トランプ大統領のアメリカファースト革命と毛沢東の文化大革命の同質性!

毛沢東が文化大革命で標的にした劉少奇、鄧小平ら実権派、走資派の何が問題にされたのか?

劉少奇、鄧小平らの実権派、走資派が文化大革命で問題にされた路線や方針と毛沢東が追求しようとしていた路線との相克を検討する。

1.文革の標的とされた劉少奇・鄧小平の「調整政策」
1)食糧危機解決のための政策
2)ネコ論(=鼠を捕るネコであれば何でもよい)による政策遂行
3)「調整政策」遂行段階での党主席たる毛沢東の隔離の進行
2.劉少奇・鄧小平らの「調整政策」に対する毛沢東の認識
1)毛沢東の「調整政策」への反感
2)毛沢東の「個人経営」への拒否反応とコミューン的革命原理への郷愁
3)毛沢東の思想的政策的岩盤
3.文革の始動と全党を挙げた「走資派」「実権派」への階級闘争
1)毛沢東による文革を規定する用語法としての「走資派」「実権派」の提起
2)「調整政策」とその推進者への階級闘争の開始

1.文革の標的とされた劉少奇・鄧小平の「調整政策」

劉少奇,鄧小平

それでは、文革期の毛沢東らの用語法が語られた契機となった劉少奇・鄧小平らが採用した「調整政策」とはどんなものだったのであろうか。また毛沢東は、どのような意識からこれらの用語法を使いだしたのであろうか。

1)食糧危機解決のための政策

「調整政策」に関しては、何よりもまず食糧危機の解決のため、農民の生活意欲を高めて生産力を回復させるべく自留地、家庭副業、農村自由市場の復活が図られ、公社の規模が削減され、その権限も下部へと委譲され、公共食堂も廃止された。また大躍進期に急膨張した都市人口の農村への移住政策も着手された。さらに工業の分野でも思い切った縮小措置が行われ、大躍進期に一斉に出現した、主として小規模工場の大半が効率の悪さのため切り捨てられた。(1)

2)ネコ論(=鼠を捕るネコであれば何でもよい)による政策遂行

鄧小平
「調整政策」は1962年半ばから本格化したが、「農家生産請負責任制」「市場自由化の積極的利用」「物的刺激制による生産効率性追求」を三本柱とし、1964年には毛沢東から「三自一包」政策と総称された。このうち「農家生産請負責任制」については、1962年2月に鄧小平が「黄色いネコでも黒いネコでも鼠を捕るネコは良いネコだ。過渡期においては、生産回復に有利な方法があれば、どんな方法でもそれを採用すれば良い。」と言うネコ論を語って有名になった。(2)

3)「調整政策」遂行段階での党主席たる毛沢東の隔離の進行

毛沢東,ニクソン
このような一連の「調整政策」遂行のプロセスにおいて重大な問題が発生しつつあった。それは、党主席たる毛沢東と党、及び政府実務官僚との間に明らかにある種の乖離が生じ始めていたことである。
大躍進の挫折のあとということもあり、その最大の責任者である毛沢東は多少とも隔離された位置にあったようで、政策の具体的な措置にあたって、しばしば実質的に無視されたと言う。(3)

2.劉少奇・鄧小平らの「調整政策」に対する毛沢東の認識

毛沢東222

1)毛沢東の「調整政策」への反感

毛沢東は、このような「調整政策」に対して、当初から反感を抱いており、特に「農家生産請負制」に関して、1962年7月には陳雲に「田を分けて戸別単独経営をやらせることは、集団経済を崩壊させる修正主義である」と述べ、さらに1962年8月の北戴河会議では、農村の階級分化、貧富の格差拡大をもたらしつつあるとして「社会主義に向かうのか、それとも資本主義に向かうのか?」「党内の一部の者は悪質化し、汚職腐敗し、妾を持ち、単独経営をやるなど、看板は共産党で支部書記だが、明らかに大衆を奴隷化している」と述べた。(4)

2)毛沢東の「個人経営」への拒否反応とコミューン的革命原理への郷愁

毛沢東3333
この個人経営か集団経営かということは、毛沢東にとっては決定的な分岐点になったようである。
個人経営は、必然的に階級分化を産み出し、貧富の差を生じ、あらゆる悪徳、ブルジョア・イデオロギーを発生させ、社会主義を内部から解体させる。このような毛沢東の資本主義的な市場原理に対する拒否反応は、19世紀以来の国際資本主義の中国進出、それにともなう伝統的中華帝国の解体、それからの再生というこれまでの全歴史過程が刻印されていた。その対極に位置して、その歴史に対抗するのは、毛沢東自身の革命過程が紡ぎ出したコミューン的原理だった。(5)

3)毛沢東の思想的政策的岩盤

アヘン戦争

このように毛沢東の思想的・政策的岩盤には、アヘン戦争以来の中華帝国の動揺と苦難の歴史が常に想起されており、またそれへの唯一の有効な解決策は孫文以来誰もが成し遂げられなかった中華世界の解放を実現した自らのコミューン的な革命手法である、との確信と信念が存在した、と言えよう。

3.文革の始動と全党を挙げた「走資派」「実権派」への階級闘争

文化大革命迫害

1)毛沢東による文革を規定する用語法としての「走資派」「実権派」の提起

こうした中で毛沢東は、1964年6月には、「農村の基層組織の三分の一の指導権は、既に手中には無く、地主、ブルジョア分子に簒奪されている」(6)と述べ、さらに1964年12月には「官僚主義者階級と労働者階級・貧農下層中農階級とは鋭く対立しあう階級である。これら資本主義を行く指導者は既に労働者の血を吸うブルジョア階級に変質したか、変質しつつある」と述べるまでにエスカレートし、遂に1965年1月には、「今次の運動の重点は、党内のあの資本主義の道を歩む実権派を一掃し、都市農村の社会主義の陣地を一層強固にし発展させることにある。あの資本主義の道を歩む実権派は、表舞台にも、舞台の背後にもいる」と述べて、「階級闘争」の攻撃の対象を党内の幹部、特に党中央の幹部に向けた。ここに文革を規定する毛沢東の用語法である「走資派」「実権派」の概念が提起されるに至った。(7)(8)

2)「調整政策」とその推進者への階級闘争の開始

江青女子

ここに至って、「調整政策」は、その現実的な当否を超えて、一挙に「尖鋭な階級闘争」「資本主義の道を歩む実権派」の出現と言う方向に展開し、それが党全体の課題とされることととなった。こうして「調整政策」とその推進者は、中華人民共和国の体制を支えるイデオロギーに抵触することが提起されたと言えよう。幹部の不正が摘発され、それが「ブルジョア分子の出現」「ブルジョア的権力の出現」と規定された段階で、全党を挙げた階級闘争が開始されることは、まさに公定イデオロギーの貫徹の法則的な帰結であった。(9)

毛沢東が文化大革命を断行した目的は中華王朝崩壊時の農民大反乱のエネルギーを活用した国家大改革再現である!

