アメリカ

トランプ大統領が故意に混乱させる中東の基本構造をイスラム分析の視点から考察する!

トランプ大統領シリア

トランプ大統領は、シリアのアサド政権の反政府側市民への毒ガス使用への報復を実行しましたが、これまでシリア情勢の主導権を握っていたロシアとの関係も含めて、果たして複雑な中東情勢に切り込んでいく十分な戦略を持ち合わせているのでしょうか?

1.「同じ啓典の民」としてのキリスト教徒とムスリムの相違
1)初期のキリスト教とイスラムの相違
2)政治的支配者と信仰の関係
2.イスラム的世界秩序と華夷の別の比較
1)「戦争の家」の異教徒の取り扱い
2)異質な存在への対応
3.イスラムにおける国際関係
1)イスラムにおける民族と国家
2)ムハンマドとその後継者の国際的な立場
4.イスラム的世界秩序と西洋の衝撃
1)イスラム的世界秩序の理念
2)西洋の衝撃による激動

1.「同じ啓典の民」としてのキリスト教徒とムスリムの相違

古代キリスト教

それではここで「同じ啓典の民」であるキリスト教徒とムスリムの相違について確認しておきたい。

1)初期のキリスト教とイスラムの相違

キリスト教徒は、イエス・キリストの布教開始以来コンスタンティヌス大帝の改宗まで、三世紀にわたって少数派であり、つねに疑惑の対象であり、またしばしば国家による迫害を受けた。その間にキリスト教徒は独自の組織を広げざるを得ず、抵抗の一環として「教会」を形作った。他方イスラム教の創始者ムハンマドは、自分自身がコンスタンティヌス大帝のようなものだった。彼の在世中にイスラム教徒は政治的にも宗教的にも忠実な信奉者となり、メディナの預言者ムハンマドの共同体は、この預言者自身を地域と人々の統治者と仰ぐ国家となった。ムハンマドの支配者としての活動の記録は「コーラン」と最も古い口述伝承に収められ、現在まで世界中のムスリムの歴史的自己認識の核となっている。(1)
このように体制や国家と宗教との関係が初期のキリスト教徒とムスリムの間では、根本的に相違していた。このためキリスト教においては、国家あるいは敵対する組織に対抗するための「教会組織」が発達しており、宗教としての原体験の段階において抵抗運動的な迫害への耐性が備わっているとも言えよう。

2)政治的支配者と信仰の関係

千夜一夜物語

こうした理由のために預言者ムハンマドとその信奉者にとっては、神かカエサルかという選択は生じなかった。なぜならば支配者=信仰の守護者でもあったからである。しかるに多くのキリスト教徒にとっては、これは罠となる選択であった。ムスリムの教えと体験の中にカエサルは存在しなかった。神は国家の長であり、預言者ムハンマドは神の代理人として教え、支配した。預言者としてのムハンマドには後継者はおらず、イスラムの宗教・政治共同体の最高指導者としてはムハンマドは歴代カリフの始祖だった。このようなカリフの任務は、教義の説明や解釈ではなく、その支持と保護、つまり臣民がこの世で良きムスリムとして人生を送り、来世への準備を整えられるようにすることだった。このような目的のためカリフは、イスラム国家の内部では神から与えられた聖法を維持、擁護し、出来れば国境を広げ全世界にイスラムの光
明を広げることが期待されていた。(2)

2.イスラム的世界秩序と華夷の別の比較

華夷の別

1)「戦争の家」の異教徒の取り扱い

イスラムにおいては、「聖戦」が完遂され全世界的に「戦争の家」が「イスラムの家」と化しても「全人類がムスリムに化する」ことが想定されていたわけではなかった。「戦争の家」の異教徒は、「ハルビー」と呼ばれ交戦相手国の国民のように取り扱われたが、この「ハルビー」は「偶像崇拝者」と「啓典の民」に大別された。このうち偶像崇拝者には「改宗か死か」の選択が迫られたが、「啓典の民」にはムスリムの共同体との契約により被保護民(ズィンミー)として固有の宗教、法、生活習慣を保ちつつ、イスラム法の許容する範囲での自治生活が認められた。(3)

2)異質な存在への対応

イスラム寛容

このようなイスラム的世界秩序観に較べると中華帝国における「華夷の別」のような発想が差別思想ではあるものの、平和的な思想に観えてくる部分もある。中華文明エリアにおいては、「華」が「夷」を武力で教化するようなことは何ら要請されておらず、「夷は華の文化さえ身に付ければ華になる」(4)とされた。とはいえイスラム世界の中においては、「イスラム的寛容」なるものが異質の宗教・民族・価値観を包含しながらも、他の諸地域において異質の価値体系を有する者同士が激しく対立していた状況に比較すると、「相対的に安定した共存関係を実現し維持していた」(5)ことも間違いないところであった。

3.イスラムにおける国際関係

イスラム軍楽隊

1)イスラムにおける民族と国家

イスラムにおける国際関係は、「イスラムの家」と「戦争の家」に属する様々な異教徒の集団との間の関係として捉えられる。また「イスラムの家」も異教徒の諸集団も基本的には「国家」としてではなく「宗教共同体」として捉えられた。これはイスラムが政治と宗教の分化を認
めないことに由来する考え方であり、イスラムとは人間活動のあらゆる分野においてアッラーの命に従うこととされた。またイスラム法も近代的な意味での法律ではなく、あくまで人間活動のあらゆる分野における行動の規範を意味していた。こうして「イスラムの家」に属するムスリムのアイデンティティーの根源は、何よりもムスリムであることに求められた。(6)
このようにイスラムが全てに優先するような考え方からは、民族や国家の概念は後景に退くことになるだろう。イスラム世界においては、近
代に至るまでムスリムか非ムスリムかの違いはあっても民族や国家の区別は無かったというのが、実際のところだったと考えてよいだろう。

2)ムハンマドとその後継者の国際的な立場

ガブリエル

ムスリム共同体の唯一の指導者は、預言者ムハンマドの在世中は、ムハンマドであったが、彼の没後は「地上における預言者ムハンマドの代理人」がつとめることとされた。ムハンマドは、「最後の預言者」とされたので、その後のムスリム共同体の指導者は、あくまでもムハンマドの預言者としての側面ではなく、政治的なリーダーシップの側面を受け継ぐ存在であった。このような指導者はカリフあるいはイマームと呼ばれ、イスラム国際体系の理念においては、「イスラムの家」の唯一の指導者として、イスラムにアイデンティティの根源を持つ構成員を持つ宗教共同体を率いていた。(7)
イスラム共同体は、この世における神の意図が具体化される場所である。彼らを支配するイスラムの統治者は、預言者ムハンマドの後継者であり、預言者が神から預かったメッセージの守護者だった。
「聖法」の維持と適用、その適用範囲の拡大が神から与えられた統治者の義務だった。これを遂行することにあたって原則的には、何の制約も無かった。(8)
イスラムにおけるムハンマドの存在は非常に大きく、歴代のイスラム世界の政治指導者は、ムハンマドの後継者とされたが、ムハンマドの存在は「最後の預言者」として、他の指導者とは画然と区別された。
また政治の構成単位は宗教共同体であって、「宗教」が中心に位置している点が、大きな特徴と言えるだろう。

3)「宗教共同体」間の関係をベースにするイスラム国際体系

ムハンマド

イスラム国際体系の理念においては、「イスラムの家」に対抗する「戦争の家」に属する異教徒も国家や民族で捉えるのではなく宗教共同体として捉えられていた。また「戦争の家」から「イスラムの家」に編入されても集団として存続している場合は、同様に宗教共同体として位置づけられていた。このようにイスラム国際体系の理念は、「宗教共同体」間の関係がベースになっており、「国家」を基本単位とする近代的な国際体系とは異質であった。(9)

4.イスラム的世界秩序と西洋の衝撃

イスラム寺院

1)イスラム的世界秩序の理念

ムスリム国家と異教徒の隣国との間には絶え間ない義務としての戦争状態が続いた。それはいつの日か間違いなく不信仰者に真の信仰を与え、全世界を「イスラムの家」組み入れる勝利で終わるはずだった。同時にイスラム国家と共同体は、啓蒙と真理の宝庫であり、その外側には蛮行と不信が渦巻いている。神がご自身の共同体に与える恩寵はムハンマドの時代から勝利と支配と言う形で証明されてきた。(10)

2)西洋の衝撃による激動

モスク

7世紀にイスラムが勃興して以来、営々として築き上げられてきたこのようなイスラム世界秩序は、その後「西洋の衝撃」の中で動揺し、結果的には西欧型の国民国家体系に組み込まれて解体・崩壊してしまった。他方で中華世界は、乾隆帝時代に確定した清朝最大版図を継承し、「元来の明朝期の中華文明エリアを遥かに超える帝国的枠組み」を堅持して今日に至っている。
次項では「イスラム世界秩序の崩壊」を「オスマン帝国崩壊」の枠組みを援用しながら捉え直し、なぜ「西洋の衝撃」の中で「イスラム世界秩序が崩壊」したのか、について以下のリンクのように検討していく。また「オスマン帝国指導層」あるいはトルコ民族が最終的に選択したトルコ共和国の成立の意味を「帝国としての中華」の在り方と比較しながら考えていきたい。

西洋の衝撃で崩壊したオスマン帝国のようなイスラム世界秩序をトランプ政権は再建可能か?

西洋の衝撃にさらされたオスマン帝国=イスラム世界秩序の崩壊過程を検証する!

西洋の衝撃への対処の失敗がオスマン帝国崩壊=イスラム世界秩序解体に直結した!

西洋の衝撃で崩壊したイスラム世界秩序と中東文明の分析からトランプ政権が直面する中東問題の本質を解明!

