⭕️辛亥革命後に中国が直面した近代国家建設における課題の分析!

2023年6月10日

始皇帝以来の皇帝独裁の中央集権国家を打倒した辛亥革命後に孫文やその後継者である蒋介石らが直面した近代国家建設の課題を中国特有の天下国家としての帝国的秩序の再現や外来文明への対応などの視点も踏まえながら、ほぼ同時期に近代化を目指したイスラム世界帝国のその後の状況とも比較しながら分析を試みます・・・

辛亥革命が目指したもの

辛亥革命における成功と失敗

辛亥革命の当初の目的としては「ブルジョワ民主革命」「共和革命」が標榜されていた。そうした中で現実の革命においては、「王朝体制打倒」「漢族視点からの民族革命」としては成功したが、「民主・共和革命」としては失敗した。別の観点からすれば辛亥革命は「王朝体制の崩壊」「伝統的帝国の瓦解」を促したが、「帝国的秩序を再生し統一国家としては再建」することには失敗したと言わざるを得ないだろう。
すわなち、「既に立ち行かなくなった旧政権を打倒」したものの、速やかに「新世界秩序の構築」することに失敗し「瓦解した帝国の再建」「分裂した天下を安定的統一世界に再建」することが出来なかった。

辛亥革命の課題を引き継いだ中華民国

このため辛亥革命において達成出来なかった課題は、その後の中華世界再建のための課題として中華民国期に引き継がれた。また、この課題は、中国知識人、読書人の共通課題となり、その解決に向けた対応が、彼らの存在意義となった。(1)
確かに異民族支配を打倒しても、その後に混乱やアナーキーしか残らないとすれば、革命としては失敗と言わざるを得ないだろう。破壊の後に再生と建設が続かなければ革命の大義は失われかねない。
そういう意味では、辛亥革命の究極の目的は、弱体化した体制を一旦リセットして、より強力で安定した秩序を再建するという伝統的中華世界において繰り返された循環論的な要素も濃厚だったのではなかろうか。そして、辛亥革命においては農民大衆が静観(2)していたため、大規模な 農民反乱のような旧体制の全面的な破壊に至らなかった(3)ので、新体制に向けての全面的な刷新が上手くいかなかった要素もあるかもしれない。

辛亥革命の真の課題としての帝国的秩序の再建

辛亥革命により既に統治能力を喪失しつつあった清帝国は崩壊したが、その後に速やかな帝国的秩序の再建に失敗したため中華世界はまさに「帝国の瓦解の危機」に直面した。すなわち、「帝国の瓦解」により以下のような多方面な影響が発生した。

・地理的には、各地に軍閥が軍事的に割拠することで統一帝国が瞬く間に分裂国家・分裂社会へと豹変した。
・政治的には、天下の安定的統一に必要な統一権力が崩壊し、政治的中核が分裂した。
・思想的に観れば、皇帝専制を合理化させてきた伝統的価値観が分裂した。

この時点における中華世界の知識人や読書人の危機意識には、帝国主義列強の中国侵略も関係してくるので民族主義的な色彩も帯びているが、やはり本質的には「伝統的社会崩壊=中華世界としての天下の崩壊や喪失」に関連する危機の要素が中核をなしていた。(4)
これらの課題は、エリートとしての中国知識人、読書人の共通課題となり、その解決に向けた対応が、彼らの存在意義となったとも言えるだろう。

中華民国の直面した困難な政治状況

中国における伝統的政治意識

中国における政治意識は事実上大衆に由来せず、そのほとんどがエリートに由来すると言う状況がある。そしてそういうエリートは、天下思想をほぼそのまま維持し、しかもその中華天下が危ういという危機意識を共通認識としているということである。このような感覚は、日本人の普通の感覚では、なかなか把握しずらいところもあるかも知れない。島国で外国からの侵略もほとんどなく、民族的にも他者を意識せずに暮らすことが大勢であり、国家領域も日本列島という確固として安定した範囲をイメージ出来る日本人からすれば、「中華天下の広がりの大きさ」や「帝国としての多民族的性格」及び「その分裂の危機の切実さ」は想像の範囲でしか捉えられないところもある。

辛亥革命後の政治状況

辛亥革命が旧体制の打倒にのみ成功し、強力な後継政権の確立に失敗したことにより、中華世界の危機的状況はそのまま存続し、「中華大一統成立のための4条件」(5)が揃わなくなった。
大一統の条件が揃わないケースでは中華世界は、魏晋南北朝的な分裂と混乱が発生するパターンに当てはまってくる(6)が、辛亥革命後の中華民国期においても軍閥割拠や諸外国特に日本の侵略と言った混乱が広まり、安定した統一的な領域支配が困難になっていった。とはいえ、中華民国=国民党統治の時期においても中華世界はオスマン帝国のように完全に解体することなく生き延びたことは、歴史的事実であった。

中国が外来文明の衝撃に遭遇した場合の歴史的対応

中国社会内部の混乱が増大し、さらに外来文明の衝撃と結合して短期間に排除出来ない状況に陥ると、大一統を支える内部構造に混乱が発生し、中国社会は特異な準安定構造へと向かう。中国文明は、独自性が強く外来文明の衝撃に対して、素早く自己の枠組みにはめ込んだり、日本のように直輸入することも出来なかった。
中国は、しばし困難な時期を過ごし、混乱や衰亡の局面に陥るが粘り強く外来文化を消化していき、表面的には征服されたように観えても、実は真珠貝のように異物を融かし込んでいった。そしてあたかも征服者が征服・同化されるように、最後は消化と融合の力を発揮して宝のような真珠を完成させてきた。(7)

近代の衝撃に直面したイスラムと中国の状況

確かに、中国が強力な同化・吸収力を持っているのは事実かも知れない。中華世界においては、今日に至るまで中華を支配したあらゆる征服民族が呑み込まれ、征服民族の根拠地を含めて最終的には中華天下の拡大につながってきたのも事実である。これまでのところ途中経過ではあるが、近代の衝撃以降の欧米との関係も、その延長線上にあるのかもしれない。中華世界に匹敵する歴史的・地理的・宗教思想的な広がりを誇ったイスラム世界は近代の衝撃の中で木っ端みじんに砕け散ったが、中華世界は何とか生き延び「帝国としての一体性」を保ちつつ発展の端緒をつかみつつあることは我々が日々目撃しているところである。

さらに言えば、もし日本が日中戦争に勝利し、中華の支配者として君臨した場合も、あたかも清朝のように何年かは支配出来たであろうが、そのうち圧倒的な漢族の渦に飲み込まれて、日本列島が中華天下の不可分の一部として組み込まれた可能性は低くないような気がするが、これは当たらずといえども遠からず、と言うことにならないだろうか。

本稿に関連して、以下のリンクでは辛亥革命後の中華世界を統治する役割を担った「中華民国=中国国民党政府」の課題と挫折の道筋について検討する。
孫文,蒋介石らの国民党政府による中国の帝国的秩序再建が挫折したのは何故か!

参考文献
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p11-p13
(2)J・チェン:袁世凱と近代中国 岩波書店 1980  第12章 評価  p292
(3)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱との崩壊 p104-p105
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p13
(5)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第一章 中国封建社会の宗法一体化構造 p32
(6)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定化構造 p167
(7)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第六章 撹乱、衝撃と準安定化構造 p185