米中冷戦状況下の習近平の政治目標は文化大革命期の毛沢東個人崇拝と中華帝国皇帝専制体制再現である!

<参考文献>
(1)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p21
(2)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p24
(3)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p23
(4)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p25
(5)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p25
(6)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p25
(7)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p235
(8)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p25-p26
(9)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p26

トランプ大統領の人民独裁的なバノン主義=アメリカファースト路線と毛沢東の文化大革命路線の類似性の検討!

アメリカファースト

トランプ大統領の理想主義的なアメリカファースト路線の延長線上にある、毛沢東による人民ファースト路線の極限の姿としての文化大革命時代の大混乱の真相を解明し、トランプ政権が真に目指す最終的な目的地として疑われるヒトラーが予言したアメリカにおける文化大革命的な分断や混乱の可能性を検証する。

1.トランプ大統領のアメリカファースト路線と現代中国に厳然として残る強固な文革的路線
1)改革開放の論理に抵抗する保守派の拠りどころとしての文革とトランプ大統領のアメリカファースト
2)現代中国における「文革」と「改革開放」の二路線とトランプ大統領のアメリカファーストの関連性
3)劉少奇の「調整政策」の継続としての鄧小平の「改革開放政策」
2.現代中国においても根強い「文革」的見地からの「改革開放政策」批判
1)「万言書」の出現とその文革的論理からの改革開放批判
2)現代に復活した文革期と共通する用語法による改革開放路線批判の論調
3)文革終結直後の毛沢東らの用語法の全面否定と現代中国の政治経済状況
3.中華帝国の伝統的な政治方針に連なるのは改革開放路線か?
1)社会主義中国における毛沢東路線と劉少奇・鄧小平路線の相克
2)中華帝国伝統の賢人主導のエリート主義に連なる改革開放路線

1.トランプ大統領のアメリカファースト路線と現代中国に厳然として残る強固な文革的路線

文化大革命2

1)改革開放の論理に抵抗する保守派の拠りどころとしての文革とトランプ大統領のアメリカファースト

現時点においても、文革あるいは文革的路線というのは、中華人民共和国における「原理主義的な社会主義の表出」及び「毛沢東思想原理主義の表出」とでも言えるだろう。そういう意味では、「改革開放の論理」に抵抗する保守派の理論的・情念的な根拠には文革的なるものが常に息づいているのではなかろうか。
例えば、鄧小平に対抗する保守派の重鎮であった陳雲は、1985年6月に「開放自由化政策は、必要であり正しい政策であるが、断じて社会主義経済体制や社会主義精神文明に対立するものであってはならない」と述べた。過度な商品経済の導入が社会主義体制の根幹である計画経済の主導性を喪失させ、党幹部の腐敗を招き、ひいては社会主義体制を危うくするという危機意識が保守派の一貫した共通認識であった。(1)
トランプ大統領

このように現代中国においては、常に改革開放路線=経済成長一辺倒あるいは経済合理性追求一辺倒の方向性に対する原理的で根強い批判的な精神が、草の根レベルの人民から中国共産党の最高幹部のレベルまで維持されてきたことは特筆に値するのではないだろうか。
翻ってアメリカのトランプ大統領誕生までの状況は、まさに批判勢力なき状況での改革開放路線一辺倒の草の根の人民大衆の声を一切無視した暴走政治が行われてきた、と言えるかもしれない。確かにアメリカにおいては、民主主義は制度としては機能しており、投票によって候補者は選ばれてきてはいたが、本当の草の根のアメリカの声を代弁する候補者は絶えて久しく、多くのアメリカ市民たちは投票を諦め、ワシントンやウォール街のエリートの政治経済を中心とした国家権力の壟断、専横をただ苦々しく白けた面持ちで見つめてきたということではなかったか。

そのように考えれば、中国では国家を根底から転覆し、中国共産党の一党独裁体制を人民の手によって一時的に解体して、経済成長一辺倒の「前期改革開放路線」とでもいうべき、「調整政策」を国家の最高指導者であった劉少奇や鄧小平を引きずり降ろして、毛沢東の理想主義的な路線に大転換する、という王朝末期の農民大反乱モドキの革命劇を一世代前に体験していたわけである。さらについ最近までその文革の指導者たちが政権の中枢に残存していた、というのは特筆に値する、と言えよう。
すなわち、中国共産党は党内に根本的でどうしても相いれないような価値観の相違する対立軸を孕んだ、改革開放と文化大革命という二つの路線が併存していたのに対して、アメリカにおける二大政党制の中には対立軸はなく、選挙が行われていると言っても本当の意味での政治路線の交代は、今次のトランプ大統領の政権発足までは存在しなかった、ということになるだろう。

このような現状を子細に観察すれば、アメリカと中国を比較して真の意味で、どちらが国民の声を政治に反映しているのか、原点に立ち返って再検討しなければならない、と思われてならない。

2)現代中国における「文革」と「改革開放」の二路線とトランプ大統領のアメリカファーストの関連性

趙紫陽

上記のような論点に関して「文革時期」においては当時の中国の現状を「資本主義復活の道へ歩みつつあり」「党内指導部が腐敗堕落して資本主義実権派を形成している」(2)と断じていたわけであり、微妙な違いながらまだまだ「改革開放時期」の方が穏和な問題提起であると言えようか。
このような保守派の発想の根本には、原理主義的な社会主義・毛沢東思想への傾倒があり、その根底には文革的なるものへの郷愁や追慕の念が未だに垣間見えるとも言えようか。そして、このような根強い保守派の抵抗の中で鄧小平も、ギリギリの局面で1987年1月の胡耀邦総書記失脚、1989年6月の天安門事件勃発と趙紫陽総書記失脚と言うように自らの手足とでも言うべき「改革開放の推進者としての側近」を切り捨てつつ、辛うじて改革開放路線だけは維持する、と言う綱渡りを演じてきたのでは無かったかと思われる。

すなわち、毛沢東に並び称される最高実力者たる鄧小平ですら、改革開放路線推進の最大の側近であった胡耀邦と趙紫陽の二人を失脚させなければ生き延びられないほどに、文革路線は根強く現代中国の中枢部を維持しており、経済成長最優先や国内外の政治経済情勢に一切左右されない、草の根レベルの人民の声を代弁しようとする原理主義的な毛沢東思想が、中国共産党の最高レベルにも未だに脈々と息づいていることの証左ともいえよう。

さらに文化大革命的な状況を呈し始めていた天安門広場を埋めた人民大衆に対して、改革解放路線の旗手であったはずの最高実力者,鄧小平は躊躇なく武力鎮圧を命令し、まさに危機一髪の時点で政権転覆を回避したわけであるが、天安門事件というのは一見進歩的ながら実態は人民大衆の意思よりも政権維持を最優先するという改革開放路線の真相を垣間見せる、恐ろしい事実の証左でもあるのではないだろうか。