参考文献
(1)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第8章中東諸国家の性格 p200
(2)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第8章中東諸国家の性格 p200
(3)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p18
(4)王柯:「天下」を目指して 農文協 2007 第一章 「天下」のもとでの華夏と四夷 p13
(5)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p19
(6)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p20
(7)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p20-p21
(8)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第16章対応と反発 p427
(9)鈴木董:イスラムの家からバベルの塔へ リブロポート 1993 第一章イスラム世界秩序 p21
(10)バーナード・ルイス イスラーム世界の2000年 草思社 2001 第16章対応と反発 p428

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

安倍晋三首相は遂に自民党総裁選に三選され史上最長の9年間の任期満了に向けて始動しましたが、総裁選での候補者討論会での安倍氏の受け答えを子細に観察した範囲では、かなり精神的肉体的に疲労困憊の様子で日本再生に向けた長期戦略を打ち立てられるような政権運営は期待出来そうにないようです。
一枚岩を誇っていたはずのトランプ大統領からも、安倍首相はいつも会ったときにニコニコしているが、あれはアメリカを何年間も出し抜いてきたことを確認する優越感に浸っているのだ、と皮肉られる始末で、挙げ句の果ては中国と同列に敵対的関税の除外対象から外され当にはしごを外さつつあるようですが、近いうちに対米黒字第三位の日本も中国やドイツと同様にトランプ政権から標的として狙われることを覚悟すべき段階に差し掛かりつつあるようです。
なりふり構わぬ対米従属・朝貢外交の果てがこれでは安倍首相や対米従属路線も浮かばれませんね。

1.トランプ大統領が一転して安倍首相を熱烈歓迎した理由
1)合衆国大統領選挙中のトランプ氏の対日強硬発言リスト
2)トランプ大統領の安倍首相、自民党政権の外交能力、及び日本の抜け目なさへの評価
3)イギリス、カナダの両国首相の訪米を大幅に上回る安倍日本首相への熱烈歓迎ぶり
4)安倍首相の対米従属,朝貢外交と東アジアの冊封体制の根本的相違

1.トランプ大統領が一転して安倍首相を熱烈歓迎した理由

1)合衆国大統領選挙中のトランプ氏の対日強硬発言リスト

日米経済摩擦


トランプ大統領は、大統領選挙中には日本を標的?にするような以下をはじめとする数々の批判的あるいは挑発的な発言を繰り返してきました。
「アメリカには、もはや世界の警察官をやっている余裕はない。実際のところ核兵器は世界に拡散しているのだが、北朝鮮も開発済と考えるべきだろう。アメリカが世界の警察官をやめたときに、日本は北朝鮮から自分を守る方法はあるのか?そう考えてみれば、日本が核兵器を持つのも理にかなっているのではないか?それがアメリカにとってそんなに悪いことなのか?」(2016年3月ニューヨーク・タイムズ)
「日本からは、アメリカにトヨタやホンダなどの何百万台ものクルマを送り出してくるが、日本はアメリカから全くクルマを受け取ろうとしない。同じように日本はアメリカの牛肉も受け取らなくなってしまった。これはアメリカにとっては、とんでもない貿易のアンバランスだ。そんな状態でもアメリカは引き続き日本の安全を守っているが、そのうち日本防衛を打ち切ることも考えるべきではないか?アメリカ軍は日本を守っているのだから、日本は在日米軍の駐留経費を100%払うのが当然だ」(2016年5月ワシントン演説)
「アメリカは、日本と日米安保条約を結んでいるが、それによると、もし日本がどこかから攻撃されれば、アメリカは第三次世界大戦に巻き込まれるのを覚悟してアメリカ軍が反撃しなければならない。ところが、日本はアメリカが攻撃されても、居間でくつろぎながら、のんびりと日本製のテレビを観ているばかりだ」(2016年8月アイオワ州演説)
これらの発言は、これまでの主流の合衆国大統領候補からは絶対に聞くことのできない発言だとは思われますが、一般のアメリカ人の声を代弁しているようでもあり、まあ普通のテーブルトークとしては満更あり得ない発言でもないでしょうか。
さらに大統領就任後も日本が中国と同様に為替を操作して不当に円安に誘導して、日本製品の売り込みを図っているというような発言もありました(2017年1月アメリカ製薬業界との会合)

2)トランプ大統領の安倍首相、自民党政権の外交能力、及び日本の抜け目なさへの評価

ケネディ大使
とはいえトランプ大統領は、安倍首相や自民党政権の外交能力や抜け目なさを警戒し、ある意味では評価するような以下のような発言も繰り出してきました。
「安倍首相は、私もこれまでに一度会ったことがあるが、確かに非常に賢い人物だと思う。そういう賢い連中と対峙し、交渉し、利益を持ち帰らなければならない駐日大使のポジションは極めて重要なことは言うまでもないだろう。駐日大使のポジションには、マフィアの殺しのプロのような賢い人物が相応しいが、ケネディ大使では日本に利益を全て持っていかれるばかりだ。そういう意味で、アメリカは本来駐日大使にすべき人物を使ったことは一度もない」(2016年8月アラバマ州モービル演説)

さらに多少古くなりますが、以下のようなコメントもありました。
「日本では一番優れた研究者に民生品である自動車やTVビデオ関連機器を作らせ、アメリカでは最も優れた研究者に兵器を作らせて日本を防衛している。にもかかわらずアメリカはなぜ日本のために支払ったミサイル関係の研究費用の補償がないのだろう? また日本はアメリカを何重にも食い物にしていないか?日本人はまずアメリカ人にモノを売って資本を稼ぎ、そのカネを使って不動産に投資しマンハッタンを全て買ってしまおうとする。どっちに転んでもアメリカは負けるだろう」(1990年プレイボーイ誌インタビュー)

こうしてみるとトランプ大統領にとっては、日本は煮ても焼いても食えない容易ならざる油断出来ない交渉相手だ、と受け止められていたようです。

3)イギリス、カナダの両国首相の訪米を大幅に上回る安倍日本首相への熱烈歓迎ぶり

トルドー・トランプ会談
翻って今回の安倍首相の訪米に対するトランプ大統領の異様とも言える熱烈歓迎ぶりは、事前の予想を裏切る驚くべきものであった、と言えるのではないでしょうか。
安倍首相の訪米と前後して行われたイギリスのメイ首相及びカナダのトルドー首相の訪米及びトランプ大統領との会談は、あくまでも事務的なものであったと言えるでしょう。少なくとも両首相ともにホワイトハウスでの首脳会談と記者会見は行われたものの、その後フロリダの別荘に移動して終日?ゴルフ三昧で過したのちに、盛大な晩餐会を開催するというような熱烈な歓待を受けた、とは言えないのではないでしょうか。
まるで王侯貴族を遇するようなもてなしには、かつての敵対的ともいえるような対日発言の数々が、突然に夢幻と化したような印象すら覚えたのは私だけではないでしょう。
日本は、確かに世界第三位の経済大国ではあり、アメリカの有力な同盟国ではありますが、それだけではイギリスやカナダの首相とのもてなしレベルの落差?を説明することは難しいと思われます。
ともかくトランプ大統領としては、自らの信念と選挙公約に基づく政策の遂行に一切異議を差し挟んでこない、有力で独立した同盟国の指導者に対して、最大限の熱烈歓迎の意志表示を行い、国際的な孤立や国内世論の反発に対して一矢を報いようと言う意向もあったのかもしれません。

4)安倍首相の対米従属,朝貢外交と東アジアの冊封体制の根本的相違

朝貢外交
あるいは、国務省あるいはその周辺の日本関連の専門家筋(いわゆるジャパンハンドラー)から、「日本はアメリカの一部のようなものですから、彼らとのディール=取引をあまり強硬に進めるのは得策ではないですよ。対日交渉では企業同士の取引(ディール)で多少損をしても、日本国政府を揺さぶって政策面から、まさに朝貢のような格好で莫大な利益を得た方が賢いですよ」というようなブリーフィングを受けたとも考えられるでしょうか。
このことを裏書きするように今回の日米首脳会談では、上記の延長線上とも言うべき「日米成長雇用イニシアチブ」なるものが日本側から提示され、日本とアメリカがインフラ投資において連携して、アメリカで約七十万人の雇用と約五十兆円(4500億ドル)規模の市場を生み出すことを目指しているようです。この中身としては、「米国内での世界最先端のインフラ実現」「世界のインフラ需要の開拓」「ロボット・人工知能(AI)の共同研究」「サイバー・宇宙における共同対処」「雇用と防衛のための対外経済政策連携」-の五本柱と言われています。
これだけの貢ぎものを持ち込んだ朝貢使節団に対しては、流石にトランプ大統領も日頃の強硬な主張をすぐさま引っ込め、自分の巨大なる交渉力に酔いしれていた、ということになりましょうか。

同じ第二次世界大戦の敗戦国ながら、ドイツのメルケル首相は、トランプ大統領からプーチン氏と同列に論じられ、「両者を最初は信頼するところからはじめるが、当面は様子見だ。その後はどうなるかわからない。信頼がいつまで続くかはまだわからない」、と言うように真剣に警戒されています。メルケル首相が、かのアドルフ・ヒトラーが武力で成し遂げられなかった欧州征服をいつの間にやら成立させた強力な指導者であり、プーチン並みの危険な欧州支配者扱いされている?状況とあたふたと貢ぎ物付きで訪米した、朝貢使節団団長のような安倍首相の落差には、国威発揚という視点を外して考えても非常に残念な思いを禁じ得ません。

ちなみに、かつて中華帝国周辺で行われていた朝貢では、朝貢を受ける中華帝国側は貢ぎ物の何倍あるいは何十倍もの宝物を朝貢国に下賜したと言われていますが、今回の安倍首相が受け取ったのは「尖閣諸島への日米安全保障条約第五条の適用の明言」くらいで、他には「日銀の異次元レベルの金融緩和の副作用?としての結果的に円安誘導的な為替操作問題や安価な生産コストのメキシコ工場からアメリカ市場への洪水のような輸出の問題」があえて取り上げられなかった、ことくらいでしょうか。
これでは、日米の関係は朝貢する側に莫大な利益があったかつての東アジアの冊封体制とは、似ても似つかないながら貢ぎ物を持っていくところだけは酷似している状況であり、本来は到底長続きしないような代物である気もする今日この頃です。

本件に関連する日本の対米従属、朝貢外交の淵源を黒船来航と太平洋戦争惨敗の見地からの分析もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

トランプ大統領べったりでアメリカの属国もどきの日本の現状から脱するための具体的な方策を探る!

帝国に関する議論の概要及び本ブログで扱う「帝国の定義」について!

