中国共産党はなぜ中華帝国の大一統を再現出来たのかを解明!

一党独裁の中国共産党が,なぜ辛亥革命で解体し国民党が失敗した中華帝国の再建と大一統に成功したのかを解明!

毛沢東

中国共産党が辛亥革命以来途絶え、中華民国=国民党政府が失敗した、中華帝国としての強権的支配と漢族及び周辺諸民族を包括した中華大一統の再現に一定の成功をおさめた要因について検討する。

1.中国共産党による中国再建策の成功
 1)中国の伝統的要素を有効活用した革命
 2)中国的色彩の強い社会主義革命
 3)帝国的秩序の20世紀的再建
2.中国共産党の6つの中核的施策による中国再建
 1)中国共産党の施策による中華大一統の4条件の止揚
 2)中華民国,国民党政権の再建策の失敗と中国共産党の成功
 3)中国共産党による大衆動員の成功と市民的自由の等閑視
3.改革開放政策の推進と中国共産党統治の行方
 1)改革開放による市場経済の復活と政治的自由の凍結
 2)経済自由化の中国共産党による「帝国的統治」への影響は?

1.中国共産党による中国再建策の成功

中国共産党22

1)中国の伝統的要素を有効活用した革命

中華世界において、清帝国瓦解後に実践された統一作業において、結果的に成功を観た唯一の方法は中国共産党による方式であった。この手法は、伝統的な体制を一新して、半封建的な要素を一掃するような、革新的な社会主義革命とは言えなかった。どちらかというと、伝統的な国家統一原理を有効に活用するものの、単に王朝循環的な伝統的統一国家の再編と言うわけでもない、新しいタイプの国家建設の形を取っていた。(1)
このように共産党の中国における統一国家の再建作業が成功した要因の一つは、構造的に旧帝国の支配機構を踏襲しつつ、新たな主体によって、それを推進したことにあった、と言えよう。

2)中国的色彩の強い社会主義革命

チャイナドレス
すなわち、共産党による革命は、王朝変遷における易姓革命のような伝統的な循環論に還元される革命でも、資本主義発展の延長線上にある西欧的な国民国家構築でも、資本主義を止揚する社会主義による革命でもなかった。中華世界において成功した共産党による革命は、清帝国の瓦解という政治的危機を打開するために行われた、社会主義的色彩を持つ国民国家建設の一環であった。
また共産党による革命は、社会主義や国民国家と言う概念そのものからしても、従来の概念とは異なる優れて中国的な色彩の強い、社会主義的手法であり、国民国家建設と言えた。

3)帝国的秩序の20世紀的再建

スターリン
このことは、資本主義が発展することで形成される疎外状況を解決する社会主義的手法と言う側面も資本主義の発展による新たな市民社会形成に向けた領域内の統合を目指す国民国家建設とも根本的に相違する存在であった。(2)
中国共産党の指導部が採用した中国における統一国家の再建作業は、社会主義国家の建設でも、資本主義国家の建設でも、ましてや旧帝国の再建でも無かったが、どちらかと言うと共産党の再建作業の中国的な特質を踏まえて考えると、旧帝国的な秩序構造を20世紀半ばと言う時代状況に合わせて、修正して再建してみせた、と言う要素が濃厚である。

2.中国共産党の6つの中核的施策による中国再建

近代化

1)中国共産党の施策による中華大一統の4条件の止揚

共産党による革命においては、中国人民という民族的中核、共産党と言う政治的中核、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想と言う思想的中核、一党独裁的官僚体制と言う機構的中核、人民解放軍と言う軍事的中核、国家計画経済と集団経営と言う経済的中核の6つの中核が、相互に結合することで、中国的社会主義国家、中国的国民国家が樹立された。このように集団化・中央集権化・組織化を強力に推進することで、辛亥革命以来混迷の極致にあった分裂した中華世界の再統合に成功したのである。これは、結果的には金観濤の主張する中華世界大一統の4条件を十分に満たし、地上のどこにも存在しない伝統的な国家統一の原理に基づく 「帝国」を再建したと言えよう。(3)
すなわち旧帝国が大一統を実現しえた構造的な要素としては、金観濤の主張する「中華世界大一統の4条件」が適用し得るが、共産党が採用し現実に遂行した民族、政治、思想、統治、軍事、経済の6つの要素における中核的な政策は、この大一統4条件を見事に止揚して、中国は共産党を統治者とする「帝国」的な存在として見事に再建されたのである。