トランプ大統領22
翻って、アメリカにおいては、特に第二次世界大戦後これまで政財官軍の中枢を支配してきた勢力は、中国におけるような人民大衆レベルの支持に根差した文革派のような抵抗勢力を持たずに国家を壟断してきたわけであり、トランプ大統領誕生までの大統領選挙は、ほとんどどちらが勝っても政策に大差のない、いわゆる出来レースの様相を呈していた、と言えよう。
アイゼンハワー大統領が、退任時にコメントしたいわゆる軍産複合体とも称されるような支配勢力は、アメリカを「トンキン湾事件等のフェイクニュース」でベトナム戦争の泥沼に引きずりこみ、冷戦における軍拡競争を演出し、さらには冷戦が終結するとテロとの戦争と称して再度「大量破壊兵器問題等のフェイクニュース」を駆使してイラク戦争の泥沼を演出するという展開で国力を浪費し、アメリカ市民の真の利益と繁栄の基盤を掘り崩し続けている、というのがトランプ大統領の政権発足までのアメリカの現状であったと言えよう。
また前記のような見解がトランプ大統領の選挙戦以来の主張でもあり、そのような既存の巨大で間違った権力機構からアメリカを解放し、アメリカ市民ファーストの政治を確立するのがアメリカファーストの革命(Make America Great Again)である、との信念と決意を強調し続けているわけである。

まさに人民民主主義的な文化大革命を推進した毛沢東の主張も想起するような、根本的で徹底的な国家権力の転覆を目指すのがトランプ大統領による革命の本質と言えるのかもしれない。

3)劉少奇の「調整政策」の継続としての鄧小平の「改革開放政策」

劉少奇

もし毛沢東が現在生きていたとすれば、このような「改革開放政策」真っ盛りの現状をどうとらえるか興味深いところであろう。また劉少奇は、文革の露と消え去ったが、文革の最大の標的の一人である鄧小平は生き残り、文革直前まで推進してきた「調整政策」を、文革を終結させた後に、直ちに「改革開放」という新しいキャッチフレーズで再開したとは言えないだろうか。
さらに「帝国的な見地」から言えば、文革は「人民大衆に政治参加を促し、民主の基盤を拡大する運動であったが、中華世界では未だに自覚的な自由な市民は育っておらず、文革の惹起した大衆運動は徒に混乱を助長することが多かった」ということになろうか。また文革を終結させる帝国的論理としては「これまで同様に共産党が指導権を再確立し、人民の軽挙妄動を取り締まり、秩序ある中国的特色のある社会主義建設に邁進する」ために「これまでの社会主義建設の問題点を是正し、経済を活性化させるために大胆な政策の採用も辞さない」という方針のもとに「改革開放政策」が推進された、と言いかえることも出来よう。

2.現代中国においても根強い「文革」的見地からの「改革開放政策」批判

万言書

1)「万言書」の出現とその文革的論理からの改革開放批判

「改革開放」の時代に入っても文革期に強調された「社会主義の原理主義的側面」の議論は、常に火種として燻り続けていた。特に1995年暮れには、改革開放政策の現状を厳しく批判する無署名の論文である「万言書」が出現して大きな波紋となった。「万言書」は中国の現状について、社会主義の根幹をなすべき国有部門が急激な凋落を観る一方で、外資・私営・私有部門が急速に成長し、既に社会主義とは言えない状況に至っていると指摘した。このような私営私有部門の肥大化を反映して、新興の資産階級が急速に台頭し、自分達の階級の権益擁護のために政権に参画しつつあり、人民代表大会の議席を得たり、党支部書記に就任していることも強調した。さらにこのような資本主義経済部門や資産階級の台頭で中国社会の貧富の差が拡大する中で、党・行政幹部の深刻な腐敗も同時に進行している。また党員指導幹部にもマルクス主義に対する無関心や無理解が蔓延し、マルクス主義の理念が失われつつあり、まさに資産階級の願いである「共産党の瓦解」を招く危険性が急速に高まりつつあるとした。(3)

2)現代に復活した文革期と共通する用語法による改革開放路線批判の論調

文化大革命333
これは、改革開放路線が「資本主義路線」をひた走っている、とも受け取れる批判であろう。そしてこの「資本主義復活」批判は、「文革期の毛沢東らによる劉少奇や鄧小平らの政治路線に向けて行われた批判と同様の用語法」(4)が遂に復活してきたとも言えるものだった。まさに文革の亡霊が彷徨い出てきたような印象であるが、文革期にはこのような批判に続いてどのような事態が発生したのであろうか。
文革当時は、このような文脈のもとに劉少奇・鄧小平を代表とする共産党指導部に「ブルジョア司令部」が存在するとされ、彼らは反動的ブルジョアジーの立場にたって、ブルジョア独裁を実行し、文化大革命に反対していると攻撃された。その後、劉少奇・鄧小平らは「資本主義の道を歩む実権派」「ブルジョア路線の推進者」「反党・反社会主義」とのレッテルを貼られてパージされた。(5)さらに党の指導官僚の大半は中央機関だけでなく、地方機関に至るまで「党内の資本主義の道を歩む実権派」として厳しい批判を浴びて、その地位から追放され、造反派や紅衛兵により身柄を拘束され、時には処刑にまで至るものも多かったという。(6)

3)文革終結直後の毛沢東らの用語法の全面否定と現代中国の政治経済状況

毛沢東333
それでは、文革後の改革開放時代に入ると、このような文革時代の毛沢東らの用語法は、どのように再解釈されたのであろうか。
1981年に採択された「歴史決議」によって、文革を「全面否定」した鄧小平らの党指導部は、「ブルジョア司令部」「走資派」「実権派」と言った毛沢東の用語法を事実を歪曲した荒唐無稽の誤ったものとして全面的に斥けた。「歴史決議」では「文化大革命で修正主義、資本主義として批判された多くの事象は、実際はまさしくマルクス主義原理であり社会主義の原則であった。「文革によって打倒された走資派」とは、党と国家の指導幹部であり、社会主義事業の中核をなす人々だったのであり、劉少奇・鄧小平を中心とする「ブルジョア司令部」なるものは根本的に存在しなかった」とした。(7)
まさに毛沢東らの文革期の用語法の全面否定であるが、実際のところはどうなのであろうか。劉少奇亡きあと、鄧小平を中心に「再開」された改革開放路線の結実である今日の中国社会は、ある意味では毛沢東らが「純粋」に希求していた「社会主義の原理」からすれば、確かに「逸脱」とも取られかねないであろう。また「改革開放司令部」が、「ブルジョア司令部」「走資派」「実権派」であると指摘されても、そうではないと論証するのは現在の中国社会の現実を観れば困難な印象もあると言えよう。

3.中華帝国の伝統的な政治方針に連なるのは改革開放路線か?

