帝国

帝国に関する議論の概要及び本ブログで扱う「帝国の定義」について!

今回は、本ブログで中心的概念として取り扱う「帝国」の定義の確認を通じて、「帝国とは何か?」を明確にする。

1.「帝国」とは何か
 1)「帝国論」の概要
 2)本ブログで取り扱う「帝国」概念の定義

1.「帝国」とは何か

1)「帝国論」の概要

帝国状況

・ここでは、「帝国論」の現時点における到達点を以下に提示する。

歴史上の帝国を比較の視座に置く研究として山本有造編著の「帝国の研究」があり、同書は京都大学人文科学研究所を中心に歴史学、政治学、人類学を専攻する学者が境界を超えて「帝国とは何か」に取り組んだ論考である。
この「帝国の研究」に関して言及した山内昌之の「帝国と国民」の「序章」をベースに、以下に「帝国の研究」を中心に現時点における「帝国」論の概要を再構成する。
ローマ帝国

「帝国の類型」としては、「モンゴルや大英帝国のように時代と世界を動かす超広域パワー」「広大な領域や異民族を支配する文明圏単位の巨大国家」「地域覇権国家」というようなものがある。もう少し広い意味では「普通の国家を上回る国際的な国家」という捉え方がある。
また近代国民国家以前に存在した国家として、古代帝国以来の多民族と広域を支配する「帝政国家」と言う類型がある。さらにレーニンの帝国主義は、金融資本主義段階にある「近代国家」を指す。(1)

ここからは、内外の論者の「帝国論」諸説の概要を以下に取り上げる。
オスマン帝国

マイケル・ドイルの研究では、「2つの政治社会が支配と被支配、中心と周縁の強力な支配関係」にあることが「帝国」である。また「帝国」とは他の「政治社会」の内政と外交の双方に支配的な権力を行使し、強く束縛し支配する強国を指す。
さらに「帝国の三類型」として、「中心、宗主国の内部から発する膨張力の産物としての経済や軍事を中心とする帝国主義」「膨張の源泉が周縁や植民地社会の状況や危機に由来する帝国」「国家間の力の差に基づく国際システムに由来する帝国」を定義する。(2)

アレクサンダー・モティルの研究では、「帝国とは集権的な組織を持ち領域的な中核を持ちながら、中心から文化的に区分される人々が周縁に住んでいる国家」「中心のエリートが周縁のエリートに対して独裁的な関係を持つ政体」と定義する。(3)

スティーブン・ハウの研究では、「帝国とはもともと国境外の領土を支配する巨大な政治体で中央権力、中核となる領土が有り、通例はその住民が体制全体の支配の座を占める民族集団を形成し、広大な被支配地域となる周縁は征服により獲得する」とし、これらを踏まえて「帝国」とは中央集権のもとに異質な民族や地域を統合する政治システム」と定義する。(4)

山本有造の研究では、「帝国について多民族国家と独裁国家の特徴を強調し、「独裁的多民族国家の特殊類型」」として捉える。また「帝国の源泉は中心部にあり、周縁の事情がそれを「変圧」あるいは「増幅」する条件」として補完的に理解する考え方である。(5)

山室新一の研究では、「国民国家を基礎に成り立つ近代の「国民帝国」は、古代の世界帝国と違い、多数の帝国が同時に競争しながらも利害を調整する「共存体制」を認める存在」であり、また「近代の帝国」は「国民帝国」として「主権国家体系の下で国民国家の形態を採る本国と異民族遠隔支配地域からなる複数の政治空間を統合していく統治形態」と定義する。(6)

杉山正明の研究では、中央ユーラシア、特にモンゴル帝国の盛衰に関する知見も縦横に活かして、「帝国」を「10種類のあり方」「規模による5つの類型」「変遷の7区分」「地域別8パターン」「中央ユーラシア型帝国の13の特徴」などの仮説に基づき大胆かつ精緻に提示している。このうち、「中華帝国」の分析にあたって特に参考になるのは、「帝国の規模による5類型」で、これには「世界帝国」「文化世界、文明圏単位の帝国」「中小規模の帝国」「帝国と王国の間の帝国」「地域型と横断型の国家」がある。(7)
モンゴル帝国

2)本ブログで取り扱う「帝国」概念の定義

前項の内容を踏まえ、本論文で取り扱う「中華帝国」を分析する際に用いる「帝国」の概念は、以下の3要素を満たすような政治体制と定義する。
ロシア帝国

①異質の民族的な基盤を持つ行政的、領域的な組織を、宗主国と植民地、中心と周辺、中心と辺境という関係を基盤として、中央の集権的権力の下に統合する政治システムを持つ(8)

②異民族を統治、統御する政治システムの内部では、民族的相違を基に複数の領域に分割され階層的な秩序が形成され、周辺部では間接的な支配が行われている(9)

③内部における支配と被支配の関係が、「強力な中央統治機構を備える中心」「中心の影響を受ける周辺」及びその両者を結合する「政治的要素、経済的要素、イデオロギー的な要素」の三者で形成されている(10)

参考文献
(1)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2
(2)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2
(3)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2-p3
(4)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p3
(5)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p3-p4
(6)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p4
(7)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p4
(8)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p10
(9)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p10-p11
(10)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p11-p12

トランプによる非常事態宣言や米中冷戦の激化は大統領再選に向けた黒幕バノンのアメリカファースト戦略の一環である!

バノン、トランプ大統領
トランプ大統領は次々に暴露される政権内幕情報を炎上商法のネタとして最大限活用しつつあるようですが、これまでのトランプ政権の動きをトレースすると、中国弱体化を本気で推進する貿易戦争の発動、金正恩との首脳会談実現、ジョン・ブレナン前CIA長官の機密へのアクセス権限剥奪、ティラーソン国務長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官の失脚、など、暴露本「炎と怒り」の主要部分をリークして訣別したはずのアメリカファースト革命を思想的に体現するバノン氏が公言していたシナリオの通りにトランプ大統領が動いていると言わざるを得ません!
今後トランプ大統領は、さらなるマスコミのフェイクニュースへの攻撃を行いつつ、ロシアンゲート疑惑や与野党との折衝に対処しながら、コアな支持基盤の確保・中間選挙勝利・大統領再選に向けて、アメリカ市民を中心に据えてエスタブリッシュメントを打倒を目指すアメリカファースト路線を徹底的に追求していくことになります。