2)中華民国,国民党政権の再建策の失敗と中国共産党の成功

蒋介石,毛沢東
国民党的な手法においては、国民国家建設の推進主体としての国民不在に対処するにあたり、国民を政治的に排除した国民党独裁と三民主義イデオロギーによる人民の指導を目指しており、教育と地方自治の現場での体験学習を通じて、人民の政治的成熟を期待したが、これは実質的な国民の政治参加の拒否であり、最終的には国民の支持を得られなかった。(4)
結局のところ国民党が推進しようとしていた、国民形成のための手段は、人民を政治の場から完全に排除しつつ、教育と地方自治での体験による人民の政治的成熟を促すような施策であったが、人民はこの方式を支持しなかった。
一方で共産党は、人民の政治参加を、上からの政治動員と言う形で、実現しようとした。特に土地革命の過程における、貧農の反地主闘争への動員は、農民の白蓮教的な平等意識を刺激し、政治統合に非常に有効であった。また抗日戦争において、紅軍を農民革命軍に再編成し、農民を軍事的組織化で、組織人として再生させようとした。

3)中国共産党による大衆動員の成功と市民的自由の等閑視

人海戦術
さらに共産党の多用した人海戦術は、農業集団化や工業集団化を通じて、多くの人民を社会主義建設に参加させようとするものであり、このような政治動員を通じて、未熟な人民を政治的に成熟した国民に転化させるために行われた。 
このように国民党が政治教育による国民形成に失敗した後を受けて、共産党は人民を政治運動に投入することによる、国民形成を目指したのであった。(5)
国民党の政治教育による国民形成方式は破綻したが、共産党は農民を白蓮教的な平等主義も踏まえた反地主闘争に動員し、抗日戦争でも農民革命軍に動員することで、組織人として育成することを実践した。その後も人海戦術と言う手法を多用しながら、政治動員を通じた人民の成熟による国民形成を推進することで、共産党は真の国民形成の実現はともかくとしても、革命の貫徹と社会主義建設と言う政治的な果実を手にしたのであった。
共産党指導下における人民の政治への投入は、一見下からの政治参加のようで、実質は上からの政治動員であり、その運動は結果的に、人民の下からの自立化や多元化を伴うことは無かった。さらに共産党による革命の場においては、個人の自主性の発露のために重要な要素となる、思想の自由化や政治選択の自主的決定の機会は、共産党の一党独裁や毛沢東思想の統制下において、等閑視された。(6)
巨大な政治的果実をもたらした人民の政治動員は、結局は上からの施策であって、人民の自発的な性質のものでは無かったために、人民の自立や市民的な成熟とは無縁であった。また思想の自由化や政治選択の自由については、今日に至るまで実現していない。

3.改革開放政策の推進と中国共産党統治の行方

改革開放

1)改革開放による市場経済の復活と政治的自由の凍結

このような1949年の共産党による革命開始以来の幾多の年月における最大の変革は、経済的集団化の停止・解体であった。さらに、改革開放政策においては、市場経済が復活されることとなった。
共産党の指導部は、金観濤の大一統の原理に基づく清帝国に連なる統一的大帝国たる中華人民共和国は、既に盤石の安定を観ているとの認識の下に、遂に経済的な自由化に踏み切ったのである。一方で、政治的自由化は、帝国の統一に新たなる火種を宿しかねないと言う判断から、採用されるには至っていない。現時点における中華世界の情勢としては、経済的自由化の推進の中で社会主義における新たな政治的主体の形成が進んでいると言え、このことが孫文以来の未完の国民革命における最終的な革命主体になる可能性も秘めている。(7)

2)経済自由化の中国共産党による「帝国的統治」への影響は?