大躍進2

1)社会主義中国における毛沢東路線と劉少奇・鄧小平路線の相克

「調整政策」は、1958年から1960年にかけて推進された「大躍進」「人民公社」「総路線」の「三面紅旗」政策が人為的原因による2千万人とも言われる大量餓死者を出すなどの失政を招いた結果として、これを修正する目的で提起された。(8)
こうして観ると今日に至る革命成就以降の中国共産党の政策は、2つの大きな路線の相互作用で成り立っているようにも観察される。一つは「毛沢東を中心とする純粋な社会主義を原理的に追求する立場」と「鄧小平を中心とする社会主義は堅持しつつ効率的で有効な方法論は何でも採用する立場」となろうか。
そして、「建国から三面紅旗政策」と「文化大革命」の時期は前者が主導しており、「調整政策」と「改革開放」の時期は後者が指導していると言えるだろう。

2)中華帝国伝統の賢人主導のエリート主義に連なる改革開放路線

周恩来

伝統的な中華帝国の方向性からすれば、前者は「人民を前面に立たせ過ぎで、帝国の存立を危うくさせかねない素人じみた政策が多い」が、後者は「賢人主導のエリート政治で、柔軟で実際的な面もあり、危機に際しては果断な措置もとれる」ということで、やはり後者こそが「帝国の法統」を継ぐ路線ではないかと認識している。

尚、本稿で取り上げたアメリカ版文化大革命については、アメリカを混乱に陥れようとするトランプ大統領やバノン氏のラストバタリオン的な姿勢も含めて以下のリンクで詳しく分析しています。
トランプ政権を離れたバノンはヒトラーの予言実現のためアメリカ版文化大革命を扇動する!

<参考文献>
(1)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p16
(2)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p18
(3)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p19-p20
(4)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p20
(5)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p229-p230
(6)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p20-p21
(7)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p21
(8)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p23

米中冷戦状況下の習近平の政治目標は文化大革命期の毛沢東個人崇拝と中華帝国皇帝専制体制再現である!

遂に国家主席の任期撤廃という禁じ手を放った習近平は、文化大革命で毛沢東が目指した理想主義を解き放ち、腐敗堕落の元となる改革開放路線を封印する暴挙に出るのだろうか?ここでは中国共産党政権獲得以降で最大の混乱と停滞をもたらしたと言われる文化大革命について検討する。

1.文化大革命の理念
1)文化大革命は毛沢東個人の権力奪還のための闘争だったのか?
2)近代批判運動としての文化大革命
3)市民の自主的な政治活動としての文化大革命
4)文化大革命の目指した社会主義の理想
2.現代中国における文化大革命の取り扱い
1)改革開放時代における文化大革命の評価
2)改革開放時代にも生き残る文化大革命時代の幹部達
3)文化大革命的な機運を警戒する鄧小平らの姿勢
4)文化大革命に関する根底的な議論や分析の不在
3.文化大革命に関する根底的議論
1)社会主義の理念と改革開放政策の整合性
2)ペレストロイカの帰結を警戒する中国共産党

1.文化大革命の理念

壁新聞

1)文化大革命は毛沢東個人の権力奪還のための闘争だったのか?

文革に関しては、基本的に文革を毛沢東個人の権力保身に発する政治権力闘争以上のものは無く、そこには何らの歴史的・思想的意義は無かったとして、全否定する傾向も根強い。(1)
とはいえ、文革には単なる毛沢東個人の権力保身以外に「近代批判」的な要素や「中国人民の国民意識の発揚に向けた主体的活動の要素」も数多く含まれていたのではないかと想定している。

2)近代批判運動としての文化大革命

文化大革命1

文化大革命における近代批判の要素としては、「第一に一貫した自由市場経済システムを敵視する傾向」「第二に三大差別撤廃=都市・農村間差別、工業・農業間差別、頭脳労働・肉体労働間差別の実現を目指す政策実践」「第三に欧米の近代科学技術を洋法と呼び、洋法への一方的な依存を否定しつつ、中国土着の科学技術=土法を基礎に洋法との結合による科学技術革命を謳ったこと」「第四に鞍山製鉄所の経営方式や大賽人民公社の所得分配方式などのコミューン型の参加型経営方式の重視」などが見出せる。(2)

3)市民の自主的な政治活動としての文化大革命

文化大革命2

市民の自主的な運動としての文化大革命の要素としては、「文革期の造反有理、四大民主=大鳴(大いに意見を言い)、大放(大いに討論し)、大字報(壁新聞を書き)、大弁論(大いに論争する)が一面では秩序破壊の混沌を産むマイナスを伴いつつ、反面共産党独裁の強固な権力ヒエラルキーに対する民衆の異議申し立てを正当化する「民主」の基盤を、社会主義体制下の中国に初めて産み出したこと」「第二に、文革の洗礼を受けた元紅衛兵が主体となって中華人民共和国史上初の市民の自発性に基づく本格的民主化運動として、第一次天安門事件と「西単の壁」「北京の春」などの民主化運動が起こったこと」(3)が挙げられよう。特に後者に関しては、中華人民共和国史上というのみならず、辛亥革命以降あるいは広い意味では、「中華世界」史上初めての「本格的な民主化」運動と言っても良いかもしれない。このことは、清朝から辛亥革命を経て中華民国=国民党政権に引き継がれ、現在は中華人民共和国=中国共産党政権まで一貫して継続している「エリートが主導する賢人政治」に風穴を開ける快挙でもあったと言えよう。

4)文化大革命の目指した社会主義の理想

文化大革命5

このような文化大革命は、1966年8月の「16カ条」の決議では、「プロレタリア文化大革命は、人々の魂にふれる大革命であり、わが国社会主義革命発展のより深く、より広く新しい段階である」と述べられていた。そして、その目的は、①「資本主義の道を歩む実権派」と闘争して、それを打倒する、②「ブルジョアジーの学術権威」を批判し、ブルジョアジーと全ての搾取階級のイデオロギーを批判し、③教育を改革し、文芸を改革し、社会主義の経済的土台に適応しないすべての上部構造を改革して、社会主義の強化と発展に役立たせることとされた。またこの決議では、大衆自身による自己解放、パリ・コミューンの原則に基づく新しい自分達の組織をつくることなどが謳われた。(4)
ここでも強調されているのは、「大衆自身による自己解放やパリ・コミューンの原則」などであり、これは文革の主題の一つに人民大衆の主体的な解放と言う視点が、常に意識されていたということの証左になるだろう。またそのような方向性は毛沢東の考える社会主義的な理想の一形態でもあったのであろうか。