トランプ青年実業家

1.トランプ氏が大統領選挙に当選した理由としてのバノン氏の世界観
1)特殊で巨大すぎる役割に疲弊するアメリカの解放
2)マスコミやプロの政治評論家が読み違えた選挙民とトランプ氏の連帯
3)選挙結果に対する有権者の動揺と喝采
2.今回の大統領選の帰趨を決した激戦州の情勢
1)オハイオの形勢
2)フロリダの形勢
3.トランプ大統領時代の世界情勢はどうなるのか
1)世界の警察官からの脱却
2)普通の国としてのアメリカの方向性
3)トランプ大統領の勝利に困惑し驚愕する有識者やエリート達

1.トランプ氏が大統領選挙に当選した理由としてのバノン氏の世界観

1)特殊で巨大すぎる役割に疲弊するアメリカの解放

アメリカ役割

トランプ氏が大方の予想を裏切り、アメリカ大統領に当選した理由については、アメリカ型民主主義や資本主義の制度疲労もあるかも知れません。
アメリカの多くの有権者は、「ワシントンの官僚やウォール街の投機家が操る既存体制を解体して、オバマに期待して裏切られた真の変革を多少なりとも実現するためには、しがらみのないフレッシュ?なトランプが良いとの選択」をした、とも言えましょうか。

トランプ氏に関しては、自前の資金力で大資本の操り人形にならずに、政治活動が可能な自主独立的な政治家という意味では、日本で類似の立場を確保していたのは「刎頸の交わり」の小佐野賢治の資金力を活用出来た、あの田中角栄のような気がします。
かつての田中角栄も当初は既存のエスタブリッシュメントで固められた体制に、風穴を開けることが期待されて、今太閤とうたわれたものででした。

それはさておき、特に軍事外交を中心に国際社会に密接にコミットメントするアメリカの非常に積極的な姿勢は、かつてフランクリン・ルーズベルトがアドルフ・ヒトラーの世界征服活動に対抗して、イギリス等を支援するために孤立主義を放棄して以来確立されてきたものと言えましょう。その後は戦後の冷戦期から今日に至るまで「世界の平和と安全にかなり強引に関与」する中で、「世界の警察官」としての特殊な超大国の在り方を追求してきた、と言う状況がありました。
昨今では中東への積極的な関与としてのアフガンやイラクへの直接介入やサウジアラビアへの米軍の駐留などが特筆されます。
そういう経緯がある中で、トランプ氏は、そのようなこれまでのアメリカの国際社会における特殊な在り方を根本的に変革し、『戦略的な世界の平和と安全を中心に考えるのではなく、まずアメリカ及びアメリカ国民の暮らしと安全を第一に考える素直な常識人としての発想』でアメリカを指導することを目指している人物である、ということを選挙民に印象付けることに成功したことが最大の勝因でしょう。
そして、そのようなシナリオを描きトランプ大統領の選挙戦を演出したのが、トランプ氏の選挙対策本部長で2017年8月まで首席戦略官を歴任し、ブライトバートに復帰した後、表面上は暴露本への情報リークでトランプ大統領と訣別したため現在はフリーランスの立場にある、とされているバノン氏ということになるでしょう。

2)マスコミやプロの政治評論家が読み違えた選挙民とトランプ氏の連帯

ニューヨークタイムズ

2016年の合衆国大統領選挙の結果に関しては、基本的には「アメリカの有権者が、これまでの理想主義的な建て前の議論に飽きて、目の前の現実を重視して本音で投票した」ということだ、と想定されます。
出口調査時点ですらも「トランプには投票していない」とコメントしながら、実際にはトランプに投票していた有権者も多かったようであり、多くの有権者が表向きはトランプに投票したとなると「体裁上カッコ悪い」という要素を持ちながらも、秘密が守られる投票所の中では「ドナルド・トランプ」の名前を選んだ、ということになります。
このようなトランプ氏への多くの市民の支持に裏打ちされた驚くほど多くの「隠れトランプ票」が雪崩を打って流れ込んでくることによって、マスコミも専門家も票を大幅に読み違え、結果的にアメリカ市民に騙された、ということになりましょうか。

このトランプ氏が動かした滔々たる票の流れは、見方によれば「投票行動がばれると体裁が悪いものの、どうしても投票してしまうという魔力」が、トランプ氏及びその選挙活動の中にあったということになるんでしょうか。このことは、多少ナチスの台頭を彷彿とさせる要素もありますし、通常巷間に言われる通りアメリカの何年か後を追いかけている日本にも、そのうちに似たような光景が展開するような予感もしています。

3)選挙結果に対する有権者の動揺と喝采

EU離脱
2016年大統領選挙での大方の人間がほとんど想定しない選挙結果という点に関しては、その重大さという一点でも「イギリスのEU離脱を巡る国民投票の再現」という感じもしました。欧州に滔々と流れ込む中東からの移民の流れと、それに対抗する移民排斥派を中心とする極右政党の台頭が懸念されていますが、流石に「流行を先取りするイギリス」は、今回もそのような欧州大陸の時代の流れを驚くべき形で先取りし、「EU離脱」という結果を導き出しました。このような重大な歴史の地殻変動は、世界的に連鎖することがあるのかも知れませんが、2017年は欧州大陸でも、フランス、ドイツをはじめとして重要な選挙があり、今回の英米の驚天動地の選挙結果は特にドイツの政治情勢に影響を与えたとも言え、第四がどのように影響するか、まったく目が離せなくなりました。

尚、2016年合衆国大統領選挙の選挙結果に対する抗議行動の盛り上がりは、あり得ない結果に対する棄権者の抗議のようにも感じられ、「今更行動しても遅すぎる」という点でも「イギリスの離脱反対派の油断に共通」するところも多く感じられます。
突き詰めて言えば「選挙は事前の予想で決まるのではなく、最終的な選挙結果で決まる」ということを常に肝に銘じておかなくては、民主主義における政治活動は出来ない、ということになりましょうか。

