との明確な相違点であった。(9)
このように、絶対権力者である皇帝は、常に民の反乱を恐れざるを得ない存在であり、天意とは実のところ民の意志である、と言う認識が皇帝の心に常に去来していたことは想像に難くない。このあたりの考え方は、西欧が王権神授説の立場をとり、絶対王権の権威の由来を民ではなく、神に基礎を置いたのとは明確に一線を画するところであると言えよう。

3)孟子の放伐論による易姓革命の正統化

こうした中で、中国の王朝交替としての易姓革命は、理論的にも正統化されており、孟子の放伐論に無道の君主は賊に等しい存在であり、そのような存在は討伐されて当然であるという民本主義の観念が有った。(10)
そして、皇帝のこのような懸念は、孟子の放伐論により、理論的な根拠を与えられ、西欧の民主主義とは異なるものの、民の意向を常に配慮し、恐れさせるようなあり方を中華帝国を統治する側に植え付けることになったのである。
このように中華においては、最高至上の天は、実は人と合一であり(天人合一)天意は民意・人心であるという思想が有り、これが天命的秩序観の水脈に息づいており、歴代の皇帝権力の正統性を確保するとともに、暴力革命や王朝交替の正統化する論理も提供してきた。(11)

4)皇帝の絶対権力の横暴を抑制する思想

 
このような天意=民意とし、天人合一を建前とする思想が、中華帝国における統治体制の底流に存在したことは間違いないことであり、このことが皇帝を始めとする統治者の側に一定の緊張感を強いるとともに、極端に無茶な暴政を斥ける契機になっていたことは疑いないことだろう。
中国皇帝の在り方としては、過度の支配が民生を疲弊させるとして、小さな政府を理想とする立場が強調されることもあり、黄老思想のように皇帝がゼロ=虚静となる、無用の用、虚静無為と言った作為に通底する政治的不作為が強調されることもあったが、最終的には董仲舒により「徹底した人為・作為で天下を一元的に支配するのが天理の自然であり、天人合一・天経地義の不動の真理である」と言う立場に落ち着いた。これは人間の中に性として内在する道徳的自然性は「作為」を通じて最もよく発揮される、と言う積極的な人間肯定にも通じる哲学であった。(12)

参考文献
(1)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p113
(2)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p113
(3)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p114
(4)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p114-p116
(5)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p117
(6)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p118
(7)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p118-p119
(8)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p119-p120
(9)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p120
(10)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p120-p121
(11)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p121
(12)村田雄二郎:帝国とは何か 岩波書店 1997 中国皇帝と天皇 p129

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