2.現代中国における文化大革命の取り扱い

文化大革命111

1)改革開放時代における文化大革命の評価

それでは、「欧米追随の近代化批判」や「本格的な民主化」につながる可能性を内包していた「文革」は現代の「改革開放」時代の中国においてはどのように取り扱われているのであろうか。
文革終焉直後から、文革終焉十周年の1986年前後までの10年間は、文革を対象あるいは題材にした研究や「傷痕文学」と言われるような文学作品が多数登場したが、このような研究・作品が社会的対立のみならず共産党内の対立まで引き起こす可能性が懸念されてきた。

2)改革開放時代にも生き残る文化大革命時代の幹部達

文化大革命121

これは、第一に文革の実態の暴露が中国社会主義の暗い部分をあまりにもリアルに描き過ぎるため、社会主義に懐疑を抱く人々が増えることが共産党内で懸念されたこと。第二に文革の暴露から、現状の中国政治の民主改革を求める声が強まる傾向が産まれ、それが共産党内の団結をも危うくする可能性が懸念されたことによる。すなわち中国共産党内には、文革四人組は失脚したものの、実際には文革期に権力を掌握していた幹部達が文革終了後も失脚せずに、そのまま党内の権力の座を確保してきているという事情があった。(5)
文革を終焉に導く過程で、「文革四人組」の失脚は大々的に取り上げられたが、その背後では「文革派の幹部」は無傷で、そのまま生き残っているケースが多かったということである。「文革四人組」と共に「文革派の幹部」も一掃され、それが鄧小平の改革開放の船出を順調にしたというような構図が成り立ったわけではなかったのであり、鄧小平以下の改革開放を主導する主流派も旧文革派の幹部の動向を無視することは出来なかったと言えよう。

3)文化大革命的な機運を警戒する鄧小平らの姿勢

文化大革命 鄧小平

この延長線上で1988年春に、中国共産党中央宣伝部が「通知」を、同年秋には中国共産党中央宣伝部と国務院が連名で「通達」を発した。この目的は混乱の拡大を未然に防ぐためであり、これらの内容は「今後本格的な文革研究や文革を題材とした文芸制作を厳しく制限」することとした。(6)
要するに文革は、中国共産党中央にとって、距離を置いて客観視出来るものではなく、いつ再燃するかもしれない火種であり、到底手放しに放置することは出来ない慎重に扱うべき主題であって、人民大衆が詳しく知って議論したりすることは、可能な限り避けるべきものとされたということであろう。
また文革的気運の蔓延は、第二の文革による体制転覆の恐れを招きかねないと言う危機感も手伝っていたかもしれない。当時の最高指導者の鄧小平は、文革の最大の標的の一人でもあった。現在こうした「文革を取り上げないという方針のもとで育った若い世代は、文革に対する無知が蔓延しており、文革世代との間に大きな世代間ギャップを形成」(7)しているという。

4)文化大革命に関する根底的な議論や分析の不在

文化大革命222

このように文革を敬遠する風潮が強い現在の中国であるが、改革開放の当初の1981年6月の段階では「文革を毛沢東晩年の重大な誤りとする一方で、全国全人民に大きな災厄をもたらした」として全面否定する明確な評価を下したこともあった。ただこの時の文革全面否定は、鄧小平政権の政治支配の正統性と権威性を確立するための便宜的な否定に過ぎず、文革に関して本質的な検討及び分析を経た根底的な議論を踏まえた結論とは言えなかった。(8)

3.文化大革命に関する根底的議論

中国指導部

1)社会主義の理念と改革開放政策の整合性

それでは、文革に関する根底的な議論とは何を意味するであろうか。また党内融和を優先して文革を取り上げることを敬遠すること以上に、体制の根幹に関わる「社会主義の理念」と「改革開放政策」の整合性と文革との関連性はどうであろうか。
このあたりに関しては、鄧小平時代に移行しても、なお中国が「社会主義」と「毛沢東思想」に依拠していたにも関わらず、改革開放政策を遂行していく過程で自由主義市場経済を否定していた「毛沢東思想の申し子としての人民公社」を解体し、「民営企業の出現」を容認し、「外資・外国技術・プラントの導入などの市場自由化政策」を積極的を推進していくことが、果たして「社会主義」の原理との整合性を保ちうるかという問題を伴っていた。(9)

2)ペレストロイカの帰結を警戒する中国共産党

ペレストロイカ

要するに改革開放政策を採用して、社会主義体制下における大胆な改革を遂行していく過程においては、現体制の依拠する「毛沢東思想」と密接に関連している文革に関して本質的な議論を行ったり、文革の根底的な総括を行うことは、「社会主義の解釈をめぐるマルクス主義論争を招き、このような論争が、党内抗争を巻き起こし、党内の団結を崩し、党の指導性が失われ」(10)体制の危機に至るということを鄧小平を始めとするという党幹部が熟知していたということがあるのだろう。このあたりの対応を間違えると、ソ連のペレストロイカの帰結のように体制の崩壊につながる可能性もあったのではないか。またかれらが敢えて議論を回避した文革そのものが、体制混乱の極みでもあった。そのような状況に陥らない様に、当時は「改革開放」と並んで「安定団結」がスローガンとして再三提起されていた(11)という。

このような次第で文化大革命に関する根底的な議論は未だに十分に行われてきたとは言い難い状況があると言えよう。

毛沢東が文化大革命を断行した目的は中華王朝崩壊時の農民大反乱のエネルギーを活用した国家大改革再現である!

毛沢東が文化大革命で標的にした劉少奇、鄧小平ら実権派、走資派の何が問題にされたのか?

<参考文献>
(1)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p5
(2)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p7
(3)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p8
(4)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p229
(5)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p10
(6)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p11-p12
(7)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p12-p13
(8)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p13
(9)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p13-p14
(10)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p14
(11)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p14

トランプ大統領の再選は毛沢東風の人民独裁的手法を駆使したバノン主義=アメリカファースト路線で約束されている!