、2016年の大統領選挙戦において、飛び出してきたトランプの数々の『暴言』は、マスコミや選挙のプロのような玄人からすれば、「投票結果に直結する目くじらを立てるような最悪の選挙活動であった」でしょう。
しかるに最終盤に飛び出してきたトランプ氏の「女性の敵のような言動に関する報道」も「トランプ氏への投票を決意した有権者からすれば日常のテーブルトーク次元」で大した問題ではなかった?ことを考えれば、一度トランプに流れた現状に対する怒りや閉塞感を覚える「真の変革のマグマ」の大きな流れるのを止めることは出来なかった、ということになります。
このあたりは「暴言、虚言」と既存巨大マスコミが騒ぐほど、かなりの数の有権者は「マスコミの欺瞞を直感」しつつ「トランプ側に立って拍手喝采する循環」の流れが出来上がっていったと考えざるを得ません。そしてそのような喝采は、「いわゆる白人低所得者層」という枠組みを超えて広く深くアメリカの中枢部に広がっていった、ということになるでしょう。
ともかく、トランプが「本来行われるべきだった政策の論理と具体的な行動方針を有権者に届く言葉」で語りかけ、かつ「アメリカの栄光に結び付けた」時点で前回のオバマの「変革=Change」に似た「大統領選挙の勝利の方程式」がゆっくりと、しかし確実に動き始めたのではないでしょうか。
このあたりの魔術のような巧みな選挙戦術を主導し、計算通りに選挙戦を勝利に導いたのが、トランプ大統領の選挙対策の責任者であったバノン氏の最大の功績になるでしょう。

2.2016年の合衆国大統領選挙の帰趨を決した激戦州の情勢

1)オハイオの形勢

オハイオ州
オハイオは、選挙人18で、ここ何回かの選挙で民主、共和の双方が交互に勝っていた激戦州であるが、全米の縮図的なところがあり、トランプ氏にベッタリと観られた白人貧困層だけでなくリベラルな白人中間層も多く、一見したところではトランプ氏に大量の票が流れず、クリントンが有利な要素も強い、と事前には想定されていました。
そういう中で、もしトランプ氏がオハイオを取れば「隠れトランプ支持者が予想以上に多い」ことが証明され、全米の票の流れも想定外な状況になりうる試金石とも目されている州であったと言えましょう。
結果的には、ここでトランプ氏が勝利したことで、クリントン陣営に衝撃が走り、全米のマスコミやプロの政治評論家達も自分たちの票読みが実は間違っていたのではないか、ということに遅まきながら気づくことになります。

2)フロリダの形勢

フロリダ州
フロリダは、トランプ氏がメキシコ国境の壁建設公約等で攻撃対象にしていたヒスパニックも多く、オハイオなどと違って白人も貧困層が少なく富裕層高年齢層が多いということで、基本的にはクリントン圧勝、少なくとも勝利は間違いない、とされていました。
そういう中で、フロリダでの最終的な選挙結果を観れば、実際のところ「多くの白人有権者層はブッシュ時代のネオコンやオバマの人道的中東介入政策を本音では嫌っていた」のではないか、と思えるような状況が現出されました。
すなわち、アメリカの主流とでも言うべき有権者層に、このあたりで一度「トランプの掲げる国内重視、世界への介入縮小方針で行ってみるのがアメリカの国益にもなるのではないか」との「広範な世論形成や世界認識が出てきた」と言えるのかも知れません。
結局、トランプ氏を勝利に導いたのはいわゆる白人貧困層だけではなく、それ以外の「広範な隠れ支持者?が雪崩現象的にトランプ氏の単純明快なアメリカ第一主義の論理と公約に共鳴した結果」ということになりましょう。

確かに現在のアメリカは、「軍事力は世界に冠たるレベルを未だに維持していますが、国内のインフラの老朽化は深刻で、新規にインフラを整備してきた中国の沿海部の大都市エリアや日本には太刀打ち出来ない」ことは、アメリカの心ある人々からすれば火を見るより明らか、と言えましょう。
このあたりに関して、トランプが公約する巨大なインフラ投資の魅力は大きく、フランクリン・ルーズベルトのニューディール政策あるいは、ヒトラーのアウトバーン建設による景気回復を想起させる要素もあり、レーガン時代の軍事予算大幅増額より、余程アメリカ経済及び世界経済に好影響を与えそうな予感もあり、それにつれて世界の株価も上昇傾向にある今日この頃です。

3.トランプ大統領時代の世界情勢はどうなるのか

1)世界の警察官からの脱却

海兵隊
2016年の大統領選挙戦中のトランプ氏の発言を聴いていると、「アメリカが戦後維持してきた世界の警察官としての役割を放棄して普通の国になりたがっている」ように思われてなりませんが、そうなった場合の世界情勢は果たしてどうなってしまうのでしょうか?

まず考えられるのは現代に生きる市民達が、非常に長期にわたった第二次世界大戦の「戦後」の終焉を目撃し、新たな世界秩序が再構築される瞬間を眼前にする可能性があるのではないか、ということです。
第二次世界大戦における最大の主戦場であった欧州の東部戦線でナチス・ドイツを壊滅に追い込んだソビエト連邦は、オスマン帝国のように顕著な衰退期間を過ごすこともなく1991年にあっけなく崩壊してしまいました。今回はソ連崩壊後に一極によるゆるやかな覇権体制を構築していたアメリカも、トランプ大統領の登場とともにようやく唯一の覇権国の地位を放棄し「普通の国」になっていくということなのかも知れません。
しかし、考えてみれば第二次世界大戦の戦後は、「今日の展開の早い世界情勢の中では、例外的に異様に長期間維持されてきた」と痛感せざるを得ないでしょう。すなわち2017年は第二次世界大戦終結以来72年を経過したわけですが、例えば日露戦争終結の72年後といえば1978年ごろとなりますが、もし1978年に日露戦争のことを日常的に意識したり、今日の「戦後」を生きる感覚で「日露戦争後」を感じている人間は誰もいなかったのではないでしょうか。
そういう意味でも、今日の時点で第二次世界大戦における「連合国の完璧な無条件降伏による勝利」と「枢軸側の壊滅的な敗戦の意義」を、かつての枢軸国の一員として噛みしめてみるのも世界史的な意義があるのかもしれません。

2)普通の国としてのアメリカの方向性

デトロイト廃墟
トランプ氏の世界戦略の基本には、「余裕を失ったアメリカは、もはや安保タダ乗り論を一切許せる状況にない」という論理が頭をもたげてきている印象があります。
アメリカが同盟国との間に防衛協定等を締結し、「空理空論的な戦略的な優位を維持しようと努力」している間に、「アメリカの保護のもとで格下の同盟諸国が応分の防衛費の負担をすることなく、ぼろ儲けしているのを指をくわえて眺めるのは到底我慢出来ない」ので、「アメリカも同じ次元で普通の国として、可能な限りの儲けの分け前に与るのが当たり前である」、という非常に単純で当然の論理が、トランプ氏及びその熱狂的な支持者の発している世界へのメッセージとなりましょうか。

