国民帝国

帝国に関する議論の概要及び本ブログで扱う「帝国の定義」について!

今回は、本ブログで中心的概念として取り扱う「帝国」の定義の確認を通じて、「帝国とは何か?」を明確にする。

1.「帝国」とは何か
 1)「帝国論」の概要
 2)本ブログで取り扱う「帝国」概念の定義

1.「帝国」とは何か

1)「帝国論」の概要

帝国状況

・ここでは、「帝国論」の現時点における到達点を以下に提示する。

歴史上の帝国を比較の視座に置く研究として山本有造編著の「帝国の研究」があり、同書は京都大学人文科学研究所を中心に歴史学、政治学、人類学を専攻する学者が境界を超えて「帝国とは何か」に取り組んだ論考である。
この「帝国の研究」に関して言及した山内昌之の「帝国と国民」の「序章」をベースに、以下に「帝国の研究」を中心に現時点における「帝国」論の概要を再構成する。
ローマ帝国

「帝国の類型」としては、「モンゴルや大英帝国のように時代と世界を動かす超広域パワー」「広大な領域や異民族を支配する文明圏単位の巨大国家」「地域覇権国家」というようなものがある。もう少し広い意味では「普通の国家を上回る国際的な国家」という捉え方がある。
また近代国民国家以前に存在した国家として、古代帝国以来の多民族と広域を支配する「帝政国家」と言う類型がある。さらにレーニンの帝国主義は、金融資本主義段階にある「近代国家」を指す。(1)

ここからは、内外の論者の「帝国論」諸説の概要を以下に取り上げる。
オスマン帝国

マイケル・ドイルの研究では、「2つの政治社会が支配と被支配、中心と周縁の強力な支配関係」にあることが「帝国」である。また「帝国」とは他の「政治社会」の内政と外交の双方に支配的な権力を行使し、強く束縛し支配する強国を指す。
さらに「帝国の三類型」として、「中心、宗主国の内部から発する膨張力の産物としての経済や軍事を中心とする帝国主義」「膨張の源泉が周縁や植民地社会の状況や危機に由来する帝国」「国家間の力の差に基づく国際システムに由来する帝国」を定義する。(2)

アレクサンダー・モティルの研究では、「帝国とは集権的な組織を持ち領域的な中核を持ちながら、中心から文化的に区分される人々が周縁に住んでいる国家」「中心のエリートが周縁のエリートに対して独裁的な関係を持つ政体」と定義する。(3)

スティーブン・ハウの研究では、「帝国とはもともと国境外の領土を支配する巨大な政治体で中央権力、中核となる領土が有り、通例はその住民が体制全体の支配の座を占める民族集団を形成し、広大な被支配地域となる周縁は征服により獲得する」とし、これらを踏まえて「帝国」とは中央集権のもとに異質な民族や地域を統合する政治システム」と定義する。(4)

山本有造の研究では、「帝国について多民族国家と独裁国家の特徴を強調し、「独裁的多民族国家の特殊類型」」として捉える。また「帝国の源泉は中心部にあり、周縁の事情がそれを「変圧」あるいは「増幅」する条件」として補完的に理解する考え方である。(5)

山室新一の研究では、「国民国家を基礎に成り立つ近代の「国民帝国」は、古代の世界帝国と違い、多数の帝国が同時に競争しながらも利害を調整する「共存体制」を認める存在」であり、また「近代の帝国」は「国民帝国」として「主権国家体系の下で国民国家の形態を採る本国と異民族遠隔支配地域からなる複数の政治空間を統合していく統治形態」と定義する。(6)

杉山正明の研究では、中央ユーラシア、特にモンゴル帝国の盛衰に関する知見も縦横に活かして、「帝国」を「10種類のあり方」「規模による5つの類型」「変遷の7区分」「地域別8パターン」「中央ユーラシア型帝国の13の特徴」などの仮説に基づき大胆かつ精緻に提示している。このうち、「中華帝国」の分析にあたって特に参考になるのは、「帝国の規模による5類型」で、これには「世界帝国」「文化世界、文明圏単位の帝国」「中小規模の帝国」「帝国と王国の間の帝国」「地域型と横断型の国家」がある。(7)
モンゴル帝国

2)本ブログで取り扱う「帝国」概念の定義

前項の内容を踏まえ、本論文で取り扱う「中華帝国」を分析する際に用いる「帝国」の概念は、以下の3要素を満たすような政治体制と定義する。
ロシア帝国

①異質の民族的な基盤を持つ行政的、領域的な組織を、宗主国と植民地、中心と周辺、中心と辺境という関係を基盤として、中央の集権的権力の下に統合する政治システムを持つ(8)