<トランプ大統領の発動したアメリカファースト革命と文化大革命,農民大反乱の類似性>
トランプ大統領は次々に発生する政権内幕暴露を当に炎上商法の手法で十全に利用しつつあるようです。
2018年段階でのトランプ政権の動向は対中国政策、対イラン政策の強硬路線へのシフトや北朝鮮政策の対話路線への変更、マクマスター、ティラーソン解任など当にバノン主義を忠実にトレースしつつあり、実態としては水面下でのトランプ=バノン枢軸がより一層の強化が進んでいるようにも見受けられます。

ちなみに、バノンはトランプ政権では首席戦略官として大統領就任演説の骨子やイスラム過激派の入国制限を志向する大統領令、TPPやパリ協定離脱などの重要政策を主導し、2017年8月の首席戦略官退任以降は、保守系メディアサイトのブライトバートに戻り、中間選挙に向けた共和党トランプ派拡大に向けた活動とトランプ支持層への教育宣伝に明け暮れ、手始めに2017年9月のアラバマ州上院議員補欠選挙で共和党主流派が推す候補を破り、「支配階級と戦う革命」の勝利を宣言しています。(ちなみに、このバノン氏が推していた候補は、本選挙で民主党に敗れ、共和党は上院の貴重な一議席を失ったが、バノン氏は民主党を勝たせるための共和党主流派の陰謀を指摘していた)

その後、バノン氏は暴露本への情報提供を巡ってトランプ大統領の怒りを買い、表面上は完全に失脚したかに観られていますが、トランプ政権のバノン主義への傾斜は、過激なまでに進行してきている情勢です。

結局、中間選挙の結果には、ある意味では不気味なほどに、ニューヨークタイムズやワシントンポストが満を持して放ったトランプ政権内幕暴露が、影響しなかった印象もありました。
すなわち、トランプ大統領の岩盤支持者達は、多少トランプが批判されてもビクともせず、当にフェイクニュースと受け流して、トランプのTwitterに走り、反トランプの民主党支持者たちは、最初からトランプを詐欺師紛いの怪しげな不動産屋としか観ていないので、これまた政権の内幕の混乱を、それみたことかと囃したてるものの、元からトランプや共和党に投票する気が無いので、選挙結果には影響しないということでしょう。

逆にトランプ大統領としては、今回の中間選挙で共和党の中の反トランプ分子である伝統的な自由貿易主義者やネオコン系の対外干渉主義路線をクレンジングし、ミニトランプを大量に議会に送り込むことに成功したわけで、お膝元の共和党のトランプ化が進行しました。
また突き詰めて考えれば、保護主義や対外不干渉、国内産業保護は、基本的にリベラルや労働団体の主張とも符合する要素があり、今回の下院の結果もまんざらトランプ大統領にとって最悪の結果でもないかもしれません。
何と言っても、信じられないような逆風の中で、トランプ大統領は、そのロックスターのようなカリスマ性、アイドル性を遺憾なく発揮し、まさにひとりで民主党の地滑り的な大勝を阻んだワケで、上院での勝利と併せて考えれば、これこそは奇跡的な途轍もない勝利とのトランプ大統領のTwitterに首肯せざるを得ないのではないでしょうか。

そういう意味では現時点では、下院の議会運営を懸念する見通しが大勢ですが、トランプはオバマ前大統領の轍を踏むことなく、結構無難なディールをこなしていきそうな気もするところです。

1.文化大革命発動時の毛沢東の政治方針と類似するトランプ大統領の状況認識

毛沢東,文化大革命
トランプ大統領,就任演説
ここでアメリカにおいて既成秩序の転覆を図りつつあるトランプ大統領が目指す方向性について、再確認しておきたい。
トランプ大統領は選挙期間中から就任演説まで一貫して、「アメリカの主権を既成のエスタブリッシュメントからアメリカ市民の元に取り戻す」と発言し続けてきており、大統領就任後もその姿勢にブレは無いように読み取れる状況である。
多くの報道番組において、ゲストとして招かれた中国人記者もコメントしているが、このような方向性は毛沢東の文化大革命期における発言に非常に酷似している、と考えてよいかもしれない。

2.トランプ大統領の革命が目指す既存エスタブリッシュメントと秩序の破壊

デトロイト廃墟
すなわち、「これまでワシントンの政界やウォール街の財界のエスタブリッシュメントから無視され続けてきた、アメリカの草の根の市民の声を吸い上げて、ワシントンの中枢に乗り込んだトランプ大統領自身が率先して、既存秩序をぶち壊して、アメリカを市民の手に取り戻す」という運動は、まさに毛沢東が文化大革命で推進した運動との共通点が多い、と指摘することが出来るのではないだろうか。

そういう意味で、中国において毛沢東が発した1966年5月「通知」になぞらえて言えば、トランプ大統領の革命は「アメリカ市民という一つの階級が、アメリカの既成のエスタブリッシュメントという一つの階級を覆す政治大革命」を起こすことであり、その目的は「現存している既存エスタブリッシュメントが設定した全ての秩序を破壊する」ことにある、ということにもなるだろうか。

3.トランプ大統領のアメリカファースト革命を推進するバノン氏のレーニン主義的政治信条

レーニン
トランプ大統領が手始めにやり玉に挙げているのが、既存のマスコミであり、「マスコミの流している多くのニュースはフェイク・ニュース」とされ、本当の真実は「現代版の壁新聞」にもなぞらえられる「トランプ大統領自身のtwitter」やスティーブン・バノン氏が復帰して主宰する「ブライトバート・ニュース」等のニュースサイトのようなインターネットを介して市民に直接働きかける情報伝達手段の側が影響力を拡大している。
実際アメリカ市民の側でも「質の低下したマスコミよりも、マスコミを経由しないインターネットを介した直接情報が頼りにされている」という傾向が出てきているようである。

ニュースサイトの経営者からトランプ政権の首席戦略官となっていたスティーブン・バノン氏自身によれば、バノン氏は「帝政ロシアという強力な国家を解体したレーニンに対して畏敬と崇拝の念を抱いている」ということである。
これなどはバノン氏の意識がまさに「毛沢東が文化大革命で目指していた政治目標にほぼ合致するもの」とも考えられ、そういう人物と意気投合し政権の中枢に据えたトランプ大統領本人の政治信条もバノン氏と大同小異である、と考えてよいかもしれない。

このあたりに関しては、「帝政ロシアを解体したレーニン」や「文化大革命を発動した毛沢東」と類似した政治信条を持つ人物及び政策遂行チームを、民主的な選挙で大統領に当選させたアメリカの市民の「既存のエスタブリッシュメントや秩序に対する怒りのすさまじさ」を痛感せざるをえないだろう。
その先に立ち現れてくるのは、ヒトラーがかつて予言したラストバタリオンにより混乱の渦と化した、弱体化しきった悲惨なアメリカの姿なのかも知れない。

4.オルトライトの黒幕としてアメリカ版文化大革命を目論むバノン氏

パリ協定離脱トランプ大統領

バノン氏はトランプ政権誕生早々に主導的に導入したイスラム圏からの入国制限に関する大統領令への世論や司法からの反発やオバマケア廃止における与党共和党議員への恫喝的な多数派工作の失敗などが重なり、さらには事実上オバマ前大統領シンパとも想定されかねないリベラルな傾向のイヴァンカ、クシュナー夫妻との権力闘争に敗れ、国家安全保障会議・NSCのメンバーから外されるなど完全に失脚したかに観られていた。そうした逆境的な日々を過ごしていたかに見えたバノン氏は、その後に勃発したロシアンゲート事案の急展開とトランプ政権の先行きに関する不透明感の増大に反比例するかのように、世論工作や支持率低迷状態打開のプロで、政権建て直しのために不可欠な存在として、影響力を拡大しつつあったが、イヴァンカ・クシュナー夫妻やティラーソン国務長官らの良識派やリベラルな立場からの強硬な反対を押し切り、トランプ大統領が地球温暖化防止に関するパリ協定からの離脱を昨年の大統領選挙時の論理を振り回しながら宣言したことで、バノン氏の完全復権が確認されたと言って良いだろう。