このような常識的な当たり前の認識と論理は、ワシントンの戦後の政界の常識の延長線上からは、なかなか出てこない発想でしょう。そういう中で政界のアウトサイダーとしてのトランプ氏は、そういう「アメリカの普通の人々から観れば異常ながら、ワシントンの政治エリートからすれば金科玉条だった世界観」をぶち壊して、アメリカの戦略を「真の意味でのアメリカファースト」あるいは「アメリカの普通の市民ファースト」な「普通の国の意識」にコペルニクス的に転回することを目指しており、そこにトランプ革命の意義と目的がある、と言えるでしょう。

そういう文脈でトランプ氏の言動を見直せば、トランプ氏は非常に一貫性のある人物であり一連の選挙戦での発言は、暴言どころか極めて普通の常識的な発言録となりうるわけであり、戦後以来オバマまでの指導者たちの掲げてきた「理想に基づく戦略の数々」の方が、将来のある時点で振り返ると「アメリカ市民をないがしろにしながら、極端な政策課題を掲げた異様な国家を長らく維持するような、あり得ない政治状況が具現化していた時代だった」と映ることになるのかも知れないのです。

ちなみに、トランプ陣営のこのような世界観や政治哲学には、バノン氏の考え方がほぼそっくりそのまま反映されている、と言っても過言ではないでしょう。

3)トランプ大統領の勝利に困惑し驚愕する有識者やエリート達

トランプ対メディア
こうしてみるとトランプ氏の世界観を奉ずる政権に対処するには、これまでの長期にわたる戦後戦略の延長線上で発想していては、なかなか柔軟に対応できない、ことになりましょうか。
アメリカの有識者やマスコミの困惑や驚愕ぶりは、そのような混乱の有様を示すパニックのようにも見えますが、意外に証券市場が安定あるいは、トランプの政策に期待して堅調に推移しているのは、経済界の柔軟性を示す証左でもあり、興味深いところです。

今回の選挙戦を特集した番組の一部に、特に911以降の中東への本格介入後のアメリカ軍の人的被害の大きさや社会的なダメージを取り上げたものがありました。すなわち中東介入におけるアメリカ軍の犠牲者そのものは数千人規模のようであるが、そのまわりには大きな精神的ダメージを受けて帰国後に自殺したり、心的外傷を発症するアメリカ軍関係者は何倍何十倍も存在している状況があります。
これはまさに映画「ランボー」の主人公のように中東の戦地からの帰還後に、アメリカでの生活になじめなかったり、退役後に満足な収入のある職に就けないケースが数多く発生しているということでもあるのです。
そのように観てくると、さしもの超大国アメリカの無敵のアメリカ軍も、そろそろ対外武力介入政策を放棄して本格的な癒しの時期に移行していかないと社会・経済的にもたないところまで疲弊しているように思われてなりません。確かにオバマ前大統領も「世界の警察官」をやめるとは言っていましたし、中東からの一定の撤収方針は示しましたが、アメリカの戦略方針を劇的に転換するところまでのインパクトはありませんでした。
そういう意味でも、トランプ氏の世界戦略の転換と国内重視のアメリカファーストな政策は、アメリカの広範な民意を率直に反映しているということになりましょうか。

このようなバノン流の世界観を現実のワシントンやニューヨークに巣食うエスタブリッシュメントや欧州の批判的な同盟国との関係性の中で、どこまで維持出来るかは、トランプ大統領の再選可能性にも関わってくる興味深い事案になりそうです。

ちなみに、そのようなアメリカの内向きへの戦略の転換は、「新たな世界新秩序の構築」を模索するプーチンのロシアやアジアにおける中国、ひいては「欧州においてEUをベースにひそかに新帝国を建設しつつあるドイツ」あたりの思うツボということになるのかも知れませんが。

本稿の延長線上でトランプ大統領のラストバタリオン的な性格を詳しく分析した以下のリンクもご参照ください。

トランプ=ラストバタリオンのアメリカ乗っ取り=ナチ化とエスタブリッシュメント側のマスコミやマイノリティを巻き込んだ反撃がアメリカ大混乱の真相である!

トランプ大統領は米中冷戦、西側同盟解体=バノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東的な人民独裁手法で大統領再選を目指す!

鄧小平による天安門事件での民主化運動の武力弾圧は中国共産党一党独裁体制維持のため必然の帰結である!

天安門事件

天安門事件での民主化デモへの武力弾圧を経ても「安定」した支配を継続する中国共産党の統治原理について検討する。

1.天安門事件に至る道程における「人民日報」の「動乱社説」の政治性
1)「人民日報」に発表された「動乱社説」の主張
2)「動乱社説」において明確にされた中国共産党による統治構造の枠組み
3)中国共産党による政治の核心的原理の表面化
2.「動乱社説」後の天安門事件における「反革命暴乱武力鎮圧」への道程
1)「動乱社説」後も盛り上がる「反体制的」な活動
2)天安門事件に直結する中国共産党政権側の動き
3)中国共産党側の「対話」拒否の姿勢
4)武力鎮圧に直結する「戒厳令」の布告
3.日中で相違する治安維持のための実力行使の方法論
1)日本の安保闘争の鎮圧方針と鄧小平体制の方針の相違
2)中国における政権側の絶対的な統一権力の維持と貫徹への強い志向性
3)中国共産党の本質的性格としての「民衆に依拠しない専制的な」方向性の明確化
4.中華世界大一統維持を最優先する中国共産党
1)「暴徒の物理的排除」を超える中華天下統一維持のための「実力行使」
2)皇帝専制時代から中国共産党一党独裁を通底する「帝国的権力」
5.天安門事件鎮圧における武力行使と中国共産党支配の正統性調達
1)鄧小平体制の天安門事件での武力行使と人民大衆の認識
2)中国共産党の統治方針の個人崇拝的方向性からの転換

