帝国支配の本質とその統治構造!

トランプ時代を迎えた世界の緊迫した情勢を帝国をキーワードに把握し、世界及び日本の在り方を包括的に検討し、アメリカがアメリカファーストに走る状況下での日本、中国、中東、欧州の対応を構想する。 

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辛亥革命以降の中国での近代国民国家建設の特殊性が中華民国,国民党政府の最大の試練となった!

      2018/09/14

中国での近代国家建設

中国における辛亥革命以降の近代的な国民国家建設の特殊性が、中華民国・国民党政府にとって最大の試練となった状況を、西欧諸国との近代化を巡る道筋の相違や中国の近代化過程における文化大革命の意義等も踏まえながら検討する。

1.中国にとっての近代化
 1)危機の中での近代化への試み
 2)中国における近代化の中身
 3)強国建設の方便としての近代化
2.中国における近代化の特殊性
 1)国家対人民の関係の非近代性
 2)辛亥革命後も変化しない中国の帝国的性格
3.中国における近代市民社会到来の可能性
 1)近代市民社会が育ちにくい社会構造
 2)文化大革命の目指した自覚した大衆創出
 3)中国に根強く残る士大夫的政治秩序観  

1.中国にとっての近代化

円明園廃墟

1)危機の中での近代化への試み

「近代化」とは西洋においては、資本主義の発展や市民社会の形成を意味しており、国力の増大や市民の権利の拡大過程でもあったが、他方で中国における「近代化」は、アヘン戦争以来の危機の中での西洋列強により近代国際体系への適応が強制される過程であったとも言えよう。
このような近代国際体系へ中華世界が強制的に組み込まれていく過程において、中華世界の側からの主体的な動きとして伝統的支配の解体による資本主義的発展による市民社会の形成の試みとして「洋務運動」「変法運動」「革命運動」が行われた。清朝崩壊後=辛亥革命後の近代化の試みとしては、軍閥割拠・中華分裂状態の回避を目指した国民党による「国民革命運動」や国民党に対抗する共産党の「新民主主義運動」が有り、現在は中国革命の成果として「人民独裁体制」が成立している。(1)

2)中国における近代化の中身

アヘン戦争
こうして観てくると、中華世界の側からの動きは、西洋列強による圧倒的な力を背景とした攻勢へのリアクションとしての色彩が濃厚に感じられる。従来の行き方では、西洋列強に対処しきれないのでやむを得ず、様々な手を打ってきたというところであろうが、「看板」は新しくなっているが果たして、その中身はどうなのか、というところが問題になってくる。
このような混乱した情勢の中における中国の近代化とは、当初はアヘン戦争以降の伝統的支配の解体過程が「近代化」とされた。また伝統的支配の解体は、同時に形を変えた伝統的支配の再構築という契機も含む複雑な過程を伴っていた。その後は半植民地状態からの独立や西欧への対抗としての近代国家・強国の建設が最優先課題とされ、近代化の重要な側面である近代市民社会の建設は二の次となり、市民の権利や人権、福祉といった要素は置き去りにされる傾向が強かった。(2)

3)強国建設の方便としての近代化

中国近代化
中国においては、このように迫りくる西欧列強の圧力に対抗する近代国家を建設してすることが、市民に重点を置いた近代市民社会の建設よりもはるかに優先されざるを得なかった。これは言ってみれば西欧列強に対抗出来る「国家」が手際よく構築出来るのであれば、それが「近代的」であろうが、「伝統的」であろうがどちらでもよかったということかもしれない。確かにその後の中華世界は、「民国」あるいは「人民共和国」といろいろな「形態」は採用し、まがりなりにも欧米列強に対抗出来てはいるが、それが欧米的な「近代国家」と言えるかどうかは、別に議論していかなければならない問題を孕んでいる。

2.中国における近代化の特殊性

1)国家対人民の関係の非近代性

このように、中国における近代化においては、市民や大衆の権利や自治的市民意識の拡大は中華世界の全般的危機克服という巨大な課題の前では、顧みられることが少ない状況に陥ってしまったと言えよう。またこうした厳しい情勢が、中国における近代の革命(辛亥革命及び新民主主義革命)を経ても中華世界における基本的な統治構造が清帝国以前の国家対人民の関係を引きずらざるを得ない所以でもありそうである。中華世界においては、統治の主体は皇帝・官僚から近代の革命を経て、国民党や共産党に転化したが、基本的な国家の統治構造が国民主権や民主主義あるいは、市民の権利拡大に繋がっていかない現状は否定しようが無い。

2)辛亥革命後も変化しない中国の帝国的性格

大清帝国版図
このように、一方で「中華世界=天下の枠組み」としての「漢族主体の内地」の外の「新疆」「内モンゴル」「チベット」エリアへの「帝国的支配」を継続しつつ、他方で国家の内部においてかつての「皇帝・官僚による統治機構」を凌駕するような「国民党一党独裁」及び「共産党一党独裁」が継続していることは「中華の帝国的性格」が近代における革命を経過してもあまり変化していない証左と言えそうである。
すなわち、中国の近現代の政治は、市民や大衆の代表による政治と言うよりは、知識人・エリートによる少数者支配的な政治であった。辛亥革命の主体となった政治結社、革命運動には大衆の姿はどこにも見出し得ない。中国国民党は選ばれた知識人の集団であり、労働者・農民大衆を組織化したとされる中国共産党も、その中核はエリート主義に貫かれている。
一方で中国革命は人民革命であると言う、革命史観の見解もあるが、結局は毛沢東主導の農民動員政治なども、中国大衆の政治的自覚と政治的独立性が高まり、自分自身を管理出来るという自治的市民意識が根付かせたとは言えない現状である。(3)