民主化運動

今後、中華世界が本当の意味での国民革命を推進し始めるのかどうかについては、隣国日本としても注視せざるを得ないであろう。
共産党により見事に再建された「帝国」的な存在としての現代中国は、既に盤石の安定を観たと言うことで、経済的な自由については、遂に自由主義、市場経済に舵が切られたが、政治的あるいは思想的な自由や民主主義といった人民の市民的な権利に関しては、未だに封印されたままである。
経済自由化に伴う自由企業の拡大や資本家階級とでも言うべきものの創生が、今後中華世界において共産党が確立した新たなる「帝国」の統治構造にどのような影響を与えるかについては、習近平体制の今後とも併せて目が離せないところである。

<参考文献>
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p368
(2)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p369
(3)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p369-p370
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p370
(5)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p370-p371
(6)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p371
(7)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p371

 

毛沢東が蒋介石を打倒し共産党一党独裁体制で中国全土を支配するために直面した革命課題の解明!

国共内戦に勝利した中国共産党が、中国における社会主義革命を遂行するにあたって直面した課題について検討する。

1.中国共産党が革命後に直面した課題
 1)国民党から引き継いだ中国の現状の打開
 2)中国共産党独自の国民国家建設方針
2.中国の現状を打開するための革命主体の組織化
 1)中国共産党による新たな革命主体の選択
 2)無限のエネルギーを保持する農民層の国民国家建設への動員
3.中華民国時代の中国の現状と打開すべき革命課題の整理
 1)中華民国時代の中国の現状
 2)中華民国時代の中国の現状を打破するための革命課題

1.中国共産党が革命後に直面した課題

毛沢東,蒋介石

1)国民党から引き継いだ中国の現状の打開

1949年10月1日に、天安門楼閣上において、毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言し、ここから中華世界は、中国共産党主導下に新たなる歴史を刻み始めることとなった。
中国社会主義革命を実現した中国共産党が、まず直面した革命課題は、実際のところ、前政権である中国国民党が直面していた課題と同様であり、中華世界における国民国家の建設と国民党が果たせなかった政治課題の実現にあった。(1)
革命直後の中華世界の状況は、国民党統治下の中国の現状をそのまま引き継いでいたわけであり、そこからどのような未来図を描くかは、毛沢東を始めとする共産党指導部の方針次第であった、と言えよう。

2)中国共産党独自の国民国家建設方針

蒋介石,宋美齢
このように中国共産党の目指すものは、基本的に国民党と同様であり、政治環境に関しても大差ない状態で、共産党が中華世界を引き継ぐことになった。国民国家建設に、最終的に失敗した国民党による未完の国民革命を完遂するにあたって、共産党は国民党による国民国家建設主体とは異なる、新たな革命主体と革命方法を模索して、組織化することで、国民国家建設の新たな地平を切り開こうとした。(2)
共産党は、国民党の轍を踏むわけにはいかなかったが、既に国民党が失敗した革命方法を、いろいろと咀嚼する中で、新たな革命方式を編み出していったのではないかとも考えられる。

2.中国の現状を打開するための革命主体の組織化

長征

1)中国共産党による新たな革命主体の選択

新たな革命主体に関して言えば、国民党主体から共産党主体に変革されたが、このことは、国民国家建設を巡る大きな構造的な変化とは言い得ないところであった。すなわち、国民党も共産党も上からの国家建設、改造を目指したと言う見地からは、同様と言える状況であった。国民党による国家建設と共産党のそれとの最大の相違点は、後者が農民階級の変革エネルギーの革命状況への反映や組織化に成功したことが大きかった。(3)
共産党の農村への浸透は当初は、自ら選択した方針と言うよりは、上海をはじめとする都市部において、国民党との抗争に敗北したため、やむを得ず選択された一面が大きかった。しかし、その後の展開を考えると、革命根拠地の農村への移転と毛沢東の柔軟な指導の合体が、成立したことにより、中国革命の推進力が得られたと言っても過言ではなかった。