1.天安門事件に至る道程における「人民日報」の「動乱社説」の政治性

人民日報,動乱社説

1)「人民日報」に発表された「動乱社説」の主張

天安門広場に市民,学生が集結し、各種の要求を掲げると言う未曽有の緊迫した状況の中で、「人民日報」が、いわゆる「動乱社説」を発表し(1989/4/26)、この中で、「胡耀邦追悼大会終了後に、下心をもったごく少数の者が、共産党の指導と社会制度反対を扇動し、一部の大学で不法組織を結成し、様々な活動やより大きな事件を起こそうとしたが、これは、明らかに計画的な陰謀であり、動乱である。その実質は、中国共産党の指導と社会主義制度を根本から否定することにあり、全党と全国各民族人民の前で行われた重大な政治闘争である」と主張した。(1)

2)「動乱社説」において明確にされた中国共産党による統治構造の枠組み

中国共産党

この「動乱社説」で取り上げられた、「党の指導と社会主義制度」は、中華人民共和国がその建国にあたり、まさに「国是」として選択した基本的な国家の枠組みであり、人民民主主義独裁として規定された。さらにマルクス・レーニン主義の前衛党理論に立脚し、中華世界の独立や統一を確保するナショナリズムの旗手として屹立する中国共産党を中核的存在とし、国家の政治の全てが中国共産党の指導のもとに行われるべきものとされていた。このような体制において、人民は日常生活の場でも全ての活動が、党のもとに組織化され、全ての運動が党の指導のもとに行われることとなり、これは現代に至るまで、現代の中華世界の政治構造の有りようの最も基本的な枠組みとして常に機能している。(2)

3)中国共産党による政治の核心的原理の表面化

中国共産党中央委員会

このように、「動乱社説」は、「中国共産党の指導や関与の範囲外の一切の組織、活動、運動を全て不法組織、体制への挑戦と看做す」と言う中国共産党政権の核心に存在する最も原理的な政治の有りようを、極めて明白に白日のもとに晒すこととなった。また共産党による一党独裁体制とは、どのような政治的な枠組みと政治構造を持つのか、ということを鮮明に映し出したものであったとも言えよう。(3)

2.「動乱社説」後の天安門事件における「反革命暴乱武力鎮圧」への道程

天安門事件222

1)「動乱社説」後も盛り上がる「反体制的」な活動

国家権力の中枢が、「動乱社説」と言う形で、中華人民共和国の在り方と中国共産党の存立基盤を明確に表明したことで、「天安門に集結した学生・知識人」は抜き差しならない立場に追い込まれることになったが、逆に「反体制的な活動」そのものは、五四運動の記念日を挟んで、百万人規模のデモの出現など、一層大規模な盛り上がりを見せる展開となった。

2)天安門事件に直結する中国共産党政権側の動き

天安門事件336

この後の展開のポイントは主として、2点取り上げることが出来るだろう。(4)

・第一は、共産党政権側が、「対話」要求に一切応じようとしなかったこと。
・第二は、実際のところ、学生知識人の「物価抑制、生活向上、官倒反対、民主と法制建設」は、政権のスローガンでもあったが、「治安回復」と「秩序維持」のために、人民を敵に回すことも厭わず「首都戒厳令」の布告に踏み切ったこと、である。

3)中国共産党側の「対話」拒否の姿勢

趙紫陽,対話

第一の政権側が「対話」を一切拒否する姿勢は、まさに「党の指導によらない不法組織を容認しない姿勢を貫いた」ということであり、「全国のあらゆる機関、組織、工場、団体における党の指導を体現する合法組織」の存立基盤を確保し、全国に遍く張り巡らされた共産党一党独裁体制の網の目を綻びさせないための措置であった、と言えよう。

4)武力鎮圧に直結する「戒厳令」の布告

第二の「戒厳令」布告に関しては、中国共産党政権が人民の側を向いているのか、あるいは体制維持を最優先するのかの試金石でもあったし、ここで「戒厳令」を選択することで、中国共産党政権の本質を明らかにするものであった、と言えるだろう。この「戒厳令」布告から「反革命暴乱武力鎮圧」までの距離は、ほんの一歩であった。

3.日中で相違する治安維持のための実力行使の方法論

安保闘争

1)日本の安保闘争の鎮圧方針と鄧小平体制の方針の相違

我が国の安保闘争においては、最終段階まで政権側に動員されたのは警視庁機動隊を中心とする警察権力のみであり、自衛隊による武力鎮圧が結果的になされなかったことは、国家権力の中枢部における日中の相違を象徴する出来事とも言えるのではないだろうか。
結局鄧小平体制は、学生・知識人との開かれた場での対話ではなく、物理的強制力による鎮圧を選択した。中国の歴史を辿ってみると、「国家制度の運用」「制度的手続きを含みこんだ政治過程の進行」というのは、統治権力にとって異質であった。鄧小平は、次のように語って統治権力の一元的掌握の強い決意を表明している。
「彼ら(今回の運動に参加した学生たち)は、憲法の中の民主主義、自由を用いて、われわれと闘争している」(5)「中国で、もしあなた方の三権分立や普通選挙制度を持ちこむならば、中国は必ずや動乱の局面になり、今日はこのデモ、明日はこのデモとなろう」(6)

2)中国における政権側の絶対的な統一権力の維持と貫徹への強い志向性

天安門事件221

中国においては、強固な一元的権力の貫徹が行われないと、潜在するアナーキー的な状況が噴出して大混乱に陥る、という危機感が政治指導者の共通認識であり、実際に統一権力が崩壊すると分裂割拠の有りようとなる、と言うのが歴史的事実でもあった。このような歴史的な経緯もあり、国家権力の側は常に絶対的な統一権力の維持と貫徹を志向してきたと言えようし、鄧小平の権力観もその延長線上にあったことは疑いないと思われる。(7)

3)中国共産党の本質的性格としての「民衆に依拠しない専制的な」方向性の明確化

中国共産党専制支配

中国において整備されてきた「憲法」やその中で規定された自由・民主主義はあくまでも「法の支配」のためのものではなく「法による支配」の正統性を支える存在ということになろうか。(「法制の確立」とは、むろん「法の支配」ではなかった。それは「何よりも法による支配」を意味していた」(8))
このような権力の在り方は、中国の政治風土に根ざしたものであり、「党の指導」の基本的根拠を構成するマルクス・レーニン主義の「前衛党」の意味、役割とは全く無縁のものであることは確かであり、むしろ伝統的かつ前近代的な専制権力の一つの態様を表出していた。(9)
ここに至って、中国共産党の権力中枢はギリギリの段階で、「民衆に依拠しない専制的な」性格を如実に明らかにした、と言えるだろう。