3.中国における近代市民社会到来の可能性

テレサテン

1)近代市民社会が育ちにくい社会構造

それでは、強力な「近代国家」あるいは強力な「帝国」の再建には成功しつつも、近代的市民社会がいつまでも成立して来ない現状はなぜなのか。何か中国社会には構造的な問題が内在しているのだろうか。
そもそも大衆の政治化現象が発生するのは大きな社会変動の結果であり、例えば経済的発展の結果としての中産階級の創出や列強の中国侵略による生活破壊からくる急進化などが挙げられるだろう。しかるに、このような社会変動から生まれ出てくる社会意識、社会運動、社会組織を考えると、近代中国おいては自由な政治的展開につながっていかなかった。すなわち中国における大衆の政治化は国民党や共産党の政党活動により組織化されてきたが、そうした政治結社は伝統的に徹底したエリート組織であり、結局そういう政治化がエリートの指導による他動的な行動にならざるを得なかったことによる。(4)
このように大衆の政治的な意識が政党に収斂され、政党が徹底してエリート化されていれば、なかなか個々の大衆の政治的な意識が育成されり、自治的な市民意識が醸成されることは困難であろう。

2)文化大革命の目指した自覚した大衆創出

毛沢東,文化大革命

こうした伝統的な組織化された政治化に反発して、発動されたのが文化大革命であり、その当初の理念には「大衆の一人ひとりが自覚した政治主体となるべきである」ということが謳われていた。例えば陳伯達は、「中国の奪権闘争は二つの段階を経てきた。第一の段階は全国の解放に始まるもので、軍事的接収管理であり人民解放軍による奪権であった。現在はもう一つの段階で革命大衆による接収管理であり、労働者階級による接収管理である。というのは軍事的接収管理だけではプロレタリアートに奪権の問題は未だ完全には解決しておらず、また徹底的には解決出来ないからである」(5)と述べて毛沢東の方針を強調している。
とはいえ、文化大革命は現実は毛沢東派による上から動員された反権力闘争という側面が強く理念と現実の乖離が甚だしかった。
結果的には政治的大混乱をもたらし、その理念は無惨な結果を生み、文化大革命は全面的に否定された。ここで明らかになったのは、自覚した大衆の創出が成功していないこと、そうした社会的基盤が成立していない現実であった。その後の中国政治においては、伝統的なエリート支配や党官僚による社会管理がさらに強化されることとなった。(6)

3)中国に根強く残る士大夫的政治秩序観

  
天安門事件 
中国で大衆が政治の前面に乗り出してくると、どうしても文化大革命のような大混乱に陥るというのは間違いなく杞憂であろう。同じ漢族主体の台湾においては、ほぼ完璧な民主的な改革が国民党の李登輝総統の主導で実現したのは記憶に新しいところである。(7)
いずれにせよ中国の近代化は、侵略に対する危機意識、特に士大夫的政治秩序観の危機が強い作用をなしていると言えるが、ここでいう士大夫的政治秩序とは、国家の安定的統一、天下の秩序安定を重視する立場であり、治国平天下の観念として古代より現代まで常に再生産され中華世界における統治者意識のベースをなしてきた。(8)
このような観念が、現実の政治において噴出した例として記憶に新しいのは、89天安門事件ということになろうか。このことは、天安門事件を巡る政治プロセスに関する以下のような考察によっても明らかになってくるだろう。
強固な一元的権力の貫徹と、そしてまさにその対極としてのアナーキーの潜在と言う構造こそは、長きにわたってこの国の政治世界の一つの基盤として存在し続けてきた。統一的権力は、つねにアナーキーと分裂によって脅かされ、それゆえにまた権力は一元的、絶対的貫徹を志向した。この国の政治世界の深部に横たわるそうした権力観は、恐らく今回の天安門事件のプロセスにおいても決して無縁でなかったに違いない。(9)

尚、本稿とも関連する近代中国の特殊性と近代化の困難性については、以下のリンクでも取り扱っています。
孫文,蒋介石,国民党政府が目指した近代化,国民国家建設,帝国的秩序再建の行方!

参考文献
(1)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p4
(2)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p4
(3)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p9
(4)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p9-p10
(5)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 第Ⅳ章上海コミューンと広州奪権運動 p114
(6)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p10
(7)本論文の「第五章 4.台湾民主化とその影響」参照のこと
(8)横山宏章:中国の政治危機と伝統的支配 研文出版 1996 第1章 中国の危機とは何か p10-p11
(9)野村浩一:現代中国 民主化運動と中国社会主義 岩波書店 1990 中国の権力と伝統 p198

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