2)無限のエネルギーを保持する農民層の国民国家建設への動員

農民反乱
中国においては、王朝崩壊時に常に農民の大反乱が発生し、旧王朝の残滓を徹底的に破壊しつくすのが常であったが、共産党もそのような無限とも言えるような農民層のエネルギーを巧みに汲み取って、革命闘争に注入することに成功したのである。
さらに、共産党は国民党に無い国民国家建設手法として、社会主義的な手法を採用し、国民革命遂行の有効な達成手段として活用することを試みたのであった。
     

3.中華民国時代の中国の現状と打開すべき革命課題の整理

太平天国の乱

それでは、国民党が中華民国時代に成し遂げられなかった中国の現状とそれを打破するための革命課題を以下に列挙する。

1)中華民国時代の中国の現状

①欧米の帝国主義列強により、侵略の対象となったことによる、反植民地状態の恒常化
②清朝以来の身分制の残存や市民階級の未成熟、欧米列強からの人種差別的な支配の甘受
③清朝以来の分散経済の残存や欧米列強による半植民地による収奪による人民の貧困化
④清朝の中央集権体制が瓦解したことによる群雄割拠的な状況の招来
⑤清朝の中央集権的軍中枢掌握の崩壊による構造的内戦状態の膠着化
⑥党による上からの支配による人民大衆の政治的疎外と国民意識の未分化

2)中華民国時代の中国の現状を打破するための革命課題

自力更生

①独立の達成:欧米列強による反植民地化状況を打開と独立した主権国家の再建
②自主自立自由の実現:自主独立の気概を持つ市民階級の創生と自由自立した市民による市民社会の構築
③経済的富国化:反植民地状態から自立した経済体制の確立と工業化による産業強化の実現
④領域支配の貫徹:領域内における統一的な支配と中央集権化した国家体制の確立
⑤領域内における平和:軍中枢の中央支配の確立と唯一の国軍確立による軍閥割拠状態の解消
⑥人民の政治参加:人民大衆の政治的自覚の覚醒と政治参加による国民国家意識の創生(4)

  

参考文献
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p359
(2)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p359
(3)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p359
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p360

毛沢東が国共内戦で蒋介石に勝利した中国の共産党一党独裁による社会主義革命開始時点の課題の解明!

毛沢東

毛沢東が、国共内戦で蒋介石に勝利した時点で「中国における社会主義革命」で直面した課題への中国共産党の具体的な対応について検討する。

1.半植民地状態からの解放と独立した主権国家の再建
 1)中国におけるナショナリズムの方向性
 2)国民党と共産党に共通する中華民族主義的ナショナリズム
2.自主自立自由の実現:自主独立の気概を持つ市民階級の創生と自由自立した市民による市民社会の構築
 1)西欧における国民国家建設の方向性
 2)中国における市民階級の未成立
 3)中国における人民観
 4)農村に浸透する共産党の論理
 5)共産党の農民政策と白蓮教の類似性
 6)共産党の農民開放と民族解放政策への農民の圧倒的な支持
3.経済的富国化:反植民地状態から自立した経済体制の確立と工業化による産業強化の実現 
 1)中国市場の特殊性と農業集団化の有効性
 2)国家計画経済による工業化推進の必然性
 3)経済面の集団化と計画化による貧困対策の成功