②異民族を統治、統御する政治システムの内部では、民族的相違を基に複数の領域に分割され階層的な秩序が形成され、周辺部では間接的な支配が行われている(9)

③内部における支配と被支配の関係が、「強力な中央統治機構を備える中心」「中心の影響を受ける周辺」及びその両者を結合する「政治的要素、経済的要素、イデオロギー的な要素」の三者で形成されている(10)

参考文献
(1)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2
(2)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2
(3)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2-p3
(4)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p3
(5)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p3-p4
(6)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p4
(7)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p4
(8)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p10
(9)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p10-p11
(10)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p11-p12

西洋の衝撃としての西欧の帝国主義列強によるアジア,アフリカ植民地支配の理念と法律体系の検証!

ヴィクトリア女王

西欧と非西欧を峻別する矛盾に満ち満ちた国民帝国の理念や法体系を検討する。

1.「国民帝国」の理念と内部構造
 1)「国民帝国」の理念
 2)「国民帝国」における「本国」とその他の地域との区別
 3)「国民帝国」形成の基盤
2.「国民帝国」間の共存と秩序維持システムの形成
3.「国民帝国」における法律体系とその矛盾
 1)「国民帝国」における法律体系
 2)「国民帝国」における「法による支配」の矛盾
 3)「国民帝国」崩壊の原理

1.「国民帝国」の理念と内部構造

1)「国民帝国」の理念

それでは、ここで「国民国家」とはどのような理念に基づき構成されているかを観ていきたい。
フランス革命

「国民国家」は、アベ・シェイエスの「国民とは何か。共通の法の下に生活し、同じ立法機関によって代表される共同生活体である」という理念を受けて成立した。こうして観ると「国民国家」とは民族的同一性は基盤に置きつつも実体としては、法の前で平等な資格を持つ国民によって構成されるという前提に立っていたことがわかる。

このことは、民族的帰属以前に国家が国民と認定すれば排他的管轄権で平等に保護するということであり、元々の民族が異なっていても法的手続きさえ認められれば、階級・身分・言語・出自などの相違に関わらず、国家の国民として認定されることを意味する。こうして観るとナショナリズムの存在はひとまず置いて、法的措置としては国民国家は異民族を包摂する「国民帝国」へ発展する契機は内包していたわけである。このことは実際に西欧本国の国民国家そのものが、元来一民族一国家とは言えず、ある意味では「異民族を包摂する国民帝国」としての要素を内在させていたことからも窺われるところである。そもそも「国民国家の典型」とも言えるイギリス、フランスにしてからが、それぞれ複合民族国家であったことは現存する両国内の地域名にも現れている。(1)

アメリカが「自由と民主主義」を標榜する「国民国家」を超える世界帝国的存在だという議論もあるが、何のことは無い日本も含めて各国の法律には、このように国民の定義上は「自由と民主主義」をベースに元の民族的出自に関わらず帰化して国民となること認める旨明記されているわけである。少なくとも西側民主主義国家の前提は、「自由と民主主義」及び「法の下の平等」ということなわけであるのだから、このことは当然の帰結とも言いうるだろう。

2)「国民帝国」における「本国」とその他の地域との区別

民主主義
しかし、「国民帝国」は本国以外の地域を「国民」に組み込むことには積極的ではなかった。にもかかわらず「国民帝国」はその実態としては、「本国」 においては等質性と平等性を追求し、「帝国」としては異質な法域を統合しつつ階層的に編成して外縁をボーダーまで拡張していく存在となっていった。(2)
このように「国民帝国」とはやはりダブルスタンダードあるいは異質な法域の分だけ複数のスタンダードが存在するような一貫性を欠いた 存在であった。
こうしたわけで、近代の「国民帝国」は統治者のまとまった企図に基づいて帝国建設が推進されたというよりは、明確な目的意思を欠いた状態で形成されていった。すなわち移民や軍人・企業家・商社などが開拓や条約締結、軍事占領などで獲得した領有地や軍事的根拠地を勢力 範囲として政府が公認し、その維持のために軍隊を派兵したり財政的に援助することで形成された。(3)