今回は、本ブログで中心的概念として取り扱う「帝国」の定義の確認を通じて、「帝国とは何か?」を明確にする。

1.「帝国」とは何か
 1)「帝国論」の概要
 2)本ブログで取り扱う「帝国」概念の定義

1.「帝国」とは何か

1)「帝国論」の概要

帝国状況

・ここでは、「帝国論」の現時点における到達点を以下に提示する。

歴史上の帝国を比較の視座に置く研究として山本有造編著の「帝国の研究」があり、同書は京都大学人文科学研究所を中心に歴史学、政治学、人類学を専攻する学者が境界を超えて「帝国とは何か」に取り組んだ論考である。
この「帝国の研究」に関して言及した山内昌之の「帝国と国民」の「序章」をベースに、以下に「帝国の研究」を中心に現時点における「帝国」論の概要を再構成する。
ローマ帝国

「帝国の類型」としては、「モンゴルや大英帝国のように時代と世界を動かす超広域パワー」「広大な領域や異民族を支配する文明圏単位の巨大国家」「地域覇権国家」というようなものがある。もう少し広い意味では「普通の国家を上回る国際的な国家」という捉え方がある。
また近代国民国家以前に存在した国家として、古代帝国以来の多民族と広域を支配する「帝政国家」と言う類型がある。さらにレーニンの帝国主義は、金融資本主義段階にある「近代国家」を指す。(1)

ここからは、内外の論者の「帝国論」諸説の概要を以下に取り上げる。
オスマン帝国

マイケル・ドイルの研究では、「2つの政治社会が支配と被支配、中心と周縁の強力な支配関係」にあることが「帝国」である。また「帝国」とは他の「政治社会」の内政と外交の双方に支配的な権力を行使し、強く束縛し支配する強国を指す。
さらに「帝国の三類型」として、「中心、宗主国の内部から発する膨張力の産物としての経済や軍事を中心とする帝国主義」「膨張の源泉が周縁や植民地社会の状況や危機に由来する帝国」「国家間の力の差に基づく国際システムに由来する帝国」を定義する。(2)

アレクサンダー・モティルの研究では、「帝国とは集権的な組織を持ち領域的な中核を持ちながら、中心から文化的に区分される人々が周縁に住んでいる国家」「中心のエリートが周縁のエリートに対して独裁的な関係を持つ政体」と定義する。(3)

スティーブン・ハウの研究では、「帝国とはもともと国境外の領土を支配する巨大な政治体で中央権力、中核となる領土が有り、通例はその住民が体制全体の支配の座を占める民族集団を形成し、広大な被支配地域となる周縁は征服により獲得する」とし、これらを踏まえて「帝国」とは中央集権のもとに異質な民族や地域を統合する政治システム」と定義する。(4)

山本有造の研究では、「帝国について多民族国家と独裁国家の特徴を強調し、「独裁的多民族国家の特殊類型」」として捉える。また「帝国の源泉は中心部にあり、周縁の事情がそれを「変圧」あるいは「増幅」する条件」として補完的に理解する考え方である。(5)

山室新一の研究では、「国民国家を基礎に成り立つ近代の「国民帝国」は、古代の世界帝国と違い、多数の帝国が同時に競争しながらも利害を調整する「共存体制」を認める存在」であり、また「近代の帝国」は「国民帝国」として「主権国家体系の下で国民国家の形態を採る本国と異民族遠隔支配地域からなる複数の政治空間を統合していく統治形態」と定義する。(6)

杉山正明の研究では、中央ユーラシア、特にモンゴル帝国の盛衰に関する知見も縦横に活かして、「帝国」を「10種類のあり方」「規模による5つの類型」「変遷の7区分」「地域別8パターン」「中央ユーラシア型帝国の13の特徴」などの仮説に基づき大胆かつ精緻に提示している。このうち、「中華帝国」の分析にあたって特に参考になるのは、「帝国の規模による5類型」で、これには「世界帝国」「文化世界、文明圏単位の帝国」「中小規模の帝国」「帝国と王国の間の帝国」「地域型と横断型の国家」がある。(7)
モンゴル帝国

2)本ブログで取り扱う「帝国」概念の定義

前項の内容を踏まえ、本論文で取り扱う「中華帝国」を分析する際に用いる「帝国」の概念は、以下の3要素を満たすような政治体制と定義する。
ロシア帝国

①異質の民族的な基盤を持つ行政的、領域的な組織を、宗主国と植民地、中心と周辺、中心と辺境という関係を基盤として、中央の集権的権力の下に統合する政治システムを持つ(8)

②異民族を統治、統御する政治システムの内部では、民族的相違を基に複数の領域に分割され階層的な秩序が形成され、周辺部では間接的な支配が行われている(9)

③内部における支配と被支配の関係が、「強力な中央統治機構を備える中心」「中心の影響を受ける周辺」及びその両者を結合する「政治的要素、経済的要素、イデオロギー的な要素」の三者で形成されている(10)

参考文献
(1)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2
(2)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2
(3)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p2-p3
(4)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p3
(5)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p3-p4
(6)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p4
(7)山内昌之:帝国と国民 岩波書店 2004 序章 ひきさかれた帝国 p4
(8)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p10
(9)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p10-p11
(10)山本有造:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第1章 「帝国」とは何か p11-p12

トランプによる非常事態宣言や米中冷戦の激化は大統領再選に向けた黒幕バノンのアメリカファースト戦略の一環である!

バノン、トランプ大統領
トランプ大統領は次々に暴露される政権内幕情報を炎上商法のネタとして最大限活用しつつあるようですが、これまでのトランプ政権の動きをトレースすると、中国弱体化を本気で推進する貿易戦争の発動、金正恩との首脳会談実現、ジョン・ブレナン前CIA長官の機密へのアクセス権限剥奪、ティラーソン国務長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官の失脚、など、暴露本「炎と怒り」の主要部分をリークして訣別したはずのアメリカファースト革命を思想的に体現するバノン氏が公言していたシナリオの通りにトランプ大統領が動いていると言わざるを得ません!
今後トランプ大統領は、さらなるマスコミのフェイクニュースへの攻撃を行いつつ、ロシアンゲート疑惑や与野党との折衝に対処しながら、コアな支持基盤の確保・中間選挙勝利・大統領再選に向けて、アメリカ市民を中心に据えてエスタブリッシュメントを打倒を目指すアメリカファースト路線を徹底的に追求していくことになります。

トランプ青年実業家

1.トランプ氏が大統領選挙に当選した理由としてのバノン氏の世界観
1)特殊で巨大すぎる役割に疲弊するアメリカの解放
2)マスコミやプロの政治評論家が読み違えた選挙民とトランプ氏の連帯
3)選挙結果に対する有権者の動揺と喝采
2.今回の大統領選の帰趨を決した激戦州の情勢
1)オハイオの形勢
2)フロリダの形勢
3.トランプ大統領時代の世界情勢はどうなるのか
1)世界の警察官からの脱却
2)普通の国としてのアメリカの方向性
3)トランプ大統領の勝利に困惑し驚愕する有識者やエリート達

1.トランプ氏が大統領選挙に当選した理由としてのバノン氏の世界観

1)特殊で巨大すぎる役割に疲弊するアメリカの解放

アメリカ役割

トランプ氏が大方の予想を裏切り、アメリカ大統領に当選した理由については、アメリカ型民主主義や資本主義の制度疲労もあるかも知れません。
アメリカの多くの有権者は、「ワシントンの官僚やウォール街の投機家が操る既存体制を解体して、オバマに期待して裏切られた真の変革を多少なりとも実現するためには、しがらみのないフレッシュ?なトランプが良いとの選択」をした、とも言えましょうか。

トランプ氏に関しては、自前の資金力で大資本の操り人形にならずに、政治活動が可能な自主独立的な政治家という意味では、日本で類似の立場を確保していたのは「刎頸の交わり」の小佐野賢治の資金力を活用出来た、あの田中角栄のような気がします。
かつての田中角栄も当初は既存のエスタブリッシュメントで固められた体制に、風穴を開けることが期待されて、今太閤とうたわれたものででした。

それはさておき、特に軍事外交を中心に国際社会に密接にコミットメントするアメリカの非常に積極的な姿勢は、かつてフランクリン・ルーズベルトがアドルフ・ヒトラーの世界征服活動に対抗して、イギリス等を支援するために孤立主義を放棄して以来確立されてきたものと言えましょう。その後は戦後の冷戦期から今日に至るまで「世界の平和と安全にかなり強引に関与」する中で、「世界の警察官」としての特殊な超大国の在り方を追求してきた、と言う状況がありました。
昨今では中東への積極的な関与としてのアフガンやイラクへの直接介入やサウジアラビアへの米軍の駐留などが特筆されます。
そういう経緯がある中で、トランプ氏は、そのようなこれまでのアメリカの国際社会における特殊な在り方を根本的に変革し、『戦略的な世界の平和と安全を中心に考えるのではなく、まずアメリカ及びアメリカ国民の暮らしと安全を第一に考える素直な常識人としての発想』でアメリカを指導することを目指している人物である、ということを選挙民に印象付けることに成功したことが最大の勝因でしょう。
そして、そのようなシナリオを描きトランプ大統領の選挙戦を演出したのが、トランプ氏の選挙対策本部長で2017年8月まで首席戦略官を歴任し、ブライトバートに復帰した後、表面上は暴露本への情報リークでトランプ大統領と訣別したため現在はフリーランスの立場にある、とされているバノン氏ということになるでしょう。

2)マスコミやプロの政治評論家が読み違えた選挙民とトランプ氏の連帯

ニューヨークタイムズ

2016年の合衆国大統領選挙の結果に関しては、基本的には「アメリカの有権者が、これまでの理想主義的な建て前の議論に飽きて、目の前の現実を重視して本音で投票した」ということだ、と想定されます。
出口調査時点ですらも「トランプには投票していない」とコメントしながら、実際にはトランプに投票していた有権者も多かったようであり、多くの有権者が表向きはトランプに投票したとなると「体裁上カッコ悪い」という要素を持ちながらも、秘密が守られる投票所の中では「ドナルド・トランプ」の名前を選んだ、ということになります。
このようなトランプ氏への多くの市民の支持に裏打ちされた驚くほど多くの「隠れトランプ票」が雪崩を打って流れ込んでくることによって、マスコミも専門家も票を大幅に読み違え、結果的にアメリカ市民に騙された、ということになりましょうか。

このトランプ氏が動かした滔々たる票の流れは、見方によれば「投票行動がばれると体裁が悪いものの、どうしても投票してしまうという魔力」が、トランプ氏及びその選挙活動の中にあったということになるんでしょうか。このことは、多少ナチスの台頭を彷彿とさせる要素もありますし、通常巷間に言われる通りアメリカの何年か後を追いかけている日本にも、そのうちに似たような光景が展開するような予感もしています。