1.半植民地状態からの解放と独立した主権国家の再建

円明園
円明園廃墟

1)中国におけるナショナリズムの方向性

西欧における国民国家建設の根底には、内発的な国民統合としてのナショナリズムがあり、これが西欧列強の帝国主義的発展のエネルギーとなった。しかるに、中華世界におけるナショナリズムの方向性は、欧米列強による侵略からの帝国解体の危機を起点にしており、受け身のナショナリズムとして反帝国主義や半植民地支配からの解放という形態をとって立ち現れることとなった。(1)
中華世界においては、近代が当初は、西欧列強による清朝への圧迫と言う形を取って現れただけに、西欧で成し遂げられたような健全な国民統合としてのナショナリズムの発現は期待出来なかった。
中国人民が下からの民主主義を推進するのが困難な理由の一つに、このような内発的ではない、外発的で受け身的なナショナリズムしか成り立ちえなかった、ということもあるかもしれない。

2)国民党と共産党に共通する中華民族主義的ナショナリズム

中華民族
このようなナショナリズムの高揚において、国民党と共産党は共通点を有していた。共産党は、この段階でのナショナリズム高揚の局面において、その社会主義的要素を敢えて封印し、基本線としては、中華民族の偉大な伝統と自負を強調すると言うスタイルを採用した。この際に、強調されたのは、西欧的な国民国家の枠組みの中でのナショナリズムではなく、伝統的な中華帝国の天下思想にも一脈通じる様な、「中華民族」主義とでも言うべきものであった。そもそも、中華民国においては、国民国家と言う基盤は未成立であり、ネーションステート的ナショナリズムの基盤は皆無であったから、共産党の採用した伝統的な中華民族主義の強調は、選択の余地の無い政策判断であった、とも言えよう。(2)
共産党が、中華世界に浸透する過程において、敢えて社会主義的な色彩を封印し、中華民族主義に立脚して、特に農民の白蓮教的な発想に応える様な運動を展開したことは、非常に柔軟で現実的であり、中華世界の当時の現実にもマッチしていた、と言えよう。
このような中華民族主義や伝統的な民族的自覚の高揚の中で、抗日戦争における民族的団結の維持には成功したが、反面で個人の市民的自覚や個々人の人格の尊重と言った要素は、著しく等閑視され、その後の市民社会の形成を阻害する、過激な集団主義が発芽していったのである。(3)
中華世界の当時の混乱状態の中で、西欧的な市民的自由や人格の尊重を強調することは、かなり困難であったと想定される。抗日戦争を勝ち抜き、国民党との闘いに勝利した後に、安定した社会を早急に構築出来れば、そういうことも可能であったかもしれないが、実際にはそのような西欧的な市民社会の形成に向けた動きは、今日に至るまで積極的に肯定されるには至っていない。

2.自主自立自由の実現:自主独立の気概を持つ市民階級の創生と自由自立した市民による市民社会の構築

バスチーユ陥落

1)西欧における国民国家建設の方向性

本来の国民国家建設の在り方は、本来はその国の人民の自由へのあくなき意志をベースにして、育まれるのが、西欧諸国の行き方であった。すなわち、西欧の国々においては、貴族階級の跋扈する封建的な身分制度を打破し、政治的経済的な分裂割拠の状態を脱するために、領域内における統一した政治支配、統一した市場形成、統合した国民の形成が図られるのが常であった。(4)
西欧においては、上から市民を主導する必要もなく、王権や貴族階級が全力を挙げて、その権利と権力を維持しようとしたにもかかわらず、市民階級の独自の革命運動により打倒されるのが、常であった。

2)中国における市民階級の未成立

孫文
しかるに、中国においては、孫文をはじめとする国民党指導者が常に危惧の念を抱いたように、政治的に責任を果たすのに十分な判断を下せるような、市民階級が未成立であったために、そのような人民による個人的自由の要求の末路が、社会的な個人という単位を単なる個人の本能的な要求の次元にバラバラに砕け散らせるだけと想定された。このため、中国における「自由」の追求は、あくまでも半植民地状態からの解放としての民族的な自由の主張に限定され、市民的な自由の主張は、民族的な団結を阻害する危険思想として、排斥された。国民党のこのような考え方は、共産党も共有しており、元々階級政党であったはずの共産党が、抗日戦争を遂行する中で民族政党として支配の正統性を確保する中で、益々民族的な自由と解放を重視することとなり、市民的開放は等閑視された。(5)