4.中華世界大一統維持を最優先する中国共産党

李世民

1)「暴徒の物理的排除」を超える中華天下統一維持のための「実力行使」

戒厳令布告から武力行使に至る15日間の過程において、一部では地方の人民解放軍部隊のデモ支持というような噂も流れていたが、このような中で軍閥割拠や分裂の可能性の排除は党指導部にとって至上命題であったろう。結局党指導部は予想される広範な人民大衆の批判の矢面に立つことや国際的なボイコットの動きのマイナス面よりも、天安門広場を制圧して国家を統一的に支配貫徹して秩序を維持することを最優先に決断を下した。天安門広場の武力制圧は、単なる「暴徒」の物理的排除ではなく、中華天下の統一維持を貫徹する伝統的専制権力の現れとしての権力の側からする力そのものの示唆であり、抵抗するあらゆる力に対する威嚇であり、非服従者に対する見せしめとなった。(10)

2)皇帝専制時代から中国共産党一党独裁を通底する「帝国的権力」

乾隆帝

六四天安門事件で行使された権力は、まずは「一党独裁権力」であり、「開発独裁権力」の要素も併せ持ち、さらにはそれが「伝統的専制権力」と結合された重層的な権力であったといえよう。(11)
ここで立ち現れることとなった幾つかの権力の実態のうち、「伝統的専制権力」こそは、かつての皇帝専制時代から中国共産党一党独裁時代を一貫して流れる「帝国的な権力」の有りようを白のもとに晒したことになるだろう。中国共産党中枢部は、中華世界大一統維持のために、まさに「快刀乱麻を断つ」一撃に出たのである。

5.天安門事件鎮圧における武力行使と中国共産党支配の正統性調達

鄧小平333

1)鄧小平体制の天安門事件での武力行使と人民大衆の認識

鄧小平体制のこのような武力行使と言う選択が人民大衆の支持を受けるか否かは疑問であった。人民大衆は学生・知識人の自由と民主の要求は支持していないし、三権分立や多数政党主義なども考えてもいないが、中国の政治文化の徳治主義の伝統を踏まえれば武力行使と言う物理的強制力の発動にも批判的であった。天安門に集結した「暴徒」が特に人民大衆の生活を危険に陥れるものと断定出来ない以上、今回のような武力弾圧は体制の側にとっても一定の政治的打撃となったと言えよう。

2)中国共産党の統治方針の個人崇拝的方向性からの転換

江沢民

六四天安門事件後の動向として、毛沢東や鄧小平のような個人カリスマに頼った統治は困難になっており、党が指導の中心とならざるを得なくなってきているが、同時期のソ連・東欧の体制崩壊の影響もあり共産党の支配の正当性も急速に後退しつつあった。このような中で党が国民を指導する正統性の根拠としては、「愛国主義」と「天と自然の理」を社会主義に加える動きが観られた。

 ・「今日の中国においては、愛国主義と社会主義は本質的に統一されています」(12)
・「社会主義は中国の国情に合致し、人民の心から擁護されている。40年の風雨を経て、社会主義は神州の大地に根を下ろし、天を衝く大樹に成長し、葉を茂らせ、生気はつらつとしている」(13)

このように「天の理」「自然の理」が強調されている状況を観れば、中国における社会主義は西欧起源の原型が後景に退き、中国化あるいは中国伝統の徳治主義や「天の思想」が前面に復活しつつあることが窺えよう。

尚、本稿でも取り上げた天安門事件と中国共産党の方針については、以下のリンクでも詳しく取り扱っております。
天安門事件に至る中国の国内状況及び中国共産党一党独裁=鄧小平体制の支持基盤の解明!

天安門事件=体制転覆の危機で表面化した改革開放の象徴としての鄧小平と中国共産党による一党独裁体制の本質!

<参考文献>
(1)人民日報 旗幟鮮明に動乱に反対せよ 1989/4/26
(2)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p185-p186
野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p186-p187
(3)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p187
(4)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p192
(5)矢吹晋:チャイナクライシス 重要文献 第一巻 蒼蒼社1989 鄧小平講話 1989/4/25
(6)人民日報 1989/6/24 カーター元米大統領との談話
(7)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p13
(8)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 P199
(9)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 P199
(10)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p199
(11)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p199-p200
(12)江沢民演説 1989/9/29
(13)人民日報 1989/10/1

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

森友、加計などの学園スキャンダルや相次ぐ閣僚、議員の失言暴言の嵐の中でも、野党の崩壊で先の総選挙には勝利した安倍首相ですが、アメリカとの親密さは北朝鮮への対応も含めてトランプ大統領から百パーセントともにあるとのコメントが飛び出す状況であり、安倍首相にとってはアメリカ帝国の内懐に抱かれる居心地の良さが際立つようですね。
トランプ大統領からは、真珠湾攻撃の裏切りと背信を忘れない、と警告されていたことも暴露されましたが、今後消費税増税や憲法改正に踏み切れるのでしょうか??

ここではいわゆる保守政治家に共通する対米従属、朝貢外交の起源に迫ってみたいと思います。

ペリー

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?
1)ペリー来航と黒船の衝撃
2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失
2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏
1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移
2)日米開戦に至る経緯
3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗
4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?

1)ペリー来航と黒船の衝撃

黒船来航

長らく超大国として君臨してきた清朝の安定的統治を根底から揺るがすアヘン戦争が1840年に発生し、極東情勢もようやく風雲急を告げ始めた1853年7月に遂にペリー率いるアメリカ艦隊4隻が東京湾内の浦賀沖に来航し、アメリカ大統領の親書を徳川将軍に手交することを求めてきました。
この時、出現したペリー艦隊の軍艦は、その外見から日本側からは黒船と呼ばれましたが、「アメリカ独立記念日(7月4日)」の祝賀と称して数十発の空砲を発射したり、江戸湾内を測量するために江戸に接近したり、といった効果的な威嚇を行ったため、江戸では庶民から幕府高官に至るまで混乱状態に陥った、と言われています。