3)選挙結果に対する有権者の動揺と喝采

EU離脱
2016年大統領選挙での大方の人間がほとんど想定しない選挙結果という点に関しては、その重大さという一点でも「イギリスのEU離脱を巡る国民投票の再現」という感じもしました。欧州に滔々と流れ込む中東からの移民の流れと、それに対抗する移民排斥派を中心とする極右政党の台頭が懸念されていますが、流石に「流行を先取りするイギリス」は、今回もそのような欧州大陸の時代の流れを驚くべき形で先取りし、「EU離脱」という結果を導き出しました。このような重大な歴史の地殻変動は、世界的に連鎖することがあるのかも知れませんが、2017年は欧州大陸でも、フランス、ドイツをはじめとして重要な選挙があり、今回の英米の驚天動地の選挙結果は特にドイツの政治情勢に影響を与えたとも言え、第四がどのように影響するか、まったく目が離せなくなりました。

尚、2016年合衆国大統領選挙の選挙結果に対する抗議行動の盛り上がりは、あり得ない結果に対する棄権者の抗議のようにも感じられ、「今更行動しても遅すぎる」という点でも「イギリスの離脱反対派の油断に共通」するところも多く感じられます。
突き詰めて言えば「選挙は事前の予想で決まるのではなく、最終的な選挙結果で決まる」ということを常に肝に銘じておかなくては、民主主義における政治活動は出来ない、ということになりましょうか。

、2016年の大統領選挙戦において、飛び出してきたトランプの数々の『暴言』は、マスコミや選挙のプロのような玄人からすれば、「投票結果に直結する目くじらを立てるような最悪の選挙活動であった」でしょう。
しかるに最終盤に飛び出してきたトランプ氏の「女性の敵のような言動に関する報道」も「トランプ氏への投票を決意した有権者からすれば日常のテーブルトーク次元」で大した問題ではなかった?ことを考えれば、一度トランプに流れた現状に対する怒りや閉塞感を覚える「真の変革のマグマ」の大きな流れるのを止めることは出来なかった、ということになります。
このあたりは「暴言、虚言」と既存巨大マスコミが騒ぐほど、かなりの数の有権者は「マスコミの欺瞞を直感」しつつ「トランプ側に立って拍手喝采する循環」の流れが出来上がっていったと考えざるを得ません。そしてそのような喝采は、「いわゆる白人低所得者層」という枠組みを超えて広く深くアメリカの中枢部に広がっていった、ということになるでしょう。
ともかく、トランプが「本来行われるべきだった政策の論理と具体的な行動方針を有権者に届く言葉」で語りかけ、かつ「アメリカの栄光に結び付けた」時点で前回のオバマの「変革=Change」に似た「大統領選挙の勝利の方程式」がゆっくりと、しかし確実に動き始めたのではないでしょうか。
このあたりの魔術のような巧みな選挙戦術を主導し、計算通りに選挙戦を勝利に導いたのが、トランプ大統領の選挙対策の責任者であったバノン氏の最大の功績になるでしょう。

2.2016年の合衆国大統領選挙の帰趨を決した激戦州の情勢

1)オハイオの形勢

オハイオ州
オハイオは、選挙人18で、ここ何回かの選挙で民主、共和の双方が交互に勝っていた激戦州であるが、全米の縮図的なところがあり、トランプ氏にベッタリと観られた白人貧困層だけでなくリベラルな白人中間層も多く、一見したところではトランプ氏に大量の票が流れず、クリントンが有利な要素も強い、と事前には想定されていました。
そういう中で、もしトランプ氏がオハイオを取れば「隠れトランプ支持者が予想以上に多い」ことが証明され、全米の票の流れも想定外な状況になりうる試金石とも目されている州であったと言えましょう。
結果的には、ここでトランプ氏が勝利したことで、クリントン陣営に衝撃が走り、全米のマスコミやプロの政治評論家達も自分たちの票読みが実は間違っていたのではないか、ということに遅まきながら気づくことになります。

2)フロリダの形勢

フロリダ州
フロリダは、トランプ氏がメキシコ国境の壁建設公約等で攻撃対象にしていたヒスパニックも多く、オハイオなどと違って白人も貧困層が少なく富裕層高年齢層が多いということで、基本的にはクリントン圧勝、少なくとも勝利は間違いない、とされていました。
そういう中で、フロリダでの最終的な選挙結果を観れば、実際のところ「多くの白人有権者層はブッシュ時代のネオコンやオバマの人道的中東介入政策を本音では嫌っていた」のではないか、と思えるような状況が現出されました。
すなわち、アメリカの主流とでも言うべき有権者層に、このあたりで一度「トランプの掲げる国内重視、世界への介入縮小方針で行ってみるのがアメリカの国益にもなるのではないか」との「広範な世論形成や世界認識が出てきた」と言えるのかも知れません。
結局、トランプ氏を勝利に導いたのはいわゆる白人貧困層だけではなく、それ以外の「広範な隠れ支持者?が雪崩現象的にトランプ氏の単純明快なアメリカ第一主義の論理と公約に共鳴した結果」ということになりましょう。

確かに現在のアメリカは、「軍事力は世界に冠たるレベルを未だに維持していますが、国内のインフラの老朽化は深刻で、新規にインフラを整備してきた中国の沿海部の大都市エリアや日本には太刀打ち出来ない」ことは、アメリカの心ある人々からすれば火を見るより明らか、と言えましょう。
このあたりに関して、トランプが公約する巨大なインフラ投資の魅力は大きく、フランクリン・ルーズベルトのニューディール政策あるいは、ヒトラーのアウトバーン建設による景気回復を想起させる要素もあり、レーガン時代の軍事予算大幅増額より、余程アメリカ経済及び世界経済に好影響を与えそうな予感もあり、それにつれて世界の株価も上昇傾向にある今日この頃です。

3.トランプ大統領時代の世界情勢はどうなるのか

1)世界の警察官からの脱却

海兵隊
2016年の大統領選挙戦中のトランプ氏の発言を聴いていると、「アメリカが戦後維持してきた世界の警察官としての役割を放棄して普通の国になりたがっている」ように思われてなりませんが、そうなった場合の世界情勢は果たしてどうなってしまうのでしょうか?

まず考えられるのは現代に生きる市民達が、非常に長期にわたった第二次世界大戦の「戦後」の終焉を目撃し、新たな世界秩序が再構築される瞬間を眼前にする可能性があるのではないか、ということです。
第二次世界大戦における最大の主戦場であった欧州の東部戦線でナチス・ドイツを壊滅に追い込んだソビエト連邦は、オスマン帝国のように顕著な衰退期間を過ごすこともなく1991年にあっけなく崩壊してしまいました。今回はソ連崩壊後に一極によるゆるやかな覇権体制を構築していたアメリカも、トランプ大統領の登場とともにようやく唯一の覇権国の地位を放棄し「普通の国」になっていくということなのかも知れません。
しかし、考えてみれば第二次世界大戦の戦後は、「今日の展開の早い世界情勢の中では、例外的に異様に長期間維持されてきた」と痛感せざるを得ないでしょう。すなわち2017年は第二次世界大戦終結以来72年を経過したわけですが、例えば日露戦争終結の72年後といえば1978年ごろとなりますが、もし1978年に日露戦争のことを日常的に意識したり、今日の「戦後」を生きる感覚で「日露戦争後」を感じている人間は誰もいなかったのではないでしょうか。
そういう意味でも、今日の時点で第二次世界大戦における「連合国の完璧な無条件降伏による勝利」と「枢軸側の壊滅的な敗戦の意義」を、かつての枢軸国の一員として噛みしめてみるのも世界史的な意義があるのかもしれません。

2)普通の国としてのアメリカの方向性

デトロイト廃墟
トランプ氏の世界戦略の基本には、「余裕を失ったアメリカは、もはや安保タダ乗り論を一切許せる状況にない」という論理が頭をもたげてきている印象があります。
アメリカが同盟国との間に防衛協定等を締結し、「空理空論的な戦略的な優位を維持しようと努力」している間に、「アメリカの保護のもとで格下の同盟諸国が応分の防衛費の負担をすることなく、ぼろ儲けしているのを指をくわえて眺めるのは到底我慢出来ない」ので、「アメリカも同じ次元で普通の国として、可能な限りの儲けの分け前に与るのが当たり前である」、という非常に単純で当然の論理が、トランプ氏及びその熱狂的な支持者の発している世界へのメッセージとなりましょうか。

このような常識的な当たり前の認識と論理は、ワシントンの戦後の政界の常識の延長線上からは、なかなか出てこない発想でしょう。そういう中で政界のアウトサイダーとしてのトランプ氏は、そういう「アメリカの普通の人々から観れば異常ながら、ワシントンの政治エリートからすれば金科玉条だった世界観」をぶち壊して、アメリカの戦略を「真の意味でのアメリカファースト」あるいは「アメリカの普通の市民ファースト」な「普通の国の意識」にコペルニクス的に転回することを目指しており、そこにトランプ革命の意義と目的がある、と言えるでしょう。

そういう文脈でトランプ氏の言動を見直せば、トランプ氏は非常に一貫性のある人物であり一連の選挙戦での発言は、暴言どころか極めて普通の常識的な発言録となりうるわけであり、戦後以来オバマまでの指導者たちの掲げてきた「理想に基づく戦略の数々」の方が、将来のある時点で振り返ると「アメリカ市民をないがしろにしながら、極端な政策課題を掲げた異様な国家を長らく維持するような、あり得ない政治状況が具現化していた時代だった」と映ることになるのかも知れないのです。

ちなみに、トランプ陣営のこのような世界観や政治哲学には、バノン氏の考え方がほぼそっくりそのまま反映されている、と言っても過言ではないでしょう。

3)トランプ大統領の勝利に困惑し驚愕する有識者やエリート達

トランプ対メディア
こうしてみるとトランプ氏の世界観を奉ずる政権に対処するには、これまでの長期にわたる戦後戦略の延長線上で発想していては、なかなか柔軟に対応できない、ことになりましょうか。
アメリカの有識者やマスコミの困惑や驚愕ぶりは、そのような混乱の有様を示すパニックのようにも見えますが、意外に証券市場が安定あるいは、トランプの政策に期待して堅調に推移しているのは、経済界の柔軟性を示す証左でもあり、興味深いところです。