3)中国における人民観

弥勒菩薩
国民党と共産党の人民に対する考え方は、ほぼ共通であり、階級政党であったはずの共産党は、中国の現実の前で、当面社会主義的な在り方を一先ずおいて、民族政党として抗日戦争を勝ち抜くことに専念することで、その支配の正統性を確保した。
さらに、中国においては、自由よりも平等が政治的にも重視され、人民の団結力を高める結果となっていった。共産党は、上海の都市社会で誕生しながら、都市部においては、国民党に敗退した結果、辺境に逃れ、農村部を革命根拠地とせざるを得なくなった。農村に蔓延していたのは、絶対平等を基調とする、千年王国的な白蓮教徒の平等主義であった。それまでの中華世界において、王朝の転覆を実現してきたのも、このような農民を中心とする反乱における、菩薩の降臨と不平等や苦しみからの救済、浄土を建設する絶対平等主義のエネルギーであったと言える。(6)

4)農村に浸透する共産党の論理

農奴制
大都市部で国民党に敗れた共産党が、根拠地とした農村部では、まさに白蓮教的な救済の思想が、未だに息づいており、その根底には自由とか民主と言う以前に、平等それも絶対平等とでも言うべき主張が根強かった。共産党の指導者、特に毛沢東は、このような民衆の絶対平等主義のエネルギーの中に全ての王朝を転覆してきた農民大反乱の根源を観て、現在の中国革命のエネルギーに転化させうると考えたとしても不思議ではない。
共産党は、そうした農村において、農民の平等を阻害する要因である、地主⇒小作関係を解体して、搾取の構造を解消し、独立した自営農民を大量に創出することが、農民解放の課題と位置付けた。そして、このような地主を打倒する土地革命こそが、中華世界における共産党の中心的な革命課題となった。(7)

5)共産党の農民政策と白蓮教の類似性

白蓮
共産党が農村部に立脚し、農村部が膨大な農民層により成り立つ以上、その農民の支持を取り付けるためには、共産党は、平等主義を推進するためにも、地主を排除し、小作人を解放する運動を推進する必要があった。
このように共産党の推進する土地改革は、社会主義的な色彩よりも独立自営農民の創出を目指す、多分に資本主義的な色彩を帯びた改革であったが、共産党の成功要因は、この改革の過程に地主対小作という階級闘争の要素を持ち込んだことにあった。農民にも受け入れやすい、地主を打倒して小作人が解放されると言う、階級闘争の原理は、農民の反地主的な根強い反逆の思想に火を付け、広範な農民の反乱への参加による共産党への組織化に成功した。こうした農奴的状態からの農民の身分支配からの解放を主張する共産党の地主対小作の階級闘争を基調とする土地革命論は、自由よりも平等が強調されることで、大多数の農民からは、白蓮教の千年王国的絶対平等主義にも通じる伝統的な救済の思想と完璧に一致して観えた。(8)
このような共産党の反地主の平等主義的な政策は、大多数の農民から白蓮教の千年王国の実社会への転換の図式とも受け取られ、反地主運動に熱狂的に取り組む農民層を、共産党配下に組織化することを促した。