3)「国民帝国」形成の基盤

インド植民地
その後、西欧諸国の資本主義経済発展により国内経済の枠を超えて、本国の資本家には安価な原材料を供給し、労働者には香料や飲料などの嗜好品を中心とした低価格農産物の供給地として、他方で過剰資本や余剰生産物の市場や過剰労働の捌け口として海外領有地が重視され始めた。また経済的危機が発生した場合に本国内の階級的対立回避のための帝国的膨張が必要だという主張がなされ、他方で労働者階級に対しては、社会政策を実施するための物質的条件を産み出すのが植民地であるとの言説による支持調達も行われた。
このように政府と世論による植民地統治が本国の制度にビルト・インされたことにより、国内危機回避と国民帝国形成、社会政策と国民帝国形成とが直結し、階級を超えたナショナル・インタレストの存在が信じられ、「国民帝国の支持基盤」となっていった。(4)

だが不思議なことにこのようにして形成されてきた「国民帝国」としての拡張は、必ずしも経済的利益を本国にもたらさなかった。(5)
にもかかわらず国民帝国の形成が世論の支持の下に進められていったのはなぜなのか。
それは、強い国力と威信を持った国民のみ未来があり、他国に比してより広大な領域を支配している偉大な帝国に帰属しているという自意識としての帝国ナショナリズムが底流にあった。現実的な植民地のもたらす経済的利益以上に国家としての威信や国民としての自負心が国民帝国形成の重要な基盤となった。さらに国内政治における労働者階級などの政治参加の機会の増大に対する警戒・恐怖感と国際政治におけるパワー・ポリティックスの論理が一つになることで、国民帝国はその拡張に関する正統性と支持を獲得することになり、国民国家の外交方針として威信政策が重要となった。国民帝国は国民世論がナショナリズムと結合することでその形成を国民的使命感に転化しえたことになるだろう。(6)

2.「国民帝国」間の共存と秩序維持システムの形成

アヘン戦争

それでは、国際法をベースに勢力均衡と国民国家間の並立を維持することが図られてきた中で、非西欧諸国を支配・収奪するシステムはどのように形成されてきたのであろうか。

軍事と経済におけるパワーの絶対量が増し、非西欧世界に対して圧倒的な優位を持つことが明らかになると西欧世界内部における勢力均衡によって抑圧されてきたパワーの行使が外部世界に向けられることとなった。非西欧世界においては、西欧国民国家の自由なパワーの行使が許されたが、その衝突が反転して西欧世界内部での戦争になることは可能な限り回避された。また並列的な主権・国民国家とその勢力均衡という西欧世界内部での秩序原理は、そのまま非西欧世界には適用されず異なる民族や政治社会に対しては主権を認めず、階層性をもって包摂し更なる国力の増強が目指された。当然ながら非西欧世界においても全くの無秩序な世界が放置されたわけではなく、共存のための「争いつつ手を結ぶ」システムが徐々に形成された。(7)
植民地分布

このような非西欧世界を包摂する共存体制は、その後植民地からの独立運動が次第に本国の相違によって切断されていた状況から民族を超えた連帯へと推移していたことに伴い、それを国民帝国間の連携によって分断し、弾圧する必要に迫られたことにも起因している。植民地・従属国における勢力範囲の拡張では激しく敵対しあっていた諸国民帝国も世界市場での権益の擁護という点では同調し、反植民地闘争に対しては共同して抑圧にあたらざるを得なかった。こうして国民帝国の「争いつつ手を結ぶ」共存体制としての世界体系が存在したという歴史的意味は単に権力均衡政策を採る国民帝国諸国が競争しつつ共存したという以上に、植民地独立運動に対して共同してこれを抑圧し、植民地としてこれを固定化することにもあった。国民帝国は脱植民地運動と「争うために手を結ぶ」という必要性からも共存体制とならざるを得なかったのである。(8)

3.「国民帝国」における法律体系とその矛盾

1)「国民帝国」における法律体系

黒船

それでは、次に「国民帝国」における法律体系について確認しておきたい。
これは幕末の日本も体験したことであるが、近代においては欧米のキリスト教政治社会を基準とする文明国とみなされない限り、領事裁判権や関税自主権に関する不平等な通商条約を強制されるか、政治的併合を伴わない従属的地位に置かれることが通例であった。
このことは、植民地だけではなく非西欧の全世界に適用されており、文明⇒未開⇒野蛮という階層秩序がそれぞれの政治社会にあてはめられ区別された。このような不平等条約や保護条約の改正を実現するためには、西欧の法体系に準じた泰西主義に基づく法典編纂が要求されたため、たとえ独立国の体裁をとっていても、西欧の法体系に準拠した法典の立法が必要になった。(9)
日本において明治新政府が憲法制定を急いだのも、このあたりの事情が大きく影響していると言えよう。