穿った見方をすれば、ロシアンゲート事案の急展開、特にバノン氏の政敵であるクシュナー氏のロシア大使への秘密ルート開設疑惑暴露などの事案そのものが、バノン氏らのアメリカファースト革命派が、トランプ政権内のリベラル派やグローバリスト追い落としのためのリークや陰謀ではないか、との考え方も出て来かねない状況ではある。
このあたりのリークについては、アメリカとの関係改善を目指しているロシア側にとっても不利な展開でもありロシア情報機関からのリークとは考えられず、まさにバノン氏らアメリカファースト革命派が、アメリカのエスタブリッシュメントともロシアとも無関係で、アメリカ帝国解体を最優先課題とするラストバタリオンの一員である証左にもなりうるかも知れない。
ちなみに、バノン氏は2017年8月18日段階でホワイトハウスを離れ、古巣のオルトライトの総本山であるニュースサイトのブライトバートに復帰し、より自由な立場でトランプ大統領個人と連帯しつつ、アメリカファーストの原理をより扇動的に唱道し、エスタブリッシュメントを打倒するアメリカ版文化大革命を強力に推進することを目論んでいた。この活動の手始めに2017年9月のアラバマ州の上院補欠選挙の共和党候補者選びに参戦し、共和党主流派候補を破ることに成功した。バノンはこの選挙結果を踏まえて「アメリカ版文化大革命の一環」と表現し、「エスタブリッシュメント打倒のための闘争継続を高らかに宣言」した。

アラバマの補欠選挙では、四十年前のセクハラスキャンダルの影響もあってか、バノンの擁立した候補が惜敗したが、今回の選挙全般を通じて、今後のバノンの戦略や状況認識が明確化したとも言えるだろう。
すなわち、バノンは今後アメリカファースト革命を断行するためには、ホワイトハウスを支配しているだけでは、権力基盤として十分でないことを、ホワイトハウスの中枢で活動しながら痛感したと推測される。
バノンは、アメリカファースト革命を断行し、国家体制を根底から変革するためには、議会の多数派をトランプ信者にしてしまわなければ、到底状況を動かせないことに気付いたのであろう。

そういう問題意識を踏まえた、今後のバノンの戦略としては、トランプ政権誕生に向けて取り組んだ2016年の大統領選挙の成功体験も十全に生かしながら、2018年の中間選挙でトランプ派(実はバノン派)の共和党議員を出来る限り多く当選させて、ホワイトハウスと議会の両面からアメリカを完全にひっくり返すこと、と言うことになるはずであった。
その後、トランプ大統領とバノン氏は、暴露本「炎と怒り」の執筆過程におけるバノン氏の情報リークに絡んで、完全に訣別したかに見受けられるが、現時点では真相は藪の中である。

いずれにしても、暴露本「炎と怒り」に関するバノン氏のリークが表沙汰になる寸前までは、バノン氏のようなアメリカ帝国解体を公言するレーニン主義者(実態はラストバタリオン?)と大同小異なアメリカファーストを政治信条とするトランプ大統領の二人三脚のもとで、アメリカが国内外に対してどのような政策を展開していくのか、に注目が集まっていたが、2018年1月末の段階ではバノン氏が強調してきたアメリカファーストの世界観とトランプ大統領の政策遂行方針の関係性について不透明感が漂い始めていることは否定出来ないところであろう。

尚、本稿とも関連するアメリカファーストとアメリカ版文化大革命の連関性と中国における民意の直接的な一環としての文化大革命的な動きについて、以下のリンクでも詳しく取り上げています。
トランプのアメリカファースト路線でヒトラーの予言したアメリカの文化大革命的混乱状況が完成する!

毛沢東が文化大革命を断行した目的は中華王朝崩壊時の農民大反乱のエネルギーを活用した国家大改革再現である!

毛沢東,文化大革命

毛沢東が完成しつつあった人民中国の国家体制を文化大革命で根底から覆し、劉少奇や鄧小平を排除して国家を転覆させた目的は、現代版農民大反乱による国家機構の大変革の断行にあった!

1.文化大革命の真の目的
1)「原理的な社会主義」回復のための闘争
2)現存する秩序を破壊し新世界を建設する革命運動
2.文化大革命を推進するための具体的な方策
1)党官僚機構打倒のための熱狂的な大衆動員
2)文化大革命と王朝交代期の農民大反乱の類似性
3.王朝崩壊期の農民大反乱の現代版としての文化大革命
1)既存社会秩序の徹底的再編
2)文化大革命の現代版「農民大反乱」的性格の分析
4.文化大革命で目指された毛沢東の理想社会像と現代中国の状況
1)毛沢東の構想する文化大革命後の中国社会の理想像
2)中華帝国の「農民大反乱」と現代中国の「文化大革命」の共通的性格

1.文化大革命の真の目的

黄巾の乱

1)「原理的な社会主義」回復のための闘争

文化大革命開始以降の初期の段階で徐々にエスカレートしていく毛沢東の「調整政策」に対する反応を観ていくと、文革が毛沢東個人の権力回復闘争だったという側面が希薄に感じられてくる。明らかに毛沢東は、理想とする「原理的な社会主義の概念」を確固として持っており、「調整政策」及び「その推進者」が、そのような「社会主義の在り方」から大きく逸脱しつつあるので、自らの信念に基づいて闘争を開始した、という要素が濃厚にあったのではなかろうか。
このあたりについては、系統的な文革研究の第一人者である王年一も「根本的に言えば、毛沢東は明らかに党中央の後継者をすげ替えたり、中央の第一線を否定したりすることのみを求めたのではなく、それ以上にもっとも純粋でもっとも美しい社会主義社会を準備する条件を作り出そうとして、天下大乱を求め、徹底的にブルジョア反動路線を批判するよう提起した」と述べている。(1)

2)現存する秩序を破壊し新世界を建設する革命運動

フランス革命

さらに1966年5月に毛沢東が林彪に与えた書簡「五・七指示」によれば、毛沢東が劉少奇はじめ中国共産党の多くの指導者を打倒し、各級の組織を破壊してまでも、文化大革命を発動した真の目的は、「旧世界を破壊することを通じて新世界を建設すること」にあったとしている。また1966年5月の「通知」によれば、文化大革命は、「一つの階級が一つの階級を覆す政治大革命」をおこすことであり、その目的は「現存している全ての秩序を破壊する」ことにあるとされていた。(2)