6)共産党の農民開放と民族解放政策への農民の圧倒的な支持

毛沢東 農村
日本軍の中国侵略により、共産党の農村における白蓮教的な平等への主張は、抗日と言う異民族支配からの脱却を目指す中華世界的なナショナリズムと一体化し、農奴的状態と民族的隷属からの解放の主張となり、このような共産党の農民解放と民族解放に向けた闘争方針が、中華世界における農村部からの圧倒的な支持を調達することに成功した。共産党は、このような展開の中で、農村部をバックに中華人民共和国の成立に至る大きな流れをつくりだすことに成功したが、そうした中で、個々人の政治的自由度は等閑視されることとなった。(9)
反地主と抗日と言う二本柱を押し立てて、中国共産党は農民解放と民族解放の実現のために活動することで、中国の大多数の農民層からの積極的な支持を確保することに成功した。

3.経済的富国化:反植民地状態から自立した経済体制の確立と工業化による産業強化の実現

人民公社

1)中国市場の特殊性と農業集団化の有効性

国民国家における領域内における市場の統一の実現は、国家の資本主義的な発展のための不可欠な施策と言える。そうした中で、中国においては、継続する侵略戦争と統一を阻害する地方割拠への根強い動きによって、経済的な統一が困難になっており、資本主義的な発展による自然な市場統一への希求というナショナリズムが醸成されることは無かった。(10)
西欧においては、考えられないことであるが、市民社会の未成熟な中国においては、市民階級の突き上げによる市場統一の実現は起こりえず、そのような動きは上からのみ成しえるのであった。
このような情勢下において、農村部の貧困問題を解消するための、積極的な施策として採用されたのが、社会主義的な集団主義と規模拡大による生産力向上の実現であった。このような方針の下に、中国における農業の発展が企図され、個人経営的な農業が否定され、大規模灌漑実現のための農業集団化が強力に推進され、人民公社として結実を観た。(11)
中国における農村部の貧困は大問題であり、このような問題の解決策として、農業集団化が実行されたが、この政策は改革開放政策の実施と共に直ちに取り消される運命にあった。

2)国家計画経済による工業化推進の必然性

毛沢東 指導
さらに沿海部において侵略してきた列強が、個々の勢力範囲ごとに個別に開発してきた分散化された工業配置を、全国規模で整合性のとれた形に整備するためには、上からの工業化が不可欠であった。(12)
中国においては、列強がバラバラに権益を確保しており、沿海部の工業化においても、その傾向は顕著であったが、これらを国家計画の下に統合的に推進するためには、上からの工業化以外に取るべき道は無かった。
国民党支配体制における官僚資本を主軸とする経済運営は、中国における経済発展を歪なものとし、健全な民族資本の自由な発展は観られなかった。このような歪んだ産業構造を変革するために、社会主義的工業化政策が採用され、中央統制による国家計画経済をベースにした経済運営が実施に移された。(13)
西欧におけるようなブルジョアジーの健全な発達も中国においては観られず、一部の官僚資本のみが非常に偏った経済的な発展を遂げていたために、このような経済状況をバランスよく立て直すためにも、社会主義的で、国家計画経済を主体とする中央統制をベースにした経済政策を採用せざるを得なかった。

3)経済面の集団化と計画化による貧困対策の成功

毛沢東 スローガン
このような経済面における集団化と計画化の推進により、市場経済原理は否定されたが、これは本来の目的である集団的安定と社会の平等化を実現し、中国に蔓延する都市、農村両面の貧困の撲滅に向けた動きを加速した。一方で、このような政策は、個々人の創意工夫の余地を狭め、独創的な発想を実現する機会を失わせ、市場統一による市場拡大のメリットが資本主義的な経済発展につながることはなかった。(14)
中国の当時の現実においては、やむを得ない事情でもあったろうが、計画経済の導入により、市場経済は否定された。しかし、社会主義的政策の採用による社会の平等化や都市・農村の貧困がある程度撲滅された功績は大きい。
 
<参考文献>
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p361
(2)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p361
(3)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p361
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(5)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(6)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(7)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362
(8)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p362-p363
(9)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(10)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(11)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(12)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(13)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363
(14)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第12章 中国における国民国家建設の課題と方法 p363