2)「国民帝国」における「法による支配」の矛盾

植民地支配
こうしてみると近代というのが相当に歪んだ時代であったことが観えてくるであろう。現代の基準からすれば西欧諸国の傲慢な自己中心主義的な態度は強く指弾されるところである。しかもこのような状況がアジア・アフリカ諸国が大挙して独立を達成する1960年代初頭まで残存していたことは驚くべきことである。
法域と言う概念を基準に「国民帝国」を観ていくと、権力核である本国を中心に複数の政治社会によって構成される法的多元性をもった統合体系ということになる。本国と植民地・保護国は異なる法域を形成しつつも一体的な統治地域として統合されていた。
このような異法域統合としての「国民帝国」の在り方は、国内における法の下の平等と主権者としての自立を前提とし、国際的にはその国力の強弱や国土の広狭の差異などに関わらず主権国家間の平等を原則とする主権・国民国家体系としての世界構成の在り方と、相対立するものである。国民国家の原理は、統合体の成員の法的平等を保障することにあるが、本国外の「国民帝国」の成員にはこれが妥当しない。(10)
インド総督府

本国の統治様式は立憲制に基づく「法による支配」であったが、植民地や従属地の統治は本国の法律に制約されない政令や条例に基づく「行政命令による支配」であったために異法域支配ならざるを得ないところもあった。尚、この行政命令による植民地官僚の支配は、行政需要の多様性に即応した支配の効率性が追求されたので失政に対する責任を負わない体系となっていた。(11)

こうした異法域の結合であった国民帝国にとっての「不可分にして一体」なことを示す結合の基軸ないし帝国としての一体性を推進するための成員と機構における統合原理としては格差原理としては、例えばフランスに関しては「フランス語やフランス文化の修得」が「進化した者」として市民権を与えられ根拠となっていた。ただし、イスラムの場合はイスラム棄教が条件であった。
イギリスでは「文明あるインド人」に関しては、カナダやオーストラリアの白人臣民と同じ扱いを受けるとされたが、文明をもたないとされたアフリカ人は対象外であった。(12)

3)「国民帝国」崩壊の原理

ジャンヌダルク
このような「国民帝国」は、本国が国民国家であるというその成立の前提からして、帝国内の人々が国家の主権者として自立したいという要求を提示した時、それを拒絶する論理を原理的に持ちようが無かった。このような脱植民地化は、国民帝国の帝国性への拒絶であり、国民国家性の受容による自立でもあり、そのことにより国民帝国体系は破壊されることとなった。近代の国際体系はあくまでも主権・国民国家体系として存在し、その基盤の上に派生的に形成されたのが国民帝国に他ならなかったのである。(13)

尚、国民帝国と世界帝国との相違や国民帝国の存立基盤に内包する矛盾については、以下のリンクにて詳しく取り扱っています。
西欧によるアジア,アフリカへの侵略と植民地化の進行を帝国主義の論理から解明!

参考文献
(1)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p95-p96
(2)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p96
(3)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p99
(4)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p102-103
(5)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p104
(6)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p105-106
(7)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p108
(8)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p114
(9)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p116
(10)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p116-117
(11)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p120
(12)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p121
(13)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p125

西洋の衝撃=西欧によるアジア,アフリカへの侵略と植民地化の進行を帝国主義=国民帝国の論理から解明!

Vereshchagin-Blowing_from_Guns_in_British_India

「帝国」に関する諸類型のうち、西欧における国民国家の成立から西欧内部と西欧外部のダブルスタンダードを基調とするウェスタン・システム及びその中核を形成した「国民帝国のメカニズム」について検討する。

1.「国民帝国」の特徴と行動原理
2.「国民帝国」とは対極的な存在である「世界帝国」の特徴と行動原理
 1)「世界帝国」の概念
 2)「世界帝国」と「国民国家」の本質的な相違点
3.「国民帝国」が繁栄していた時代
 1)西欧国民国家間の競争と対外発展の連動
 2)西欧国民国家による世界分割の帰結としての国民帝国