今回の選挙戦を特集した番組の一部に、特に911以降の中東への本格介入後のアメリカ軍の人的被害の大きさや社会的なダメージを取り上げたものがありました。すなわち中東介入におけるアメリカ軍の犠牲者そのものは数千人規模のようであるが、そのまわりには大きな精神的ダメージを受けて帰国後に自殺したり、心的外傷を発症するアメリカ軍関係者は何倍何十倍も存在している状況があります。
これはまさに映画「ランボー」の主人公のように中東の戦地からの帰還後に、アメリカでの生活になじめなかったり、退役後に満足な収入のある職に就けないケースが数多く発生しているということでもあるのです。
そのように観てくると、さしもの超大国アメリカの無敵のアメリカ軍も、そろそろ対外武力介入政策を放棄して本格的な癒しの時期に移行していかないと社会・経済的にもたないところまで疲弊しているように思われてなりません。確かにオバマ前大統領も「世界の警察官」をやめるとは言っていましたし、中東からの一定の撤収方針は示しましたが、アメリカの戦略方針を劇的に転換するところまでのインパクトはありませんでした。
そういう意味でも、トランプ氏の世界戦略の転換と国内重視のアメリカファーストな政策は、アメリカの広範な民意を率直に反映しているということになりましょうか。

このようなバノン流の世界観を現実のワシントンやニューヨークに巣食うエスタブリッシュメントや欧州の批判的な同盟国との関係性の中で、どこまで維持出来るかは、トランプ大統領の再選可能性にも関わってくる興味深い事案になりそうです。

ちなみに、そのようなアメリカの内向きへの戦略の転換は、「新たな世界新秩序の構築」を模索するプーチンのロシアやアジアにおける中国、ひいては「欧州においてEUをベースにひそかに新帝国を建設しつつあるドイツ」あたりの思うツボということになるのかも知れませんが。

本稿の延長線上でトランプ大統領のラストバタリオン的な性格を詳しく分析した以下のリンクもご参照ください。

トランプ=ラストバタリオンのアメリカ乗っ取り=ナチ化とエスタブリッシュメント側のマスコミやマイノリティを巻き込んだ反撃がアメリカ大混乱の真相である!

トランプ大統領は米中冷戦、西側同盟解体=バノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東的な人民独裁手法で大統領再選を目指す!

西洋の衝撃=西欧によるアジア,アフリカへの侵略と植民地化の進行を帝国主義=国民帝国の論理から解明!

Vereshchagin-Blowing_from_Guns_in_British_India

「帝国」に関する諸類型のうち、西欧における国民国家の成立から西欧内部と西欧外部のダブルスタンダードを基調とするウェスタン・システム及びその中核を形成した「国民帝国のメカニズム」について検討する。

1.「国民帝国」の特徴と行動原理
2.「国民帝国」とは対極的な存在である「世界帝国」の特徴と行動原理
 1)「世界帝国」の概念
 2)「世界帝国」と「国民国家」の本質的な相違点
3.「国民帝国」が繁栄していた時代
 1)西欧国民国家間の競争と対外発展の連動
 2)西欧国民国家による世界分割の帰結としての国民帝国

1.「国民帝国」の特徴と行動原理

ヘンリー八世

ここからは近代のウェスタン・システムの中核を成した「国民帝国」について検討していく。
「国民帝国」とは、「主権国家体系の下で国民国家の形態を採る本国と異民族・遠隔支配地域から成る複数の政治空間を統合していく統治形態」であり、「世界体系としては、多数の「帝国」が同時性をもって争いつつ手を結ぶ」もので、「本国と支配地域が格差原理と統合原理に基づく異法域統合として存在」していた。(1)
このように「国民帝国」とは、本国においてはイギリス、フランス、ベルギーのような国民国家の形態を取りながら、アジアやアフリカにお
いては経済的・軍事的な優位性をベースに、「文明化の使命」などと言った正当化言説を掲げて、異なる民族や政治社会の意志を無視して支配・統治・制御を行うという帝国体系が重ねあわされていたのである。(2)
これこそダブルスタンダードの典型とも言える存在であったろう。すなわち、欧州本国においては、自ら以上の最高決定権を持たない主権・国民国家間の法的平等を前提に相互の内政干渉を拒絶する国家体系を構築していた(3)にも関わらず、植民地に対しては国家主権も基本的人権も踏みにじる収奪行為に明け暮れていたことは歴史的な事実である。
このように「国民帝国」は矛盾に満ちた存在として出現し、全ての諸国民が国民国家の理念に目覚めた時には陽炎のように消滅せざるを得ないような不安定な存在であったとも言えるだろう。

2.「国民帝国」とは対極的な存在である「世界帝国」の特徴と行動原理

ホワイトハウス

それでは、ここからは近代の国際体系を規定した「国民帝国」の存在についてより深く観ていくことにしたい。
まずここで「帝国とは何か?」ということを最大公約数的に規定しておく。それは「多民族・多宗教・多文化からなる広領域的政治社会」ということになるだろう。(4)

1)「世界帝国」の概念

次に帝国同士の並列的な存在を許容する「国民帝国」と対極の存在である「世界帝国」の概念についてもここで確認しておく。
「世界帝国」とは、上帝から天命を得た天子や神から委託された預言者、神の名代たる法王などが権力と権威によって、神や天の命令を代行して地上の世俗世界(天下)を治めるという宇宙論的な観念に支えられた帝国である。このような世界帝国は、儒教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などの諸宗教の教義や世界観に基づき固有の発現形態を持っていた。このような世界帝国は、神や天と言う絶対的な権威を基盤としており、自ずと普遍的な存在であるという世界観を有していた。このため自ら統治するエリアの外に存在する「異教徒」も本来はその統治対象であるという認識から、領域拡張や異教徒の取り込みは自明のこととされた。この世界帝国の「世界」とは自ら知りうる世界の全てであり、観念的には全世界と同義であった(5)

本ブログの全体のテーマは、「中華帝国」であるが、ここで挙げたように「世界帝国」としては、キリスト教・イスラム教・ヒンドゥー教など幾つかの普遍的な理念を掲げる「中華帝国」以外の帝国も実在した。
このうちイスラム教を理念とするオスマン帝国については、西欧の衝撃に対応した「世界帝国」のモデルケースの一つとして別項にて取り上げる予定である。

2)「世界帝国」と「国民国家」の本質的な相違点

ドイツ統一
次に「世界帝国」と「国民国家」の国境を巡る本質的な相違について検討してみたい。
「世界帝国」は、普遍的世界観と異教徒をも統一しようとする志向性を強く有しており、帝国の外延を常に拡張しようとする存在である。このように「世界帝国」においては、境界を可能な限り外へと押し広げようとすることを基本的属性としており、帝国の境界は流動的・不確定であることが帝国の生命力の根源の一つでもあった。また外延の茫漠さが、外部を持たない無限性や他者の存在を無に帰するのに役立ってもいただろう。このような開放系としての帝国の有りようは、国境を画定して領域を固定化し内部の固有性を軸として均質的統治を図る、自他の峻別に基づく閉鎖系としての主権・国民国家とは本質的に相違している。(6)

こういうわけで、世界帝国には明確な国境の概念は無いのが本来の姿であり、逆に国民国家は自らの存立基盤を確保するためにも明確な国境の存在が不可欠であった。世界帝国の外には荒涼たる原野や巨大な山脈、砂漠などの人跡未踏の地が広がるというイメージであり、一方で国民国家の国境の外には同様な国民国家が存在して共存しつつ競争するイメージであろうか。
また国民国家は、個別性を持った成員を平等に取り扱うことで統合することを志向するのに対して、世界帝国はその内部に相互に対抗する異質性や個別性を多様に内包しながらも、それらに対する支配者側の超越性により統合することを志向する。(7)
オスマン帝国版図

世界帝国の存立基盤がこのような支配者の超越性に由来する以上、世界観の異なる外界からの衝撃が強力であればあるほど、脆く崩れやすい状況に陥ることは自明であろう。オスマン帝国も清帝国もこのような西欧の衝撃に抗し切れず崩壊の道を辿ることとなった。
ただし、オスマン帝国は、跡形もなく消滅したが、清帝国の領域および臣民は、ほぼそのまま後継国家に引き継がれ今日に至っている。

「世界帝国」は、その唯一性と普遍性を基盤に成立しており、理念的には他の帝国の存在は想定されていないのが普通であった。
一方の「国民帝国」は、国民国家の延長線上に存在しており、国民国家が他の国民国家との関係性で成り立っていた。異民族・異文化の統治を国民国家が相互に認証しつつ、比較優位を求めてより多くの空間と資源を自己の統治領域に組み込むべく覇権を追求していく競合過程の中で国民帝国が徐々に形成されていったと言える。(8)

3.「国民帝国」が繁栄していた時代

アフリカ植民地

1)西欧国民国家間の競争と対外発展の連動

競合する国民国家間での競争が欧州の外での覇権競争につながり、その際の領域拡大の延長線上で結果的に「国民帝国」が形成されていったということになろうか。こうしてみると「国民帝国」というのはアジア・アフリカが覚醒する寸前に西欧の優位が極大化していたという特殊な時代環境の産物ということになるのであろう。
「国民帝国形成期」に西欧諸国を突き動かしていた衝動は、主権・国民国家体系の世界への普及というような高尚なものではなく、あくまでも自己保存・発展すなわち生き残りのためのなりふり構わぬ活動であった。現に存在する西欧の秩序はそのままに、他の地域を市場として再編成し、結果的に広域的多民族統治を行う国家形態へと移行していく中で徐々に国民帝国が形成されていった。この駆動力となる精神的基盤は、ナショナリズムであったが、ドイツ・イタリアなどのナショナリズムはその中でも先行するイギリス・オランダ・フランスの超域的資本主義活動や国民国家形成に対抗して自分たちの国民経済や政治社会の固有性を維持するための防御的なものであったという違いがある。(9)

「国民帝国」とはこのように西欧国民国家の危機意識の中に育まれ、アジア・アフリカ等のその他の世界を動乱の渦に巻き込んでいった。国民国家の形成により本国では、徐々に福祉政策や選挙制度の充実等の国民のための政策が取られ始めている中で、本国外地域の人民をかつてない不幸に追い込んでいったのは極めて対照的な有りようであり、このあたりは、人類の進歩とは何かを考えさせられる事案でもある。

2)西欧国民国家による世界分割の帰結としての国民帝国

植民地地図
いずれにせよ「国民帝国」は「世界帝国」のように普遍的理念の下に文明圏全体を支配するような存在とは異質であり、あくまでも本国たる「国民国家」を持ち明確な国境としてのボーダーを持った存在であった。
このため「国民帝国」相互間でもボーダーにより他の「国民帝国」と領域を接合しつつ、競合し並立するという関係が成り立っていた。
国民国家とは元来等質性をもった民族と領域性をもった土地との緊密な結びつきによって形成される「血と土の共同体」であるとすれば、「国民帝国」にように「民族と土地」を超えて拡張していくのは「国民国家」としては矛盾している。しかるに西欧の国民国家は、自らが生き延びるためには非西欧世界を自己の勢力圏に取り込み領域を拡張していくしか道が無い。また元来世界帝国とは、外縁を持たず外部に競合する他者を持たない卓越的な存在であり、境界線などというものは概念的に受け付けなかったが、国民帝国としては他の国民帝国との領域的区別を明確にするために人為的な境界線が必要不可欠であった。(10)

このように「帝国」としても「国民国家」としても相矛盾する要素を抱え込んだ「国民帝国」は当初からその存立基盤に脆弱さを併せ持った存在だったと言えよう。

尚、今回取り上げた国民帝国の意外な脆さや崩壊の原理については、以下のリンクで詳しく検討しています。
西欧の帝国主義列強によるアジア,アフリカ植民地支配の理念と法律体系!