ともかく、初めて巨大な戦艦を4隻も見せつけられた、日本人は衝撃を受け、この時の深刻で根源的な衝撃が、突き詰めて言うと幕末の尊王攘夷運動、明治時代の富国強兵、日清日露戦争から日中戦争、太平洋戦争に至る軍国主義にもつながる武力増強、国力強化重視の国策を生んだと言える、ような気もするところです。
ある意味では、黒船の衝撃は、国民共有のトラウマ?となり陰に陽にその後の日本の国策決定に影響を与え、太平洋戦争に敗戦して、その熱から冷めるまで一貫していた脅迫観念となっていたのかも知れません。

ちなみに、江戸幕府のトップは、アヘン戦争の詳細からペリーの来航に至る極東を巡る情勢を、オランダ風説書を中心とした情報源からかなり正確に把握しており、既に黒船来航の約一年前にはオランダ商館長から別段風説書としてペリー来航も予告されており、そこにはアメリカの要求する通商条約に対するオランダ版の対応素案まで提示されていた、と言います。
ともかく、当時の江戸幕府で将軍の下で最高意思決定者であった老中首座の阿部正弘は、それらの情報を踏まえた意思決定を行ってはいた、ということになるようです。

2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失

鹿鳴館外交
その後、幕府の弱体化の進行と欧米列強の極東への進出の延長線上の「閉鎖的なアジアの諸帝国への開国の圧力」の流れの中で、いわゆる「安政の五カ国条約」が締結されました。
この条約において特に日本側に不利な不平等条約として問題になるのは、「治外法権と関税自主権の喪失」ということになりましょうか。
このうち、治外法権の喪失については「条約締結国の領事裁判権の確保と条約締結国人の日本での犯罪に法律や裁判が適用除外」ということであり、関税自主権の喪失については「日本側の関税自主権の否定と外国との協定税率の優先」が規定されています。
さらに最恵国待遇の問題もあり、これは日本側に対してだけ最恵国待遇を義務付けており、締結相手国側にはその義務が無いというような規定があったようです。

この幕末に締結された不平等条約は、戊辰戦争で江戸幕府に勝利して明治維新を達成した薩長藩閥を中心とする明治新政府の正統性が諸外国にも承認される中で、明治時代にも引き継がれていきました。
明治新政府は、諸外国に幕末の不平等条約の不当性を訴えたものの、その実態としては不平等条約改正の基準となった「日墺修好通商航海条約」は、明治二年の段階の条約でありながら、幕末の不平等条約では曖昧になっていた諸外国への利権や特権を明確かつ詳細に条約上に規定する内容となっており、条約改正の道のりは厳しいものとなりました。

その後、井上馨を中心とする鹿鳴館外交、伊藤博文を中心とする大日本帝国憲法の発布や日清日露戦争の勝利による諸外国への国力充実のアピールも功を奏し、様々な紆余曲折を経ながらも日露戦争から数年経過した第一次世界戦争前の1911年の段階になって、ようやく関税自主権を認める日米修好航海条約が締結され、それに続いて諸外国との同様な条約が締結されました。
この段階に至り、不平等条約が事実上撤廃され幕末以来の懸案だった「欧米列強と名実ともに?対等な立場を確保」し、国際社会での自由で独立した立場を確立することに成功しました。

2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏

1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移

日中戦争
さて、黒船来航以来の富国強兵の延長線上で、欧米に追い付き追い越すべく武力の強化に注力してきた日本は、日清日露戦争という極東における戦場において勝利し、欧米列強と肩を並べる帝国主義的な大国としての地位を着々と固めていきました。
さらに日本は、1910年の日韓併合の流れの中で、満州から中国大陸への進出を企図し、満州事変による満州帝国の建設や盧溝橋事件を経て、日中全面戦争に至ることとなりました。
日中戦争においては、天津、北京、上海を次々に攻略するなど日本側有利に展開し、南京攻略前に日本側からドイツ大使を介して和平案を提示し、南京攻略前の段階では蒋介石も受諾の方向で検討していたようでしたが、南京攻略後の日本の中国側への要求の増大や傲慢な態度などにより、日中交渉は決裂しました。

2)日米開戦に至る経緯

真珠湾攻撃
戦術的な勝利を続けながらも、南京陥落以降重慶に移駐した蒋介石政権を打倒する戦略的な日中戦争の勝利という出口が見えない状況の中で、日本はどのように事態を打開するかを模索する必要に迫られてきていました。
そういう中で、日本は1940年にドイツ、イタリアと三国同盟を締結し、英米から離反し枢軸側に軸足を移した国策を遂行する方向に動き始めました。
実際のところ日本が戦争継続のための資源の大半を依存するアメリカと距離を置くことになる枢軸側との三国同盟の締結には、日本側にも多くの批判や懸念があったと言いますが、ドイツが欧州の大半を制圧し、特にフランスが短期間で征服され、ヒトラーが早朝のパリを散歩する情勢に至って「バスに乗り遅れるな」というような短絡的な認識が優勢となり、結局は日本は戻れない道を歩み始めることとなったとも言えましょうか。

アメリカは、欧州でのドイツの圧倒的な優勢と孤立するイギリスの狭間に立ち、イギリスを軍事的に支援することはしませんでしたが、極東では三国同盟の一角である日本への経済制裁を強化し、屑鉄の輸出を禁止したのを皮切りに先述の日米修好航海条約が廃棄され、石油の輸出禁止などの日本への制裁が始まりました。
戦争継続能力に問題が生じた日本は、資源確保を目指して仏印進駐を遂行しましたが、これがより一層アメリカを刺激し、対日制裁を強化してきたため、野村駐米大使とハル国務長官の間で日米交渉が行われましたが、紆余曲折の末に交渉が決裂し、最終的には日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃して日米の全面戦争に至ることとなりました。

それにしても、アメリカからの資源に頼って戦争していた日本が、その資源の供給先のアメリカを自ら奇襲攻撃してまで戦争を開始する必要があったのかは、はなはだ疑問のあるところでしょうか。