1.「国民帝国」の特徴と行動原理

ヘンリー八世

ここからは近代のウェスタン・システムの中核を成した「国民帝国」について検討していく。
「国民帝国」とは、「主権国家体系の下で国民国家の形態を採る本国と異民族・遠隔支配地域から成る複数の政治空間を統合していく統治形態」であり、「世界体系としては、多数の「帝国」が同時性をもって争いつつ手を結ぶ」もので、「本国と支配地域が格差原理と統合原理に基づく異法域統合として存在」していた。(1)
このように「国民帝国」とは、本国においてはイギリス、フランス、ベルギーのような国民国家の形態を取りながら、アジアやアフリカにお
いては経済的・軍事的な優位性をベースに、「文明化の使命」などと言った正当化言説を掲げて、異なる民族や政治社会の意志を無視して支配・統治・制御を行うという帝国体系が重ねあわされていたのである。(2)
これこそダブルスタンダードの典型とも言える存在であったろう。すなわち、欧州本国においては、自ら以上の最高決定権を持たない主権・国民国家間の法的平等を前提に相互の内政干渉を拒絶する国家体系を構築していた(3)にも関わらず、植民地に対しては国家主権も基本的人権も踏みにじる収奪行為に明け暮れていたことは歴史的な事実である。
このように「国民帝国」は矛盾に満ちた存在として出現し、全ての諸国民が国民国家の理念に目覚めた時には陽炎のように消滅せざるを得ないような不安定な存在であったとも言えるだろう。

2.「国民帝国」とは対極的な存在である「世界帝国」の特徴と行動原理

ホワイトハウス

それでは、ここからは近代の国際体系を規定した「国民帝国」の存在についてより深く観ていくことにしたい。
まずここで「帝国とは何か?」ということを最大公約数的に規定しておく。それは「多民族・多宗教・多文化からなる広領域的政治社会」ということになるだろう。(4)

1)「世界帝国」の概念

次に帝国同士の並列的な存在を許容する「国民帝国」と対極の存在である「世界帝国」の概念についてもここで確認しておく。
「世界帝国」とは、上帝から天命を得た天子や神から委託された預言者、神の名代たる法王などが権力と権威によって、神や天の命令を代行して地上の世俗世界(天下)を治めるという宇宙論的な観念に支えられた帝国である。このような世界帝国は、儒教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などの諸宗教の教義や世界観に基づき固有の発現形態を持っていた。このような世界帝国は、神や天と言う絶対的な権威を基盤としており、自ずと普遍的な存在であるという世界観を有していた。このため自ら統治するエリアの外に存在する「異教徒」も本来はその統治対象であるという認識から、領域拡張や異教徒の取り込みは自明のこととされた。この世界帝国の「世界」とは自ら知りうる世界の全てであり、観念的には全世界と同義であった(5)

本ブログの全体のテーマは、「中華帝国」であるが、ここで挙げたように「世界帝国」としては、キリスト教・イスラム教・ヒンドゥー教など幾つかの普遍的な理念を掲げる「中華帝国」以外の帝国も実在した。
このうちイスラム教を理念とするオスマン帝国については、西欧の衝撃に対応した「世界帝国」のモデルケースの一つとして別項にて取り上げる予定である。

2)「世界帝国」と「国民国家」の本質的な相違点

ドイツ統一
次に「世界帝国」と「国民国家」の国境を巡る本質的な相違について検討してみたい。
「世界帝国」は、普遍的世界観と異教徒をも統一しようとする志向性を強く有しており、帝国の外延を常に拡張しようとする存在である。このように「世界帝国」においては、境界を可能な限り外へと押し広げようとすることを基本的属性としており、帝国の境界は流動的・不確定であることが帝国の生命力の根源の一つでもあった。また外延の茫漠さが、外部を持たない無限性や他者の存在を無に帰するのに役立ってもいただろう。このような開放系としての帝国の有りようは、国境を画定して領域を固定化し内部の固有性を軸として均質的統治を図る、自他の峻別に基づく閉鎖系としての主権・国民国家とは本質的に相違している。(6)

こういうわけで、世界帝国には明確な国境の概念は無いのが本来の姿であり、逆に国民国家は自らの存立基盤を確保するためにも明確な国境の存在が不可欠であった。世界帝国の外には荒涼たる原野や巨大な山脈、砂漠などの人跡未踏の地が広がるというイメージであり、一方で国民国家の国境の外には同様な国民国家が存在して共存しつつ競争するイメージであろうか。
また国民国家は、個別性を持った成員を平等に取り扱うことで統合することを志向するのに対して、世界帝国はその内部に相互に対抗する異質性や個別性を多様に内包しながらも、それらに対する支配者側の超越性により統合することを志向する。(7)
オスマン帝国版図

