帝国支配の本質とその統治構造!

トランプ時代を迎えた世界の緊迫した情勢を帝国をキーワードに把握し、世界及び日本の在り方を包括的に検討し、アメリカがアメリカファーストに走る状況下での日本、中国、中東、欧州の対応を構想する。 

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習近平の野望は文化大革命期の毛沢東個人崇拝実現と中華帝国皇帝の座にある!

      2018/08/09

習近平皇帝

遂に国家主席の任期撤廃という禁じ手を放った習近平は、文化大革命で毛沢東が目指した理想主義を解き放ち、腐敗堕落の元となる改革開放路線を封印する暴挙に出るのだろうか?ここでは中国共産党政権獲得以降で最大の混乱と停滞をもたらしたと言われる文化大革命について検討する。

1.文化大革命の理念
 1)文化大革命は毛沢東個人の権力奪還のための闘争だったのか?
 2)近代批判運動としての文化大革命
 3)市民の自主的な政治活動としての文化大革命
 4)文化大革命の目指した社会主義の理想
2.現代中国における文化大革命の取り扱い
 1)改革開放時代における文化大革命の評価
 2)改革開放時代にも生き残る文化大革命時代の幹部達
 3)文化大革命的な機運を警戒する鄧小平らの姿勢
 4)文化大革命に関する根底的な議論や分析の不在
3.文化大革命に関する根底的議論
 1)社会主義の理念と改革開放政策の整合性
 2)ペレストロイカの帰結を警戒する中国共産党

1.文化大革命の理念

壁新聞

1)文化大革命は毛沢東個人の権力奪還のための闘争だったのか?

文革に関しては、基本的に文革を毛沢東個人の権力保身に発する政治権力闘争以上のものは無く、そこには何らの歴史的・思想的意義は無かったとして、全否定する傾向も根強い。(1)
とはいえ、文革には単なる毛沢東個人の権力保身以外に「近代批判」的な要素や「中国人民の国民意識の発揚に向けた主体的活動の要素」も数多く含まれていたのではないかと想定している。

2)近代批判運動としての文化大革命

文化大革命1

文化大革命における近代批判の要素としては、「第一に一貫した自由市場経済システムを敵視する傾向」「第二に三大差別撤廃=都市・農村間差別、工業・農業間差別、頭脳労働・肉体労働間差別の実現を目指す政策実践」「第三に欧米の近代科学技術を洋法と呼び、洋法への一方的な依存を否定しつつ、中国土着の科学技術=土法を基礎に洋法との結合による科学技術革命を謳ったこと」「第四に鞍山製鉄所の経営方式や大賽人民公社の所得分配方式などのコミューン型の参加型経営方式の重視」などが見出せる。(2)

3)市民の自主的な政治活動としての文化大革命

文化大革命2

市民の自主的な運動としての文化大革命の要素としては、「文革期の造反有理、四大民主=大鳴(大いに意見を言い)、大放(大いに討論し)、大字報(壁新聞を書き)、大弁論(大いに論争する)が一面では秩序破壊の混沌を産むマイナスを伴いつつ、反面共産党独裁の強固な権力ヒエラルキーに対する民衆の異議申し立てを正当化する「民主」の基盤を、社会主義体制下の中国に初めて産み出したこと」「第二に、文革の洗礼を受けた元紅衛兵が主体となって中華人民共和国史上初の市民の自発性に基づく本格的民主化運動として、第一次天安門事件と「西単の壁」「北京の春」などの民主化運動が起こったこと」(3)が挙げられよう。特に後者に関しては、中華人民共和国史上というのみならず、辛亥革命以降あるいは広い意味では、「中華世界」史上初めての「本格的な民主化」運動と言っても良いかもしれない。このことは、清朝から辛亥革命を経て中華民国=国民党政権に引き継がれ、現在は中華人民共和国=中国共産党政権まで一貫して継続している「エリートが主導する賢人政治」に風穴を開ける快挙でもあったと言えよう。

4)文化大革命の目指した社会主義の理想

文化大革命5

このような文化大革命は、1966年8月の「16カ条」の決議では、「プロレタリア文化大革命は、人々の魂にふれる大革命であり、わが国社会主義革命発展のより深く、より広く新しい段階である」と述べられていた。そして、その目的は、①「資本主義の道を歩む実権派」と闘争して、それを打倒する、②「ブルジョアジーの学術権威」を批判し、ブルジョアジーと全ての搾取階級のイデオロギーを批判し、③教育を改革し、文芸を改革し、社会主義の経済的土台に適応しないすべての上部構造を改革して、社会主義の強化と発展に役立たせることとされた。またこの決議では、大衆自身による自己解放、パリ・コミューンの原則に基づく新しい自分達の組織をつくることなどが謳われた。(4)
ここでも強調されているのは、「大衆自身による自己解放やパリ・コミューンの原則」などであり、これは文革の主題の一つに人民大衆の主体的な解放と言う視点が、常に意識されていたということの証左になるだろう。またそのような方向性は毛沢東の考える社会主義的な理想の一形態でもあったのであろうか。

2.現代中国における文化大革命の取り扱い

文化大革命111

1)改革開放時代における文化大革命の評価

それでは、「欧米追随の近代化批判」や「本格的な民主化」につながる可能性を内包していた「文革」は現代の「改革開放」時代の中国においてはどのように取り扱われているのであろうか。
文革終焉直後から、文革終焉十周年の1986年前後までの10年間は、文革を対象あるいは題材にした研究や「傷痕文学」と言われるような文学作品が多数登場したが、このような研究・作品が社会的対立のみならず共産党内の対立まで引き起こす可能性が懸念されてきた。