3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗

硫黄島の戦い
日本軍は、真珠湾での奇襲攻撃の戦術的な成功以降、基本的にはミッドウェー海戦のあたりまでは超大国アメリカを相手に有利に戦局を展開しましたが、1942年6月のミッドウェー海戦では日本海軍は4隻の空母と重巡洋艦1隻を喪失する大敗を演じました。
その後、1942年8月にアメリカ軍は、日本海軍が飛行場建設をほぼ完成させていたガダルカナル島を占領しましたが、日本海軍としてはこの飛行場を何としても奪還すべく、陸軍に強く要請してアメリカ軍と日本軍との間に壮絶な死闘が繰り広げられていくことになります。
ガダルカナル島を巡っては、こののち三次にわたるソロモン沖海戦やガダルカナル島における消耗戦が半年程度続いたのち、補給線の問題やこれ以上の損害を回避する必要等を勘案して、1943年2月に遂に日本軍はガダルカナル島からの撤退を決断するに至りました。
さらに、1943年4月に山本五十六連合艦隊司令長官が乗っていた航空機がアメリカ軍に撃墜されるという事案が発生しましたが、これはアメリカ軍が日本の暗号を解読し機密情報がほぼ筒抜けになっていたことの証左と想定されます。

こののちの太平洋における戦況は、アメリカ統合参謀本部の立案した、
1.封鎖(油田と戦略拠点の遮断、日本本土への物資輸送の妨害)
2.空爆(日本本土の主要都市への空爆)
3.上陸(日本本土への上陸による地上戦)
という三段階の「対日作戦計画」の戦略に沿うような形で推移してしまいました。

その後、日本軍は各地で補給線を寸断され、車両、航空機、艦艇への燃料の補給が困難になってきていましたが、具体的な戦局ではサイパン陥落(1944年7月)、テニアン陥落、グアム陥落(1944年8月)の一連の戦いによりアメリカ軍が日本本土へB29戦略爆撃機で空爆することが可能になりました。
特にサイパン島陥落は、日本にとっての当該方面での最重要基地の失陥を意味し、この時点で日本軍の反撃の可能性はほとんど無くなったと言って良いでしょう。

東京における政治情勢も、「絶対国防圏」の一環として設定していたサイパン島陥落により、東条英機内閣の崩壊という余波を被ることになりました。

さらに1945年1月にはフィリピン島陥落、1945年3月には硫黄島陥落と続き、制空権の喪失とも相俟って1945年3月の東京大空襲をはじめとする本土空襲の激化、1945年3月~6月の沖縄での地上戦、1945年8月広島・長崎への原爆投下、ソ連参戦と続く一連の敗戦に向けた流れを辿ることとなりました。

この敗戦の帰結は、ルーズベルトがこだわっていた無条件降伏であり、東京、大阪、広島、長崎をはじめとする京都・奈良以外の大半の都市の破壊し尽くされた廃墟の悲惨な姿でした。

その後には、あのカリスマ性に溢れたダグラス・マッカーサー連合国最高司令官とGHQによる占領が数年にわたって続くことになります。
徹底的で壊滅的な大敗と無条件降伏、さらには日本史上他に類例を見出せない外国軍隊による占領という激動は、民族的なトラウマを生み出したとも言えましょうか。

日本、特に自民党政権の対米従属路線の根幹にはこのような長きにわたる歴史的な経緯が横たわっていると言えるのではないでしょうか。

4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

ブレマー長官
ちなみに、アメリカによる軍事的な大勝とそれに続く組織的な占領政策の実施、という日本に多少なりとも似通った道程を21世紀になって辿った国にイラクがあります。
恐らくアメリカと戦っている段階では、日本もイラクも反米嫌米感情のレベルは、そんなに遜色なかったのではないか、と思われるほど徹底的なものがあったのではないかと思われます。
さらに、イラクにはGHQと比較されるCPA(連合国暫定当局)という戦後処理の組織が設立され、その代表者にはこれまたダグラス・マッカーサーのポジションと比較されたポール・ブレマーが就任しました。

しかるに、日本とイラクでは占領時代から戦後に至る対米感情や西側民主主義に対する受け入れ度合いは、まさに懸絶していると言わざるを得ません。

この相違を検討してみると、そこには幾つかの理由が浮かび上がってきます。

①日本とイラクに対する「西洋の衝撃」の歴史的文化的な状況の相違
日本が対米従属や西側の価値観を全面的に受け入れるまでの経緯は、ここまで記載してきたとおりですが、イラクの前身は別項でも詳述したオスマン帝国の一部でした。オスマン帝国はある段階まで、イスラム世界を体現する世界帝国として君臨しており、イスラム世界も一枚岩を誇っていましたが、今や現状のようなバラバラな国家群に分裂?しています。シリア,イラク等の中東情勢混迷の根底にあるイスラム世界秩序=オスマン帝国の崩壊!
②戦後処理遂行担当者の資質の相違
GHQとCPAのリーダーの資質の相違、すなわちマッカーサーとブレマーのカリスマ性、政策遂行における実行力、信念といった人間的な要素も、いわゆる占領政策遂行にあたって大きな影響があったのではないでしょうか。
③政策遂行を取り巻く地政学的環境の相違
GHQの日本統治においては、当初は軍国主義の影響を排除する目的で戦犯を中心に公職追放が横行していましたが、ソ連との冷戦が本格化すると真逆の赤狩りやレッドパージが行われはじめ、日本の再軍備や産業力の強化が至上命題になっていきました。そういう中で日本は非常に恵まれた環境で戦後を過ごすことになりました。
他方でイラクや中東は、イスラム世界がテロの温床であるとの市民レベルでの広範なイメージの悪化や駐留軍の士気や質の低下、刑務所内での拷問の横行など中東と西側世界が戦後に和解する要素がほとんど皆無と言っていい好ましくない環境が出来上がってしまいました。

911

このような要素も相俟って日本の対米従属路線は定着し、戦前が地獄に思われるほどの優遇された国際環境の好転の中で、日本は高度成長を現出し、「アメリカとともに歩めば間違いない」との広範な国民的コンセンサスが非常に自然かつほぼ完璧に日本の国策としてビルトインされることになりました。

これは、当にかつての中華帝国の周辺弱小異民族が、帝国の一員として味わった安定、平和、繁栄、調和と類似しており、外界からは一見不合理で不平等な矛盾に満ちて見える帝国的秩序が、想像を超えた永続性を維持する根拠のような気がします。
そういう意味で日本が、太平洋戦争の「戦後」を70年以上にも渡って、後生大事とでも言うように維持し続ける理由も、アメリカと言う「帝国」の周縁部の一員として生き続ける安楽さや過ごしやすさが、途方もなく居心地がよい、ということの証左となるのでしょう。
さしずめ自民党政権は、その帝国的秩序の典型的な構成要素となりましょうか。

尚、本稿に関連した自民党政権の対米従属、朝貢外交傾向を分析した以下の内容もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!