世界帝国の存立基盤がこのような支配者の超越性に由来する以上、世界観の異なる外界からの衝撃が強力であればあるほど、脆く崩れやすい状況に陥ることは自明であろう。オスマン帝国も清帝国もこのような西欧の衝撃に抗し切れず崩壊の道を辿ることとなった。
ただし、オスマン帝国は、跡形もなく消滅したが、清帝国の領域および臣民は、ほぼそのまま後継国家に引き継がれ今日に至っている。

「世界帝国」は、その唯一性と普遍性を基盤に成立しており、理念的には他の帝国の存在は想定されていないのが普通であった。
一方の「国民帝国」は、国民国家の延長線上に存在しており、国民国家が他の国民国家との関係性で成り立っていた。異民族・異文化の統治を国民国家が相互に認証しつつ、比較優位を求めてより多くの空間と資源を自己の統治領域に組み込むべく覇権を追求していく競合過程の中で国民帝国が徐々に形成されていったと言える。(8)

3.「国民帝国」が繁栄していた時代

アフリカ植民地

1)西欧国民国家間の競争と対外発展の連動

競合する国民国家間での競争が欧州の外での覇権競争につながり、その際の領域拡大の延長線上で結果的に「国民帝国」が形成されていったということになろうか。こうしてみると「国民帝国」というのはアジア・アフリカが覚醒する寸前に西欧の優位が極大化していたという特殊な時代環境の産物ということになるのであろう。
「国民帝国形成期」に西欧諸国を突き動かしていた衝動は、主権・国民国家体系の世界への普及というような高尚なものではなく、あくまでも自己保存・発展すなわち生き残りのためのなりふり構わぬ活動であった。現に存在する西欧の秩序はそのままに、他の地域を市場として再編成し、結果的に広域的多民族統治を行う国家形態へと移行していく中で徐々に国民帝国が形成されていった。この駆動力となる精神的基盤は、ナショナリズムであったが、ドイツ・イタリアなどのナショナリズムはその中でも先行するイギリス・オランダ・フランスの超域的資本主義活動や国民国家形成に対抗して自分たちの国民経済や政治社会の固有性を維持するための防御的なものであったという違いがある。(9)

「国民帝国」とはこのように西欧国民国家の危機意識の中に育まれ、アジア・アフリカ等のその他の世界を動乱の渦に巻き込んでいった。国民国家の形成により本国では、徐々に福祉政策や選挙制度の充実等の国民のための政策が取られ始めている中で、本国外地域の人民をかつてない不幸に追い込んでいったのは極めて対照的な有りようであり、このあたりは、人類の進歩とは何かを考えさせられる事案でもある。

2)西欧国民国家による世界分割の帰結としての国民帝国

植民地地図
いずれにせよ「国民帝国」は「世界帝国」のように普遍的理念の下に文明圏全体を支配するような存在とは異質であり、あくまでも本国たる「国民国家」を持ち明確な国境としてのボーダーを持った存在であった。
このため「国民帝国」相互間でもボーダーにより他の「国民帝国」と領域を接合しつつ、競合し並立するという関係が成り立っていた。
国民国家とは元来等質性をもった民族と領域性をもった土地との緊密な結びつきによって形成される「血と土の共同体」であるとすれば、「国民帝国」にように「民族と土地」を超えて拡張していくのは「国民国家」としては矛盾している。しかるに西欧の国民国家は、自らが生き延びるためには非西欧世界を自己の勢力圏に取り込み領域を拡張していくしか道が無い。また元来世界帝国とは、外縁を持たず外部に競合する他者を持たない卓越的な存在であり、境界線などというものは概念的に受け付けなかったが、国民帝国としては他の国民帝国との領域的区別を明確にするために人為的な境界線が必要不可欠であった。(10)

このように「帝国」としても「国民国家」としても相矛盾する要素を抱え込んだ「国民帝国」は当初からその存立基盤に脆弱さを併せ持った存在だったと言えよう。

尚、今回取り上げた国民帝国の意外な脆さや崩壊の原理については、以下のリンクで詳しく検討しています。
西欧の帝国主義列強によるアジア,アフリカ植民地支配の理念と法律体系!

参考文献
(1)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(2)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(3)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(4)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p90
(5)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p90
(6)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p91-p92
(7)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p91-p92
(8)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p92
(9)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p93
(10)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p94