2.文化大革命を推進するための具体的な方策

大衆動員

1)党官僚機構打倒のための熱狂的な大衆動員

こうして「党内の一部の実権派」、さらには党中央にすら発生した「修正主義者」の一掃が、毛沢東にとって社会主義中国の死活的な課題として浮かび上がりつつあった。とはいえ、現実の中国においては、党官僚機構が全ての権限を掌握している中で、そのような課題をどのように解決していけるのか。そのためには、思想・イデオロギーの領域において世論を喚起し、大衆的批判の強烈な圧力の中で党機構の改編を目指すほかなかった。(3)

2)文化大革命と王朝交代期の農民大反乱の類似性

紅衛兵
ここで提起された「問題が蓄積した社会を糺すために、天下大乱を希求し、徹底的な闘争を遂行する」あるいはより鮮明な「旧世界を破壊することを通じて新世界を建設すること」「現存している全ての秩序を破壊する」という「文化大革命の真の目的」と「その解決手法」は、まさに中華世界における「農民大反乱による王朝交代の本質」に相通じるところがあったのではなかろうか。文化大革命により共産党幹部は中央から地方まで大半が地位を追われ(17)、各級の組織は破壊された(4)わけであり、国家組織は根底から揺るがされた。
金観濤によれば、全国的範囲の組織的反乱を実現し、分散性を克服するには、二つの条件が必要であり、その一つが反乱者の共通の目標の設定であり、二つ目が反乱者が相互に連絡できる条件がありタイミング良く集中できなければならない(5)が、当時の中国では「毛沢東の用語」により敵は「ブルジョア司令部」「走資派」「実権派」と明確にされており、反乱者の共通の敵が共産党の全国組織そのものであることが容易に認識出来た。また大規模な農民反乱においては、革命の組織的中核を必要とする(6)が、文革においても「造反派」「紅衛兵」がその機能を十二分に担うこととなった。

3.王朝崩壊期の農民大反乱の現代版としての文化大革命

劉少奇迫害222

1)既存社会秩序の徹底的再編

「ブルジョア司令部」の存在が大衆レベルにおいて認識され始め、劉少奇・鄧小平をも含めた「党内の一部実権派」がその権限を停止され、中央から地方に至るまで「奪権」が引き続き遂行された。
このような奪権闘争は、単に中央・地方の党レベルにとどまらず、実はそうした次元を遥かに超えた社会のあらゆるレベルの権力の問題を噴出させ、しかも同時に中国に内在し蓄積されつつあった様々な社会的葛藤・矛盾、さらには中国の伝統的政治風土のもつある側面を一気に「奪権」という課題へまとわりつかせることとなった。(7)

2)文化大革命の現代版「農民大反乱」的性格の分析

文化大革命5555

中国封建社会においては、儒家を用いて官僚機構を組織し郡県制に基づいて国家の管理を行う、と言う特有の宗法一体化構造が機能していた(8)が、現代中国においては儒家は退いたものの共産党が党員により形成された郡県制の官僚機構を組織し、社会主義イデオロギーに基づき国家の管理を行う、と言う一党独裁体制が貫徹されている。また中国封建社会は宗法一体構造の維持と存続のため「強制御」を有するが、これは「中央の号令を直ちに下達し、各地の状況報告を収集する情報伝達システムを作り上げること、および強制御の執行ネットワークを作り上げること」「システムの実情が理想の平衡状態から乖離した時、中枢をコントロールして柔軟でかつ迅速な反応を行わせ、調節とコントロールを実行すること」という二つの側面がある。(9)中国の共産党が強制御の前者に該当する役割を果たしていることも間違いないところであろう。文化大革命が、そのような党国体制及び官僚機構に向けられた「天下大乱」(1)であったとすれば、これはまさに「農民大反乱」の現代版と言えるのではなかろうか。

4.文化大革命で目指された毛沢東の理想社会像と現代中国の状況

1)毛沢東の構想する文化大革命後の中国社会の理想像

長征

毛沢東は、文化大革命後の中華世界の構想として、「分業を無くし」「差別を無くし」「商品・貨幣を無くす」道を探し求め、結果的に「分業が無く・商品が無い自然経済」と「差別が無い平均主義」が結びついた空想社会主義的な道を模索することとなった。これは流石に生産力の高度の発展と言う前提を無視しており、容易に実現し得るものではなかった。要するに毛沢東は、延安時代の経験を絶対化していた節があり、戦争時代の軍事共産主義生活の成功経験が、分業・商品・差別の撤廃から共産主義に移行する問題までの最適解と考えていたのである。(10)

2)中華帝国の「農民大反乱」と現代中国の「文化大革命」の共通的性格

農民大反乱
別の観方をすれば、毛沢東は中国の農村をベースに空想社会主義的な世界像を描いていたが、現実の現代中国は周恩来・鄧小平が指導する国務院を中心に工業化を進めており、そこでは分業・専門化が進行する中で、近代的な科学技術立国のプランが現実化しつつあった。文革においては、このような社会的・経済的な基盤の違いから来る対立も一要素をなしていたと言えるだろう。(11)
そして、毛沢東の考えた中国の農村をベースにした空想的社会主義路線に、将来展望が見出されないということになれば、やはり中国の行き方としては、かつては「調整政策」と呼ばれ、現在は「改革開放」政策と呼ばれる路線に収斂するのが歴史的帰結だったのではなかろうか。
また中華帝国の伝統の観点からしても、農民大反乱で腐敗堕落した秩序が刷新された後は、清廉潔白だがその構造は、反乱前と本質的な違いの観られない新体制が速やかに秩序を回復して、新たな王朝を開始するという状況(12)も、今日の中国でほぼ似たように繰り返されているような気がするのである。

米中冷戦状況下の習近平の政治目標は文化大革命期の毛沢東個人崇拝と中華帝国皇帝専制体制再現である!

毛沢東が文化大革命で標的にした劉少奇、鄧小平ら実権派、走資派の何が問題にされたのか?

尚、本稿とも関連するアメリカファーストとアメリカ版文化大革命の連関性と中国における民意の直接的な一環としての文化大革命的な動きについて、以下のリンクでも詳しく取り上げています。
トランプのアメリカファースト路線でヒトラーの予言したアメリカの文化大革命的混乱状況が完成する!

<参考文献>
(1)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p27
(2)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p236-p237
(3)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p27
(4)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p236
(5)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱と社会の崩壊 p102
(6)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第三章 大動乱と社会の崩壊 p103
(7)野村浩一:現代中国 現代中国の政治世界 岩波書店 1989 Ⅰ 現代中国政治の展開と動態 p31-p32
(8)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第一章 中国封建社会の宗法一体化構造 p23
(9)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第四章 特異な修復メカニズム p111
(10)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p240
(11)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p240-p241
(12)金観濤:中国社会の超安定システム 研文出版 1987 第四章 特異な修復メカニズム p111