参考文献
(1)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(2)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(3)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p89
(4)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p90
(5)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p90
(6)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p91-p92
(7)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p91-p92
(8)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p92
(9)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p93
(10)山室信一:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第3章 「国民帝国」論の射程 p94

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国たる日本の現状を分析する!

森友、加計などの学園スキャンダルや相次ぐ閣僚、議員の失言暴言の嵐の中でも、野党の崩壊で先の総選挙には勝利した安倍首相ですが、アメリカとの親密さは北朝鮮への対応も含めてトランプ大統領から百パーセントともにあるとのコメントが飛び出す状況であり、安倍首相にとってはアメリカ帝国の内懐に抱かれる居心地の良さが際立つようですね。
トランプ大統領からは、真珠湾攻撃の裏切りと背信を忘れない、と警告されていたことも暴露されましたが、今後消費税増税や憲法改正に踏み切れるのでしょうか??

ここではいわゆる保守政治家に共通する対米従属、朝貢外交の起源に迫ってみたいと思います。

ペリー

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?
1)ペリー来航と黒船の衝撃
2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失
2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏
1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移
2)日米開戦に至る経緯
3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗
4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

1.日本の対米従属方針はどこから始まったのか?

1)ペリー来航と黒船の衝撃

黒船来航

長らく超大国として君臨してきた清朝の安定的統治を根底から揺るがすアヘン戦争が1840年に発生し、極東情勢もようやく風雲急を告げ始めた1853年7月に遂にペリー率いるアメリカ艦隊4隻が東京湾内の浦賀沖に来航し、アメリカ大統領の親書を徳川将軍に手交することを求めてきました。
この時、出現したペリー艦隊の軍艦は、その外見から日本側からは黒船と呼ばれましたが、「アメリカ独立記念日(7月4日)」の祝賀と称して数十発の空砲を発射したり、江戸湾内を測量するために江戸に接近したり、といった効果的な威嚇を行ったため、江戸では庶民から幕府高官に至るまで混乱状態に陥った、と言われています。

ともかく、初めて巨大な戦艦を4隻も見せつけられた、日本人は衝撃を受け、この時の深刻で根源的な衝撃が、突き詰めて言うと幕末の尊王攘夷運動、明治時代の富国強兵、日清日露戦争から日中戦争、太平洋戦争に至る軍国主義にもつながる武力増強、国力強化重視の国策を生んだと言える、ような気もするところです。
ある意味では、黒船の衝撃は、国民共有のトラウマ?となり陰に陽にその後の日本の国策決定に影響を与え、太平洋戦争に敗戦して、その熱から冷めるまで一貫していた脅迫観念となっていたのかも知れません。

ちなみに、江戸幕府のトップは、アヘン戦争の詳細からペリーの来航に至る極東を巡る情勢を、オランダ風説書を中心とした情報源からかなり正確に把握しており、既に黒船来航の約一年前にはオランダ商館長から別段風説書としてペリー来航も予告されており、そこにはアメリカの要求する通商条約に対するオランダ版の対応素案まで提示されていた、と言います。
ともかく、当時の江戸幕府で将軍の下で最高意思決定者であった老中首座の阿部正弘は、それらの情報を踏まえた意思決定を行ってはいた、ということになるようです。

2)幕末の不平等条約における治外法権と関税自主権の喪失

鹿鳴館外交
その後、幕府の弱体化の進行と欧米列強の極東への進出の延長線上の「閉鎖的なアジアの諸帝国への開国の圧力」の流れの中で、いわゆる「安政の五カ国条約」が締結されました。
この条約において特に日本側に不利な不平等条約として問題になるのは、「治外法権と関税自主権の喪失」ということになりましょうか。
このうち、治外法権の喪失については「条約締結国の領事裁判権の確保と条約締結国人の日本での犯罪に法律や裁判が適用除外」ということであり、関税自主権の喪失については「日本側の関税自主権の否定と外国との協定税率の優先」が規定されています。
さらに最恵国待遇の問題もあり、これは日本側に対してだけ最恵国待遇を義務付けており、締結相手国側にはその義務が無いというような規定があったようです。

この幕末に締結された不平等条約は、戊辰戦争で江戸幕府に勝利して明治維新を達成した薩長藩閥を中心とする明治新政府の正統性が諸外国にも承認される中で、明治時代にも引き継がれていきました。
明治新政府は、諸外国に幕末の不平等条約の不当性を訴えたものの、その実態としては不平等条約改正の基準となった「日墺修好通商航海条約」は、明治二年の段階の条約でありながら、幕末の不平等条約では曖昧になっていた諸外国への利権や特権を明確かつ詳細に条約上に規定する内容となっており、条約改正の道のりは厳しいものとなりました。

その後、井上馨を中心とする鹿鳴館外交、伊藤博文を中心とする大日本帝国憲法の発布や日清日露戦争の勝利による諸外国への国力充実のアピールも功を奏し、様々な紆余曲折を経ながらも日露戦争から数年経過した第一次世界戦争前の1911年の段階になって、ようやく関税自主権を認める日米修好航海条約が締結され、それに続いて諸外国との同様な条約が締結されました。
この段階に至り、不平等条約が事実上撤廃され幕末以来の懸案だった「欧米列強と名実ともに?対等な立場を確保」し、国際社会での自由で独立した立場を確立することに成功しました。

2.日中戦争における優勢と太平洋戦争におけるアメリカへの無条件降伏

1)日中戦争における圧倒的に優位な戦局の推移

日中戦争
さて、黒船来航以来の富国強兵の延長線上で、欧米に追い付き追い越すべく武力の強化に注力してきた日本は、日清日露戦争という極東における戦場において勝利し、欧米列強と肩を並べる帝国主義的な大国としての地位を着々と固めていきました。
さらに日本は、1910年の日韓併合の流れの中で、満州から中国大陸への進出を企図し、満州事変による満州帝国の建設や盧溝橋事件を経て、日中全面戦争に至ることとなりました。
日中戦争においては、天津、北京、上海を次々に攻略するなど日本側有利に展開し、南京攻略前に日本側からドイツ大使を介して和平案を提示し、南京攻略前の段階では蒋介石も受諾の方向で検討していたようでしたが、南京攻略後の日本の中国側への要求の増大や傲慢な態度などにより、日中交渉は決裂しました。

2)日米開戦に至る経緯

真珠湾攻撃
戦術的な勝利を続けながらも、南京陥落以降重慶に移駐した蒋介石政権を打倒する戦略的な日中戦争の勝利という出口が見えない状況の中で、日本はどのように事態を打開するかを模索する必要に迫られてきていました。
そういう中で、日本は1940年にドイツ、イタリアと三国同盟を締結し、英米から離反し枢軸側に軸足を移した国策を遂行する方向に動き始めました。
実際のところ日本が戦争継続のための資源の大半を依存するアメリカと距離を置くことになる枢軸側との三国同盟の締結には、日本側にも多くの批判や懸念があったと言いますが、ドイツが欧州の大半を制圧し、特にフランスが短期間で征服され、ヒトラーが早朝のパリを散歩する情勢に至って「バスに乗り遅れるな」というような短絡的な認識が優勢となり、結局は日本は戻れない道を歩み始めることとなったとも言えましょうか。

アメリカは、欧州でのドイツの圧倒的な優勢と孤立するイギリスの狭間に立ち、イギリスを軍事的に支援することはしませんでしたが、極東では三国同盟の一角である日本への経済制裁を強化し、屑鉄の輸出を禁止したのを皮切りに先述の日米修好航海条約が廃棄され、石油の輸出禁止などの日本への制裁が始まりました。
戦争継続能力に問題が生じた日本は、資源確保を目指して仏印進駐を遂行しましたが、これがより一層アメリカを刺激し、対日制裁を強化してきたため、野村駐米大使とハル国務長官の間で日米交渉が行われましたが、紆余曲折の末に交渉が決裂し、最終的には日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃して日米の全面戦争に至ることとなりました。

それにしても、アメリカからの資源に頼って戦争していた日本が、その資源の供給先のアメリカを自ら奇襲攻撃してまで戦争を開始する必要があったのかは、はなはだ疑問のあるところでしょうか。

3)緒戦の勝利からアメリカの反撃と最終的な壊滅的大敗

硫黄島の戦い
日本軍は、真珠湾での奇襲攻撃の戦術的な成功以降、基本的にはミッドウェー海戦のあたりまでは超大国アメリカを相手に有利に戦局を展開しましたが、1942年6月のミッドウェー海戦では日本海軍は4隻の空母と重巡洋艦1隻を喪失する大敗を演じました。
その後、1942年8月にアメリカ軍は、日本海軍が飛行場建設をほぼ完成させていたガダルカナル島を占領しましたが、日本海軍としてはこの飛行場を何としても奪還すべく、陸軍に強く要請してアメリカ軍と日本軍との間に壮絶な死闘が繰り広げられていくことになります。
ガダルカナル島を巡っては、こののち三次にわたるソロモン沖海戦やガダルカナル島における消耗戦が半年程度続いたのち、補給線の問題やこれ以上の損害を回避する必要等を勘案して、1943年2月に遂に日本軍はガダルカナル島からの撤退を決断するに至りました。
さらに、1943年4月に山本五十六連合艦隊司令長官が乗っていた航空機がアメリカ軍に撃墜されるという事案が発生しましたが、これはアメリカ軍が日本の暗号を解読し機密情報がほぼ筒抜けになっていたことの証左と想定されます。