2)改革開放時代にも生き残る文化大革命時代の幹部達

文化大革命121

これは、第一に文革の実態の暴露が中国社会主義の暗い部分をあまりにもリアルに描き過ぎるため、社会主義に懐疑を抱く人々が増えることが共産党内で懸念されたこと。第二に文革の暴露から、現状の中国政治の民主改革を求める声が強まる傾向が産まれ、それが共産党内の団結をも危うくする可能性が懸念されたことによる。すなわち中国共産党内には、文革四人組は失脚したものの、実際には文革期に権力を掌握していた幹部達が文革終了後も失脚せずに、そのまま党内の権力の座を確保してきているという事情があった。(5)
文革を終焉に導く過程で、「文革四人組」の失脚は大々的に取り上げられたが、その背後では「文革派の幹部」は無傷で、そのまま生き残っているケースが多かったということである。「文革四人組」と共に「文革派の幹部」も一掃され、それが鄧小平の改革開放の船出を順調にしたというような構図が成り立ったわけではなかったのであり、鄧小平以下の改革開放を主導する主流派も旧文革派の幹部の動向を無視することは出来なかったと言えよう。

3)文化大革命的な機運を警戒する鄧小平らの姿勢

文化大革命 鄧小平

この延長線上で1988年春に、中国共産党中央宣伝部が「通知」を、同年秋には中国共産党中央宣伝部と国務院が連名で「通達」を発した。この目的は混乱の拡大を未然に防ぐためであり、これらの内容は「今後本格的な文革研究や文革を題材とした文芸制作を厳しく制限」することとした。(6)
要するに文革は、中国共産党中央にとって、距離を置いて客観視出来るものではなく、いつ再燃するかもしれない火種であり、到底手放しに放置することは出来ない慎重に扱うべき主題であって、人民大衆が詳しく知って議論したりすることは、可能な限り避けるべきものとされたということであろう。
また文革的気運の蔓延は、第二の文革による体制転覆の恐れを招きかねないと言う危機感も手伝っていたかもしれない。当時の最高指導者の鄧小平は、文革の最大の標的の一人でもあった。現在こうした「文革を取り上げないという方針のもとで育った若い世代は、文革に対する無知が蔓延しており、文革世代との間に大きな世代間ギャップを形成」(7)しているという。

4)文化大革命に関する根底的な議論や分析の不在

文化大革命222

このように文革を敬遠する風潮が強い現在の中国であるが、改革開放の当初の1981年6月の段階では「文革を毛沢東晩年の重大な誤りとする一方で、全国全人民に大きな災厄をもたらした」として全面否定する明確な評価を下したこともあった。ただこの時の文革全面否定は、鄧小平政権の政治支配の正統性と権威性を確立するための便宜的な否定に過ぎず、文革に関して本質的な検討及び分析を経た根底的な議論を踏まえた結論とは言えなかった。(8)

3.文化大革命に関する根底的議論

中国指導部

1)社会主義の理念と改革開放政策の整合性

それでは、文革に関する根底的な議論とは何を意味するであろうか。また党内融和を優先して文革を取り上げることを敬遠すること以上に、体制の根幹に関わる「社会主義の理念」と「改革開放政策」の整合性と文革との関連性はどうであろうか。
このあたりに関しては、鄧小平時代に移行しても、なお中国が「社会主義」と「毛沢東思想」に依拠していたにも関わらず、改革開放政策を遂行していく過程で自由主義市場経済を否定していた「毛沢東思想の申し子としての人民公社」を解体し、「民営企業の出現」を容認し、「外資・外国技術・プラントの導入などの市場自由化政策」を積極的を推進していくことが、果たして「社会主義」の原理との整合性を保ちうるかという問題を伴っていた。(9)

2)ペレストロイカの帰結を警戒する中国共産党

ペレストロイカ

要するに改革開放政策を採用して、社会主義体制下における大胆な改革を遂行していく過程においては、現体制の依拠する「毛沢東思想」と密接に関連している文革に関して本質的な議論を行ったり、文革の根底的な総括を行うことは、「社会主義の解釈をめぐるマルクス主義論争を招き、このような論争が、党内抗争を巻き起こし、党内の団結を崩し、党の指導性が失われ」(10)体制の危機に至るということを鄧小平を始めとするという党幹部が熟知していたということがあるのだろう。このあたりの対応を間違えると、ソ連のペレストロイカの帰結のように体制の崩壊につながる可能性もあったのではないか。またかれらが敢えて議論を回避した文革そのものが、体制混乱の極みでもあった。そのような状況に陥らない様に、当時は「改革開放」と並んで「安定団結」がスローガンとして再三提起されていた(11)という。

このような次第で文化大革命に関する根底的な議論は未だに十分に行われてきたとは言い難い状況があると言えよう。

<参考文献>
(1)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p5
(2)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p7
(3)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p8
(4)安藤正士:現代中国 歴史と近代化 岩波書店 1989 Ⅶ 文化大革命の諸問題 p229
(5)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p10
(6)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p11-p12
(7)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p12-p13
(8)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p13
(9)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p13-p14
(10)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p14
(11)加々美光行:歴史の中の文化大革命 岩波書店 2001 序章 文化大革命をどう見るか p14

十全老人

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