こののちの太平洋における戦況は、アメリカ統合参謀本部の立案した、
1.封鎖(油田と戦略拠点の遮断、日本本土への物資輸送の妨害)
2.空爆(日本本土の主要都市への空爆)
3.上陸(日本本土への上陸による地上戦)
という三段階の「対日作戦計画」の戦略に沿うような形で推移してしまいました。

その後、日本軍は各地で補給線を寸断され、車両、航空機、艦艇への燃料の補給が困難になってきていましたが、具体的な戦局ではサイパン陥落(1944年7月)、テニアン陥落、グアム陥落(1944年8月)の一連の戦いによりアメリカ軍が日本本土へB29戦略爆撃機で空爆することが可能になりました。
特にサイパン島陥落は、日本にとっての当該方面での最重要基地の失陥を意味し、この時点で日本軍の反撃の可能性はほとんど無くなったと言って良いでしょう。

東京における政治情勢も、「絶対国防圏」の一環として設定していたサイパン島陥落により、東条英機内閣の崩壊という余波を被ることになりました。

さらに1945年1月にはフィリピン島陥落、1945年3月には硫黄島陥落と続き、制空権の喪失とも相俟って1945年3月の東京大空襲をはじめとする本土空襲の激化、1945年3月~6月の沖縄での地上戦、1945年8月広島・長崎への原爆投下、ソ連参戦と続く一連の敗戦に向けた流れを辿ることとなりました。

この敗戦の帰結は、ルーズベルトがこだわっていた無条件降伏であり、東京、大阪、広島、長崎をはじめとする京都・奈良以外の大半の都市の破壊し尽くされた廃墟の悲惨な姿でした。

その後には、あのカリスマ性に溢れたダグラス・マッカーサー連合国最高司令官とGHQによる占領が数年にわたって続くことになります。
徹底的で壊滅的な大敗と無条件降伏、さらには日本史上他に類例を見出せない外国軍隊による占領という激動は、民族的なトラウマを生み出したとも言えましょうか。

日本、特に自民党政権の対米従属路線の根幹にはこのような長きにわたる歴史的な経緯が横たわっていると言えるのではないでしょうか。

4)アメリカと西側の価値観を受容した日本と拒絶するイラク・中東イスラム圏の相違

ブレマー長官
ちなみに、アメリカによる軍事的な大勝とそれに続く組織的な占領政策の実施、という日本に多少なりとも似通った道程を21世紀になって辿った国にイラクがあります。
恐らくアメリカと戦っている段階では、日本もイラクも反米嫌米感情のレベルは、そんなに遜色なかったのではないか、と思われるほど徹底的なものがあったのではないかと思われます。
さらに、イラクにはGHQと比較されるCPA(連合国暫定当局)という戦後処理の組織が設立され、その代表者にはこれまたダグラス・マッカーサーのポジションと比較されたポール・ブレマーが就任しました。

しかるに、日本とイラクでは占領時代から戦後に至る対米感情や西側民主主義に対する受け入れ度合いは、まさに懸絶していると言わざるを得ません。

この相違を検討してみると、そこには幾つかの理由が浮かび上がってきます。

①日本とイラクに対する「西洋の衝撃」の歴史的文化的な状況の相違
日本が対米従属や西側の価値観を全面的に受け入れるまでの経緯は、ここまで記載してきたとおりですが、イラクの前身は別項でも詳述したオスマン帝国の一部でした。オスマン帝国はある段階まで、イスラム世界を体現する世界帝国として君臨しており、イスラム世界も一枚岩を誇っていましたが、今や現状のようなバラバラな国家群に分裂?しています。シリア,イラク等の中東情勢混迷の根底にあるイスラム世界秩序=オスマン帝国の崩壊!
②戦後処理遂行担当者の資質の相違
GHQとCPAのリーダーの資質の相違、すなわちマッカーサーとブレマーのカリスマ性、政策遂行における実行力、信念といった人間的な要素も、いわゆる占領政策遂行にあたって大きな影響があったのではないでしょうか。
③政策遂行を取り巻く地政学的環境の相違
GHQの日本統治においては、当初は軍国主義の影響を排除する目的で戦犯を中心に公職追放が横行していましたが、ソ連との冷戦が本格化すると真逆の赤狩りやレッドパージが行われはじめ、日本の再軍備や産業力の強化が至上命題になっていきました。そういう中で日本は非常に恵まれた環境で戦後を過ごすことになりました。
他方でイラクや中東は、イスラム世界がテロの温床であるとの市民レベルでの広範なイメージの悪化や駐留軍の士気や質の低下、刑務所内での拷問の横行など中東と西側世界が戦後に和解する要素がほとんど皆無と言っていい好ましくない環境が出来上がってしまいました。

911

このような要素も相俟って日本の対米従属路線は定着し、戦前が地獄に思われるほどの優遇された国際環境の好転の中で、日本は高度成長を現出し、「アメリカとともに歩めば間違いない」との広範な国民的コンセンサスが非常に自然かつほぼ完璧に日本の国策としてビルトインされることになりました。

これは、当にかつての中華帝国の周辺弱小異民族が、帝国の一員として味わった安定、平和、繁栄、調和と類似しており、外界からは一見不合理で不平等な矛盾に満ちて見える帝国的秩序が、想像を超えた永続性を維持する根拠のような気がします。
そういう意味で日本が、太平洋戦争の「戦後」を70年以上にも渡って、後生大事とでも言うように維持し続ける理由も、アメリカと言う「帝国」の周縁部の一員として生き続ける安楽さや過ごしやすさが、途方もなく居心地がよい、ということの証左となるのでしょう。
さしずめ自民党政権は、その帝国的秩序の典型的な構成要素となりましょうか。

尚、本稿に関連した自民党政権の対米従属、朝貢外交傾向を分析した以下の内容もご参照ください。

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国のような日本の現状と自民党政権の限界!

トランプ大統領ファーストでアメリカの属国と化した日本の現状は日米地位協定に明記されている!

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トランプ大統領のバノン主義=アメリカファースト路線は理念型国家アメリカをウェストファリア型の普通の国民国家に再編する!

ウェストファリア条約

トランプ以前のアメリカの脱国民国家的で普遍的な価値観をベースとするグローバリズム,市場原理主義に基づく帝国を、ウェストファリア条約に遡りつつ「アントニオ・ネグリの帝国論」をベースに現代マルクス主義的な視点で検討し、それらに対峙するトランプのアメリカファースト革命の根本的な意義を解明していきます。

1.アントニオ・ネグリによる「世界帝国」の概念
1)資本主義の進展による帝国の変質
2)機械装置のような中枢なき新たな帝国の成立
2.「世界帝国」以前の状況を支配した「国民国家」の枠組み
1)ヨーロッパにおける中世の秩序
2)ウェストファリア条約で確立した新たな国際秩序
3)ウェストファリア体制と植民地支配システムの終焉
4)国民国家のような主体の存在しない資本の拡大運動としての帝国
3.「国民国家」による秩序を掘り崩す新たな世界秩序を巡る動きとトランプ革命の関係性
1)ナショナリズムを基盤とするウェストファリア体制に馴染まないアメリカ帝国
2)脱ナショナリズムの普遍的な原理に基づく帝国としてのアメリカ
3)トランプ大統領のアメリカファーストによるグローバリズム,市場原理主義,資本主義への攻撃

1.アントニオ・ネグリによる「世界帝国」の概念

1)資本主義の進展による帝国の変質

円卓会議

ここでベースとなる考え方としてのアントニオ・ネグリの言う「帝国」とは、巨大な資本制システムそれ自体を指していています。このシステムは特定の国家や国民と言う枠を超えたもので「一種の機械装置」であり、特に命令中枢や末端の制御装置も存在しないものです。この「帝国」の捉え方は、いわゆる「近代の帝国」あるいは「帝国主義的な枠組み」とは異なります。「近代の帝国」の捉え方では、帝国主義=資本制システムというものは、国家と資本が合体して、国家の侵略と資本の侵略がほぼ一体としてなされるのが常態でした。これは国家の侵略を国の指導者が先導し、国民は高揚するナショナリズムに踊らされて、それに追随し、結果的に国民国家意識がさらに高まるような状況がベースにありました。
また資本の側においても財閥当主や企業の総帥と言ったような中枢指導層が、国家のトップと一体となって侵略を合議し推進するような中核権力の所在がはっきりした政治体制であったと言えるでしょう。(1)

2)機械装置のような新たな帝国の成立

ドバイ

そういう状況を踏まえてアントニオ・ネグリは、これまでの「国民国家」の延長線上での資本制システムについて取り上げるとともに、さらに現在それを超えるような巨大な資本制システムが「帝国」として成立しつつあることを描写しています。そして、その巨大な資本制システムを背景とする「帝国」は、機械装置のようなもので、命令を発する中枢機能も末端の制御装置も無いような存在で、近代の資本制システムを背景とする「国民国家」とは大きく相違するところがある、という認識を示しています。

それではまず近代西欧諸国の国民国家をベースとする体制が、どのようにして成立してきたかをそれ以前の中世のアナーキーな状況と対比させつつ確認してみましょう。

2.「世界帝国」以前の状況を支配した「国民国家」の枠組み

1)ヨーロッパにおける中世の秩序

ヴァチカン

国民国家をベースとする体制の基盤は、中世のアナーキーな支配状況を克服する過程で最終的に三十年戦争の講和条約であるウェストファリア条約で確立したと言えますが、それでは中世のアナーキーな支配状況とはどのようなものだったでしょうか。

中世の秩序としては、

・封建的な領主と家臣関係において支配が重層的なだけでなく、領域的にも広範な飛び地をもった支配や領主=支配者の頻繁な交替が可能であり、近代的な排他的主権、所有権が確立していない。
・自然な法、宗教、慣習により正統化された地域支配体制で教皇、皇帝などがそれぞれの秩序を支える組織を持っていた。(2)

すなわち、ウェストファリア条約以前の国際秩序の編成原理は、緩やかな「帝国」の原理とでもいうべきものであり、開かれたエリア内を帝国や教会、都市国家をベースにしたネットワークが多層的につないでおり、その主導権は理念上は世界全体を支配したいと考える帝国=古代ローマの後継を志向する「神聖ローマ帝国」や「ローマ教皇庁」が握ろうと努力し、イタリアの都市国家が経済ネットワークをコントロールするような体制でした。

2)ウェストファリア条約で確立した新たな国際秩序

ウェストファリア条約

これに対して三十年戦争後の1648年に戦後の講和条約としてウェストファリア条約が締結されました。
ウェストファリア条約で方向性が定まった国際秩序は、以下のように類型化されます。

・「国際法上の国家主権」の概念が重要な位置を獲得
・中世の教会のような国家より上位の権威を政治権力として否定(政教分離)
・外部の権力を認めず、領域内部の絶対権力を主張するウェストファリア型国家主権

尚、EUの所属国家は、「国際法上の国家主権」は維持しつつ、「ウェストファリア型」国家主権の一部を放棄しており、台湾は後者は維持しつつも前者の獲得は出来ないでいる、と考えてよいでしょう。このようにウェストファリア体制においては、中世的な「帝国」や「ローマ教皇庁」の主導権が後景に退き、主権国家群が新しいシステムを形成することとなりました。(3)

ここにおいて初めて主権国家の位置づけが固まり、領土と国民の範囲が明確になり、主権国家の側からは領土内での国民の安全や私的所有権を保障する意志が明確になった、ということになります。この流れから国家間の安定した外交関係や勢力均衡が模索され、対等な国家関係という観念がある程度までは定着していきます。(4)

3)ウェストファリア体制と植民地支配システムの終焉

植民地支配

このように中世から近代への転換を経る中で西欧諸国は、西欧の枠組みの中での比較的平和で安定した状況を確保しつつ、その他の地域を収奪するシステムを徐々に形成していくことになりました。
ところがネグリによれば、このようなウェストファリア体制は既に終わっている、という認識を提示しており、その論点は以下のようなものです。
ネグリによれば、「元来ウェストファリア体制に基づく勢力均衡や秩序維持の対象は、あくまでも欧州の範囲内であり、この枠外のアジア・アフリカにおいては欧州諸国は国際法に拘束されずに自由に侵略して良い、という暗黙の了解があった。これがいわゆる植民地と宗主国の関係の構築であり、これにより欧州諸国は搾取と収奪を基本とする植民地支配システムを完成させ、欧州における平和と秩序は維持されることとなった。(5)」ということです。

確かにこのようなダブルスタンダードな状況は、特に第二次世界大戦後のアジア・アフリカ諸国の独立までは顕著に存在していたと言えるでしょう。アジアにおいてはオスマン帝国はその中東エリアが主としてイギリスの植民地となり、インドもイギリスの植民地と化しました。また清国も領土割譲こそ香港、マカオにとどまりましたが、その経済権益を欧州列強や日本に奪われることとなりました。

ただし、植民地分割が完了し拡大する余地が無くなると、植民地の再分割に向けた帝国主義戦争が始まってしまいます。これにより欧州の国民国家同士の平和維持システムが破綻に瀕することとなりました。(6)
これも歴史に照らして観れば、第一次世界大戦などはその典型的な事例として挙げられます。この戦争は、後発国たるドイツが、英仏露の植民地獲得の先発国に挑んだ戦争という側面も濃厚でした。

4)国民国家のような主体の存在しない資本の拡大運動としての帝国

国際連合

一方資本制システム自体は、国民国家がもっている主体的頭脳のようなものを欠いていて、無限に拡大しようと動くだけでいかなる力もこれに対抗することが出来ない、ということがあります。従って、資本はただただ拡大していくが、この過程で植民地と宗主国という関係を破壊せざるを得なくなってきます。その果てには、資本がフランスやドイツと言うような国民国家にまたがる多国籍企業という形態が出てきます。そうなってくると、本来互いが均衡関係を保つ単位であった国民国家が、それをまたぐ多国籍企業のような形態の進展により乗り越えられ包摂されて、均衡関係が崩壊してしまいます。このように国民国家という枠組みが掘り崩されるとその先には、国連の機能停止や国際法の意味の喪失につながっていくような事態があり得る、ということになります。(7)

3.「国民国家」による秩序を掘り崩す新たな世界秩序を巡る動きとトランプ革命の関係性

1)ナショナリズムを基盤とするウェストファリア体制に馴染まないアメリカ帝国

アメリカ独立革命

近代の国際秩序が国民国家の枠組みの中で、成立し一定の均衡状態を維持してきたのは、間違いないところです。そのような平和と安定の基盤が国民国家の枠を超える資本の動きの中で掘り崩され、形骸化しつつあるということですが、確かに多国籍企業の動きは国境を越えており、主権国家の領域内での絶対的な支配権も国境を越えてしまえばその動きを完全に捕捉することは困難になることは間違いないところでしょう。このような状況は広い意味で「古代ローマが実現」し「神聖ローマ帝国が憧憬」して果たせなかった「世界帝国の再生」とでも呼べるのかもしれません。国民国家により形成された「近代の帝国」の典型としての「国民帝国」(「植民地帝国」)とは相違する本格的な「世界帝国」がウェストファリア体制に続く新たな世界秩序として姿を現しつつある可能性もあるのです。

ここでいう「世界帝国の再生」を理解する場合のモデルとしてアメリカの存在を検討してみましょう。アメリカは国家成立当初より従来の西欧型国民国家の実態とはかけ離れており、元来「国民国家の要件」を欠いた存在であると言えるでしょう。アメリカの国家形成の原理は、民族的な基盤に基づくナショナリズムとは言えず、あくまでも「自由と民主主義」ということになりますが、これは国民国家的な次元の理念ではありません。すなわち、「自由と民主主義」を主体的に受け入れることが出来る人間であれば、たとえそれが元はどんな人種、民族、言語の人間であっても支障なくアメリカの国民になることが可能であるという原理です。このような原理及びそれに基づく国家とは、明らかに国民国家、ナショナリズムと言った要素を否定するものであり、もともとアメリカは脱ウェストファリア的な状況を志向する原理に基づく「特殊な国家」であった、と言えるでしょう。

2)脱ナショナリズムの普遍的な原理に基づく帝国としてのアメリカ

ソ連東欧革命

合衆国大統領であったジョージ・ブッシュ・ジュニアが21世紀初頭にリトアニアや東欧各国を歴訪して熱狂的に迎えられた時に現地で、イラク戦争に反対した独仏を「古い欧州だ」と切り捨てた発言があって注目されたことがありました。これは単にブッシュ・ネオコン政権の偏った発言という要素もあったものの、本質的にはウェストファリア型の国民国家原理に基づく西欧を牽制しつつ、元来「自由と民主主義」とは対立していたものの、ウェストファリア体制とは異なる「社会主義」という「普遍的な理念」に基づいて形成されていた東欧圏を取り込もうとした戦略的な発言であり、結果的にその戦略が一定の成功を収めたもの、とも言えるかもしれません。(8)(9)

すなわち、当時のアメリカは「社会主義」という普遍的な原理で成り立っていた東欧諸国を、ソ連の崩壊を機に新たに「自由と民主主義」という普遍的な原理で取り込み、その勢力圏を拡大した、とも言いかえることが出来たかも知れません。
またこの状況は、アメリカ一国の問題と言うよりも冷戦後の現代世界を全て呑み込もうとする「グローバリゼーション」や「資本主義の発展した段階」「市場原理主義」と言った現象を包括的に捉えて、「世界帝国の再生」現象の一端と描写出来たのかも知れなかったのです。

3)トランプ大統領のアメリカファーストによるグローバリズム,市場原理主義,資本主義への攻撃

トランプ,ヒトラー
しかるに、そのような普遍的な「自由と民主主義」という理念をベースに脱ナショナリズム的な観点から国家を成立させてきたはずのアメリカにトランプ大統領が誕生したのは、アメリカの建国以来の理念を根底から揺るがす衝撃的な変化、と言える気がしています。

すなわち、トランプ大統領の成功の要因は、アメリカを「自由と民主主義」という普遍的な原理に基づく特殊国家から、ナショナリズムに基づく国民国家の枠組みに再構成することにある程度成功した、ということにあるのではないか、というのが私の現時点での見立てになります。
この際、トランプ大統領が、本来国民国家としての由来を持ちにくいはずのアメリカにとってのナショナリズムの基盤に据えたのは、かつての偉大なアメリカ、すなわち第二次世界大戦に圧勝し繁栄を極めた戦後の1950年代頃のアメリカへの郷愁=ロマンチズムであり、そこに向かってアメリカを再生しようとする「Make America Great Again」というスローガンであった、ということになりましょうか。

そして、トランプ大統領の選挙運動においては、かつてのあの時の反映しセピア色の繁栄を謳歌していた時代のアメリカへの特に白人有権者の郷愁=ロマンチズムをかきたてることに全力を挙げることで票を掘り起こし、アメリカを一気にグローバリズム,市場原理主義,資本主義を基調とする普遍主義の特殊国家から、ナショナリズムに基づくアメリカ市民を第一に考えるアメリカ国民国家へと、その歴史的な枠組みまで再構成しようとしつつあるのではないか、と考えられます。

そのように考えると、トランプ大統領の出現は、ソ連・東欧圏の崩壊による20世紀後半の革命に匹敵する、ある意味では世界史的で革命的な事象と捉えることもできるのかもしれません。

そして、まさにこれは1930年代にヒトラーが、ドイツで行った政治運動と同一線上にある、とも言えるような気がします。
まさしく、トランプ大統領の出現は、ドイツ映画「帰ってきたヒトラー」が先取りした事態の現実バージョンとも見なせそうです。

尚、アメリカファーストの帰結として一部で想定されている、アメリカ版文化大革命と中国の文化大革命の関連性については以下のリンクで詳しく分析しています。
トランプ政権を離れたバノンはヒトラーの予言実現のためアメリカ版文化大革命を扇動する!
トランプのアメリカファースト路線でヒトラーの予言したアメリカの文化大革命的混乱状況が完成する!

参考文献
(1)的場昭弘:マルクスを再読する 五月書房 2004 第一章 アントニオ・ネグリの「帝国」の概念 p14
(2)杉原董:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第4章 近代国際秩序の形成と展開 p141
(3)杉原董:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第4章 近代国際秩序の形成と展開 p140
(4)杉原董:帝国の研究 名古屋大学出版会 2003 第4章 近代国際秩序の形成と展開 p141
(5)的場昭弘:マルクスを再読する 五月書房 2004 第一章 アントニオ・ネグリの「帝国」の概念 p16
(6)レーニン:帝国主義論「帝国主義の世界再分割」についての記述
(7)的場昭弘:マルクスを再読する 五月書房 2004 第一章 アントニオ・ネグリの「帝国」の概念 p17
(8)加々美光行:裸の共和国 世界書院 2010 第5章 大漢民族主義は超えられるか P203
(9)加々美光行:21世紀の世界政治3中国世界 筑摩書房 1999 第14章 覇権国家の諸類型 P149